白間津の大祭 | 魚との対話

白間津の大祭

台風が去り猛暑が一段落した7月23日(土)、「遊子の会」は主宰者YUさんの呼び掛けで、南房総市千倉町

白間津の日枝神社に伝わる4年に一度の大祭「白間津の大祭(おおまち)」を見学した。


祭礼見学後は、白間津の房州らーめんで夕食をとりながら懇談することになったのだが、会員でもある房州らーめんのご夫妻のご好意で用意された畳の広間には、何時の間にか25名の会員が集結していた。

そこに、YUさんとは千葉県生涯大学の仲間だという祭礼の副会長が来てくれて、我々は「白間津の大祭」についてのレクチャーを受けることが出来た。

副会長によれば、「白間津の大祭」は千年をこえる歴史を持ち、国の重要無形民族文化財の指定を受けた伝統行事であるが、少子高齢化により今年が最後になるであろうとのことであった。

故に我々は、この日貴重な体験をした訳である。

以下に、我々が見学した大祭について、副会長の話や房日新聞の記事をもとに、まとめておこう。


15時30分、海岸道路に仲立と呼ばれる日天・月天の神の子とささらと呼ばれる少女達が現れ、花火の合図と共におおな渡しが始まった。



魚との対話-日天 月天

祭りの主役 日天・月天とも呼ばれる神の待遇を受ける小学4年生の男児


おおな(大綱)渡しは、12mの日天・月天の大幟を8本のロープで支え、根元に取り付けた大綱を山車のように

皆で引くのである。これに「遊子の会」も参加する。

バランスをとるのが難しいのか、少し進んでは倒れる。あるいは二本を同時に引けないためか、倒すのである。

その度に感声が上がる何とも珍しい行事である。



魚との対話-おおな渡し        魚との対話-おおな渡し

おおな渡し                            おおな渡し


魚との対話-おおな渡し

おおな渡し


祭礼では子供達が主役であるが、その中心で通称日天・月天と呼ばれる男児について触れておこう。

長男で両親とも健在、家系が正しいなどの厳しい条件のもとに選ばれる。

祭りの50日前から、食事は家人とは別釜で調理されたものを食べる。世話役は老人があたる。

給食は弁当を持参する。これらは、月経を不浄なものと見なすことによる。

そして、毎朝4時に起床、裸足で海岸へ行き浜の砂を一升枡へ入れ拝殿に供える「潮垢離(しょごり)」の行事を

祭りの最終日まで行う。

これらにより、神の子としての待遇を受けるという。


続いて海岸道路につながる浜の仮宮前でささら踊りを見学する。

17時、花火の合図と共に奉納舞の一行が現れる。

先頭は露払いの役の「とひいらい」。浴衣姿の女子中高生が腰をかがめて棒で地を押し払いながら、神の下る

道の草をなびかせる。

続いて、魔物を退散させる役の「えんやほう」。男子小中学生による。先頭の二人は方鎌槍、他の子供は薙刀を

持って武装し、神を魔物から守る。顔には魔物退散の武者らしくひげを描き、方鎌槍や薙刀で地を振り払うように

踊る。

神の下る道が清められたことにより、日天・月天とささらが登場し、ささら踊りとなる。

浴衣姿の小学生以下の女児が、竹を割ったささらを棒でこすって打ち鳴らしながら、輪になって日天・月天の太鼓

と共に踊る。これに年配の男衆による謡曲が加わる。

いたって単純な動作が延々と続くのだが、ささら(竹)の音が心地良い。



魚との対話-ささら

ささら踊り


魚との対話-ささら

ささら踊り


魚との対話-ささら

ささら踊り


我々は、ささら踊りの途中で18時からの懇談会のため、房州らーめんに向い、大祭の見学を終えた。

神輿や山車の威勢のよい祭りとは、全く違う珍しい祭礼にとまどい疲れたが、こうしてブログを書きながら振り返って見ると、ささら踊りは伝統芸能として伝承されて欲しいものだと思う。

大祭見学の翌日、Oさんから整いましたとばかりに俳句が寄せられた。これもまた、名詞ばかりの珍しい作品で

あった。


      黒潮や 日天月天 白間津大祭