windance の亜米利加放浪記 -7ページ目

Society of Mind

このクラスにおける課題は、4通のレポートだった。ミンスキー教授の有名な著書Society of Mind(邦題:心の社会)の好きなページを読み、そこで展開されている理論に関するコメントをレポートにまとめるのだ。


他の科目と比較すると嘘のような簡単な課題だったが、このクラスの教授ともなれば学生を鍛え上げるなどという世俗的使命は完全に超越している。


この本はそれ自体が脳細胞のような構成になっており、論旨はひとつひとつのページで完結する。従ってどこから読み始めても構わない。かなり分厚いその本をだいたい読み終わると、各ページの論旨が互いに結びつき合い、ひとつの体系を構築するようになっている。


電子媒体ではないのでハイパーテキストのように項目ごとが相互リンクされている訳ではなく、逆に厳密なリンク関係や章立てを意図的に省くことによって、そのあたりを読者の脳の働きに委ねようという実験的試みだ。各ページのテーマは具体的で比喩が多く、抽象論とは無縁で非常に分かり易かった。


Society of Mindは、今でも僕の世界観に大きな影響を与えている。

人工知能

最も楽しく有益だったのは、人工知能の世界的権威、マービン・ミンスキー教授の講義だった。毎週水曜日の夜18時から3時間程度、ぶっ続けで行われた。MITで行われるこの講義には、コンピュータ・サイエンスのみならず、心理学や医学などあらゆる分野の大学院生や学部生が集まってきた。人工知能は、認知神経心理学の中心的分野で、脳神経外科の学生にとっても非常に興味のあるテーマなのだ。


満場の学生を前に教壇に立つミンスキー教授は、終始一貫した講義スタイルを貫いた。最初にひとりの学生を指名し、適当な質問を投げかける。あらかじめ準備したテーマではなく、「今日は暑いな・・・ところでキミはこの部屋の湿度はどれくらいだと思う?」みたいな感じだ。


それに対して学生が「そうですね・・・手元に湿度計がないから分からないのですが昨日の湿度は50%だったとテレビで言っていました。人間の体感湿度は湿度の平方根に比例しますから、今日は多分70%ぐらいだと思います・・・」と、多少頭の良さそうなことを答えるわけだ。


学生が凝った回答をすればする程、ミンスキー教授は待ってましたとばかりに、そこからウェブのように推論を広げていく。どんな話題であっても、どんな分野であっても、その豊富な知識と推論の明確さは、常に満場の学生たちを魅了した。


時折チャレンジする生意気な学生もいるが、それに対して教授は声を荒げることもなく、ウィットを交えながら実に明快に回答していった。こうして学生との問答は3時間以上、休憩もなく延々と続く。教授は時々タバコを吸いながら、楽しそうに会話を続けた。もちろん会話の随所には、脳のメカニズムや知識の蓄積パターン、神経の伝播速度、フレーム理論など、彼の専門である人工知能分野の先端知識が散りばめられていた。


そんな彼の講義に聞き入りながら、僕はちょっと安心した。こんな偉大な学者が、禁煙大国アメリカで(しかも教壇で)タバコを吸っている姿などは想像だにできなかったからだ!

クラス・ホッピング

コース選択

もちろん、コースの選択は学生の自由だ。修士号取得の条件として規定された単位数をクリアーし、担当教授の承認があれば、自分の好きなようにカリキュラムが組める。ただし毎学期開催されるコースは少ないので、綿密なプラニングが必要だ。


最初の2週間ぐらいは興味のあるクラスに自由に参加し、どれに最終決定するかを吟味する。ただし授業は迷っている学生を待ってくれないので、早めに腹をくくる必要がある。


いったん履修を決定すると途中で放り出すことはできず、A、B、C、D、Fの5段階で評価される。評価に容赦は無い。FはFail、つまり落第を意味するので、大きな汚点となる。C以下の成績がつくのを嫌う学生も多く、勝ち目がないと判った時点でドロップアウトする者もいる。ドロップアウトした学科はNO CREDITというマークがつき、成績表には残らないのでまだましだ。ただしそれまでの課題に費やした膨大な時間は水の泡となる。

科目の密度にもよるが、通常、毎学期4つの科目をとる。なんだ、たったの4科目か!などとあなどるなかれ、密度がめちゃくちゃに濃いのだ。毎日講義がある科目もあるが、通常は1日置き程度、ただし課題の量が半端じゃない。1日に平均2~3科目の講義に出て、あとは課題に取り組む。


最初の学期は僕も気合が入っており、基礎的な科目が多かったせいか、ストレートAをとることができた。

ミッチェル教授

教授の研究室

ボストン訛り

ここはアメリカ?

ボストンの夏は異常に蒸し暑い。


大学から紹介されたコンクリートの高層アパートに入居した僕は、この街の独特な雰囲気に少々面食らった。ちっぽけなコンビニ、うさぎ小屋のようなアパート、アメリカには存在しないと思っていたゴキブリ、両脇にびっしりと車が駐車した狭い道路・・・ カリフォルニアや中西部のカルチャーになじんでいた僕は、ここはアメリカではない、と感じた。


僕のイメージするアメリカとは、新天地を求めてヨーロッパから移住し、理想の地を築き上げようと、エスタブリッシュメントから逃れながらひたすら西へ移動し続けた、開拓者精神に溢れた異端児たちだ。彼らに似合うのは、広大な土地と恵まれた自然、焼いて塩をかけただけの飾らない食べ物などだ。


ボストンやケンブリッジは、そんな開拓者イメージとは無縁、気取ったインテリもどきがうようよしているといった感じだった。

大学時代の放浪記はこれでおしまい

日本のダンス