魚との対話 -29ページ目

館山のまつり

明日(8月1日)から、いよいよ館山のまつりが始まる。私にとっては今夏最大の行事である。

というのは、私は御神酒係として沼区の神輿と共に8時から22時まで練り歩くことになるからである。

よって、明日も涼しいことを願うばかりである。


今日は新たに仕立てた白丁を試着したり、祭りに身に付けるものをチェックしたりして過ごしたが、気になることが一つあり。それは、昨年の祭りでは広報係を依頼されて神輿渡御の写真を撮り、一部の人にブログに載せると

言ったのだが、猛暑にかまけて書かなかったことである。

そこで、今年は写真を撮ることは出来ないので、一年遅れで沼区の神輿渡御の模様を写真を中心に書き留めて

おこうと思う。


一日目  8月1日(2010年)


沼区とは館山市の行政区分である岡沼区、西の浜区、西原区からなり、そこを守護する神社は菅原道真を祀る

天満神社である。(岡沼区にある)


岡沼区


天満神社を出発する神輿 : 神輿渡御は神事であり、コミュニティー活動でもある。前日の御霊入れの行事に

より神様が鎮座する神輿の前には、高張り提灯、社名旗、五色(先端に榊)を子供達が掲げ持つ。



魚との対話-岡沼


神輿は、神様のご威光をあまねく照らしながら練り歩くのだが、御神酒(ご祝儀)を受け取った際は、白丁頭は

さしを指示する。御神酒は天満神社の関連事業の費用として使用される。



魚との対話-岡沼


神輿唄のリードで整然と里山を行く神輿。私の最も好きな光景である。



魚との対話-岡沼


大神輿の後には小神輿が続く。小学校低学年の子供は保護者同伴。



魚との対話-岡沼


西の浜区


威勢良く海辺を行く神輿



魚との対話-西の浜

神輿は広いスペースのある民家、お店、事業所などで休憩をとるが、そこでは飲食物のおもてなしを受ける。

休憩後、若者達は皆で、ありがとうございました、とお礼を言い立ち去る。気持ちのいい光景である。



魚との対話-西の浜


西原区


館山の函館と私が呼ぶ西原区は、港に通ずる坂が多い。従って、神輿には難儀である。

先回りしてカメラを構える私の前に現れた神輿の先頭が女性なのに驚く。後で聞いたのだが、坂道ではでかい

力持ちは後に回って担ぐのだという。



魚との対話-西原


館山神社


7基の神輿が宮入りし、パフォーマンスが繰り広げられる。沼区の見せ場は大もみと言い、一端しゃがんでから

飛び上がる体勢で担ぐ荒っぽいものだ。さすがにこの時は女性は加わらない。



魚との対話-館山神社


宮出しでは、先行する宮城地区の神輿との間で合わせさすが演じられた。神輿のダンスの様で綺麗な光景である。しかし、19時ともなるとISO感度を上げての厳しい撮影となった。



魚との対話-館山神社


二日目  8月2日(2010年)


二日目は、他区の山車やお船(曳舟)が練り歩く日である。沼区は角屋前にテントを張り、神輿と共にお迎えする。驚いたことには、楠見地区の山車が沼の神輿の先導で天満神社に入ったのである。

青年会の交流から出来たことだと聞く。



魚との対話-楠見の山車


さらに、総持院(通称沼の大寺)前では、新井地区のお船との競演が見られた。

山車やお船が岡沼に来るとは、昔は考えられないことで、今の若者はすごいな、と思う。

この日、沼の角屋前は、子供の頃の下町交差点の賑わいを彷彿させるかのようであった。



魚との対話-新井の御船


おわりに


今年の館山のまつりでは、東日本大震災の復興を応援するため、復興支援と朱色で書かれたリストバンドを販売し、収益金を被災地に送るという。

私もリストバンドを付け、修復なった大神輿と共に参加するが、どうぞ興味のある方は、観光案内所などで入手できる館山のまつり 見どころマップを参考に足をお運び下さい。威勢の良い若者達から元気を貰えること請け合いである。

















白間津の大祭

台風が去り猛暑が一段落した7月23日(土)、「遊子の会」は主宰者YUさんの呼び掛けで、南房総市千倉町

白間津の日枝神社に伝わる4年に一度の大祭「白間津の大祭(おおまち)」を見学した。


祭礼見学後は、白間津の房州らーめんで夕食をとりながら懇談することになったのだが、会員でもある房州らーめんのご夫妻のご好意で用意された畳の広間には、何時の間にか25名の会員が集結していた。

そこに、YUさんとは千葉県生涯大学の仲間だという祭礼の副会長が来てくれて、我々は「白間津の大祭」についてのレクチャーを受けることが出来た。

副会長によれば、「白間津の大祭」は千年をこえる歴史を持ち、国の重要無形民族文化財の指定を受けた伝統行事であるが、少子高齢化により今年が最後になるであろうとのことであった。

故に我々は、この日貴重な体験をした訳である。

以下に、我々が見学した大祭について、副会長の話や房日新聞の記事をもとに、まとめておこう。


15時30分、海岸道路に仲立と呼ばれる日天・月天の神の子とささらと呼ばれる少女達が現れ、花火の合図と共におおな渡しが始まった。



魚との対話-日天 月天

祭りの主役 日天・月天とも呼ばれる神の待遇を受ける小学4年生の男児


おおな(大綱)渡しは、12mの日天・月天の大幟を8本のロープで支え、根元に取り付けた大綱を山車のように

皆で引くのである。これに「遊子の会」も参加する。

バランスをとるのが難しいのか、少し進んでは倒れる。あるいは二本を同時に引けないためか、倒すのである。

その度に感声が上がる何とも珍しい行事である。



魚との対話-おおな渡し        魚との対話-おおな渡し

おおな渡し                            おおな渡し


魚との対話-おおな渡し

おおな渡し


祭礼では子供達が主役であるが、その中心で通称日天・月天と呼ばれる男児について触れておこう。

長男で両親とも健在、家系が正しいなどの厳しい条件のもとに選ばれる。

祭りの50日前から、食事は家人とは別釜で調理されたものを食べる。世話役は老人があたる。

給食は弁当を持参する。これらは、月経を不浄なものと見なすことによる。

そして、毎朝4時に起床、裸足で海岸へ行き浜の砂を一升枡へ入れ拝殿に供える「潮垢離(しょごり)」の行事を

祭りの最終日まで行う。

これらにより、神の子としての待遇を受けるという。


続いて海岸道路につながる浜の仮宮前でささら踊りを見学する。

17時、花火の合図と共に奉納舞の一行が現れる。

先頭は露払いの役の「とひいらい」。浴衣姿の女子中高生が腰をかがめて棒で地を押し払いながら、神の下る

道の草をなびかせる。

続いて、魔物を退散させる役の「えんやほう」。男子小中学生による。先頭の二人は方鎌槍、他の子供は薙刀を

持って武装し、神を魔物から守る。顔には魔物退散の武者らしくひげを描き、方鎌槍や薙刀で地を振り払うように

踊る。

神の下る道が清められたことにより、日天・月天とささらが登場し、ささら踊りとなる。

浴衣姿の小学生以下の女児が、竹を割ったささらを棒でこすって打ち鳴らしながら、輪になって日天・月天の太鼓

と共に踊る。これに年配の男衆による謡曲が加わる。

いたって単純な動作が延々と続くのだが、ささら(竹)の音が心地良い。



魚との対話-ささら

ささら踊り


魚との対話-ささら

ささら踊り


魚との対話-ささら

ささら踊り


我々は、ささら踊りの途中で18時からの懇談会のため、房州らーめんに向い、大祭の見学を終えた。

神輿や山車の威勢のよい祭りとは、全く違う珍しい祭礼にとまどい疲れたが、こうしてブログを書きながら振り返って見ると、ささら踊りは伝統芸能として伝承されて欲しいものだと思う。

大祭見学の翌日、Oさんから整いましたとばかりに俳句が寄せられた。これもまた、名詞ばかりの珍しい作品で

あった。


      黒潮や 日天月天 白間津大祭



















      





ガーデニング 2011年5~6月

私は、今や趣味の中ではガーデニングに最も時間を割くようになった。

遅ればせながら、5月~6月の模様を写真を整理しながら書き留めておこう。


庭仕事


5月  我家の庭は彩り豊かであった。中でも6株あるシャクヤクが、一本の枝には一個の蕾とする摘蕾効果で

あろうか、次々と大輪の花を咲かせてくれたのは嬉しい限りであった。

また、レンズ越しに見るバーベナやカモミールとの組み合わせは中々のものであった。



魚との対話-シャクヤク

シャクヤク  背景はツツジ  5月13日撮影



魚との対話-シャクヤク

シャクヤク  背景はカモミール  5月19日撮影


嬉しいことと言えば、城山公園(館山市)では、とっくに終わってしまった時に、ツツジが何時になく沢山花を付けたことである。また、移植したシランが見事に咲いてくれたのも付け加えておきたい。



魚との対話-ツツジとシラン

ツツジとシラン  5月14日撮影


6月  本家のS子さんから貰った種が花開いた。しかし、名前が分からない。

早朝散歩で、沼のヒカリモ前の家の庭に同じ花が群生しているのを見つけた。

草を取っている奥さんに尋ねたが、分からないと言う。このご婦人は実に偉い人だ。

通るたびに、ヒカリモ周りの竹林が綺麗になっているので聞いてみると、高齢の持主に代わって、このご婦人が

少しずつ整備しているのだ、と言う。

その後、花の名前は分かった。ムシトリナデシコだと「遊子の会」のKさんの奥さんが教えてくれた。



魚との対話-ムシトリナデシコ

ムシトリナデシコ  6月1日撮影


梅雨入りは5月27日であった。アジサイの季節である。我家では、庭のものはパットしなかったが、S子さんに勧められてさし木で育てた鉢物は見ごたえがあった。

玄関の引き戸を開けると、アガパンサス・ギポウシ・アジサイが目に入る。

それらとバーベナとミヤマヨメナの群生が青と紫で涼しさを演出してくれる。



魚との対話-玄関からの眺め 玄関からの眺め(アガパンサス・ギボウシ・アジサイ)  6月25日撮影


嬉しいことと言えば、サツキが例年になく咲き誇ったことである。ツツジと同じく親の代からあったものなので、

俺が再生したんだ、と一人納得する。

また、6月19日には植え付けてから初めてユリが花開いた。写真は満を持してのショットである。



魚との対話-ユリ

ユリ  6月25日撮影


逆に残念なことは柿の木である。6月5日にヘタムシ対策で農薬を散布したのだが、その後葉っぱや実が落ちるわ落ちるわ。今年、あの美味しい柿が味わえるのは絶望的である。


畑仕事


5月  例年通りの夏野菜の植え付けに精を出したが、他に難しい~よ、との声が多く躊躇していたトマトに挑戦してみることにした。

卓球仲間のHさんは、マリーゴールドを一緒に植えると良いと言う。コンパニオン・プランツ(共栄作物)というのだそうだ。いつも種や苗をくれるMさんは、お天気次第と言う。

私は、桃太郎6本といつものアイコ(ミニトマト)2本を植え付けた。



魚との対話-トマトの植え付け

トマトの植え付け  マリーゴールドを一緒に植えた。  5月19日撮影


6月  去年は球が大きくならず失敗した玉ネギが、今年はまずまずの型となり、連日の雨で腐るのを危惧して

6月3日に収穫した。新玉ネギのオニオンスライスは予想以上の美味しさであった。



魚との対話-タマネギの収穫

玉ネギの収穫  6月3日撮影


5月30日の試し掘り後、一部茎葉が黄色くなっているので、雨の合間の6月4日にダンシャク(ジャガイモ)を

収穫する。型が不揃いで小さいものが多い、早過ぎたかも。

一方、メークイン(ジャガイモ)は茎葉に黄色を認めないので、6月14日の試し掘り後、6月18日に全部収穫する。かなり大きなものが混じり、腐っているものも幾つかあった。遅かったかも。

いやはや、ジャガイモの取り時は難しいものである。



魚との対話-ジャガイモの収穫

ダンシャク(ジャガイモ)の収穫  6月4日収穫








館山観光桟橋の五目釣り

「遊子の会」の本年第1回目の堤防釣りは、日頃館山港多目的観光桟橋(以下観光桟橋と記す)に繁々と通う

SIGEさんご夫妻のガイドで、小アジ・イワシ(サビキ釣り)やシロギス・ギラ(探り釣り)をねらう、所謂五目釣りを

体験することになった。


しかし、今年の観光桟橋は不調で当初予定した5月23日を延期、昨年の経験から今日7月6日(水)に望みを

託して決行したのである。

参加者20名、見学者2名、7時30分集合、晴れ、潮は中潮で満潮が7時13分、海上はベタナギ。

釣り初心者のコ(古)ギャル集団には、まずまずのコンデションと思えた。


準備の為、インストラクターのSIGEさんと私(共に夫婦で参加)は6時30分に集合して、サビキ釣りを試みる。

すぐにジンタ(小アジ)が釣れてホットするも、皆がやって来た頃にはアタリがなくなってしまった。

アタリのない釣りはつまらないものである。

このピンチを救ってくれたのが、SIGEさんの妻TOMIEさんである。

堤防下に仕掛けを落とし込んでシロギスを釣る技を伝授する。

すると、仕掛けを投入するや否やすぐにアタリが出て、釣れた~!!エサをとられた~!!と大賑わいとなった。

ともかくアタリがありさえすれば、やる気が出るものである。


アタリの主は大抵ギラで、目ぼしい魚は釣れない。ベテランのKONさんでさえ、何か変だと言うので、一応仕掛け

を上げてみたらと言ったところ、釣れたのはヒトデという有様だ。

こんな状況の中、三人のコギャルがシロギスを釣り上げたという。その一人が主宰者YUさんの妻N子さんと聞いた。昨年の今頃は魚が掛かった時、「どうしたらいい、どうしたらいい・・・・・・」と言っていたものだが、腕を上げた

ものである。

終了間際に、私は堤防先端でソーダガツオ釣りの擬似体験をしてもらった。即ち、私が仕掛けを投げて、コギャルがマウスと呼ぶウキが水しぶきを立てるようにせっせとリールを巻くのである。

次回は状況が良ければ、この釣りが得意なKさんのガイドで館山港にてソーダガツオ釣りに挑戦だ、と話した。


かくして10時頃までやり、コギャル達が釣り上げた魚はギラ・ネンブツダイ・メゴチ・シロギス・イワシ・アジ・コムツで合計53尾。これは代表して全て持ち帰ったKさんの奥さんが翌日報告してくれたのだが、さらに全て調理した

とも言う。魚も浮かばれるというものである。



魚との対話-観光桟橋の釣り

この日の釣果 合計53尾  (N子さん提供)


さて、「遊子の会」の釣り会では、インストラクターが全ての面倒を見る、遅刻途中退散可、のスタイルをとっている。この日最後まで残った人13名で記念写真を撮った後、観光桟橋入口前にあるグラッチェに寄り、ドリンクバーで懇談した。



魚との対話-観光桟橋の釣り

観光桟橋の釣り会  新設された旧安房博物館の観覧デッキや館山城が見える。 (N子さん提供)


席上では、今回の釣りを取り仕切ってくれたSIGEさん夫妻にねぎらいの言葉が続いた。

釣り会を終えて、もう一人のインストラクターKさんが風邪で不参加となった為、私とSIGEさんは雑用係で大忙し。結局TOMIEさんに助けられた釣り会だったなぁ~と思う。

お二人のことを釣り馬鹿夫婦と言うのは、当分差し控えることにしよう。








袖ヶ浦公園のハナショウブ観賞

6月20日(月)くもり時々小雨。「遊子の会」では「新緑の里見氏所縁の地を巡り、袖ヶ浦公園の1万5千本の

花菖蒲観賞」と題したバスツアーが執り行われた。

定番となった千倉ツーリストの貸切バスに25名が参加して、主宰者YUさんのプロの添乗員顔負けのガイドの

あるバスツアーである。


さて、YUさんの車中での話は、私の要望に答えての里見正史が中心であった。

それは、YU教授の「日本の歴史~房総里見氏の興亡」といった趣で、ハイレベルのものであった。

それ故、今回訪ねた里見氏所縁の地は、後日別テーマの里見氏見聞録に書き留めることにして、ここでは

咲き誇っていた袖ヶ浦公園のハナショウブの写真を載せることにしよう。


袖ヶ浦公園の花菖蒲園に到着。丁度ハナショウブは満開で、木々に囲まれて咲き乱れている様は実に素晴らしかった。



魚との対話-袖ヶ浦公園ハナショウブ


車中、YUさんはアヤメ、カキツバタ、ハナショウブの違いを花の色、開花時期、場所などから解説してくれたが、

確かにその通りであった。

続いて、YUさんは菖蒲田が一望できる小高い山にある展望台へと案内する。

山の斜面では青いアジサイの群生が見られた。



魚との対話-袖ヶ浦公園ハナショウブ


山を下り、花菖蒲園に戻る。ハナショウブに囲まれての写真タイムとなったが、元乙女達は皆、いい顔を見せて

くれた。



魚との対話-袖ヶ浦公園ハナショウブ


袖ヶ浦公園(袖ヶ浦市)を後にして、君津市に入り遅めの昼食を「桂ステーキ」で取る。

YUさんの下見の交渉により、貸切で千円ステーキを食したが大変美味しかった。

食後はSIGEさんより、「遊子の会」の館山港多目的観光桟橋での釣り会についての案内があった。

それは7月6日(水)とのこと。


往路は山間部を走り養老渓谷経由で袖ヶ浦公園に入ったが、帰路は海岸線を走り館山へと向った。

そして、YU教授の里見物語が炸裂したバスツアーは終わったのである。






シロギスつり~2011.6 沖ノ島

6月8日(水)夕方、カヌーの持主である「遊子の会」のミスターアウトドアーKさんからシロギスつりのお誘いの

電話が入る。明日沖ノ島(館山市)4時30分集合とのこと。

カヌーでの釣りは、風のない天候が絶対条件である。早速、インターネットで明日の天気予報を見るとまずまずである。潮も小潮で、干潮が3時56分満潮が9時26分とある。上げと下げでの釣りが出来る。期待出来そうだ。


6月9日(木)くもり、海は穏やかである。5時前、沖ノ島北西側の定置網を目指してカヌーを漕ぐ。

海藻が透けて見える。綺麗な海だ。

沖ノ島では外道にカワハギが期待できるので、ハリスの太い市販の仕掛けを用意した。即ち、8号2本針、ハリス

1.5号、オモリ10号でエサはジャリメを使用した。


例年よりアタリが少ない気がしたので、軽く投げてから少し待ち、あまり竿を動かさないようにしたら、ヒットの確立高く丸々と太った良型がよく釣れた。

流が強くなった一時、Kさんのアドバイスにより、2本の置き竿釣法に替えたところ、交互に竿が絞り込まれ、

シロギスの通り道に出くわした想いがした。

こんな具合に、12時半の沖上がりまでに、私は最大23cm、20cm中心の良型のシロギスを36匹も釣り上げたのである。


魚との対話-釣り上げたシロギス

私の釣り上げたシロギス  Kさんお勧めの構図で撮ってみた。


さて、外道も賑やかだった。カワハギ・ベラ・タコ・イワシ・トラギス・ヒメジが釣れ、この日は七目釣りとなった。

カワハギは24cmと20cmの良型をゲットすることが出来た。ハリス1.5号の賜物であろう。

一度ハリス1号の仕掛けにもヒットしたが、船べりでハリスを切られ残念な思いをした。


これはでかいカワハギだ~、Kさんタモをお願いします、と言ったら赤い魚が現れた。

Kさんはアカアマダイだぁ~、何でこんな所に、と言った。

しかし、タモに収まった魚はよく見たらベラであった。


竿がやたらと重くなる時は、海藻が引っ掛かった時だが、私には重いなぁ~と思ったらタコが釣れた。

一方、Kさんはどでかいヤドカリに苦笑する。



魚との対話-外道の魚

私の釣り上げた外道の魚達


いつも私の後でカヌーを操作しながら、ヨッシャーを連発し、私の士気を下げるKさんは、この日柔らかい穂先の

手作り竿や中通しのオモリの仕掛けを使用したりと工夫され、始めに沖ノ島の主のようなジャンボサイズのカワハギを釣り上げる。その後、カワハギのたたりだと嘆いておられたが、珍しく私よりシロギスの釣果は少なかったようである。

しかし、終わりにまた良型のカワハギを釣り上げて、締めたところはさすがである。




天満神社神輿修復記念祭

梅雨入り後の5月29日(日)、あいにくの雨空の下、私の住む館山市沼では、天満神社の神輿修復記念祭が

執り行われた。

故郷に戻って3年目、地域の方々と密接なお付き合いをするようになり、私もお祭りに係わることとなったが、

そこで、実働部隊である天神会の若者達の企画・運営に、大いに感銘を受けたのであった。

以下に私の係わった一連の記念行事を日付を追って振り返ってみよう。


崇敬会・天神会・子供会顔合わせ  5月7日(土)


菅原道真を祀る由緒ある天満神社及び神輿は、館山市沼の行政区である岡沼区、西の浜区、西原区の3区が

共同で管理運営する。そこでは3区の総称として沼区が存在する。

顔合わせでは記念行事実施要領や役割分担が発表される。

私は、いずれの会にも所属していないが、岡沼区の会計係であるので、慣例的に御神酒係(おみきがかり)と

なった。


天満神社清掃  5月22日(日)


この日、私は天満神社の写真を撮りに行った。

参道から神社境内に上がる階段脇には、いつの間にか手洗い場が整備され、また、傾いた灯篭には粋な竹の

柵が施されていた。境内では、天神会の若者達が、せっせと草取りや草刈りに励んでいた。

この事を参道入口に居を構える岡沼前区長夫妻に話したところ、奥さんは、「若者達は、いつも楽しそうに活動し

ています。本当に感心します。」と話しておられた。



魚との対話-天満神社入口

天満神社入口 沼の枇杷開拓者法木翁の碑と傾いた灯篭



魚との対話-天満神社の清掃

天満神社と草取りに励む天神会の若者達


餅つき  5月28日(土)


神輿修復記念祭当日の餅投げや、沼区全戸に配布される記念品の一つである紅白餅の為に、雨天の中、

岡沼農家組合集会所で餅つきが行われた。

私共夫婦は、岡沼区長の申し出により、私は顔出し、妻は餅を丸める作業を手伝った。



魚との対話-餅つき

餅つき   蒸す


魚との対話-餅つき

餅つき   こねる


魚との対話-餅つき

餅つき   つく


魚との対話-餅つき

餅つき   丸める


3俵のもち米が天神会の若者達により、手際よくつかれ、岡沼区長代理の鶴の一声で集まったご婦人達が丸める。そこには、地域が一体となった活気に満ちた協同作業の光景が広がっていった。

私は、自然災害時の訓練にもなりうるなぁ~等と思いながら見学していたのであった。


天満神社神輿修復記念祭  5月29日(日)


9時前、中村神佛具店より引き取られた神輿が長い参道に現れ鳥居をくぐる。

神輿は、雨対策で透明のビニールですっぽり覆われている。境内ではさしが繰り返され、観客に修復なった神輿が披露される。



魚との対話-神輿の登場

天満神社の鳥居をくぐる神輿


魚との対話-神輿の披露

天満神社境内での神輿披露~さし


神社拝殿で加茂宮司のもと、修復奉告祭(遷宮式)が、金丸館山市長も出席して行われる。

続いて神輿に御霊が入れられ、境内での餅投げ後、区内を練り歩く神輿渡御となった。


出発に先立ち、崇敬会長から神輿修復記念祭の実施にあたっては、先の東日本大震災の被災地早期復興

祈願を含める。御神酒(寄付金)の一部を義援金とする。東北地方のお酒を購入する等の配慮のもとに執り行うことになった、との挨拶があった。


神輿の修復は、5年間に渡る区民の神輿積立金と宝くじ助成金によって完成したという。

故に、神輿渡御は区民に対する御礼と披露の意味を持つ。

渡御コースでは、予想だにしなかった他の地区の若者達がお祭りに協力するという感動的な場面に出くわした。

神社を出てすぐの岡沼農家組合集会所では、相浜浪除丸の皆さんが祭囃子と踊りで盛り上げてくれる。

宮城地区にさしかかった時、若者達が待ち構えていて、高張り提灯で西原区まで誘導してくれる。

柏崎地区では、国司神社前にテントを張り、祭囃子で出迎えてくれる。

昔にはなかった若者たちの連携プレーは驚きであり、喜ばしい限りである。


さて、御神酒係りの私は、白丁着用、白の地下足袋、雨対策用に百円ショップで買い求めた白のポンチョに身を

固めた出で立ちである。これ、小学校の同窓会仲間で崇敬会副会長のT君こだわりの指示である。

そして、御神酒係の一員として、御神酒を入れる巾着袋とお礼に手渡す3点セット即ち紅白餅、巾着袋、礼状の入ったビニール袋を渡される。それらは結構な荷物であったが、不慣れな私の為に岡沼区長代理が終始付き添い手伝ってくれたので大いに助かった。

また、地域情報にうとい私に、区長代理は行く先々で色々な話をしてくれて、お陰様で楽しく役目を務めることが

出来た。

午前中は涼しくていいねぇ~等と言っていた雨空も午後3時以降は本格的な雨となり、袴の裾や地下足袋はびしゃびしゃ。気分も沈む。そんな状況なのに傘をさして神輿を出迎え御神酒を差し出すご婦人に、風邪を引かないようにと励まされる。

しかし、整然と神輿を担ぐ若者達の一体となった高揚感は衰えることはなかった。

担ぎ手の2~3割は、他の地域からの助っ人のようであるが、少子化の折、お互い様の協力心の現われであろう。


かくして、18時前、神輿は天満神社に戻り、神輿渡御は終わった。

御霊返しの前の挨拶で天神会長は涙声で言う。5年間の想いが込み上げて来たのであろうか。

聞くところによると、彼は理想的な祭りの形を追い求め、祭りの際には中心となって企画運営に携わって来たと

いう。

19時からの岡沼農家組合集会所での納会に、私も岡沼区三役として出席した。

挨拶では、雨の中でも事前の綿密な打ち合わせにより、整然と行動した天神会の若者達の団結力、組織力への

称賛の言葉が相次いだ。

岡沼区長は、こういう事が非行をなくし、防犯に役立つんだよなぁ~、とつぶやいた。

私も同感で、彼等は将来、安全安心で魅力的な町づくりの中心になってくれるだろう、と思った。


記念品の配布  5月30日(月)


雨が上がった午後、岡沼区三役は餅つきの日の夕方に記念品を取りに行った区長代理のお宅に集合した。

記念品とは、紅白餅、湯呑み茶碗、手ぬぐいの3点セットである。

これを岡沼区全戸に班長が配るのであるが、我々は班長が配れるように記念品の仕分け作業を行った。

区長に替わってやって来た奥さんは、手慣れているのだろうかハキハキテキパキしていて、彼女の言う通りに

進めたら瞬く間に荷造りは終わった。そして、各々自分の担当する班長宅へ届けたのである。

かくして、貴重な体験となった天満神社神輿修復記念行事は終了したのである。
















沼の里山~2011.5

5月の第一週、即ちゴールデンウィークの時、私は早朝に沼の里山を歩き廻った。

私の住む沼区(館山市)では、この29日(日)に天満神社御神輿修復記念祭があり、御神輿の渡御が予定されている。私も終日練り歩くことになっているので、その為の足慣らしに精を出したのである。


ウグイスが鳴く里山では、山はビワ、散策路(農道)はヤマフジが目立つ。



魚との対話-ヤマフジ

散策路のヤマフジ   5月3日撮影


奥へと歩を進めると、まだ田植えが終わっていない田んぼの水面に山が映る光景に出くわす。



魚との対話-沼の里山

田んぼの水面に山が映る光景   5月3日撮影


田んぼに水が張られると、コサギやカルガモが飛んで来る。

我家のすぐ近くの田んぼでは、それらが水面に映る光景が見られる。



魚との対話-コサギとカルガモ

田んぼにコサギとカルガモが飛来   5月4日撮影


散策路に戻ろう。土手には忘れな草に似ているミヤマカズラ、道端にはタツナミソウに似ている淡紫色のカキドウシの花に出合うことが出来る。


6日(金)の朝のことである。妻と同窓会仲間であるAさんが、何やら田んぼへの水の流れをチェックしている。

聞いてみると、堰(農業用水池)の水が底を突きそうだと言う。

雨が降らないことと、堰の土手に大きな穴があいてしまい、水が流出した為らしい。

この堰は、サンゴ展示小屋前とは異なり散策路のずっと奥にある大きな水がめで、ウォーキングの人が訪れる

ことはない。


私は確かめることにした。うっそうとした細い山道を進むと堰はあった。確かにすっかり水位が低くなっている。

土手の奥、山道とは反対側の場所に大きなブルーシートが敷かれている。穴を覆っているのだ。

立て看板には、直径3m、深さ3.5mの穴があいているとある。

水源(上流)の方はどうなのか、奥に進むほど水は無くなる。沼の水がめが危ない!!


第二週には雨が降った。一週間後の13日(金)、今度は長靴を履きカメラを持ち、自転車で堰の様子を見に

行った。水がめに水がたまっている。良かった!!



魚との対話-沼の堰

沼の堰   5月13日撮影


水源(上流)の方へ進むと、水の流れる音がする。小さな小さな滝の音だ。

私は池に下りて慎重に歩を進め滝に近づいた。

竹林の日陰に水路あり。何か水源地を発見したような気分になる。

今後はこの堰を滝の堰、今までの堰をサンゴの堰と呼ぶことにしよう。


魚との対話-沼の堰上流

堰の上流の小さな滝   5月13日撮影



魚との対話-沼の堰上流

奥(上流)から見た沼の堰   5月13日撮影







山菜採り

富津海岸での潮干狩りの後、「遊子の会」のミスターアウトドアーKさんから電話が入る。

今度はワラビ採りのお誘いである。以前、九重(館山市)でのシイタケ採りに続いての山菜採りである。

ボケ防止と思い出作りのブログであるからして、先ずはシイタケ採りから書き始めることにしよう。


シイタケ・キクラゲ


3月9日(水)の午後、我々はポリ袋をぶら下げ、手袋をして九重の山に入る。

進むにつれて、山道は荒れていてガイドなくしては歩けない。時折り、木に赤い布がぶら下がっているのを目撃

する。道に迷わない為の目印のようだ。

Kさんは、山道周囲の倒木を注意深く見るようにと言う。この日は、大きなシイタケを見つけることは出来なかったが、小さなシイタケが密集して生えている倒木に出くわすことは出来た。



魚との対話-シイタケ

シイタケ   Kさん撮影


圧巻はキクラゲだった。それは山道から少し離れていたので、もしかするとキクラゲかも、とKさんは言う。

二人で近づくと倒木に型の良いキクラゲがびっしりと生えている。これは値打ちものだ、とKさんは言う。



魚との対話-キクラゲ

キクラゲ   Kさん撮影


山里に下り、栗拾い場を確認した後、フキノトウを摘んでからKさん宅に戻った。

Kさんは自宅の裏へと私を案内した。そこは何とシイタケの栽培現場であった。

やけにシイタケに詳しいなぁ~と思っていたが、これで合点が行った。

全部頂いたシイタケは乾燥後煮物に、山分けしたキクラゲは酢の物で食べたら独特の食感があった。


ゼンマイ・ワラビ


4月22日(金)9時、安房中央ダムの入口に車を止める。(南房総市旧丸山町)

そして、長靴を履き、ポリ袋をぶら下げ、手袋をして出発する。

安房中央ダムの橋を渡り山道に入る。



魚との対話-安房中央ダム

安房中央ダム


山道は、かつては畑や山仕事の為の道だったようで、軽自動車が今も通れる広さである。

ウグイスが鳴き、道端にはマムシグサ、崖の反対側には新緑の山が広がる。この美しい新緑を称して、Kさんは

「山笑う」などと粋なことを言う。



魚との対話-山菜採り周辺の山

ゼンマイ・ワラビ採り周辺の山


ゼンマイは山道の崖の縁に生えていた。最初は分からなかったが、慣れて来ると見つけることが出来る。



魚との対話-ゼンマイ

ゼンマイ


奥へ進むと今度はワラビ採りとなる。道端でこれがワラビですよ、とKさんは指差す。また、成長して先端が花が咲いたようになったものは駄目だと言う。

Kさんが名付けた一等地に向うも地元の人が入っていたので、遠慮して二等地で精を出すことにする。

そこは耕作放棄地で、ワラビは枯れススキの周辺やノバラの中から頭を出していて見つけることが出来る。



魚との対話-ワラビ

ワラビ


「言うは易く 行うは難し」 ワラビを見つけるのは至難の技であった。

しかし、Kさんはそこそこ、あそこあそこ、と言って私に採らせてくれる。

Kさんの視力は2.0かと言うと、いや0.8だ、と言う。それなら、あんたの目はワラビ目だね、と言ってやった。

どうやら、経験からここにあるはずだと思って探すのが極意のようである。

それから、地元の人が立ち去ったので一等地に入る。Kさんの言う通り、結構採りこぼしがあるものである。

このようにして、私のポリ袋にはワラビがたまって行ったのであった。


11時に駐車場所を出てKさん宅に戻ると、奥さんがワラビの調理法を教えてくれた。

私は家に戻り、教えられた通り草木灰で一晩あく抜きをした後、水洗後熱湯をくぐらせてから茎を食べ易い長さに

切り、カツオ節と醤油をかけて食べてみた。

すると、ねばり気のある食感で美味しく頂くことが出来た。


初体験の山菜採りで、私は森林浴や自然観察も良いが、山菜を求めて山道を巡るのもまた楽しいものだな、と

思った。Kさん、ありがとうございました。

富津海岸の潮干狩り

南房総の春は、花摘み竹の子掘り、そして潮干狩りと言われる。

しかし、館山市では何故か潮干狩りの話を聞かない。

そのことを「遊子の会」のミスターアウトドアーKさんに話したところ、何とKさんは、潮干狩りが好きで時季が来ると一人で富津海岸に通っていたと言う。

同好の士得たりとばかりに、私はKさんにガイドをお願いした。


かくして、4月20日(水)我々は富津海岸へと向ったのである。

途中、Kさんは海辺に建つおとたちばなひめの巨大な石像前で車を止めてくれた。

今年の始め、木更津の地名の由来となった太田山公園のきみさらずタワーで見たあのおとたちばなひめである。


魚との対話-おとたちばなひめ

おとたちばなひめの像


富津海岸の潮干狩り場に到着。東日本大震災の自粛ムードで広大な潮干狩り場はガラガラである。

先ず、我々はKさんが用意してくれた割引券を提示して4kg 3000円の入浜券を購入する。

10時30分、ハマグリがよく採れたという次の写真の左から3番目の柱周辺からスタートする。

クマデで軽く掘るとアサリに混じってハマグリが出て来る。私は20個位ゲットすることが出来た。



魚との対話-潮干狩り場

富津海岸 潮干狩り場


アサリはいくらでもいた。クマデで掘るとガリガリッとアサリにあたるので周りをどんどん掘る。

すると、海水がスーッとたまり掘った場所はアサリの群れが露出する。

私は、大粒のみをザルに入れる。ザルが一杯になったら網に入れる。

そして少しずつ移動して同じ動作を繰り返した。いやぁ~実に楽しい!!みるみる網は膨らみ重みを増していったのである。


12時前、少し離れた場所で採っていたKさんがやって来た。終わりにしましょう、と言う。

Kさんはアサリは少しにして、ハマグリねらいで採っていたと言い、網の中は私よりかなり少な目である。

私が重たそうに持ち歩いているのが見えたのであろうか、検量所の係りの人がやって来て、運びましょう、と

言う。どの位超過したのかなぁ~と思っていたら、何と10.4kg 8300円と言う。

エッー!!と思ったがアッ ソォーというような顔をして清算をした。

即ち、この日私は14.4kgも採り、 11300円支払ったのである。


検量所のそばには便利な設備があった。貝洗い水槽と砂抜き用の海水タンクがそれである。

我々は貝洗い水槽(海水)で網ごとアサリをザブザブと洗い持参したバケツにアサリを入れた。

また、持参したペットボトルに砂抜き用の海水タンクから海水を入れて車に運んだ。



魚との対話-検量所

富津海岸潮干狩り場  検量所と貝洗い水槽と砂抜き用海水タンク


潮干狩り場も広大な富津公園の一部であるが、レストランたかはしで昼食をとった後、Kさんは公園内を案内してくれた。先端にある現代彫刻のオブジェのような展望台に上ってみた。

第一海ほうや第二海ほうは眼の前である。振り向けば富津公園が岬であることがはっきりと分かる。


 
魚との対話-富津岬

富津岬  先端の展望台より撮影


さて、家に戻り、大量のアサリに仰天した妻が、いくら?と聞くので1万円と答えると、いくらなんでもそこまで

頑張らなくてもよい、と呆れ顔で言う。私は船釣りのことを思えば問題なし、今日は大漁だと得意気に話す。


砂抜きはタライ・バケツ・バット・ボール・をずらっと並べ、そこに砂抜き用に持ち帰った海水を入れて行った。

まもなくアサリが舌を出しピュッ、ピュッと水を飛ばす。愉快な光景である。

もっとも我家だけでは処理できないので、私は砂抜き前のアサリを近所や友人、知人に。そして翌日は親戚にと

配りまくった。配布先は14軒にものぼった。

後日、皆さんから大粒で美味しかったよ、と声を掛けられ私は大いに満足したのである。


その夜の食卓には、焼きハマグリとハマグリのお吸い物。頂いたものだがシロギスと野菜の天ぷら、竹の子ご飯

と旬のものが並んだ。ことのほか、ビールが美味かったのは言うまでもないことである。