人工知能
最も楽しく有益だったのは、人工知能の世界的権威、マービン・ミンスキー教授の講義だった。毎週水曜日の夜18時から3時間程度、ぶっ続けで行われた。MITで行われるこの講義には、コンピュータ・サイエンスのみならず、心理学や医学などあらゆる分野の大学院生や学部生が集まってきた。人工知能は、認知神経心理学の中心的分野で、脳神経外科の学生にとっても非常に興味のあるテーマなのだ。
満場の学生を前に教壇に立つミンスキー教授は、終始一貫した講義スタイルを貫いた。最初にひとりの学生を指名し、適当な質問を投げかける。あらかじめ準備したテーマではなく、「今日は暑いな・・・ところでキミはこの部屋の湿度はどれくらいだと思う?」みたいな感じだ。
それに対して学生が「そうですね・・・手元に湿度計がないから分からないのですが昨日の湿度は50%だったとテレビで言っていました。人間の体感湿度は湿度の平方根に比例しますから、今日は多分70%ぐらいだと思います・・・」と、多少頭の良さそうなことを答えるわけだ。
学生が凝った回答をすればする程、ミンスキー教授は待ってましたとばかりに、そこからウェブのように推論を広げていく。どんな話題であっても、どんな分野であっても、その豊富な知識と推論の明確さは、常に満場の学生たちを魅了した。
時折チャレンジする生意気な学生もいるが、それに対して教授は声を荒げることもなく、ウィットを交えながら実に明快に回答していった。こうして学生との問答は3時間以上、休憩もなく延々と続く。教授は時々タバコを吸いながら、楽しそうに会話を続けた。もちろん会話の随所には、脳のメカニズムや知識の蓄積パターン、神経の伝播速度、フレーム理論など、彼の専門である人工知能分野の先端知識が散りばめられていた。
そんな彼の講義に聞き入りながら、僕はちょっと安心した。こんな偉大な学者が、禁煙大国アメリカで(しかも教壇で)タバコを吸っている姿などは想像だにできなかったからだ!