windance の亜米利加放浪記 -18ページ目
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カルチャーギャップ

裕福なこの家族は、経済力も生活習慣も物の考え方も、日本の僕の家族とは全く異なっていた。


ただし、経済力があるとは言っても、子供たちに多額のお小遣いを与えて好き勝手させ放題ということは決してなかった。ブ~ブ~不平を言いながらも芝刈りやプール掃除をし、無断で外食をすることはなかったが、食卓ではいつも壮絶な兄弟喧嘩が繰り広げられた。未熟で我儘な子供たちなのだが、彼らは成熟した大人として扱われ、家族の一員としての役割が存在し、常に議論があり、葛藤を経験する。


両親や年配者を敬うことを当然のように考えていた僕にとって、子供が親と対等に口をきくということは新鮮だったし、感情的な罵詈雑言は聞くのは嫌だったし、反抗的な子供に対して両親がなぜこんなに落ち着いていられるのだろうと不思議だった。当然、僕はなかなか「家族の一員」という気持ちにはなれなかったが、やがて自分が「子供」として入り込もうとするから無理があるのだということに気づいた。

ホストファミリー

自家用飛行機

オリエンテーションの最終日に、僕のホストファミリーは西海岸まで自家用飛行機で迎えにきてくれた。


お父さんが操縦する6人乗りのプロペラ機で、奥様と3人の子供に僕を加えると、ちょうど座席がいっぱいになる。このサイズの飛行機に乗るのが初めての僕にとって、「ロッキー山脈越え」は緊張の連続だった。


雲の中を通過するとジャンボジェットでも揺れを感じるのは皆さんご存知だろう。これが6人乗りとなると、ロッキー山間部の上昇気流や乱気流によって、風に揉まれた蝶のようにヒラヒラ・フラフラといった感じになる。スト~ンと機体が落ちると、奥様が「オ~、ジョージ!」(Oh, George!)とため息をつきながら注意をうながす。子供達は慣れっこだ。僕は顔がだんだんと青ざめていく・・・


やがて、気分が悪くなり嘔吐を繰り返すようになった僕を見かねて、近くの空港に連絡して着陸許可をもらい、ホテルで一泊の休憩をとることになった。

オリエンテーション

留学試験

姉の帰国

まえがき(3)

僕が最も若い頃から、そして長期間滞在したのがアメリカ合衆国だ。高校時代に1年、大学時代に1年、そして会社に入ってから2年の合計4年間、よくもまあこんなに飽きもせずにあのメシのまずい国に舞い戻ったものだと自分でも関心する。


味蕾(みらい)の数が異常に少ない人種なので味がわからないのだと暴言を吐く人もいるが、もともとはヨーロッパ人だ、荒野の開拓に忙しくて食文化を発達させる時間がなかっただけのことだと僕は思う。


開拓の合間に簡単に出来る食べ物は、なかなかの逸品が多い。ステーキ(特にプライムリブ)、コーン、ローストチキン、脂ギトギトのソーセージとハッシュブラウンと熱を加えすぎたエッグが定番のアメリカン・ブレックファーストなどは、アメリカが生んだ食文化だと言ってもいい。


反面、東部のスノッブたちが自慢気に通う高級レストランに雰囲気以外のものを期待してはいけない。イタリアン、フレンチ、チャイニーズ、ジャパニーズ・・・ どれをとっても、歴史が鍛え上げたな複雑な味覚や装飾に無頓着なアメリカ人によって、バターと塩でワンパターンに「味付け」されてしまっているからだ。

まえがき(2)

何でも体験してみないと気が済まない性格の僕は、どこへ行っても無茶をした。英語がネイティブということもあり、会社では全世界のさまざまな海外プロジェクトにアサインされた。デザイン・プロジェクトで、ローマに2ヶ月近くいたこともある。パリ、ミラノ、ロンドンその他のヨーロッパやアジア方面の出張も含めると、海外の滞在期間は5年以上になるのではないかと思う。


姉妹ブログ windance の部屋 では、アメリカ以外の体験談を綴った「伊太利亜放浪記」などのカテゴリーも作ってあり、折をみて掲載していこうと思う。現在は僕の大好きなスポーツ「ウィンドサーフィン」やマウイ情報について掲載中だ。サーフィンよりも遥かに自由度が高くジャンプやエアーも楽しめるこのスポーツは、残念ながらマウイ島あたりに行かないと醍醐味を体験できない。その魅力をできるだけ分かり易く皆さんにお伝えしようと、暇を見て書き綴っていく予定なので、請う、ご期待!

まえがき(1)

僕のこれまでの人生のうち、合計4年間はアメリカ合衆国での留学生活だ。そのせいか、僕の発想や態度にはアメリカ人のオープンでテキトーな気質が刷り込まれているような気がする。食べ物の好みなども考えると、僕の身体には半分(正確には7分の1だが)アメリカ人の血が流れているのではないかと思うこともある。


そこでこのブログでは、アメリカという不思議な国によって僕の放浪癖がどのように育成されていったかなどを中心に語り綴ろうと思う。とは言っても、あっちへ行ったりこっちへ行ったりとフラフラしていた訳ではない。渡航目的の殆どは留学または仕事であり、その合間を利用してたまたま自分の好奇心を満足させただけのことだ。

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