魚との対話 -57ページ目

花見川サイクリング

小春日和の11月3日(金)、花見川(千葉市)をサイクリングでさかのぼり、

スポーツクラブ仲間を花見川周辺の散策スポットへ案内した。

この時期、これといった目玉はないが、ハゼつりの浪花橋より上流は未体験ゾーンという人も

何人かいて、結構楽しんでもらえたようだった。


  十月桜        花島公園渓流園

  十月桜 (Nさん撮影)                     花島公園渓流園


  セミの抜け殻        ツワブキ

  セミの抜け殻(柏井市民の森)                ツワブキ


花見川サイクリングロードの千本桜緑地では、何と桜が咲いていた。!!

ホームページ「季節の花300」によれば、秋から冬に咲く桜のことを総称して冬桜と呼ぶこともあるそうだが、

ここの桜は、花弁が八重なので十月桜ということになろう。(冬桜は一重)

また、それは全体の蕾の1/3が10月頃から咲き、残りの2/3は春に咲くという。


上流に進むほど、サイクリングロードは自然が色濃くなっていき、赤く熟したカラスウリがたわわに実っていた。

花島橋を渡り花島公園へ。芝生広場で昼食、話題は尽きず約2時間経過。


広大な花見川団地そばの柏井市民の森に入ると、シジュウカラに似た小鳥が出迎えてくれた。

すばやく図鑑山野の鳥を取り出し、ヤマガラだと皆で納得する。

森には我々しかいない。見事なセミの抜け殻に出くわす。

出口付近で紫色の大きな花弁、ノビルふうの葉をした綺麗な花を見付けた。

サフランだと後で分かった。


  天福寺        天福寺

  天福寺(花島観音)                       天福寺(花島公園に隣接)


元来た道を戻り、花島公園に隣接した天福寺(花島観音)に寄った。

この寺は鎌倉時代に建立され、本尊・十一面観世音菩薩像は、33年に一度だけ参拝者に開扉される

秘仏だという。ちなみに平成13年に開帳されたというから、次回は平成46年、28年後である。

こりゃ駄目だ!!!

かくして、往復20kmの愉快な花見川サイクリングは無事終了した。

家が近づいた町中で、ツワブキの黄色い花が派手に咲いていた。






韓国周遊 (1)

10月21日~24日にかけて、阪急交通社のツアー「おふたりの韓国周遊4日間」で

韓国へ行って来ました。

写真や現地ガイドの話、私の感想を交えながらご報告します。

行程は次の通りです。

 仁川空港→水原(一泊目)→水原の華城→青南台→俗離山国立公園→水安ぼ温泉(二泊目)

 →利川→ソウル市内観光(三泊目)→仁川空港

大韓航空 KE702 に搭乗した旅仲間は39名、高齢の方が目立ちました。

座席のディスプレーで飛行経路を追っかけていると、竹島は獨島日本海は東海と表示されていました。


水原の華城(スウォンのファソン) 世界遺産


ホテルの朝は霧が深かった。水原の町は高層マンションの建築ラッシュである。

金利が下がり、お金が不動産に流れているという。

ソウルから見れば田舎なのに、高層マンションの林立は景観など、おかまいなしのようだ。

水原はまた教育都市だともいう。韓国は過激な教育熱で、その負担が多く、それが日本を上回る

少子化の原因になっているという。


  西門        城郭都市

  西門                                城郭都市


  北門

  北門


西門から城郭脇の遊歩道を城郭都市を見ながら北門(正門)まで歩きました。

城郭は全長 5、5kmに及び親孝行の象徴だと言います。

李朝22代王正祖は、王位継承者に選ばれながら党争に巻き込まれ無念の死を遂げた父を悼み、

風水学ですぐれた墓場と示された水原に、父の墓を漢陽(現在のソウル)から移した。

そして、いつでも墓参りが出来るよう遷都まで企て、水原華城を創建した。

しかし、王の死によって遷都は実現せず、また水原華城も城郭の建造だけで城自体は築かれなかった

とのことです。


城郭都市の道路は自動車が一杯です。現地ガイドは韓国人は利己主義で、家には駐車場を作らず

道路に駐車するため、消防車も通りにくい有り様だと嘆いていました。

また、韓国では朝家を出ると腹立つことが始まる。日本へ行くとゆったりする。

日本には目に見えない秩序がある。だから日本人は長生きなんだと思うとも言っていました。


青南台(チョンナンデ)


  本館        散策路展望台

  本館                                散策路の展望台


青南台は南の暖かい青瓦台という意味で、歴代韓国大統領の別荘です。

水原から南へ約140km、大清湖を右手に見ながら四つの関門をくぐり別荘に到着。

降り始めた雨の中、本館~大統領の散策路~展望台と巡りました。

本館では豪華な家具が置かれ、多数の部屋の中にはオンドル部屋もありました。

敷地は55万坪、ノムヒョン大統領の選挙公約で、2003年から一般に開放されましたが、

現在は大統領の別荘としては利用されていないとのことです。


ちば YOSAKOI 2006

天気が回復したので、午後(29日)ちばYOSAKOI会場へ向かった。

会場は栄町通り・銀座通り・中央公園特設ステージとあったが、写真を撮るにはここだと思い、

主に銀座通りで「よさこい鳴子踊り」を見学した。


「よさこい鳴子踊り」の決まりは鳴子を持つことと、曲に地域の民謡を取り入れることの2点だという。

通りでは曲・衣装・踊りに工夫をこらしたチームが続々と舞い踊りながらやって来た。

すべてが和洋折衷だが、絶えず微笑みを浮かべ元気一杯に舞い踊る姿に、元気をもらった様な気分になった。


   躍動        しなやか

   躍動                                しなやか


   北海道招待チーム        水戸藩よさこい連

   パスキー&北海道医療大学チーム             水戸藩よさこい連

      写真はクリックすると大きくなります。


若い女の子を先頭に、白と紺のコスチュームの水戸藩よさこい連がやって来た。

チームの司会者が自己紹介をしてから「踊らせて頂きます」と言って、一同礼をして演舞をスタートする。

初めはゆっくりしたリズムで、徐々に盛り上げ最後に激しいリズムで爆発する。

その間、踊り子は微笑みを絶やさない。「踊るのが好きなんです」と言っているかのようである。

踊り終わると司会者の音頭で「ありがとうございました」と観客に礼をする。

実に礼儀正しい。これらの事はどのチームにも共通している。


中央公園特設ステージに回ったら、独特の衣装と踊りで印象深かったチームが、再び登場した。

招待チームのパスキー&北海道医療大学チームだという。

テーマを持った構成と伸び伸びとした歌声に合わせた演舞は、さながらミュージカルショーを見ているかのようだった。


あっという間に暗くなった帰り道、「若いっていいなぁ~」「来年もまた行こう」と思いながら、急ぎ足でペダルをこいだ。

月あかり

   日出       朝の館山

   日出 (館山自宅前にて)                  朝の館山 (城山公園より)


   庭の柿       日入

   庭の柿                             日入 (館山西岬にて)


発達した低気圧が猛威を振るった翌日の10月7日(土)、館山は無風快晴の秋晴れだった。

夕食前、私の小アジつり場館山築港をのぞいた。

大潮の満潮時と2日程の大雨の為か、堤防は表面すれすれまで水かさが増していた。

西の空に目をやると、日没前の太陽が凝視できない程黄金色に輝いていた。

辺りがほんのり暗くなり東の空に目を移すと、今度は巨大な円を描いた月が浮かんでいた。

これほど大きな月を見たのは初めてである。


外で夕食を済ませ家路をたどると、ライトアップされた館山城(通称里見城)の真上に十六夜の月はあった。

日没時よりは小さいが、一段と輝き「里見の城を照らす月」の面目躍如たるものがあった。

21時頃、月が気になり庭に出てみた。

月あかりに映え、柿の実がたわわに実っている。

夜明けのような明るさである。昔の人が月あかりで本を読んだというのは、本当かも知れないと思った。


翌朝、6時半から始まるラジオ体操に参加するため、館山城の立つ城山公園に登った。

絶景である!!・・・・・・・・・・・・

海の上には富士山を中心に三浦半島、丹沢山塊、伊豆半島の大パノラマが広がっている。

低気圧の猛威が去った後なので、もしやとデジカメと三脚を用意したが、人様にお見せできる写真を撮ることは

できなかった。

カメラが悪い!と一人うそぶいた。  

          

初秋の散策路

10月1日(日)、今日は美浜区民まつり(千葉市)があるという。

曇り空だが雨はもちそうなので、ある目的を持って自転車に乗った。

会場の稲毛海浜公園には、パンパスグラスがでんと構えていた。

どでかいススキといった趣だが、パンパスとはアルゼンチンの草原を指すそうだ。


まつりが始まるまで時間があったので、検見川の浜に行き堤防をのぞいた。

サヨリをねらった釣り人で賑わっていたが、殆どの人が釣れていなかった。

磯竿を購入し今年こそはと思っているが、これでは見通しは暗い。


会場に戻ったところで、カメラを肩にした殿下に遭遇した。

ある目的を話したところ、殿下はお付き合いすると言う。

ある目的とは、はしご車搭乗体験である。

二人で乗ったはしご車はするすると20mの高さまで伸びていった。高い!高い!美浜区が一望である。

すべて埋立地だが、緑もあり整然としたきれいな町並みだ。

高層マンションがぼこぼこと建つことなく、この景観が永く続くといいな、と思った。


   パンパスグラス       浜辺の情景

   稲毛海浜公園 パンパスグラス              検見川の浜 「浜辺の情景」


10月3日(火)、久しぶりにハゼつりの偵察に花見川へ向かった。

ハゼつり場はススキが生い茂り、すっかり秋へ変わっていた。

形の良いのを釣上げている人がいたので、明日は今年最後のハゼつりと決めた。


日差しが出て来たので花島公園まで足を伸ばすことにした。

花島公園が近づくほど、花見川サイクリングロードは自然が色濃くなっていった。

カルガモの親子とヘビが一緒になって泳いでいる。

そこに、カワセミが飛んで来てサッと竹やぶに消えた。

カンナに続いてコスモスの群生が現れた。初秋らしい光景だ。

ひそかに狙っていた撮影スポットである花島公園に隣接した花見川の河川敷に到着した。

無情にも「菜の花の種を播くため、10月10日にコスモス畑を耕転します。」との立看板。 

何ていうことだ、川辺のコスモスは終わっていたのである。


   花見川ハゼ釣り場       花見川サイクリングロード

   花見川ハゼつり場                      花見川サイクリングロード コスモス


   花見川河川敷

   花見川河川敷 コスモス

     

巾着田・小江戸川越バスツアー

通っているスポーツクラブ前からバスが出るというので、9月26日(火)仲間7名で巾着田・小江戸川越

バスツアーに参加した。

巾着田で1時間、川越で3時間のフリータイムをフルに活用して歩き廻り、愉快な一日を過ごすことができた。


巾着田


   巾着田       巾着田

   曼珠沙華 (ヒガンバナ)                           曼珠沙華


高麗川の蛇行により形作られたエリアは、きんちゃくの形に似ていることから、巾着田と呼ばれる。

川辺には100万本の曼珠沙華(ヒガンバナ)が咲き誇っているという。


バスを降りた途端、うっそうとした木々の間を真赤に染め上げる曼珠沙華の群生が飛び込んで来た。

まるで赤い絨毯を敷き詰めたようだ。

川辺から中央に出たら、今度はコスモスの群生地に出くわした。

自然を色濃く残している中に群生しているのが、より一層趣あるものにしているように思えた。


蔵造りの町並みと菓子屋横丁


   蔵造りの町並み       大沢家住宅

   蔵造りの町並み                        大沢家住宅

   (重要伝統的建造物群保存地区)             (国指定重要文化財)


   菓子屋横丁       時の鐘

   菓子屋横丁                          時の鐘

   (かおり風景百選)                      (残したい日本の音風景百選)


川越は江戸の北の守りとして重要視された城下町である。

散策は菓子屋横丁からスタート。

添乗員推薦のさつまいもドーナッツにツアー客が並ぶ。

ここで、前日パチンコで大儲けしたとばらされたKさんより、紫いもまんじゅうが振る舞われる。

懐かしい雰囲気の町並みだが、ハッカやニッキ飴、駄菓子、焼き団子等の香りが漂うことから

「かおり風景百選」に選ばれたという。


一番街商店街へ向かう。防火用の分厚い黒塗り蔵造りの家や格子の家を見ることができる。

それらは、今もお店として商売している為か、町並みは活気もある。

歩道は電柱やエンセキがなく、茶色のカラーアスファルトで車道と区分されていて歩き易い。

江戸中期の建築で、呉服店舗蔵の大沢家住宅を見学する。

案内人の話しから火事、地震、押し込み強盗への備えに気を配ったのが偲ばれた。


商店街を左折するとすぐの所に時の鐘はあった。高さ16m木造で、毎日4回鐘を鳴らすという。

我々は15時を待って、雨の中で鐘の音を聞いた。

その時々の心情や四季の移ろいによって、様々な音色を響かせることになるのだろう。

しかし、両脇の古びたアパートが余りにも近すぎるのは興ざめである。


喜多院


   喜多院奥庭       喜多院五百羅漢

   喜多院奥庭                          喜多院五百羅漢


喜多院にも足を伸ばした。慶長4年(1599)に27世を継いだ天海が家康の厚い信頼を得たところから

大いに栄えたという。

江戸城から移築された家光誕生の間や春日局化粧の間を見る。

部屋に面した江戸城紅葉山を模したという奥庭は見事だった。

本堂に渡り手を合わせた。いつも決まっている。健康と大漁祈願だ。

アレッ~ だるまがちゃっかり鎮座している・・・・・・・・?

正月3日には境内でだるま市が開かれるという。


538体が鎮座している五百羅漢は、50年間にわたり建立されたものだという。

石像は皆表情が異なり、人間味にあふれている。

酒豪のKさんは、酒を酌み交わす石像におさい銭をあげた。納得である。    おわり

      



秋の渡り

秋の渡りで沢山のシギ・チドリを見たいと思い、谷津干潟のホームページをのぞいたら、

ぶらっと観察会「シギ・チドリ入門観察会」が目に留まった。

グットタイミングと膝をたたき、早速出掛けてみた。9月9日(土)のことである。


観察会では定員20名のところ、それとほぼ同数のボランティアガイドの皆さんが待機していた。

参加者は3班に分かれ、先がけという人の情報をもとに観察ポイントを移動した。

ボランティアガイドは、類似した鳥が並んでいるところを望遠鏡でとらえ、違いがはっきり分かるように見せてくれた。

また、目の前の鳥の行動の解説は、さながら自然の「行動展示」そのものだった。

終了時には「お疲れ様でした、また来て下さいね」と丁寧な見送りを受ける。

すっかり感心しながら食べた昼食の冷たいソバは、やけに美味かった。


   ボランティアガイド        カワウ

   ボランティアガイド                        カワウ


さて、観察できた鳥だが、観察センター前浜ではセイタカシギの成鳥(背・黒)と幼鳥(背・やや茶色で小)、

アオアシシギ(足・緑味)とコアオアシシギ(足・やや赤味で小)が並んで見えた。

また、ダイサギ・コサギ・アオサギ・カワウが、対岸へ一斉に飛び立つダイナミックな光景が見られた。

魚の群れを見つけたからだという。

東側観察デッキでは、キアシシギ(足・黄)とソリアシシギ(足・黄だが口ばしが少し長く上の方へ反り返っている)が、

並んで見られた。

面白かったのは、杭に留まったカワウ達だ。皆でこちらを向き、人間を観察している風なのだ。

喉を盛んに震わせている。空気を取り入れて体を冷やすためだという。

ここで大潮の干潮時が近づいたが、期待したチドリに出会うことはなかった。

淡水池では、バン・カルガモ・そしてオナガが飛び交うのが見られた。

帰り道では、通称モグッチョのカイツブリが盛んに潜っている姿が見られた。

飛騨路の旅 (2)

白川郷 (世界遺産)


せせらぎ公園駐車場からシャトルバスで荻町城跡展望台に向かう。

展望台に立つと、眼下に荻町合掌造り集落が、緑の絨毯の中に広がった。

合掌造りは、急勾配の二等辺三角形の茅葺き屋根の建物だ。


  荻町合掌造り集落        合掌造り

  荻町合掌造り集落                        合掌造り


バスガイドの薦めに従い、田んぼ道を歩くことにした。

国重文の和田家に入ってみた。懐かしい囲炉裏があり、座敷は格調高い。

江戸中期~後期の建築といわれ、白川村では最大規模という。

屋根裏部屋は黒光りしていた。ホテルで入手したパンフレットによれば「合掌造りの屋根の骨組みは釘や針金を一切

使わずに、自然から採取した粘り気の強いネソやナワで結ばれている。ネソやナワは弾力性に富むので、屋根は

柔軟性を持ち、重い雪や強い風や地震にも強い造りとなっている。」のだという。


  和田家屋根裏部屋        明善寺

  和田家屋根裏部屋                       明善寺


神田家、長瀬家を通り明善寺に着く。鐘楼門も本堂も茅葺きの造りだ。

この集落を歩いていると「日本の原風景」とか「心のふるさと」とかいう言葉に納得する。

庄川にかかるであい橋を渡り、せせらぎ公園に戻った。


飛騨高山


春慶会館駐車場から添乗員の案内で、宮川沿いの朝市を見学した。輪島、勝浦(千葉)と並ぶ三大朝市だという。

昼近くだったので、かたずけをしているお店が多かった。

かじ橋のたもとで高山ラーメンの昼食をとってから、上三之町の古い町並みは以前訪れたことがあるので、

あと戻りして高山祭屋台会館へ行ってみた。

巫女さんのガイドで秋の高山祭に曳き出される屋台を見学したが、それらは飛騨の匠の技を伝える「動く陽明門」の

異名どおり、絢爛豪華なものだった。

秋の高山祭(八幡祭)は10月9~10日だという。テレビ中継が楽しみである。 おわり


  宮川        神馬台

  宮川 右側が朝市会場                    絢爛豪華な屋台の一つ 神馬台

白露

9月8日(金)は二十四節気の一つ「白露」であった。

白露とは大気が冷えて、露が出来始める頃を意味するという。


先日、産経新聞で美しい言葉・白露の記事を読んだ。

そこには「秋がだんだん深まってゆくと、山々は紅葉、黄葉と錦織りなす華麗な風景となって行く。

初秋はいわば、その前の静かなはかない白い時」とあった。


なるほどと思った私は、真似て散策路の白い花木の写真を撮りに行った。


  オシロイバナ        サルスベリ

  オシロイバナ                           サルスベリ


  フヨウ        ムクゲ

  フヨウ                                ムクゲ

飛騨路の旅 (1)

8月30日(水)~31日(木)にかけて、バスツアーで郡上八幡~白川郷~飛騨高山を巡り、

日本の懐かしい風景を堪能することが出来た。


郡上八幡


   宗祇水        やなかこみち

   宗祇水ー日本名水百選                    やなかこみち


   いがわのこみち        新橋

   いがわのこみち                         子供が飛び込む新橋


郡上八幡は大正時代の建物をそのまま残した「水と踊りの城下町」である。

郡上八幡博覧館で郡上の水、歴史、わざ、おどりのレクチャーを受ける。

それによると、郡上八幡は山内一豊の妻千代の出生の地だという。

郡上おどり「かわさき」と「春駒」の実演を見る。きびきびした楽しい踊りだ。


博覧館が薦める散策地図を片手に散策をスタートする。

宗祇水は、日本名水百選に選ばれた郡上八幡を象徴する湧水である。

やなかこみちで、湧き出る天然のミネラルウォーターを飲んでみた。冷たくて美味しかった。

いがわのこみちでは、大きな鯉が悠然と泳いでいた。

長良川の支流、吉田川にかかる新橋に出た。高さが12mもあるという。

男の子と認められる為に、この橋から子供達は飛び込むのだという。


   鷲ヶ岳高原

   鷲ヶ岳高原の朝


宿泊先の鷲ヶ岳高原の朝はひんやりとして、早くもススキが揺れていた。