リベンジ成るイサキつり
館山の家で草を取っていると、けたたましい鳥の鳴き声がした。
聞き耳を立てると「特許許可局」となぞることが出来る。ホトトギスである。
翌朝(6月5日)沼地区の里山へ行った。今度は「ホーホケキョ、ホーホケキョ」とウグイスが鳴き競っている。
午後からのイサキつりで飲もうと珊瑚水を汲みに行ったのだが、美しい里山の風景にすっかり魅了された。
当日の釣果
午後1時、洲崎早川丸より出船。釣り座は右舷中央。
第1投、船長のアナウンスはタナ28mである。昨年はメーター表示が狂っていて大失敗したので、
今回は糸のマークでしっかりタナ取りしようと心に決めた。
ところが日差しの関係で糸のマークが見づらく、いきなり根掛りしてしまった。
慌てず騒がず、偏向フィルターを眼鏡にセットする。
第2投目、糸のマークがはっきり見えた。31mまで仕掛けを下ろし、コマセを振りながら28mで待つと
トン、トンとイサキのアタリ。早々と1匹釣上げることが出来た。
1匹でも釣れると余裕が出るものである。当然追い食いをねらいたくなるのだが、この日は指示ダナでの
アタリは、大分待ってから出るので堅く1匹ずつ釣ることにした。
その後船長の指示ダナで絶え間なく釣れ、15時頃には10匹を超えた。
目標の20匹の見通しが立ったので、一人珊瑚水を飲みながら赤飯のおにぎりを食べた。
前祝いという訳である。
17時頃、潮が速くなりアタリも遠のいたが、17時30分の納竿までイサキ21匹(24~31cm)、
オキメジナ1匹の釣果で目標達成。昨年のリベンジに成功!!
翌日の夕食では正式に祝杯をあげたが、イサキの刺身と塩焼は何時になく大変美味しかった。
ちなみに船宿のホームページには、釣果9~39匹と載った。
卓球は私のエネルギー
5月26日(土)のあゆむ会卓球大会では、午前のダブルス卓球大会に続いて午後は研修会が開かれた。
研修会では、TSPの上原講師と石橋・大野・田辺コーチによる実技指導があった。
大会の雰囲気や案内書から、当大会は石橋・大野・田辺コーチの尽力によることが推察された。
還暦を過ぎた卓球入門者が体育館で試合ができるとは、コーチの皆さんに感謝の気持でいっぱいである。
さて、スポーツクラブ仲間諸君!私の所属する卓球サークルの田辺コーチを紹介しよう。
ひょんな事から卓球の話になり、田辺コーチに言及すると、必ず「あの人は家庭婦人あがりで・・・・・・・・・」と
いう言葉が返って来る。
確かに私より年上のやさしいお姉さんといった面持ちではあるが、その卓越した卓球の技術からは、到底
家庭婦人という言葉は似つかわしくない。
かくして、コーチはどのようにして今の地位を得たのかを探るべく、私は機会あるごとに話を聞くようになった。
卓球を始めたのは33歳で、高校時代卓球部に所属していた人の球がまるっきり受けられなくて、
その対処法を自ら考えたと言う。悔しさをバネに自ら理論を学び技術を高めていったようである。
そのお陰で、コーチとしては初心者を教えるのが得意と言う。
現在、コーチとしてフル回転の日々を送られているが、対象は初心者・障害者・一般・上級者と幅広く、
障害者へのコーチは20年にも及ぶと言う。
しかし、逆にそれらの人々から人生について学ぶことも多かった、との言葉は印象深い。
審判員としても20年になると言う。
昭和62年に公認審判員になったのを皮切りに、国際審判員・国内上級審判員の資格を取得。
今までに審判として訪れた国は、10ヶ国以上に及ぶと言う。
無論現在もコーチであると共に、現役プレーヤーでもある。
昨年はドイツ・ブレーメンで行われたベテラン世界卓球選手権大会に出場された。
落語の笑点メンバーが出場したとテレビで話していたあの大会である。
かつて、年齢別の千葉県選手権で優勝した経歴の持ち主だが「これからは攻撃的になる」と益々意気軒昂である。
コーチにとって卓球とは?と質問したら「私のエネルギー」と答えられた。
さて、スポーツクラブ仲間諸君!月曜日の卓球タイムではつべこべ言うことなかれ。
人間、その気になれば出来るのだ!!
卓球大会 2007
5月26日(土)、第11回あゆむ会ダブルス卓球大会が蘇我勤労市民プラザ体育館で開かれた。
エントリー選手は120名と盛大で、民主党の田嶋要衆議院議員の挨拶で始まる程であった。
私は昨年に次いで2度目の参加で、ペアーを組むのは昨年と同様T女史である。
Bクラス5コートでの出場であるが、昨年と違うのはコート責任者に任命されたことである。
コート責任者の仕事は、試合進行に気を配りながら、記録用紙にスコアーを書き留め最後に順位計算をする。
即ち、1台のコートをすべて運営する役目をになうのである。
それ故に、私はどうしたらスムーズに試合が進められるかをイメージして、あらかじめ鉛筆・消しゴム・バインダー
を用意したり、自ら審判をしない方が良いな・・・・等と思い巡らしてから参加した。
(実際はこと細かく準備されていた。)
試合は各コート6組のチームのリーグ戦で、1ゲーム11点・3ゲームマッチ・2ゲーム先取した組が勝ちである。
我々のBクラス5コートでは、ビューティーペアの楽只会とおやじペアーの卓美会がジュース、ジュースの
繰り返しの白熱した好試合を展開。
結局勝ったビューティーペアが1位、負けたおやじペアーが6位となった。つまり実力は伯仲していた。
楽只会はらくし会と読むそうで、意味は只(ただ)楽しむのだという。
確かにビューティーペアーはチームワークが良く、無心の勝利といった趣があった。
私のチームはと言えば、予想外の2勝3敗で4位に終わった。
私は試合進行に気を取られて集中力を欠き、T女史は暑さでボーッとして身体動かず、いつもの強打は
見られずじまい。何とも気合の入らない試合をしてしまった。
同じサークルから出場したOA組はBクラス6コートで1位。初参加のMA組はCクラス10コートで2位の
好成績だった。
しかし、悪い事ばかりではない。
私達のコートは試合進行がスムーズで、一番早くゲームが終了した。
最後の順位計算をしていると、対戦相手だったご婦人から「・・・さん、よそのコートの人がほめてるよ」と
声が掛かった。
賞品の授与は少し変わっていた。各コートの順位代表者が一同に会したジャンケン大会で、
最後まで勝ち残った人と同じ順位の人が賞品をもらえるのである。
ここで何と、私は最後まで勝ち残った人となった。即ち、ジャンケン大会に優勝したのである。
賞品は卓球用のソックスであったが、私と同じく4位となったご婦人から感謝・感謝の言葉をもらったのである。
1位となったOさんが判官びいきに会い、対戦相手のスマッシュが決まるとワァッと拍手がわき、まいったとの
話に比べれば雲泥の差である。
クロアチアの世界卓球のテレビ中継を見て思った。
サーブを研究して、来年は優勝するぞ!!
千葉市中央公園イベント
4月30日(月)、今年2月より始まった国内最大級の観光キャンペーン「ちばデスティネーションキャンペーン」
のファイナルイベントである「房総発見伝グランドフィナーレ」が、千葉市中央公園をメイン会場として開かれた。
私の目当ては、全国的に有名な市立習志野高校のマーチングバンドパレードである。
デジタル一眼レフカメラのシャッター優先モードで、若さと躍動感あふれるパレードの模様を撮ろうという訳である。
しかし、強い日差しの中、液晶画面の再生画像は真っ黒である。
露出補正をしなきゃ等と思っている内に、パレードは終わってしまった。
後日この事をプロフさんに話したら、ISO感度を上げるのだ、とさりげなく言われた。
気を取り直して向かった中央公園内での伝統芸能ステージや大道芸ベリーダンスは、動きがゆっくりなので
シャッタースピードを落として撮ってみたら、再生画像は明るかった。
しかし、パソコンに取り込んだ写真をAFフレーム枠の表示でチェックしてみると、多くの写真が不適切で
あったのも反省点である。
5月23日(水)、岸恵子主演映画「俺は、君のためにこそ死にいく」を見る前に、中央公園での
「フラワーフェスティバル」をのぞいてみた。
中央公園フラワープロムナードには、市内の小学生が学校単位で作った花のトピアリーが競うように
並んでいた。
また、公園内には、たる型プランターに寄せ植えされた花々が咲き誇って並んでいた。
それらは、花いっぱい花壇コンテストの作品であるという。
撮った写真はといえば、構図に課題ありだった。
谷津干潟と行徳鳥獣保護区
谷津干潟
5月12日(土)晴れ。春の渡りの時期に合わせた「シギ・チドリってどんな鳥?」と題した
ぶらっと観察会に、スポーツクラブ仲間(8名)を誘って行ってみた。
8人で一組となり、そこにボランティアガイドが4人付いて谷津干潟東側デッキから自然観察センターと
巡ったのだが、いたれりつくせりの案内で沢山の鳥を観察出来て、皆感動の面持ちだった。
干潟はアオサが繁茂しているものの、丁度潮が上げ始めの好条件にぶつかり、私としては今までで
一番多くのシギ・チドリを見る事が出来て、大変満足した。
識別できた鳥はシギ8、チドリ2、その他7の合計17種類にものぼった。
シギ : ハマシギ・キョウジョシギ・キアシシギ・アオアシシギ・オオソリハシシギ・チュウシャクシギ・
オバシギ・トウネン
チドリ: ダイゼン・メダイチドリ
その他: セイタカシギ・コアジサシ・カワウ・アオサギ・コサギ・カルガモ・オオバン
これらの中ではチュウシャクシギとメダイチドリが初めての対面だった。
行徳鳥獣保護区
翌朝、目覚めると風があるので堤防の釣りは止めて、かねてから訪れてみたいと思っていた行徳野鳥観察舎
(千葉県市川市)の定例園内観察会に参加した。
ここは、今まで私が鳥の観察で訪れた場所とはかなり趣を異にしていた。
観察舎には野鳥病院が併設されており、傷ついたハクチョウやウミウが放し飼いにされている。
13時30分、行徳野鳥観察舎友の会の方2名の案内で、行徳鳥獣保護区に入る。
草木がうっそうと茂り、都市の中の秘境といった趣である。
下草が生えている土の上を進むと、今が盛りと咲き乱れるノイバラやスイカズラの香りが漂う。
先陣のガイドは野草や花・木・生物に詳しく、水辺にボコボコ空いている穴はベンケイガニの巣穴だという。
のぞいて見ると確かにカニがいる。また、今の時期よく見かける小さな花の名はニワゼキショウだと知った。
行徳鳥獣保護区 ノイバラ
保護区を奥まで進むと周りを緑地帯で囲まれた貯水池のような海が広がる。
緑地帯はカワウの営巣地で、双眼鏡でのぞくと居るわ!居るわ!相当な数である。
後陣のガイドは鳥の担当で、望遠鏡で皆に見せてくれる。
ハイライトは最後に訪れた淡水池だった。観察小屋からのぞくと、ハマシギやセイタカシギに混じって
初対面のタシギとコチドリを見ることが出来た。
保護区では谷津干潟のように数はいなかったが、12種類を識別出来た。
こんな具合に約2時間、自然観察と探鳥の両方を楽しむことが出来た。
行徳鳥獣保護区は自然を満喫できる場所である。
次は秋の渡りの盛期の8月に、定例新浜観察会に参加してみようと思った。
チューリップとネモフィラと芝ざくら
写真の先生プロフさんから、そろそろ一眼レフへ移行したら、とのお勧めで
デジタル一眼レフ「キャノンEOS Kiss Digital X」を買った。
かくして妻との花めぐりの小さな旅には、デジタル一眼レフを収めたカメラバックを
肩にかけて出掛けるようになった。
佐倉チューリップまつり
4月14日(土)JR佐倉駅に降り立つと、Iさん夫婦が出迎えてくれた。
Iさんは勤務していた会社の先輩で、独身寮時代のなつかしい思い出を共有する。
そんな訳で佐倉訪問を電話すると、案内を買って出て飛んで来てくれたのである。
チューリップまつり会場は、印旛沼のほとりの佐倉ふるさと広場である。
オランダ風車を背景に、見渡す限り広がる色とりどりのチューリップが満開である。
その数何と48万本だという。
私は絞り優先モードで広場を埋め尽くすチューリップの広がりを撮ろうと、いき込んだのだが
納得のいく写真は得られなかった。
国営ひたち海浜公園~市貝町芝ざくら公園
4月28日(土)私が通うスポーツクラブ前発着のバスツアーで、ネモフィラとチューリップが見事な国営
ひたち海浜公園(茨城県ひたちなか市)と本州最大級の市貝町芝ざくら公園(栃木県芳賀郡)に行った。
天気が良さそうなので、PLフィルターを買い求め鮮明な写真を撮ろうと出掛けたのである。
国営ひたち海浜公園
丘陵いっぱいに咲き乱れるネモフィラ 咲き誇るチューリップ
太平洋を見下ろせる高さ50m、広さ3万m2のみはらしの丘には、淡い水色のネモフィラ400万本が
丘陵いっぱいに咲き乱れていた。
最後の一枚で、何とか空とネモフィラの大群落の写真を撮ることが出来た。
たまごの森フラワーガーデンには、松林を埋め尽くすように20万本の見事なチューリップが咲き誇っていた。
先日オランダのキューケンホフ公園を訪れたスポーツクラブ仲間のM子さんに写真を見せたところ、
花の美しさは同じだと言っていた。
今まで写真の中に手前をぼかしたものがないので、試してみれば良かったかな、と思った。
市貝町芝ざくら公園
大洗リゾートアウトレットで昼食を取った後、市貝町芝ざくら公園へ向かう。
国道123号では、田んぼや山あいの里の風景が広がる。
茂木(もてぎ)の標識に出くわして思い出した。
会社の独身寮で同室だったSさんの故郷であることを。思い巡らしていると雨が降って来た。
本州最大級2.2万m2の芝ざくら公園は雨の中だった。
傘を差してシャッターを押したが、晴天の中で撮りたかったなぁ~、と悔やまれた。
しかし、芝ざくらは満開で赤、ピンク、うす紫、白のグラデーションのモザイク模様の絨毯のようで、
大変見ごたえがあった。
大多喜タケノコ狩りの旅
房総の春といえばお花畑に潮干狩り、そしてタケノコ狩りである。
我等スポーツクラブ仲間は、お花畑と潮干狩りは体験済なので、
残る一つのタケノコ狩りに行こうという事になった。
場所は大多喜の平沢たけのこ村。日にちはスポーツクラブの休みの23日(月)と決めた。
しかし、お天気は当分雨の予報である。やきもきしていると、我等のグループページにGさんから
22日(日)に繰り上げようとの提案メールが入った。
結果として、このGさんの決断が功を奏し、楽しくタケノコ狩りの旅をする事が出来た。
禁煙車と喫煙車の2台で出発。途中最年長のHさんは、休憩で立ち寄ったコンビニで「5倍の酸素水」を
購入し、皆に披露する。・・・・・・・・??
2時間弱で平沢たけのこ村に到着。送迎のマイクロバスに乗り換えて険しい山道を進み、竹林に案内される。
実に美しい竹林である。タケノコ掘りは、少し地上に出ているタケノコを見つけて、その周りを掘り、
白い体が出てきたらボツボツのある地下茎をめがけて一撃を加え掘り出すのだが、
竹の根に邪魔され、じっと汗ばんで来る程の重労働である。
皆が制限の2kgを掘るのに四苦八苦する中、北海道開拓魂の遺伝子を持つMeguさんは、さながら山の
ガイドよろしく皆を手伝う大活躍だった。
ところで「5倍の酸素水」のHさん、鍬を振るっている姿は見えなかったが、いつの間にかポリ袋の中には
立派なタケノコが入っている。・・・・・・・・・??
昼食は、平沢たけのこ村広場のテントの下で、タケノコずくしの定食を食べた。
タケノコがさくさくして実に美味しい。中でも無料サービスのみそ汁と刺身、唐揚げが皆の人気を呼んだ。
時間があるので、大多喜城とレンゲ畑に立ち寄ることになった。
大多喜城 大多喜城からの眺め
大多喜城は徳川四天王の一人とうたわれた家康の重臣本多忠勝の築城による。
どうやら家康は、本多忠勝により安房の里見氏の勢力を抑えようとしたようである。
現在のお城は、昭和50年に古図面に基づいて復元したもので、内部は歴史博物館で、房総の中世から
近世までの武器、武具や城郭、武家社会などに関する歴史資料が展示されている。
兜体験コーナー 大多喜水道
博物館に入るや兜体験コーナーを見つけたHさん、早速着用。
見事な殿に変身するも、戦は無理、無理の笑い声多し。
私もかぶってみたが重い!重い!到底刀など振り回すことなど出来そうにない。
城跡の入口に大多喜水道と呼ぶ千葉県最古の水道跡があった。
最後の城主松平正質が、昔から良い飲み水に恵まれなかった人々の為に作ったもので、
完成は明治3年5月、全長5.1km(2/3は水トンネル)という。
大多喜レンゲまつりのレンゲ畑は東総元駅の近くにあった。
大多喜城からは平沢たけのこ村に向かう途中になる。
私の乗る禁煙車は総元小学校前で、レンゲを見ながら喫煙車を待ったが、待てど暮らせど現れず、
え~い、足手まといだ!とばかりにレンゲ畑を後にした。
カレイつりと潮干狩り
カレイつり
昨年はウネリが大きく思うような釣りが出来なかったので、今回はインターネットで天気と
釣果情報を追い続け、これなら良しと鹿島の植田丸へ勇んで行ったのだが・・・・・・・・・・。
4月6日(金)のことである。
出船前の鹿島港 釣上げたイシガレイ 41~42cm
朝6時、曇り空の鹿島港を出る。陸を振り向くと風力発電の風車がゆっくりと回っている。
30分で釣り場に到着。予報に反して、またしても波が高い。水深は30m。
二本針の上針にアオイソメ、下針にアオヤギを付けて投入。
このアオヤギ、見慣れているバカ貝と違うなと思ったら、外国産だという。
しかし、集魚効果は優れているという。
前半は波が高くて釣りずらく、3枚の釣果。9時半を過ぎた頃から波も落ち着き釣り易くなった。
海底をトン、トン、トン・・・・・・とこずいてからスーッと聞き上げるとコツとアタリが出る。
十分食わせてから更にスーッと聞き上げるとググッと引くのでサッと合わせる。
強い引きを楽しみながらリールを巻き上げると、アオヤギの下針にイシガレイが付いている。
こんな具合で5枚を追加して12時に沖上がりとなった。
型は皆30cm以上と良型で、40cmを超えるものが2枚混じった。
目標の20枚を大きく下回ったが、カレイとのやりとりや強い引きを楽しむことは出来た。
高速バスの停留所まで送ってくれた若船長によれば、聞き上げた時にオモリより重く感じたら
合わせるのだと言う。モタレで合わせるということか、道険しである。
船宿のホームページには釣果7~24枚、潮動かずと載った。
潮干狩り
潮干狩り場 アサリ採りの成果
翌日は妻の希望で、潮干狩りへ行った。
クマデやミニシャベルで軽く砂浜を掘ると、貝が見つかる。シオフキというやつだ。
ねらいはアサリなのに、妻のバケツはシオフキだらけである。
親切な人はいるものだ。アサリはもっと深く掘ると採れるよ、と教えてくれる。
それからの妻のがんばりはすごかった。さすが単純作業大好きと言うだけのことはある。
昼食を挟んだ2時間位で、二人の成果は写真の通りの大漁である。
計量したら1.2kgもあった。 今年はあたり年だ !!
アサリのみそ汁と大皿一杯のイシガレイの刺身は、連日の労働による筋肉痛を吹き飛ばしてくれる
程の美味しさだった。































