例えば、このような漸化式を考えてみましょう。なおパソコンの表示環境上。第n項をa(n)と書きます。



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この場合に、特性方程式というのがあり、解xを求めて機械的に変形するテクニックが書かれております。


しかしそれでは、なぜそれで変形できるかということがわからない。

つまり、単に手続的な知識に頼っているということです。



そこでUBQでは、このように教えております。


いま、数列というのを、nが自然数の値を取り、それに対して項が決まる関数と考えてみましょう。

そうすると、この漸化式を、a(n)が決まれば a(n+1)の値が決まる関数と考えましょう。

そこで、これをグラフィックに示すために、y=4x+3という関数を考えましょう。



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この関数を図示すると、a(1)が3のときにa(2)が

15になるというのは、このx=3に対応してyが15になると説明できます。

次に、15をx座標にとるということについて、非常に便利のいい方法があります。


15が出たときに、x 座標にもう一度15のところをとって、それを上にあげてy=4x+3の直線にぶつけてy 軸の値を見れば63になります。これをくりかえすことが「数列の帰納的定義」に他なりません。


しかし、こういう方法をいちいちやっていたら大変です。



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そこで、y=x というグラフを重ねて書きます。


そうすると、この15の時に真横に行ってぶつかったところが15になるので、それを上にあげていけば63。


ということは、これを書いてみると、



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というように、y=x のグラフを書いて、その間を点線で描いたようにしていけば、項の値が出てきます。


そうすると、元の漸化式の邪魔な定数項を取って等比数列に変形するためには、y=4x+3を、原点を通るように平行移動しなければなりません。



もうこれまでの説明でお分かりかと思いますが、a(n+1)とa(n)のどちらも、

xとおいて特性方程式を立てるというのは、

y=x との交点を求めて交点を原点に平行移動しているのですy=x との連立方程式ですから、当然、xとyの値は同じになります。



よく受験生が間違える特性方程式を解いた後の変形において、+なのか-なのかということは、絶対に間違えるはずがありません。



UBQ数理フォーラム の受験ブログ ↑意味不明の解説!数学嫌いが増えるだけ。

どこの教科書や参考書にも載っている平行移動の公式


y-β=f(x-α)


を使っているわけですから、変形が-(マイナス)なのは当然のことですね。



次に、隣接3項間の特性方程式となると、ますます訳が分からなくなることが多いようです。

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一般の参考書には次のような説明が書かれていますが、これではやはり、数学の本質がわからなくなってしまいます。



私は、特性方程式を使わずに、こういう変形によって指導しています。



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以下のように変形をすれば、途中の変形の式を記憶に頼ることがないので、ひとりでに求めたい変形が出てきます。



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つまり、こうすれば変形ができるということは、足して3(-3でも同じ)、かけて2(-2でも同じ)になる2つの数を探せばよいということになります。



したがって、そのことから特性方程式の説明ができるわけです。


注 : 上記はブログの性質上、簡略な説明であり、図は必ずしも正確に書かれているわけではありません。

2022年9月25日


明治時代に 新政府が発足した時に 義務教育の制度が作られました。


 


義務教育と徴兵制がセットになって作られていることに注目していただきたい。



日本の歴史は古すぎて古代はよく分かりませんが 古事記日本書紀の時代から なんだか の争いや取引交渉によって 大和朝廷が 多くの豪族を従え 日本において 統一王朝を作ったとされています。

そしてその後日本国内において 戦がなかったわけではありません 。

大化の改新( 乙巳の変) など 様々な合戦や戦が ありました。



それらの戦争や戦については貴族 やその 一族 及びその家来 が 戦闘員になったわけです 。



その後歴史で習ったように武士の時代になりました 。

鎌倉幕府が京都の 朝廷 をせめて戦った際に大きくターニングポイントが ありました。


貴族や 朝廷が サムライ に負けた最初の戦いだったわけです。


貴族の世の中から武士の世の中になったわけです。

その後江戸時代に徳川幕府が強力な軍事体制を作って長きにわたって日本を支配したわけです 。

ところが徳川幕府は新政府に 完敗いた しました。



ここにおいて極めて重要な歴史的な 転換点がありました。



極めて優秀な サムライを 使った軍隊よりも 町民や 農民を含む 一般庶民を 徴兵して画一的で 言われたままに従順に命令に 従う 組織的な軍隊を作った方が強いということが 証明されました。 


そのために最も必要なのは武士道ではなくて 学校教育 だったわけです。



戊辰戦争でも上野彰義隊でもそれまでの 徳川幕府で鍛えられた サムライ は一般庶民を集めた組織的な軍人に敗北して行きました 。 手も足も出ませんでした 。


その後西南戦争 神風連の乱 五稜郭の戦いを はじめ 不平士族の乱というのがたくさんありました。


ことごとく 訓練された画一的な軍隊に敗北しました。




映画やドラマに出てくるように馬に乗った 侍が 敵陣に突入して片っ端から 相手をやっつけるという時代は終わったわけです 


弓矢の達人とか剣道の達人は もういらなくなったのです。


何も考えずにただひたすら唯々諾々と命令に従う訓練された一般人を集めた軍隊の方が強いということが分かったからです。 宮本武蔵のような剣の達人は軍隊にいてもらっては困るのです。


右向け右と言ったら一斉に右を向くような軍隊ではなければ勝てないわけです。


そして身体能力も同じような背の高さ同じような手の長さ同じような人間を揃えて軍隊を組織した方が強いわけです。


軍隊に前に進めと命令したならば 走幅が同じでなければなりません。


だから同じような脚の長さや身長座高の人を集めなければならないわけです。


もし一人が遅れたり一人が進み過ぎたならばそこから前線が崩れて一気に敗北してしまいます。


突出した身体能力を持つ人がいたらかえって軍隊は弱くなるということもわかりました。 特別に 走るのが速いとか 槍の名人とか鉄砲の名人はかえって邪魔になったわけです。全員が右利きの軍隊を作らなければ一斉に射撃ができません。したがって左利きの人間は矯正すると言って悪いことのように言われました。


義務教育で昔座高を測ったのもこれが原因だと言われています。



強い軍隊を作るためには 画一的な義務教育が必要だったわけです。


義務教育で 保護者に学校に行かせる義務が法律で決まっているのはなぜか?


富国強兵のためだったわけです 。



ワーグナーは決して派手派手しい音楽ではありません。


ものすごい叙情性のある音楽です。


 



ワグネリアンも繊細な人間で傲岸不遜でありません。


ピアノ編曲を聞けば浮き彫りになると思います。


パルシファルの前奏曲のピアノ編曲バージョン。静かに静かに静謐にワーグナーは聞きましょう。決して大きな音では聞いてはいけません。


バイロイト音楽祭に初めて行った人が今まで大音量で聞いたらことを恥ずかしがっていました。


 


 

 



大変困ったことに、学校や塾で教えていると、とりわけ小学生には、漢字について次の3つの誤解があるようです。


1. 漢字の書き順には決まりがあるのか。

2. 漢字の「とめ・はね」には決まりがあるのか。

3. 漢字の送り仮名には決まりがあるのか。



漢字の書き順が間違っているとか、送り仮名が間違っていると指摘される先生がなかにはいらっしゃることも事実です。漢字の書き順に正しいとか間違いとがあるのであれば中国で漢字の書き順は日本と全く同じなのでしょうか?


一例をあげてみましょう。


《木ヘン》はなぜはねてはいけないのでしょうか。



こういったことについて、京都大学教授の高名な阿辻哲次先生が、「漢字再入門」(中公新書)という本で、具体的に指摘されています(ただし、送り仮名については述べられていません)。

まさに、目からうろこが落ちる。今まで教えてきて、いろいろなストレスを感じていたことが一気に解決した思いであります。


本書50~51頁にまたがる項では、次のようなことが書かれています。



《木》ヘンや《手》ヘンははねてもとめてもかまわない



(前略)



漢字の筆画で「はねる・はねない」などにこだわる先生は、「厳しく指導している」のでもなんでもなくて、どのように書くのが正しいのか自信をもって指導できないから、単に辞書や教科書の通りでないと正解にできないだけのことなのです。つまり正解か誤答かを判断する論拠として、教科書や辞書に印刷されている字形にしか頼れないというのが実情ですが、しかし先生方の多くは、その教科書や辞書で印刷されている形が、どこでどのように定められ、またこれまでどのように変化してきたかなどについては、まったく考えようとされません。

(以上引用終)



なお、本書の記述内容を部分的に取り上げると、誤解を招く恐れもあります。

本ブログを御覧の方は、本書全体をぜひとも御一読されることをお勧めいたします。


昔、UBQで駿台高校受験模試をした時のこと。

原点に頂点がない二次関数の独立変数が整数値をとるときの最小値を求めよ。

という問題がでた。答案を分析してみると対照的なY君とN君の解答がでてきた。

 

その半年前の授業で最小値とは

 

1.ある値が存在して。

2.かつその値より小さな値が存在しない

状態のことだから、シュワルツの不等式は2のみを述べている不等式であって等号成立条件は1.を述べているのだと

教えた記憶がある。

 

さて、Y君の答案を見て驚いた。私の教えたことを上記の説明を一字も違(たが)えないで書いて満点だ。

 

 

一方。N君の答案は、私の教えたことを無視して自分で勉強した二次関数の平方完成やら、整数のUBQでは教えていない性質を使って満点だ。

 

 

次の授業で言った:

 

Y君は私の教えを忠実に守る誠に困った生徒だ。N君は私の教えを無視する大変、立派な生徒だ。皆さんはN君を見習うようにして下さい。


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

上段、左からN君(東京大学理科3類進学)、Y君(東京大学文科2類進学)

下段、左からS君(慶應義塾大学経済学部進学)、T君(京都大学理学部進学)

UBQが目指すもの。


それは超一流の2軍監督である



プロ野球で一番大切なのは2軍である。岡田阪神が優勝したのも前2軍監督であったから、優秀な若手を抜擢できたからだ。広島の黄金時代も西武の黄金時代にも。それに先立つ2軍の強さがあった。一軍の主力選手がケガで離脱。控えや2軍から昇格した若手選手がつぎからつぎに大活躍。こういうチームが、長いペナント・レースを制するのは歴史が証明している。


イチローだって松坂だって、最初はキャッチ・ボールや素振りから始めたはずだ。そのときに適切な指導者がいたから今のイチロー・松坂がある。おかしな指導者に出会っていれば潰れていたかもしれない。


仰木監督は凄い。あのイチローでも最初の一年は2軍生活だ。2軍に面白い選手がいるときいて、鈴木ではインパクトがないと登録名をイチローにかえて大抜擢。その後の活躍は衆知のとおり。


これは昔、本で読んだ話。

イチローが新人のとき3安打したが、チームは惨敗した。イチローがしょんぼりしているのを見て、仰木監督が厳しく注意したとの由。


3安打してなんで喜ばないのか?

チーム全体のことを考えるのは、ベテラン選手や監督のすることだ!

お前はいつからベテランになったのか!!  もっと自信を持て!


伯楽の一顧を得る・・・ことの難しさか。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

ありし日のUBQの風景:右から東京大学理科3類進学。東京大学理科3類進学。岡山大学医学科進学。東京医科歯科大学進学。東京大学理科2類進学。


*個人が特定できないよう、画像を加工しています。

2021年4月3日 オリジナル投稿
 

この続きです。 音楽を楽しんでいる 1個人の感想ですが音楽というのは一体何なんでしょうか?


 







教科書では音楽には楽器が作る楽音と自然音があると習います。猫が鳴いてるのは音楽なのでしょうか。 人間が朗読しているのは音楽なのでしょうか。


鳥のさえずりは音楽ではないのでしょうか。


最も素晴らしい楽器は人間の声帯であると言われます。



女性ボーカリストを称える言葉として電話帳を読み上げただけで聞いてるものが涙するという言葉があります。



行き詰めてみると声そのものなんです。



冒頭の部分を聞くとサイレーンのように声を出しているだけです。

サイレーンというのは海で人間を惑わす女神のことです。

声で人間を誘うわけです。

スターバックスのマークにある女神です。




こうなると声を出しているだけです。

歌詞がありません。メッセージは何もないはずなのに強いメッセージが感じられます。


その声が言霊となって響くと思わざるを得ません。
 




2021年4月4日 オリジナル記事

以下敬称略


 


YouTube で宇野功芳の指揮する音楽が様々出ています。


 



音楽評論家として非常に個性的な文章を書いている方です。

音楽評論家というのは自ら指揮して CD を出すということをあまりしないんです。

自分で指揮をするとハレーションが生じてしまいます。

料理評論家は自分で料理しません。
教育評論家は自分で授業しません。
自動車評論家は自分が乗っている自動車は明らかにしません。



上で挙げた YouTube は全くのド素人の好き勝手な演奏です

ど素人という言葉が悪ければアマチュアと言いましょう。

フルトヴェングラーは偉大な素人と言われました。

Herbert von Karajanは最高の贋作家と言われました。

スイスで Herbert von Karajan の実演を聞いたことがあるのですが CD の演奏と全く変わりがありませんでした。

関心はするけれども感動はしないと言った人がいます



さて音楽というのは一体何でしょうか。

元々バッハやモーツァルトの時代にはプロの管弦楽とか指揮者というのはいませんでした。

コンサートホールもありませんから室内楽は文字通り貴族の部屋や教会の中で楽器が上手い一般の人間が集まって演奏していたわけです。

音楽の演奏は全てアマチュアのライブ演奏だったわけです。

現在のようなプロのオーケストラが 最新の技術を駆使してCD を録音して作るような時代ではなかったわけです。

一流のオーケストラとは何でありましょうか。

アマチュアオーケストラよりは優れた演奏ができるんでしょうか 

プロの合唱団はウィーン少年合唱団よりも優れているのでしょうか。

私は近所の小学校の学芸会から聞こえてくる演奏に感動することもあります。


今までで最も感動したヴェルディはエジプトのカイロで聞きました。

カイロのレストランでピラミッドの見えるところです。

レストランの前でお客さんのサービスとしてアイーダ行進曲をトランペットで演奏していました。

レストランの従業員がやってるだけのことですがとっても感動しましたね。

宇野功芳の様々な演奏を見ておりますと本当に楽しそうなんです。

傍から見てるとアマチュアの好き勝手そうに見えますが楽しければそれでいいじゃないですか。

音楽って何でしょうか。

専門の音楽家や学者が聞いて判断することでしょうか。

畢竟音楽というのは楽しみなのか、
それとも専門の音楽学者が唸りながら評価をするものでしょうか。

音楽というのは学問なのでしょうか。