館山の家
梅雨が明けた8月3日(金)~5日(日)にかけて、私は館山の家で過ごした。
来年秋引越しを目安に、この家は解体され新たに建てられる。
その為のかたづけと大工さんとの打ち合わせに行ったのである。
田舎といえども日中は暑く、汗だくの作業である。
隣の本家のご好意で、必要な荷物は預かってもらう事が出来た。
思えば、この家は親戚同様のお付き合いの近所の人々にも支えられて来た。
垣根や植木の手入れ、庭の草取り、畑の維持、ちょっとした修理・・・・・・・・。
ありがたいことである。今度は自分の番だと思っている。
思い出の家を写真撮影した後、庭や畑を丁寧に見て回った。
入り口に夏になると咲く黄色のダリアの様な花が、今年も風に揺れていた。
この年になって初めて名前を知った。オオキンケイギクと花の美術館(千葉市)の先生は
教えてくれた。本家の入り口にはサルスベリが今を盛りと咲き誇っていた。
畑は近所のSさんが有機野菜づくりをしているが、年々腕を上げ多種類の野菜が
活き活きと育っているのを見る事が出来る。
淡い黄色の花が目に留まった。実を見てオクラだと分かった。
メロン栽培にヒントを得たのであろうか、スイカがネットでぶら下がっている。
いつでもどうぞ、と言われているのでこの日もプチトマトをもいで食べたが、トマトのにおいが
プンプンして実に美味しかった。
移住後は四季の花咲く庭づくりと野菜づくり(Sさんと交代)を中心とした生活をするつもりである。
オクラの花 スイカ
家を取り巻くマサキ(地元ではピーピーガラという)とイヌマキ(地元ではホソバという)の垣根は、
土手の上にあり、私には手入れは無理との妻の意見に撤去することにした。
最後のご奉仕と思い、つる草を取り除いていたところ、チクリとした。
軍手の上からスズメバチに刺されたのである。撤去反対とばかりに数匹のスズメバチが現れた
ので、私は慌てて逃げた。その後左手の甲ははれ上がり、苦い思い出となった。
かくて、かたづけは終わった。墓参りをして俺流に家を作り替えて、故郷に戻ることを報告した。
今度訪れる時は、この家は解体されて更地になっている事だろう。
私は心の中で別れの挨拶をして、館山を後にした。
2007 葉山芝崎シュノーケリング
明日はもう8月だというのに、まだ梅雨明けしない7月31日(火)、スポーツクラブ仲間9名で
葉山芝崎海岸でシュノーケリングを楽しんだ。
今年は初参加が2名、芝崎は初めての人が4名なので事故のないようペアーを組んで行動する
事とし、また自信のない人にはライフジャケットを着用してもらった。
その甲斐あって、終了後の魚佐での夕食会では「魚が沢山見られて良かった」「自信が少し付いた」
などと好印象の意見が多かった。
森戸海岸の海の家末吉で着替えてから、20分位歩いてゴツゴツとした岩肌の磯の広がる芝崎海岸
に到着。早速海に向かって磯を歩いていると、海水が赤く染まっているのを見て、ベテランのNさんが
「誰かウミウシを踏んづけたかな?」と言った。いつかウミウシに出会いたいものだ。
泳ぎ始めるとすぐブルーのソラスズメダイや黄色の魚体のカゴカキダイに出会う。
カジメ海中林や岩づたいに進むとメジナ、ウミタナゴ、フグ、キューセン、ニシキベラ、ボラ・・・・等
沢山の魚に出くわした。小さな魚の群れを追いかけながら泳ぐのは、実に楽しい!!
葉山芝崎海岸(Nさん撮影) コケギンポ(Nさん撮影)
昼食を挟んで2回泳いだが、水中でも撮れるデジカメでNさんはパチパチ。
ハゼの仲間と思ったら、後でコケギンポだと分かった写真など見事である。
海に慣れた2回目はスポーツクラブのスキンダイビングのレッスンよろしく皆で泳いでみたが、
潜ってみるとプールと比べて海は重い感じがした。
昨年と比べると水が冷たかったが魚影は濃く、十分楽しめた葉山芝崎シュノーケリングだった。
高校野球千葉県大会
明日(8日)から甲子園で全国高校野球が始まるという。千葉県代表は市立船橋高校である。
ぜひとも勝ち進んでもらいたいものである。
ここでは千葉県大会で旋風を巻き起こした我が母校安房高校の観戦記を書き留めておきたい。
7月26日(木)朝、新聞を見てびっくりした。何と安房高校がノーシードながら出場178校の中で
ベスト8入りしたというではないか・・・・・!
その強さの一つに強力打線に加えて精度の高い小技と走塁の積極性があると記されている。
今日の準々決勝の相手はAシードの東総工だという。
私は最後の試合になるだろうと思い、慌ててモノレールに乗って県営球場に行った。
高校野球の観戦は約35年ぶりである。私は内心選手が雰囲気に飲まれはしないか、
応援する生徒が少ないのではないかと心配だった。
しかし、安房高側の3塁スタンドに座った途端、その心配は消えた。
応援の生徒は沢山いるし、選手はきびきびとした動きをしている。
ファールグランドが狭いので選手の表情までよく見えるのだが、試合前気勢をあげる選手を見て
「これなら良し!」と思った。
試合は、一回表安房は一番が塁に出るとバントで送り次打者のヒットで先取点をあげた。
四回には東総工の先発を引き摺り下ろし、登場したエースにも猛攻で3点をあげ優位に立った。
新聞が伝える通りの攻撃を見せてくれた。
東総工も終盤打線が追い上げを見せた。九回裏1点を奪い、さらに一死満塁安房のピンチである。
しかし、ここでも安房のエース加藤は動じない。
打者を二塁ゴロに仕留めた途端、ワァーッと大歓声が上がった。私は一瞬ボーッとなってしまった。
ダブルプレー、試合終了、安房校が勝った・・・!!夢のベスト4入りである。
私の周りは安房高OBや館山から応援に駆けつけた人達だったので、お互いに握手、握手で
喜びを分かち合った。
勝者を讃える校歌が流れた時、懐かしい歌詞にジーンと来た。
夢の準決勝は一日おいた7月28日(土)だった。
球場はロッテの本拠地マリンスタジアム、人工芝の美しい球場である。
私は、安房高を応援することを厳命されたスポーツクラブ仲間5名を引き連れて、バックネット裏に
陣取った。対戦相手はCシードの市立船橋高校である。あらゆるスポーツに強い高校である。
応援団のチアガールやブラスバンドも洗練されている。
しかし、安房の応援団は荒削りながら盛り上がりでは負けてはいなかった。
試合は序盤から中盤までは互いに2点ずつ取り合う譲らない展開となった。
私には勢いは安房にあったように思えたが・・・・・・。八回に明暗が分かれた。
八回表安房がヒットエンドランに失敗したのに対して、その裏市立船橋は一死一、三塁でセンター
へのフライのホームへの返球が僅かに反れた隙に1点を取り、これが決勝点となり勝利を得た。
試合が終わって、安房の惜敗にスポーツクラブ仲間はいい試合だったと言ってくれた。
私も選手の健闘を大いに讃えたいと思った。
お尻にアセモが出来るほどの猛暑の中、一球毎に一喜一憂して野球を観戦したのは初めての体験
であった。高校野球は本当にいいなぁ~と思った。
笠森寺
今年の初め、四国へ旅行した時お遍路さんの姿が印象に残った。
その後、関東にも坂東33観音霊場めぐりがあるのを知り、私はスポーツクラブ仲間との
巡礼の旅を企画した。
6月30日(土)参加者10名、車2台で笠森寺(第31番札所)~千葉寺(第29番札所)への
車遍路の旅に出た。
笠森寺は、インターネット等で調べた情報では、次の様に紹介されている。
784年、最澄の開基と伝わる坂東33観音霊場の第31番札所。
1028年に建立された観音堂は朝立山(あさだてやま)山頂の岩山に、すべて長さの違う61本の
柱で支えられ、四方懸造(しほうかけづくり)という日本で唯一の構造をしている。(国指定重要文化財)
回廊からの眺望はすばらしく、眼下に房総の山々が連なる様は見事である。
(周辺の山々は県立笠森鶴舞自然公園に指定されている。)
観音堂 子授楠
六角堂(子育地蔵尊) 鐘楼堂
先ずは110段もある参道女人坂を登る。森の静かなたたずまいの中を進むと、一つの根から三本の
巨大な杉の木が生えている三本杉に出くわす。
次に道側に大きく傾いた巨木が現れる。子授楠だという。根元の大きな穴をくぐると子が授かるという。
早速穴をくぐるM子さんの写真を見せて「お尻の木」と言って、Kさんが皆を笑わせる。
二天門をくぐると四方懸造の観音堂が目に飛び込んで来た。予想以上の威容を誇っている。
75段もの急階段を上って堂の上にある回廊に立つと、自然林に囲まれた境内は、はるか下である。
高さ30mを実感する。
観音堂を下りてから、私は購入したての私のデジタル一眼レフで、皆めいめいが観音堂の威容を
撮ることを提案した。条件は同じにして好みの構図で順ぐりに撮ってもらったが、さて仕上がり写真を
写真の先生Hさんは、どう批評されるだろうか・・・・・・・・・・・・・・。
Hさんの影響で何かと私の写真に厳しくなった皆に「そんなら、てめえで撮ってみろ!」というのが
きっかけであるが、果たして私は名誉挽回なるであろうか・・・・・・・。
それから、自然遊歩道を巡ろうということになった。
池に出くわしたり、森林浴の雰囲気を楽しみながら見晴台を目指した。
すぐあるとの情報に反して、長々と階段を上りやっと見晴台に立った。
房総の山々を眼前に涼風がさぁっ~と皆の前を通り過ぎた。
下りる時に分かったのだが、苦労したのは逆コースを巡ってしまった為である。
誰だ、間違った奴は・・・・・・!! あっ、俺だ・・・・・・・!
笠森寺では、ハス・アジサイ・モントブレチアの群生・夏椿・黄色い花を付けたモクゲンジの木なども
見ることが出来た。
笠森寺は、以下の「住職からの一言」が十分納得できる素晴らしいところであった。
当寺は「祈りと香りの寺」として堂内は「香」の香り、境内は「花」の香り、参道は「森」の香りを感じ
られるよう大事にして、参拝される方々が気持よくお参りできるように心掛けております。
帰路は千葉寺に立ち寄り、それから千葉ポートタワーのそばにある安くて美味しいソフトクリームの
店を案内して(好評!!)愉快な巡礼の旅は終わった。
ラベンダーの季節
昨日来の雨が上がり、今日(土曜日)は梅雨の晴れ間が広がっている。
早速デジタル一眼レフを肩に、稲毛海浜公園に向かった。
写真の先生Hさんは、私の写真をお見せするとけんもほろろに焦点が合っていないと言われる。
そこで、今回はマニュアルフォーカスと絞り値を大きくすることを心掛けて、撮ってみたのだが・・・・・・。
稲毛の浜にて 花の美術館 ラベンダー
花の美術館は、まだ閉っていた。そこで、稲毛の浜で「海を撮る」を試してみた。
水平線は真っ直ぐに撮れたが、絞り値を大きくすると空がやけに青くなることが分かった。
花の美術館 ラベンダー 花の美術館 アジサイ
花の美術館は一番乗りだった。前庭のラベンダー畑にはテレビの撮影班が入っていたが、
気兼ねすることなく撮ることは出来たのだが、どうもしっくりしない・・・・・・・。
松林に咲くホタルブクロ 芝生広場を埋め尽くすシロツメクサ
芝生広場はシロツメクサの草いきれでムンムンしていた。
広場横の松林では、木漏れ日の日差しを浴びてホタルブクロがひっそりと咲いていた。
翌日、ネットで注文しておいた写真を取りに行き、店長に焦点合わせについて質問したところ、
マニュアルフォーカスは使わない方が良い、との答。
あれぇ~、ど~すりゃいいの~か思案橋 ♪♪ である。
鎌倉あじさい巡り
明月院に到着したのは8時40分だった。作戦成功、写真スポットもカメラのシャッター音が響く静けさである。
ここはまたの名を「あじさい寺」といい、青一色の姫あじさいが丁度見頃である。
開山堂前で、雨滴の光るあじさいを撮ろうと写真愛好家グループがワイワイと楽しげである。
一体どのようにして撮るのだろうか??
明月院写真スポット 明月院開山堂前のあじさい
今日は6月15日(金)午前中弱い雨の予報であったが、明月院を出る頃はすっかり晴れ模様。
東慶寺に向かう為、北鎌倉駅に戻ったが道路はもう明月院へ行く人の列である。
東慶寺は縁切り寺、花の寺として有名であるが、私の気を引いたのはイワタバコの群生が見られる断崖の
さらに奥、著名人の眠る墓のある辺りの若葉のモミジと夏の空だった。
東慶寺 若葉のモミジ 国宝 鎌倉大佛
鎌倉駅から江ノ電に乗り長谷駅で降りる。成就院に行こうと思っていたら、崖崩れの防災工事のため
アジサイは見られないとの情報で、長谷寺へ変更したのである。
またまた作戦成功、初めての長谷寺は素晴らしかった。
あじさい散策路では40種以上約2500株のあじさいが斜面を覆い尽くしている。
途中由比ヶ浜の眺望を楽しむことも出来る。
長谷寺は坂東33観音霊場の第4番目の札所でもある。長谷観音は木造では日本最大という。
長谷寺 あじさい散策路 長谷寺 あじさい散策路
長谷寺から歩いて鎌倉の大仏さまへ向かう。今日は先生に引率された子供達が多い。
大仏さまの前では記念写真グループがひっきりなしである。
それを見て「修学旅行で来たみたい・・・・・」と妻は言う。
私は初めてであるが、実にでかい。青銅製で総高(台座共)13.35mだという。
再び長谷駅から鎌倉駅に戻り、鎌倉のシンボル鶴岡八幡宮へ向かう。
若宮大路の中央の樹林に覆われた参道段葛を歩く。段葛は源頼朝が妻の北条政子の安産祈願の為に
作ったものだという。
天気予報は大ハズレ、すっかり夏日である。いも吉で紫いもソフトを食べ一息つく。
新装なった舞殿から大イチョウ前の石段を登った所にある本宮でお参り。
その後、本宮から引返し源氏池へ。池は蓮で覆われているが、花はまだ咲いていない。
本宮から舞殿~段葛を望む 源氏池の蓮
江の島鎌倉七福神の一つになっている旗上弁財天に寄った。旗上弁財天は源氏池に浮かぶ中の島にある。
境内には商売繁盛や家内安全などを願っておびただしい数の旗が奉納されている。
鎌倉駅へは小町通りを散策しながら向かった。大変な賑わいであるが、人力車に乗った若い美女に目が
留まった。「一人で若い女が乗るなんて芸能人じゃない・・・・・?」やはりそうだった。
人力車から下りたら撮影スタッフがわっと囲った。
翌朝(16日)のフジテレビ「めざましどようび、旬の鎌倉アジサイの名所&行列グルメ特集」のコーナーを
見たら、何と人力車の美女が登場した。
みなと公園の睡蓮
千葉市役所そばのみなと公園は、もともとは出洲海岸の一角で、鵜の像については市民フォトちばの
「市内の碑めぐり」に次のように記されている。
「埋立て前の出洲海岸をはじめ千葉の海岸は遠浅の海であったため、アサリ、ハマグリ、ハゼ、キス、カレイ、
イカ、エビ、シャコ等の魚介類の宝庫でした。この海に、多い時には5万羽ともいわれたカワウが、その棲息地の
大巌寺の鵜の森から餌を求めて集まってきましたが、昭和40年代後半から全く姿を見せなくなりました。
このことを偲んで、千葉南ロータリークラブが昭和48年にその姿をみなと公園の湖畔に再現したのが
この像です。」
睡蓮の写真を撮りながら、絞り優先モードで露出補正やPLフィルターで、どう変わるかを試してみた。
撮影条件情報を見ると、いつの間にかホワイトバランスがオートからマニュアルに変わっているチョンボが
あった。
次回は旅先での記録写真のために、自動(Pモード等)と手動の違いを確かめておきたい。
泰山木と想い出の森
散策路ではアジサイやキョウチクトウが目立つようになった。
先日のふれあい自然観察会で見たタイサンボクの花が気になって、稲毛海浜公園へ出かけてみた。
タイサンボクは高木であるが、今日(8日)は低い位置にも大きな白い花や蕾を付けていた。
漢字では泰山木と書く。泰山は中国山東省にある名山であるが、大きな花や葉をたたえての事のようである。
泰山木 想い出の森
海浜公園の中を稲毛ヨットハーバーの方へ進むと想い出の森はある。
むろん海浜公園は埋立地であるが、私はかつて、この想い出の森造成事業に2000円寄付をして
家族で苗木を植えたことがある。
記録によれば昭和60年10月10日のことで、他の市民の方々とヤマモモ、ヤブニッケイ、タブノキ、
ヤブツバキ、シロダモの苗木を4000本植栽したとある。
あれから22年、見事な照葉樹林の風景を目のあたりにすると、自然の力強さをひしひしと感じる。
ありがたいことに、想い出の森の石碑の裏をのぞいたら、その時の参加者名簿が刻まれているではないか!
つまり私の名前を見つけたのである・・・・・・・。
ユリ(花の美術館後庭) 団地壁際に咲くアジサイ
ふれあい自然観察会
6月2日(土)、千葉市環境保全推進課主催の「コアジサシと浜辺の生き物」と題するふれあい自然観察会が
開催された。回るコースは私の散策路の一つだが、どんな話が聞けるのか興味津々で参加した。
9時市立海浜病院前集合なのだが、早く着いたので周辺を歩いていたら満開のブラシノキに出くわした。
試験管等の洗浄ブラシに実にそっくりである。
参加者は70名、10名で1班となり自然観察指導員の案内で、海浜大通りのグリーンベルトへ向かった。
私の班のガイドは、千葉の自然と親しむ会の盛一昭代さんとサブとして旧知の奥村昭さんである。
グリーンベルトに植えられている樹木は、タブノキ等葉がつやつやしている照葉樹だとのこと。
ここで、盛一さんより皆に「枝の切り口を見ると松だけ白くなっているのは何故でしょう」との問い掛けがあった。
答えは白いのは松ヤニで、野球のピッチャーが滑り止めに使うロージンパック等に利用されているとの事だった。
海辺の美味しい野菜ツルナの紹介やモリシマアカシヤやクロガネモチの白い花も見せてもらった。
それから検見川の浜に出て、グリーンベルトの役目が風や砂を防ぐだけでなく防音の効果がある事を知った。
砂浜ではハマヒルガオの群生が見られたが、盛りは過ぎていた。
波打ち際での浜辺の生き物についても、盛一さんは実によくご存知である。
ゴミのようなスゴカイイソメの巣、マメコブシガニ、タテジマイソギンチャク、漂着したカイソウのアマモや
アオサ等砂浜・磯浜・コンクリートの坊砂堤、それぞれの生き物を紹介してもらった。
日差しが強くなり、どんどん暑くなって来た。日陰を求めて休屋で休憩した時、盛一さんより
前述の海辺の野菜ツルナを茹でてきましたからと、試食の提供があった。
早速、遠慮なくいただいたらシャキシャキとした歯ごたえがあった。
それから本日の目玉の一つである千葉市の鳥コアジサシの営巣地へ行った。
営巣地は周囲を縄張りし、保護体制は十分と思えるのだが、どこへ行ったか一羽も見ることが出来なかった。
その代わり、稲毛ヨットハーバーのピロティーでイワツバメのコロニーとその巣を乗っ取るスズメを見る事が出来た。
イワツバメはツバメより翼や尾が短く腰が白く見えた。
それから解散場所である花の美術館へ向かったのだが、途中つやつやした大きな葉を持つ高木に大きな白い花が
咲いているのが見られた。かねてからホウノキかと思っていたら、それはタイサンボクという木である事を知った。
12時前に解散となったが、普段散策している所でも他人と歩くと新しい発見があるものである。
自然観察指導員の皆さん、ありがとうございました。







































