半地下型の3520施設 の南側の角地には、森の中に米軍ハウス(米軍住宅)が一軒だけ埋もれていた。米軍ハウスは、アメリカ軍が1950から60年代にかけて建設した、ほぼ統一規格の木造平屋建て建築で、東京都内では立川基地があった立川市・昭島市や横田基地がある福生市・瑞穂町などでは、現在も普通に目にすることができる。現存するものは日本側に払い下げられたものが中心で、アメリカ軍管理地にある米軍ハウスは、次々と近代的な高層アパートなどに建て代わってしまっている。
米軍住宅 ・米軍ハウス の詳細については、リンク先のwikipediaなどにも詳しい。ちなみに説明ページはなぜか別々。ちなみにこの記事では、特に用語を区別せずに使う。
建物を北側から撮影。赤いリボンが下げられているのは、解体用の目印だろうか?現時点では解体されてしまった可能性が極めて高い。
側面から建物を撮影。現在も残る米軍ハウスは多くが芝生に囲まれているが、ここは鬱蒼とした森の中。立川基地がアメリカ政府から日本政府に完全返還されたのが1977年(昭和52年)11月30日ということを考えると、建物が廃墟化してからおよそ35年といったところだろうか。探索中にはほかにも米軍住宅と思われる建物跡を見かけたが、ほぼ全てが建物の基礎のみといった状況だった。この建物が放置されたのちもこのレベルで現存していることを考えると、他の建物は解体されてしまったのかもしれない。もっとも私が発見することができなかっただけで、実は他にも米軍ハウスが森の中で残っていた可能性はあるのだが。
物置。
玄関。窓ガラスはもちろん存在しない。
台所。キッチンはステンレスのおかげか、比較的綺麗だが、木造部分はどうしても老朽化がはげしい。建設されてからおよそ50年。廃墟化しメンテナンスが放棄されてから30年以上。それを考えるとよく残っているという状況かもしれない。右側の円筒形の物体は給湯器。
窓の外は、まぶしいほどの緑の森。
天井も雨漏りなどで、合板がゆがんで崩落してしまっている。こうしてみると、屋根裏はコウモリの生息地になっている可能性が高そうだ。そのあたりでも、しっかりした調査がしたかった。
トイレと洗面台とバスタブ。当時は多分最先端だった風呂とトイレがセットになっている方式。しかし現在主流のユニットバスではなくて、ちゃんと別々に施工されている。
湯船は少し狭い。体の大きなアメリカ軍の兵隊さんにとっては、より窮屈だったのかもしれない。側面は職人さんがきっちり仕上げたタイル。
暖房。立川基地は煙突のボイラー配管があちこちを走っていたこともあって、蒸気で温めるタイプかもしれない。
建物内の地面には、無数の木の実が落ちていた。大きい粒は、イチョウの種のギンナン。おそらく野生生物の棲家となっていて、排出されたフンがたまり、それが分解され種だけが残ったのだろうと推測。撮影時の3年ほど前に訪れた際には、もっと獣臭さが室内に充満していた。しかしこの時はもう臭いが薄れてしまっていた。
コンセント(プラグ)。日本の形式とは違うのはさすがアメリカ軍の住宅。電圧がどうだったのかも気になる。こうしてみると顔のようにも見える。