■UBQに6年間学んで
     

 岡山朝日高等学校卒 S君



   
以下、肩書き・所属等は原稿執筆時のものです

「受験というものが世の中の極めて片隅の競争であることを忘れてはならない。」この言葉は私が東京大学理科Ⅲ類に入学した際の入学式での佐々木東京大学総長のものです。私にはこの言葉が実感を持って伝わってきます。入試というものは極めていびつな競争です。そのいびつ性は第一にその競争の過程で精神的な成長を伴うことが必ずしも必要とされていないこと。第二に本人の強い使命感を必要としないことです。


私は受験を通して強く感じそして憂えていました。そして現実に東京大学の学生になってから学生を見るにつけてそうした志が低く且つレベルの低い学生が多くいることに愕然とさせられます。(もちろん志の高い学生の割合は日本では高いほうであると思いますが・・・)彼らは学ぶことの意味を深く考え、自らの学びの姿勢を内省することなく、巨大な受験産業の歯車にはめ込まれ、受験に合格するということのみを演じるピエロとなっているからにほかなら無いと思われるのです。


しかし受験においては実はこの方が楽なのです。猛烈な使命感とか学ぶことについて深く考えるということは受験といういびつな競争の中では役に立ちません。もちろん大学で先生方と話をしていると先生方がこのことを非常に危惧されていますが、残念ながら日本の学歴社会が学生の成長過程ではなく出身校のみに意味を置くことがまだ主流である限りピエロとなりたい人間は多く存在するでしょう。


しかしUBQにはこうしたつまらないものを全く必要としないものがあるということを強調しこの文章をはじめさせていただきたいと思います。


 私は6年間UBQに通いました。風邪を引いて熱を出した日も休まず通いました。今もUBQというのは「学び」を語る上では「故郷」とも呼べる存在です。そこで行われる授業はひとつのことを考えつくすことの楽しさを与えてくださり、常に本質は何かということを大事にする姿勢を大切に常に本質を私たちに伝えてくださるのです。


「哲学」という言葉がphilosophy(知を愛する)という意味であるとすればまさしくUBQはかつてのギリシアのそれのように哲学の教場であるといえると思います。また一般の教育産業とは異なり、私たちに文化(文化はcultureの訳語で教養という言葉と本来同義です)を垣間見せてくれます。いったいどこにカンディンスキーの絵が飾ってあり、モーツァルトやバッハを聞かせてくれる教場があるでしょうか?


わたしはこうしたUBQの姿勢がたまらなく好きでした。たとえばモーツァルトの交響曲40番の第一楽章ほど英文の構成に似ているものはないと思うのです。バッハを聞けば数学的帰納法に思いをはせることができます。しかしUBQは小難しい難解な塾ではありません。(世間ではそういわれているようですが、それは中一から入塾していないからです)


本当に初歩から教えて頂きました。アルファベットの読み書きを習い、辞書の引き方を習い、不規則活用の練習をし、因数分解を練習し、ルートの意味を習い、そうして学んできました。むしろ普通以上に基礎をしっかりさせてそして飛躍することなく頂点を目指すという姿勢が貫かれていました。その結果、確かに中学一年生にして東大入試の問題を解くということが起こったりしますが決して背伸びというわけではなかったと思います。


 そんな私も昨年の夏UBQに里帰りをしました。UBQ夏期講習の非常勤講師を務めたのです。UBQ在学中も東京大学理Ⅲの先輩、京都大学数学科の先輩などのOB講師に非常に刺激をうけ、憧れ、今があります。


 卒業生講師のお一人は東京大学大学院博士課程に移られ、この間キャンパスでTA(大学の先生の補助をする制度)をされている姿を見かけ、懐かしいお話をし、今度ご飯でも、ということになりました。理Ⅲの先輩は現在立派な医師になられており、母同士が今も繋がりを持たせていただいております(長山先生のお引き合わせ)。こうした繋がりはUBQの力であり、まだ中高校生だったころOB同士の会話のレベルの高さを思い知り、いつかは仲間に入りたいと思っていました。


 今、私があるのは間違いなく長山先生のお導きがあってこそなのです。その長山先生が受験の前に必ずされるお話。それは「感謝の気持ちで受験しなさい」ということです。その言葉には支えてくださった周りの人への感謝にとどまらず、今自分が受験をすることができる境遇にあるということの全てに感謝せよと言う教えです。つまるところ有名校に合格すると言うのはそのチャンスを与えてもらったからに過ぎません。


自分が他の人より優秀であるから何をやっても良いと考える難関大学の学生が多い中、「感謝の気持ち」を大切にこれからもこの幸運を社会の為に還元すべく頑張らなくてはなりません。「東大理Ⅲ~天才からの云々」と言うつまらない題名の書物がありますが、そのような商業主義に踊らされること無く、受験と言うものを捉えていっていただきたいと思います。



 最後になりましたが、長山先生にお礼を申し上げると同時に岡大附属中学校、岡山県立岡山朝日高等学校の先生方にもお礼を申し上げたいと思います。


特に朝日高校の先生には、元来がり勉タイプというよりは、部活や生徒会活動などの課外活動ばかりに力を入れてしまいがちな私を時には声を荒げて叱って下さいました、その優しさに感謝しております、勉強で悩んでいるときも本当に親身になって相談して下さいました、その厳しさに感謝しております。この場を借りてお礼申し上げたいと思います。(東京大学理科Ⅲ類進学)



■UBQに6年間学んで     

 岡山白陵中学・高等学校卒   A君
                  
 UBQをはじめて訪れたのは中一の春。それは刺激を求めて、という言葉が一番ピッタリとくるかもしれません。

中学入試を終え、ほっと一息つく頃、算数が数学へと変わり、最初の計算練習の山に辟易していたころのことでした。

もともと算数が大の苦手でかなりの算数アレルギーを持っていた自分にとって、数学は出来ない→やらないの悪循環に陥りかけていた科目。そんなときにUBQで受けた数学の授業は今までの公式・計算に囚われた自分の算数・数学へのイメージを一変させるほど新鮮で強烈なものでした。

「数学は考える、英語は調べる。それで99パーセントの問題は解決する」とは長山先生の言で、中学の初めの段階でこのように深く思考する習慣が身についたのは大きな財産だったと思います。長山先生には毎週毎週、簡単には解けないが、それでいて不可能でもない絶妙なレベルの問題を提示していただき、当時の僕は丸一週間ずっと、うんうん唸りながら考えて次の授業までにはなんとか自分なりの答えをみつけてUBQに行くということを繰り返していました。今までの知識ではどうにも解けないなぁと感じることもときにあり、そういうときには新しく必要な知識を本を読んで自分で調べて問題にとりかかるということもしました。(そして大抵の場合、それは長山先生に周到に計画された新しい単元の導入でもあったのです。笑)

そうこうしていくうちに自然と数学嫌いも治り、だんだんと数学に対して得意意識を感じるようになっていきました。豚もおだてりゃ…ではありませんが、毎週UBQに行くたびに何らかの刺激を与えられ、いつのまにやら数学の世界にどっぷりと浸るようになっていったのを覚えています。

ただし僕は受験数学に関しては「思考力」さえ磨けば上手くいくものとは思っていません。受験数学には発想力と腕力の両輪が必要です。腕力は日々の絶え間ない努力で培われるものあり、それを伸ばしてくれたのは他でもない学校の授業でした。UBQが骨格をつくり、学校が肉付けをしてくれたと言えるかもしれません。ただし、誤解しないでいただきたいのは実は発想力も努力次第でどうにでもなるという点です。発想力はセンスが大半だと考えられがちですが、実は先天的な才能でもなんでもなく、今までに考えた量の総和とでも言うべきものであり、あとから身につけることのできるものです。「センスは持って生まれるものではなく身につけるもの」と言えるかもしれません。

ある科目を好きになり、その世界にどっぷりと浸ることで「努力が努力でなくなる」状態、これは理想です。たとえば古典の先生は古典の世界観を熟知しておられ、その背景知識から生み出される解答には並みの受験生は対抗する術もありません。受験生としては全ての科目で同じことをすることができれば確実に「無敵」なのですが、人生における時間の制約によりそれは至難の業です。僕にとってUBQは「数学を好きにさせてくれた」場であり、そのような科目がたったの一科目ですが存在していたことは非常に幸運だったと思います。

ある科目を好きになって「勉強を勉強でなくす」ことが理想ではありますが、実際のところ受験というものは努力の如何によって決まります。受験で身につけるべきは「努力できる能力」であり、Giftとして与えられた「特定の才能」はその分野にしか使えません。しかし、「努力できる」という能力は大学入試という狭い世界での出来事が終わったあとにでも残りますし、将来どの分野に進もうがずっと使うことができる能力だと思います。

大学受験とは「その人が人生の一時期にどれだけ努力できたのか」という一種の性格を試すものであると思います。そういう意味でまずは学校の授業を大切にし、正道な努力をきちんとしつつも、なにかひとつの科目ではそれに深く浸り、学問として身につけるというのがUBQ的な合格への近道であると僕は考えます。

最後になりましたが、6年間最初から最後まで僕を見守り、深い教養とともに絶妙なアドバイスで合格へと導いてくださった長山先生に、深く御礼申し上げたいと思います。(東京大学理科Ⅲ類進学)

UBQで教わったこと      

 岡山大学付属中学校・灘高校卒 N君

私がUBQに入った時は、まだ受験も知らず口先だけであった。しかし、しばらくここで習ううちに勉強の楽しさがわかってきた。つまり勉強=遊びの感覚でできた。最初は苦しくてもそこを克服すれば必ず楽しくなった。英語の超読解をした時は、苦しかった。僕はいつも笑っているがこの時は心の中で苦しんだ。だが、もがいているうちに光が差し込んできた。タマゴの殻を割って生まれてくるときはこんな気分だろうと思った。長山先生がかぶせられたカラを割るたびに力がついた。気がついたときは最初とだいぶ違っていた。もし間違った大きさや形のタマゴのカラをかぶせられたら私はつぶれていただろう。そこをちゃんとしてくれた長山先生がいたからこそここまでこられた。長山先生が受験というものを超えて、本当の勉強の指導をしてくださったことを心から感謝したい。(東京大学理科Ⅲ類進学)

*灘高校には岡山から通っていたため高校時点でもUBQに在籍。


旅行でしばらく一緒だった方がこういう質問をされました。

 
その方は都立高校の教員であったわけです。
 
私は高校出ていません。だけど大学は出ています。かといって大検とか大卒認定試験は受けていません。
 
さてどういう経歴でしょうかというクイズを出されました。
 
 
私は公立中学校出身ですのですぐに答えられました。
 
同級生に同じコースをたどった方がおられたからです。
 
お受験小学校から名門の中高一貫校に行きさらに名門大学に行かれた方にはなかなか答えづらい問題だと思います。
 
ある大学教授の方が嘆いていました。
 
うちの子供のように名門小学校から中高一貫の学校に進み東大に入ったら困ることがある。
 
生活体験が欠如しているために世間知らずになってしまうのです。
 
家に英語の本がたくさん置いてあり親戚やお客さんも全部英語を喋れます。
 
だから日本人は全部英語を喋れるのだと勘違いして困るとのことでした。
 
いわゆるエリートの人間しか知らない人生を送っているわけです。
 
こういう方がオウム真理教に騙されてしまうのではないでしょうかとのことでした。
 
昔のことですがやはり一貫の名門に在籍する生徒がセンター試験の数学を見て、模範解答でなぜ内積を使わないのかと言われました。
 
困ったことですね。
 
センター試験は商業工業の方でも受けられるように数2 A の範囲で問題を作っているから内積を習ってない方のために模範解答を作っているのだということがわからないのですね。出題範囲については当時のことです。

 
さて元の話に戻ります。
高等専門学校つまり高専卒業ですね、高等専門学校から大学への編入をしたのでしょうと言いました。

岡山大学2019前期入試でいわゆる(斜め)回転体の出題がなされました。

 
 
難問ですが基本に忠実になぜなぜ積分で面積や体積が求められるのかということを考えれば分かりやすい問題だと思います。
 
しかも上手に誘導問題がついていますので積分の本質について分かりやすく考える素材になると思います。
 
塾講師としてはこの誘導問題というのが問題を解く際に重要になります。
 
かつて東京大学で三角関数の加法定理を証明せよという問題が出たことがあります。
 
この問題の素晴らしいことは一番の設問で加法定理の前に三角関数の定義を述べよというのがあります。
 
そしてその定義に従って加法定理を証明せよという問題なわけです。
 
置換積分というのは単に変数を変換する手続き的な計算ではないということを理解してほしいと思います。
 
なおブログの仕様上あくまでも簡略な説明であり早口で喋っていることはご了承ください。
 
 
 
*体積は面積の言い間違い。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
*着ている T シャツのデザインは日本ハンスクナッパーツブッシュ研究会の限定アイテムであります.クナッパーツブッシュというのはドイツの指揮者であります。

決して怪しい宗教の教祖ではありません。😄
www.kna-club.com/kna/index.html
 




日本人観光客がグループで海外旅行に行けば、どこまでも日本人的サービスが要求され、旅行会社も指摘しない。


ウマーンでデザートが出てきたときに「取り皿」がないと文句を言い出した客がいた。そして、例により添乗員が謝罪した。


日本のように、たくさんの食器が出て、細やかに、懐石料理のように食器が並ぶ文化も珍しい。例えば BENTO と検索すれば、世界でも注目されている文化である。


取り皿って英語でなんて言うの?


もともと、大皿というのは、毒殺を避けるためのものだという説もある。


中東の博物館では、食器を運ぶケースも展示されていた。砂漠では簡単に食器も洗えなかったのかもしれません。






添乗員は、「ここは日本ではありません!」で良いではないか。



そこで、現地の習俗に従い、↓のように一つの皿で食器を使いまわして全て食事をいただいた。もともと、中東では、べたべたした料理は出ないようで、なれれば、何の不自由もない。


うーん。エコですね。





*ここでは添乗員というのは資格を持った専門家ですから、「さん」は敬意のために付けません。

参考:日本添乗員協会のhpをご覧ください、
























だが、なぜ、謝る? 添乗員。


確かにパックツアーは便利なものですが、自分で駅に並んで切符を買ったり、一人で列車に乗って現地の人と話したりする機会はほとんどないわけです。







一度、夏にフランスのニースからイタリアのミラノまでの列車に乗りました。



パック旅行しか言ったことのない方はわからないかと思いますが、夏の地中海側の列車というのは、大変混み合います。実は、ニースの駅で切符を買うのに1時間待たされました。

そのくらい混んでいるわけです。

ですから、私は鉄道で移動する場合には、必ず前日に切符を買うことにしています。当日行けば、30分や50分待たされるということがあるということを知っているからです。



そこでも貴重な体験をしました。



御存じのようにフランス語は、数の数え方が難しいわけです。

かつて石原慎太郎氏が、

「フランス語は数が数えられない言語だ」

と言って批判を浴びました。もちろんそんなことはないわけですが。



たとえば100というのは、キャートル・バンサンカン・・・4×(20+5)という言い方をします。



慣れない日本人は、フランス語で列車の運賃をぱっぱと言われると、一瞬頭の中が混乱するのです。

しょうがないので、とりあえず少し大きめの紙幣を出しました。そうすると、驚くことに、フランス国鉄の窓口の職員が次のように言ったのです。



「あなたにアドバイスをしますが、こういったときには、あまり高額の紙幣を出すものではありませんよ。ぎりぎりのお金を出すものですよ。ここがフランスだからよかったんです。わからないからといって大きめのお金を出したら、隣のイタリアだったら、全部お金を取られてますよ



これがフランス国鉄の職員が、公式に窓口で行ったわけです。



さてそれから列車に乗車しました。



ヨーロッパでは一般的にいわゆるコンパートメントタイプの座席ですから、私が座っているコンパートメント(部屋のようなもの)に、フランス人の高校生ぐらいの女の子と、イタリア人の同じく高校生ぐらいの男の子が2人、乗ってきました。

こういった体験こそが、パックツアーで味わえない体験なのです。



そこで、4人が何語で話そうかということになりました。



フランス語はわかるか、イタリア語はわかるかといった話をして、結局、英語で話すことになりました。



その時にフランス人の少女が、ギターを弾いて歌をうたってもいいかと言われたので、もちろん大歓迎ですといいましたら、大変貴重な、現地のフランス人の若い女性の生演奏を聴くことができたわけです。



そのあと、言語について少し話をしたのですが、そのフランス人の少女は、このようなことを言っていました。



「フランス語というのは、極めて特別な言葉であって、フランス語のような言葉とか、フランス語に近い言葉というのは、世界にはまったくないのですよ」



といわれました。



むかし、日本語を「孤立語」(ここでは誤用ですが、実際に戦前に日本語は世界に例を見ない言葉だとか例の神代文字について援用した用例です)と称される言語学者もいましたが、やはりどこの国でも、そういう考えの方がいらっしゃるようです。

しかしながら、そばで聞いておりますと、イタリア人は「ボンジョルノ」と言っている。

この言葉を、鼻をつまんで口をあまり開かず、無理やりいうと、フランス語の「ボンジュール」になるわけです。



だから、これは言いませんでしたけれども、


私のようなアジア人から見ると、イタリア語とフランス語は、もともとラテン語系として非常に似た言葉に見えるんですけどね。








パック旅行の一番の困った点というのは、日本の文化をそのまま持ち込みますから、どの添乗員さんも、まずお客様の文化的な誤りを注意することはないわけです。



ここでは2つ上げてみましょう。





一つは、ヨーロッパで温泉と言えば、これは医療施設のことを指します


(もちろん、日本にも、岡山大学附属病院三朝医療センターのような、温泉を利用した医療施設はあります)。

とはいえ一般の日本人のイメージでは、温泉と言えば、何か遊びに行く、みんなで行って宴会をする娯楽施設のようなものと思われている方も多いかと思われます。今度、温泉に行ってきますといえばお大事にと言われることはないでしょう。



しかしヨーロッパでの温泉では、病院に準ずる医療施設という位置づけですから、館内で騒いでいたり、大きな声で話したりすることは厳に慎むべきことです。



私の基準としては、やはり同じ日本人が大きな声でしゃべっていると、失礼ではありますが、今の事情を説明して、大きな声を出されないようにご注意申し上げることにしています。





二つめは、裸足で歩くというのは、ヨーロッパの人は非常に嫌がる傾向があります。もともとあまり靴を脱がない文化である、もう一つは足の感染(特に水虫)を非常に嫌うからです。



ですから、暑いからと言って靴下を脱いで公共の場に出ることは、あまり好ましくないと思われます。



例えば、グアムのリゾート地で、ヨーロッパの人がプールサイドを歩いているのを見ると、たいていの人はサンダルを履いて歩いています。




クアハウスのクアとは英語ではCURE.ただしクアハウスはカジノを意味する場合もある。



UBQ数理フォーラム の受験ブログ



さて、上の写真は、もちろん飛行機に乗られたことのある方は、どなたも見たことがあるはずです。


もちろんこれは荷物入れですね。


ではこれを、英語で何というのかということを知っていらっしゃる方が、果たして海外旅行を経験した人で、何人いらっしゃるでしょうか?


もちろん、パックツアーであれば、わからなければ日本語のわかる添乗員に言えば、何とかなるでしょう。ところが、一人で旅行していれば、いやおうなしにこれを何というかは覚えるわけです。


これは何かというと、「overhead bins」と言います。


この言葉を知らないと、例えばCAから

「荷物はoverhead binsに入れてください。足元にはおかないでください」

と言われた時などに困ります。



なお、補足説明すると、一つだけなら単数形ですから「overhead bin」と言いますが、単体で飛行機内に存在するような性質のものではありませんから、全体を指す総称として、複数形になるわけです。



パックツアーというのは大変便利が良いもので、ほとんどの場合日本人の添乗員やガイド(日本人がガイドをすることが一般に禁止されている国は多い)、また、日本出発でヨーロッパに行き、日本に帰ってくる便に乗れば、日本語の話せるCAは必ず乗っています。


ところが、ドイツからルーマニアに行くとか、ギリシアに行くような場合には、日本語の機内アナウンスはまったくありませんし、一人で行っておれば、いやおうなしに英語を勉強しなければならない。その分、知識がつくということにはなりましょう。

今まで述べてきたことは、決してパック旅行が悪いとか、個人旅行がよいなどということを言っているわけではありません。


個人旅行は、パック旅行に比べて大変な準備が必要ですから、それだけ準備段階における勉強や研究が必要だというわけです。



その分、色々な下調べが必要で、これが経験値の向上になるのです。ヨーロッパの美術館に行けば、中には、一日かかっても見切れないところもありますが、個人であれば、好きなだけいることができるわけです。


日本であれば、ものすごい行列ができるような美術品が、さりげなく飾ってある場合もあります。


美術館に行って、ふと階段を見上げると、エゴン・シーレの「死と乙女」が飾ってありました。見た瞬間に、それこそ、体に電撃が走るほどの衝撃を受けました。日本と、光の具合が違うわけですね。

ヨーロッパの淡い光。


その中で見てこそ、エゴン・シーレの絵を見るのにふさわしい、と感じたわけです。



また、個人旅行であれば、あまり有名でない観光地に行くことができます。

前にも述べたように、ドイツというと、やはり、ノイシュバインシュタイン城とか、ビール、ソーセージ、ホフブロイハウスで大騒ぎ(遅い時間に行った場合)というイメージがありますが、これは、南のバイエルン州のことです。


北のハンブルクを中心とする、ハンザ同盟に至る地域というのは、もともと別の国でありました。


ハンブルクの港に行って、腰を掛けておれば、世界中の国から船が来ていて、おもしろいことに、船の到着に合わせて、その船の国籍にしたがって、国歌を流すわけです。一日中いても、飽きることがありません。


そして、ドイツの北というのは、いわゆるエリカ、ハイデ、ヒース…という花でも象徴されるように、非常に落ち着いた、静かな街並みであります。


ふらっと、ドイツのトラベルミュンデという街を車窓から見れば、きれいな海岸があったので、その街で列車を降りてみました。


おそらく、この街に行く日本人客はほとんどいないでしょうが。



海岸に降りてみると、ちょうど、ルキノ・ディスコンティの映画のような海岸線があって、そこには、籐でつくられた籠があり、体を休めることのできる場所があったので、そこに横たわって、非常に静かなひと時を過ごしました。




ドイツでは、北の文化は南と随分違います。

決して、ドイツは、ソーセージとビールの国ではありません。

もちろん、ドイツ人がすべてソーセージを食べているわけではありません。


ハンブルグでは北海で取り立ての魚料理がお勧めです。



また、イタリアでも、コモ湖やマジョーレといった、いわゆる湖水地方というのは、イタリア風であり、なおかつスイス風であり、非常に魅力的な場所であると思います。

南と北では、ずいぶん文化が違う。そして、もともと南イタリアと北イタリアが統一されたのは、歴史上、カブールとかガリバルディによって、ごく最近のことであったわけです。



もう一つ、海外パック旅行においては、その国の一番良い時期に合わせて行っているわけです。


北欧において、「白夜」という、ほぼ一日中太陽が沈まない現象があります。


これは非常にロマンティックな響きを与えます。


しかしながら、白夜というものがあれば、地球の公転を考えれば、その反対に、一日中太陽がほとんど登らない時があります。

それを「極夜」と言います。


しかし、その「極夜」を訪ねるパック旅行を企画して、一体、だれが参加するでしょうか?




「皆さん、北欧につきました。今は「極夜」ですから、薄暗いですね。一日中暗いので何も見るものがないので、一日中ホテルで寝ていてください。」・・・・これでは、誰も参加しませんよね。

スイスや北欧は、人気のある観光地ですが、それは、夏に、氷河であるとか、涼しそうな場所を出されるからそういうものだと勘違いするわけであって、冬に行けば、こんな生活の厳しいところはないわけです。






私は以前、「モンゴル厳寒旅行」という記事を書きました。モンゴルに真冬に行くような、変人は、そういないかと思われます。

旅行ガイドには、モンゴルの冬は観光に適していないと書いています。

ですから、モンゴルに観光に行ったのではありません。




モンゴルには、夏があれば冬もあるわけであり、冬に人がいないわけでなく、当然、マイナス20度やマイナス40度という中での生活もあるわけです。

ですから、ずいぶん向こうで物珍しがられましたが、なぜ真冬にモンゴルに来たのかと聞かれたので、私は、日本で発行されたガイドを見せて、こう答えました。



「日本の旅行ガイドには、このとおり、モンゴルの夏の写真はたくさん掲載されているが、冬の写真は1枚も載っていませんね。でも、冬には冬のモンゴルの生活があるはずですので、あえて来たわけです」




そうしてみると、いわゆるモンゴルのゲルの写真はすべて、観光用に作られたものであることが理解できました。



夏はどんなに暑くても何とかなりますが、冬のマイナス20度とか、場所によってはマイナス40度にもなるところでは、命の危険さえあります。


もともとゲルというものは非常に小さく、寒さから身を守るために、基本的に表面積を小さくすべく球形になっており、中で火を焚いて、一酸化炭素中毒にならないように小さな煙突が出ていて、ゲル全体が炬燵のようになっているのです。




何十人も泊まれるような、開放的な入口を持つゲルというものは、観光客用です。




UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

モンゴルのゲル。寒さから守るために周りを板で覆っている。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ
日本人慰霊碑。ソ連に抑留されて亡くなられた方はシベリアだけではありません。当然観光パック旅行ではいけない。


また、モンゴルに行くと、正月にはレストランでは酒類が一切販売されませんでした。

これはどのガイドブックにも掲載されていませんでした。もしかしたらパック旅行では特別に、お酒が飲めるのかもしれません。



帰りに、飛行機で同席したモンゴル人で合衆国に留学中の大学生に聞いてみると、酒害防止のため、記念日などの酒の提供をしない日を定期的に設けているのだそうです。




また、冬には日本からモンゴルへの直行便がありませんでしたので、韓国の仁川空港で乗り換えをしました。時間の関係上、ホテルに泊まりました。


そこでも、話しかけていい人というのはお互い阿吽の呼吸でわかるわけですが、向こうから、一緒に飲まないかと来た人がいました。


聞いてみると、フィジー出身で、NATO軍の傭兵として、これからヨーロッパに行くのだそうです。


いろいろ話を伺いましたが、NATO軍の傭兵と話をすることなど、パック旅行でそのような機会が得られることは皆無だと思われます。


しかし、個人旅行で行くと、まったく違う経験をすることがあります。




たとえば、ヨーロッパに一人旅で列車に乗っていて、一番困るのは、トイレに行くときに、席を離れると、仮にそれが指定券を取っていても、帰ってきたら他の人が座っていることがあるということです。

何を言っても、どけてくれないのです。


国際列車ですから、言葉が通じないというふりをされれば、何の反論もなされないわけです。

「話せばわかる」というのは、言葉が通じることが前提とされているわけです。




また、個人旅行をしていると、本当にひどい目に合うこともあります。


ドバイの青年からは、「日本人は犬や猫を食べるというが本当か」と聞かれたことがあります。



また、東欧というのは、もともと旧共産圏ですから、反米主義の教育を受けている人が多いわけで、そのことはすなわち、反日教育にもつながるわけです。


ですからたとえば、私がルーマニアからブルガリアに行ったとき、途中でアジア人には一人も出会うことがありませんでした。そういうところを歩いていると、現地の人が、「イエロー」とか、「イエロー・モンキー」など,後ろから言っているのを経験したことがあります。




ですから、個人旅行の最大の経験というのは、人種差別ではないかと思っております。





これはやはり、海外に赴任した商社マンなど、多くの海外勤務の友人に聞いてみて、例えば、ヨーロッパで人種差別を受けたことがあるかと聞いてみると、たいていの人が「ある」と答えています。


有名な数学者の藤原正彦先生は、フランスでひどい人種差別を受けた経験を書かれています。*「天才たちの栄光と挫折」 新潮選書参考


こういったことはめったに表に出ない(というより気がついていない)だけのことであり、例えば、私がオーストラリアで受けた人種差別は、とんでもないものでありました。




オーストラリアで、ダイビングクルーズというボートに乗っていました。これは、1週間程度、合宿のような形でダイビングをするものです。


日本人客は、私一人でした。ただ、スタッフには日本人もいました。


毎日食事を一緒にとるのですが、私が座っていると、残った一つの隣の席が空いているのを見て、欧米人が言いました。


「なんだ、黄色人種(カラード)の隣しか空いてないのか」と。


私はもちろん睨みつけて、「席を替わりましょうか」と言いましたが、相手は「I‘m teasing.(ほんの冗談だよ)」と言いましたが、こういう冗談を欧米人同士でいうことは考えられません。




はっきりとした証拠で残っているものもあります。


このダイビングクルーズでは、お客様のダイビングや旅行の記念として、旅行中に撮影したDVDを販売するという企画がありました。


もちろん、十数人ですから、私もカメラの前で写された経験があります。


しかし、自宅に帰って再生してみると、私と日本人スタッフの撮影された部分はすべてカットされており、一度も写っていませんでした。




そのあとのことです。

荷物をホテルに送るから、名前を書いてくれとのことでした。




私はこういった場合には、フルネームでホテルを書かなければならないことを知っていたので、たとえば単に、「シェラトン」と書くのではなく、「**シェラトンホテル」と書くわけです。

そうすると、現地のスタッフが、「いや、シェラトンだけで大丈夫だよ」と忠告してくれました。



案の定、荷物はほかのホテルに輸送されていました。



ですから、こういった経験を考えるにあたって、私は何を思うかというと、明治時代に欧米に留学・視察に行った明治の偉人たちがいかに苦労をしていたかということです。



また、アメリカ合衆国に行ったときの話です。


ニューヨーク市の喫茶店でコーヒーを飲んでいたところ、かなりお年を召された女性が来られて、「お前は日本人か」と聞かれました。


「そうだ」と答えたら、非常に分かりにくく聞き取りにくい英語でしたが、なにやらぶつぶつと言い出しました。よくよく注意していると、「プリズナー」と言っているようでした。そのうち、その女性の英語に慣れてだんだん内容がわかってきました。


私はぞっとしました。


要するに、「私の夫は日本軍の捕虜になって殺された」と言っているわけです。

この女性は、毎日、この喫茶店で、日本人をみつけては、文句を言っているのでしょうか?


本当に、世界の在り方というのは、難しいものであって、決して単純なものではないということを感じました。




今のように、日本という国を知らない人はおらず、SONYやCANON、HONDA、TOYOTAの製品は世界中どこにでもある、こんな時代にさえ、これだけの差別を実際に私が受けた経験があるわけですから、明治時代の人たちがいかに苦労したか、


そして、明治維新から現在に至るまでの日本の在り方についてのいろいろな思いがあったはずです。



パック旅行においては、食べ物、ホテル、レストラン…こういったものがすべて、日本人向けになっているのです。

日本人が喜ぶような料理を提供しているわけです。




ドイツには子ウサギの料理というのがあります。私も直接食べたことはないのですが、食べたことのある友人によれば、子ウサギがほぼ原形のまま焼かれて出てきたとのことです。しかし、そんな料理がパックツアーで提供されるわけがありません。



もし、ドイツに行かれたらバウムクーヘンが喫茶店やケーキで売っているか確認してみてください。


アルバニアのホテルに行っても、英語が通じ、ガイドも英語をしゃべりますが、それをもって日本人客は、「あ、アルバニアでも英語が通じるのだな」と思うわけですけれども、それはしかし、日本人向けに、英語の通じるホテルを選んでいるわけです。


アゼルバイジャン語から日本語に訳せる添乗員というのは、日本にはほとんどいないわけですから、アルバニア語とか、アゼルバイジャン語しか通じないガイドを雇うなどということはありません。





実は、物価についてもそうです。


一部のパック旅行では、食事中にビールなどを頼むと、現地の値段とはまったく違うものになっています。帰りにそのレストランでメニューをみると値段が違うのです。日本人用値段になっているのです。

しかし、そのことを知らない客は、「この国って結構物価が高いね」などと言っています。




「海外で現地の人の写真を撮る時は、一言ことわって撮りましょう。」と言われるが


こういう困ったお客を見たことがあります。

何と、アゼルバイジャンで水タバコを吸っている老人に対して、

「Photo,OK」と尋ねた女性がいました。もちろん無視されました。

この方は随分いろいろな国に行かれているようですが、やはり、パック旅行でしか行かれていないようです。



よくよく考えてみてください。

アゼルバイジャンの一般の老人に英語が通じるわけがないですよね。


日本国内においても、まったく知らない人から写真を撮らせてくれと言われてOKを言う人はいませんよね。それどころか、大変なトラブルにもなりかねないでしょう。


ただ、パック旅行であれば、日本語と現地語が話せて、しかもその国の政府によって認可されているガイドが同行している招待客というわけですから、もし何かあれば、警察に通報するなどの、いろいろな措置を取ってくれるでしょう。


この方の本当に困ったことは、国境や空港と言った場所でも写真を撮ることです。注意されれば消去すればいいと思っているのでしょうが、もし一人旅で写真を撮って、英語も日本語も通じない場所で、警察や軍人にちょっと来いと言われて別室に連れていかれれば、おそらく、震え上がるような体験をすることになることを知らないことです。




レストランでもそうです。


(和風ごまドレッシングがでている)

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


典型的日本的サービスです。ある旅行会社では、海外のパック旅行に行った際、日本のしょうゆやふりかけなどの調味料をサービスしてくれるそうです。もちろん、日本人のお客さんのために添乗員が持ってきてくれているわけです。



日本に限らず、どこの国でもそうでしょうが、レストランの提供する料理に持込の調味料をかけたりしようものなら、店から叩き出されても仕方ないわけですが、でもこれは、安全なのです。なぜならば、日本人専用レストランの特別室で食事をしているからです。




さてそうすると、こういうたくさんのお金を使ってくれる日本人旅行客というのは、当然、大変なお客様ですから、ホテルやレストラン、お土産屋に行けば、スタッフが日本語で、「いらっしゃいませ」「日本の皆さんこんにちは」などと言って、大いに歓迎してくれます。



写真を一緒にとりましょうというと、現地のスタッフは、皆さん喜んでとらせてくれます。



ですから、こういう経験だけをすると、外国の人は皆いい人だ、反日の人はいないんだという、おそろしい勘違いをすることもあるでしょう。


ためしに、意地悪をしてみます。

個人で旅行に行って、日本から持ってきたガイドブックをホテルのバーにもっていき、ビール1杯1000円とか500円、あるいは300円で粘ります。

以前にも書きましたが、一流ホテルのバーで飲むというのが、一番安全だからです。

そこで、日本から持ってきたガイドブックを見せて、「この中で載っているレストランを知っているか?」と聞いてみると、たいていの現地の方は、「そんなレストランは見たこともない、まして行ったこともない」という反応が返ってくることがほとんどです。



それはあえて、少し問題発言になりますけれども、日本の旅行客は、ガイドブックに書いてあるレストランに殺到する傾向がありますから、現地のレストランからすれば、アジアの特定の国(日本)からの客が毎日大挙して来店すれば、かえって困るので、掲載を拒否するわけです。



ですから、あくまでもあれは日本人向けなのです。






本当に現地の方が評価するレストランというのは、例えば、ホテルのコンシェルジェに聞けば分かります。

(しかし、私の経験では、たいてい、そこでおいしかった試しはありません。

やはり、日本の料理が一番おいしいわけです。)



さて、パック旅行は、安全面においてきわめて守られているわけですが、このこと自体は素晴らしいことです(もっともそれを、常識だと誤解することが最大の問題点とも言えますが)。



わざわざ危険なところに連れて行くことはありませんし、もし危険なところに連れて行って事故でも起これば、旅行会社の責任になってしまいますから。