windance の亜米利加放浪記 -6ページ目

建築デザイン史

拷問教授との面談

閾値のテーブルを配列に展開する部分には苦労したが、もともとアルゴリズムがシンプルなので、何とか期限内に仕上げることができた。最終課題を提出後、拷問教授からプロジェクトの評価とコメントをもらうことになっていた。


教授の狭い部屋を訪れ、デザイン大学院からcross registerしている、と僕が言ったら、拷問教授はフン、と鼻で笑った。「過去にもデザイン学部に在籍しながらこのコースをとった学生が何人かいたが、皆、途中で投げ出した。あいつらにはついて来られないのだ」 そう(なぜか自慢気に)言いながら、教授は赤字でCと書かれた僕の自由課題を取り出した。


僕は多少不満だったが、当初は実際のリンゴをレンダリングするつもりだったのを、簡単な式で済む等電位面に変更しモデリングの部分を省略したわけだ。まあ、これでよしとしよう。


僕の不満そうな顔を見た拷問教授は、「君には物理学のバックグラウンドがあるように見受けられるが、よくできた自由課題だ。ただ、もっと素晴らしい作品を提出した学生も多かった。」 いったい皆、どんなものを提出したのだろうと、僕は興味津々だった。

最終課題

最終課題は、自由プロジェクトだ。


僕はMarching Cubeというアルゴリズムをテーマに選び、隣接した複数の電子が作り出す等電位面をレンダリングするプログラムと実行結果を提出することにした。


もともと僕は、造形を自動化したい、できるならば建築の意匠設計をマシンにやらせ、運良くコンペに優勝しただけで偉そうにしている先生方を全員コンピュータで置き換えてやりたい、などという壮大な夢を持っている。


Marching Cubeは、小さな立方体に空間を三次元スキャンさせ、各頂点におけるレベル値を閾値と比較することによって不均質な場や媒体を簡単に可視化できる。そういった意味では、造形の自動化だ。立方体が行進しているように見えるので、この名がある。

シェーディング・アルゴリズム

プログラミングの天才たち

面白い形状

できるだけ手を抜いて最大の効果を上げるのが僕のモットーだ。複雑な実測やプログラミングは御免だ。


僕は建築大学院の図書館を漁り、シンプルだが面白い形状を見つけた。角材を立方体の形状に組み上げたものを2個用意し、一方を対角の頂点を結んだ線の周りに45度回転させてもう一方と組み合わせる。そうすれば面は総て角材の側面であるから長方形となり、頂点座標も、立方体をベースにサイン・コサインで計算すれば簡単に算出できる。


僕はボール紙で作ったサイコロを片手に、その形状の写真を睨みながら、長方形の各頂点の3次元座標を紙と鉛筆で書き出した。


この作品が「優秀作品」に選ばれて皆に披露されたのは言うまでもない。他の学生からは、「Is it geometrically possible?」、つまり「幾何学的に可能なのか?」などという質問が出て、「それ見たか、空間センスの無いオタクには理解できないだろう」と、僕は密かに微笑んだ。

初日の課題

クラスの初日に課せられた宿題は、面白い三次元モデルのデータを作成せよ、だった。


データというのは、xyzの空間座標からなる数字のリストだ。3次元モデルは通常、ポリゴンという小さな平面に分割して表現される。通常、ポリゴンとしては三角形が使用される。身近にある物体を細かい三角形に落とし込んだ頂点座標の数値データを用意しろ、というのがこの課題の主旨だ。


提出したデータはそのままグラフィックス・プログラムの入力データとして処理され、画面に表示された結果を教授(以下、拷問教授と呼ぶ)が目で見て成績を判断する、ということになる。


これに対して学生は、さまざまな方法で取り組んだ。


ある学生は、便器の正確なモデルを作成し提出した。どうやって測定したのかは不明だが、教授が披露した優秀作品では、教室の大きなプロジェクターに美しい便器の姿が投影された。


別の学生は、自分の顔のモデルを提出した。もちろん、定規で計測するなどという原始的な方法は使わなかった。友人に頼んで自分の顔に縦横の格子をマジックで描いてもらい、それを2方向以上から写真を撮る。あとは複数の写真画像の2次元情報をもとに三次元座標を計算するプログラムを書き、それによって三次元データを自動出力させたのだ。理屈は単純だが、プログラム開発も含めてたったの一晩で仕上げてしまったのは驚異だった。

コンピュータ・グラフィックス

コンピュータ・サイエンスの学部生を対象にしたコンピュータ・グラフィックスのクラスでは、大変な苦労をした。アルゴリズムとプログラミングの習得を目的としたこのコースでは、理論よりも実践が優先された。


授業の最初の日、いかにもオタク風の若い教授は、「Did you come here for torture? と集まった学生に問いかけた。拷問を求めてこの科目を選択したのかい?という意味だ。 (何てイヤミな先生だろう・・・ オタクには、こういった皮肉っぽい言動をウィットと勘違いしている連中がやたらと多い)


若いうちにとにかく死ぬほどプログラミングをさせ、身体で覚えこませるというのがこの大学のコンピュータ・サイエンス学科の方針だった。ビルゲイツはきっと優等生だったに違いない。

電動タイプライター

僕は大学周辺のジャンク屋で、プリンターと同じパラレルポートがついた古い電動タイプラーターを見つけてきた。それをコンピュータに接続すれば、プリンターとして使えるわけだ。


高校時代のアメリカ留学の経験から、昔のリサーチ・ペーパーにはクーリエのフォントが使用されていたことを思い出し、PCのワープロを使ってクーリエ・フォントによる論文の体裁を整えた。あとはそれをタイプライターに打ち出すだけだ。もちろんオートフィードではないから、一枚打ち終わったら手動で新しい紙を装着しなければならないが、せいぜい数ページのレポートだからそれほど手間のかかることではない。


僕はPCの印刷ボタンをクリックした。


パタパタと音を立てながら僕の論文を打ち出していくタイプライターを眺めながら、僕はコーヒーを片手にご満悦だった。機械とはこうして使うものだ。あっという間に印刷が完了するレーザープリンターと比較すると、まるで手作業のように一文字一文字を打ち込んでいくタイプライターは実に原始的だが、膨大な作業を自分に代わって手際よく完璧にこなしてくれているのが実感でき、妙に情緒があった。


厚めのタイプライター用紙に印字された10枚のレポートをミンスキー教授に手渡しした際、教授は「珍しいなあ・・・」とつぶやいた。彼は僕の論文にAをくれた。

レポート作成の工夫

レポートをまとめる際、僕はひとつの工夫をした。


教室いっぱいの学生が毎月レポートを提出し、教授はそのすべてに目を通してコメントを書き込むのだ。レポートの評価は成績に大きく影響するため、中には意気込んでかなりの長文をまとめる学生もいるだろう。人工知能に関しては全く無知な僕が何を書いても勝ち目はない。


こんな時に大切なのは、「まず目立つこと」だ。とは言ってもカラーでレポートを印刷でもしたら、それこそ内容が問われる。そこで、レーザープリンターやインクジェットでのレポート提出が当たり前になっていた当時、僕はあえて「ローテク」を採用することにした。