立川基地廃墟遺構群その13 廃墟地区の道と小遺構
陸軍航空工廠・米軍の洗濯工場などがあった立川基地跡の昭島市エリアのちょっとした光景を紹介する。写真は南北を通る縦道。かつて周辺には住宅や工場などが多数存在したが、35年近くが経過し、道以外は鬱蒼とした森になってしまった。ここは希少な鳥類や動物の生息地としても知られているが、植物も希少なものが生えていた。たとえば、本来は雑木林などに生えている希少植物のサイハイラン。工場の建設以前から生えていて、陸軍・米軍時代には消えていたのが、種子が運ばれるか埋没種子から芽生えるなどで、きっと復活したのだろう。なんと東京都のレッドデータでは絶滅危惧1類。このままほったらかしにしてくれればと思ったが、現在は重機によって整地されてしまっている可能性が高い。つくづく基地跡の解体が惜しまれる。なおこの手の希少植物はマニアによって乱獲される可能性が高いため、今後も生息情報の取扱いは慎重に行う。しかし重機に押しつぶされるか、マニアに乱獲され枯れてしまうか、どちらにせよここの希少種には未来はなかったのだが。。。これは東西に走る横道。道路は車両や自転車などが定期的に走るため、タイヤの跡も存在する。巡回を行っている警備車両のほかに、消防の放水や運転訓練なども行われていた。道の名前を書いた立札。「○○番通り」までしか読めなかった。半地下化した施設。最大高さは60cmほど。3520施設と同様、地下配管の管理用か?もしかしたらシェルター(防空壕)の換気用の可能性もあったが、周辺にそれらしい入口などは見当たらなかった。三本煙突の南側にあったブランコ。のちに生えてきた木が、成長と共に勝手にからまってしまっていた。工場の施設跡にあった残骸の山。昔、陸軍航空工廠の機体工場が存在した周辺。2本の電柱には、すでに電線は張られていない。生えてきた木々と同じように直立して、自然と同化していた。