民営文化センター -103ページ目

民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever





三瀬村にある石垣のお話の続きです。




ネット映像を漁っていると興味ある景色に出会うことがあります。




国道263号線を北上 し、三瀬中学校を過ぎて間もなく右折し、そのまま進むと米田氏が雲居坂と推定した坂を越え、再び国道263号線に合流します。




そこはもう倭国長谷寺の敷地です。




この坂は倭京(大宰府)を出発した元祖・清少納言らが通過した緩やかな坂で、写真には低くなだらかな左側の崖に小さめの石を用い階段状に積み上げた石垣が認められます。




この印象的な石垣は500年代に積まれたものかもしれません。




しっかりした造りに見えるのは名だたる倭国長谷寺の玄関口のせいでしょうか。




この坂の両側に住宅が建ち始めているのですが、住人は自分の家の前の道を、かつて紫式部ら九州王朝の貴族たちが牛車で通過したというイメージを描くことができるのでしょうか?




地元の人々に『現代を解く・長谷寺考』を差し上げたい心境です。






大和朝廷になってからの雲居坂について





「上の句」に引き続き出掛けました。




今回は噂どおり若い観客が大半でした。




コミックの描写を実写で表現する技はなかなか凝っていて、楽しませてくれます。




カルタ競技は部活としては体育会系のイメージがあり、団体戦・個人戦の捉え方も今回の作品のテーマとなっています。




私がこの作品に注目しているのは百人一首の魅力そのものに惹かれていることが一番の理由ですが、




詠まれている和歌の大半が実は北部九州が舞台だということです。




米田史学の面白さはそこにあります。




「ちはやふる~」の句に出てくる“竜田川”は竜のように曲がりくねって(現在の三瀬村を)流れる初瀬川のことなのです。











倭国九州王朝時代、現在の博多市街の大半は海でした。




鎌倉時代には陸化がかなり進行したのですが、もともと陸地だったかどうかは博多古図を見れば分かります。




天神はすべて海の中、博多駅は陸で、住吉神社は海に面していました。




ビルを建設する際などに行われるボーリング調査の集計結果によると、広い範囲が液状化現象に要注意です。




ウォーターフロントの一部(石城町とか長浜)では、例外的にボーリング中に大きな石にぶつかり、先に進めないエリアがありますが、伏せられています。




そこは古代の海底土木工事が行われた所ですので、九州王朝を否定する人たちにとっては不都合な事実です。




さてタイトルのことですが、博多が熊本のようになっては大変ですので「Stop MME right now !」と叫びましょう。



 




話のついでに・・・ 





「大名古屋ビルヂング」で盛り上がっている名古屋駅周辺の古代は海でしたので、池上氏がTV番組で警告しているように、もし狙われたら名古屋駅界隈は壊滅状態になり、今は負けている“栄”地区が息を吹き返すことになるかもしれません。










201510月5日の当ブログ 善正寺の石垣 の続きです。



この畑の上に三門が建っていました。



ここからスタートし竹林を超え、本堂のある右手の丘に向かって回廊が伸びていました。



杉神社を出て農道を北上、西方向にカーブし、初瀬川に架かる上久保橋を渡って坂道を上ると、右手にやや小さめの丸い石を積み上げた石垣が現れます。







石垣の上は現在 畑なのですが、そこに倭国の時代、長谷寺の三門が建っていたと米田良三氏は結論しました。






畑を少し深く掘れば、根石くらいは見つかるかもしれません。



石垣の造られた年代を知る方法は分かりませんが、倭国の時代、石造文化は想像をはるかに超えたレベルだったそうですので、この程度の石垣を組むくらいは朝飯前だったのでしょう。



BSの旅番組でイタリアにあるローマ帝国時代の石垣の説明をしていた

のですが、見た感じでは似たり寄ったりでした。



もう少し地元の人たちが燃えてくれるといいのですが・・・・・






「安倍総理が熊本にいる間、大きな余震がなかった」とか、



「余震は夜に多発している」というネット情報が見受けられますが、



真相は何? 



色々詮索したくなります。



当てずっぽうで「人工地震反対!」



「気象をいじるな!」と街頭活動を展開したらどうなるでしょうね。



「気違~い」と怒鳴られそうですが、



まず試しにやってみては?



元手は要らないのですから。



地下で爆発を起こしたら地面が揺れることは理解できても、



そんなことをやるはずないと信じきっていますので、



国民の大半は「人工地震などあるワケない」という結論になるのでしょう。



性善説がいっぱいの「益ぞチェック JAPA~N!」 郷ひろみ でした。






三瀬村(佐賀県)の倭国長谷寺のエリア内に2本の巨大な杉の木があり、杉神社を形成していました。




何百年も前、何らかの理由でこれらの巨木は切り倒されてしまいます。




この件は孫太郎観音の伝説 として今に伝わっている“二本杉伐採の伝承”ですが、その中で当然の事ながら長谷寺に関しては一切触れられることはありません。




この2本の巨木は長谷寺の象徴的存在でしたので、残したままだと寺がここにあったことがバレてしまう為、時の権力者が切らせたものと思われます。




大和長谷寺のマルチ火災の捏造の歴史と同様、移築の事実 を隠すための一連の仕掛けなのでしょう。




現在、孫太郎観音堂は国道263号線を挟んで杉神社の東にあるのですが、その近辺に巨大な根っこが埋まっているかもしれません。




一般的に言って、伝説にはその裏に真相が隠されている場合がありますので、語り継ぐ人々の気持ちを汲みとる事が大切です。




孫太郎伝説では「消された倭国を後世に伝えたい」という意思が私には感じられるのですが・・・・・


 











“欽どこ”とか“欽ドン!” という番組があって「良い子、悪い子、フツーの子」というコーナーがありました。





本当に金欠ちゃんたちはどこまでやる気なんでしょうね?






普通の自衛官は災害で困っている国民を助ける。




悪い自衛官はスイッチを命令された時刻(例えば ○:46)に押す。




良い自衛官は悪い自衛官の存在を公表する。








話のついでに・・・





五郎丸選手が新天地で先発を外れた理由が言葉の問題と聞きましたが、自衛隊の駆けつけ警護も同じだと思います。




本気で発砲するのか、威圧するだけか、指示が分からないまま撃たれちゃったりして・・・・













今や中学生たちの間ですら話題になっている不自然な自然現象を 




気象学者でも、新聞社員でも、放送局員でも




知らないはずはないでしょう。 




いつまで黙っているつもりでしょうか? 




どこが先陣を切るのでしょうか ? 




ネットでいくら騒いでも、影響力は微々たるもの 




社屋が爆破される覚悟をしてでも 




誰かが猫の首に鈴をつけないと・・・・・・・・・




一日早くUPしました。







大和長谷寺は大嘘にまみれた寺だと、このブログで何度も言い続けておりますが、こんな御伽噺で納得できる国民だとしたら、今の国内政治のメチャ振りがまかり通るのも納得できます。










このガイドブックの文章は一見、筋が通っているように見えますが、言っていることは意味不明です。




焼け残った頂上仏が新作の観音像の胎内に納められ、次に罹災した際、焼け残ったのは胎内の旧頂上仏なのか新作の頂上仏なのか判然としません。




2代目の頂上仏が、そのつど新作の観音像の胎内で6回リレーされたのでしょう。




しかし、頂上仏が焼けずに残り、次の新作の胎内に納められるという繰り返しだったとも考えられます。




しつこいですが、焼け残った頂上仏が新作の観音像の一部なのか、体内に納められた前作の物なのか、ということです。




このような、いい加減な歴史物語で国民を煙に巻いているので、観音像が室町時代の作だと言われれば、「はい、そうですか」とあっさり納得してしまいます。




現在ある観音像は倭国九州王朝時代517年の作であり、清少納言、紫式部(平安時代の者たちは成りすまし)らが目にしていたのです。




世界中の『源氏』ファンが(感動で)泣いて駆けつけるレベルの宝物だというのに、そのような事実をわざわざ隠し続けているのです。




九州王朝の存在は死んでも認めてはならないのです。




認めたら人生が終わってしまう人たちがいるのです。




近鉄長谷寺駅に特急を停車させない 理由は納得できます。


 









当ブログ(2015年7月8日)「大正時代のママ友たち」 の続編です。




あの時の幼稚園児(下の写真)が女学校を卒業して3年目(昭和1411月・〈現在なら大学2年生〉)、グループで熱海旅行中の写真です(右端)。




若い人たちには驚きかもしれませんが、ファッション的には開戦2年前の日本はこのレベルであったワケで、戦争が無ければ、どこまで発展したか想像できません。




無理やり戦争を仕組まれボロボロにされたのが実態でしょう。




こんな平和な雰囲気なのに、この2年後にはアメリカとの戦争が始まってしまったのですから、現代の我々だって、2年後にはどうなっているのか、わかったものではありません。




自分たちの暮らしを守るためには、世界情勢に過敏な位で丁度いいと思います。




写真の女の子は『名古屋教育ママ物語』 の主人公です。