windance の亜米利加放浪記 -14ページ目

実体験の記述

Indifferent World

Expository Prose の授業

ある日、Expository Proseの担当教授だったスタビグ教授は、厳粛な顔で教壇に立ち、こう言った。


「昨日のテスト結果を発表するにあたり、とてもショッキングな事実をお伝えしたい。米国学生に母国語である英語を教えている教授として、大変恥ずかしい。今回のテストで最高点をマークしたのは、驚くことに東洋の全く異なる言語圏において、外国語として英語を勉強してきたこの青年だ・・・」


それを聞きながら、普段は挑発的な口調でペラペラ喋り捲っていた女の子たちが苦笑いしていたのが印象的だった。


このクラスでは、週に3回、レターサイズの用紙に数枚程度の散文を書いて提出することが課せられた。


僕の戦略は単純だった。文法には自信があったが語彙に不安が残る。普通の文章を書いていては注目されないし、理論的な文章も米国人にはかなわないだろう。内容で勝負だ。そこで、実家で読んでいた朝日新聞の天声人語の記事をヒントに主題を固めることにした。記憶に残っているフレーズを頼りに、内容を自己流に膨らませて意味付けするのだ。


この戦略は大当たりした。スタビグ教授は僕の英作文力を褒め称え、「君は外国人としては異例な英語表現力がある」などとコメントしてくれた。彼は提出された散文を自宅で添削する際に、毎回僕の散文を奥さんに読ませては(なぜか)自慢していたそうだ。


僕自身、詩的な表現になるように語彙を選び、発音した時のフレーズのリズムや韻などにも気を遣ったので、なかなかの名作が多かったように思う。いくつかは紙で残っているはずなので、機会があったらここに転載できるかもしれない。とりあえずは思い出すままにいくつか例をあげよう。

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