ガーデニング~2011.2
庭仕事
2月に入ってすぐ柿の木の剪定をした。それから、果樹や樹木に寒肥を施した。
バラなどの花木への肥料は、3月に入ってから投与することにした。
花木と言えば、南高梅は咲いたが、大島で購入した椿が未だ咲く気配がない。一体どうしたのだろう??
庭の花は、全てこれからといったところだが、今年こそはと期待したクリスマスローズが咲かない。
居場所が定まり勢い良く育っているのだが、どういうことなのか??
苗をくれたジロエミ博士(ご婦人)に対策をたずねることにしよう。
しかし、鉢物には綺麗に咲いたものがある。一つは沼の元気印(ご婦人)からもらったシャコバサボテンで、
今年も見事に咲いてくれた。もう一つは本家のS子さんが持ってきてくれた雪桜である。
しゃれたネーミングだが、調べたらバコパが正式のようである。
シャコバサボテン 2月25日撮影
雪桜(バコパ) 2月25日撮影
畑仕事
ジャガイモの植え付け準備や作付け計画に思いをめぐらせていたら、我家の猛犬(女房)が吠えた。
「長ネギを植えろ!!」
私は、近くの貸し農園で野菜作りを楽しむSさんにたずねた。長ネギの苗は何時頃何処で買えばいいですかと。
すると、Sさんは俺の余った苗を上げるよと言う。
2月24日(木)、長ネギ苗30本298円というケーヨーデーツーのチラシが入った。
私はすぐに買いに行った。包装には一本ネギとあったが、まあ~いいかと買い求め家に戻った。
早速20cm位の溝をを掘り、そこに5cm間隔で30本のネギを並べて植え付け、ワラを敷いた。
すばやい対応である。しかし、パートから戻った猛犬がまた吠えた。
「一本じゃなく、何本もでるネギだ!!」
長ネギの植え付け 2月25日撮影 奥に見えるのはワケギと玉ネギ
26日(土)、留守をして戻ったら玄関前にどさっと猛犬の言う長ネギの束が置かれてあった。
Sさんだろうと思い、翌日お宅にお礼に伺った。するとSさんは、緑の部分をカットして一本ずつ植えるのだが、
4月に入ってからだ。その時にまたあげるから今回のは食べてしまえ、と言う。
Sさんの手法は、かつて私が再生ネギと称したもので、何本も出て来るネギは分結ネギと呼ぶことが分かった。
4月になったら、私は1本ネギの横にずらっとSさんの分結ネギ(再生ネギ)を並べようと思う。
頼朝桜と竹灯篭まつり
「遊子の会」では、4月7日に鋸南町の佐久間ダムでお花見が予定されているが、一足早いお花見イベントとして、私は主宰者のYUさんに、2月26日(土)に行われる保田川(鋸南町)頼朝桜の里「竹灯篭まつり」の案内を
お願いした。
すると、保田がふるさとであるYUさんは、頼朝桜が植栽されている保田川ハイキングコースも案内しましょう、と
言う。
頼朝桜咲く保田川ハイク
当日、館山北条海岸のココスに集合した会員は15名。三台の車に分乗して、鋸南町保健福祉総合センター
「すこやか」に向う。そこは、廃校となったYUさんの母校保田中学校の一角にあった。
我々は、そこに駐車する。
保田川に植栽された頼朝桜と名付けられた河津桜は、8分咲きで丁度身頃であった。
川・山・畑・田んぼ、唱歌「ふるさと」の情景が広がる。
頼朝桜が大きくなる数年後は、さらに素晴らしい郷愁のハイキングコースとなること請け合いである。
2時間かけて「すこやか」に戻ったが、帰路の途中で菜の花と頼朝桜の競演も見られた。
竹灯篭まつり
さて、「すこやか」に戻った我々は防寒に身を固め、チャッカマンを持って会場入口の権現橋に向う。
なだらかな坂道になっている会場を権現橋から眺めると、保田川の土手に頼朝桜の並木とおびただしい数の
竹灯篭が見える。頼朝桜は約600本、竹灯篭は約2000本という。
我々は、先ず会場突き当りでチャッカマンを提示してプレゼント引換券を受取る。それから、露店で思い思いに
腹ごしらえをする。私は、おしることおでんを食す。
そうこうしている間に17時からの点灯式は終了してしまった。チャッカマンは使わずじまいである。
気を取り直して、引換券を提示したらレモネード(飲物)と竹炭「さくまたん」が貰えた。
夕日が沈むマジックアワーに竹灯篭の灯がともると、保田川頼朝桜の里は幻想的な雰囲気を醸し出した。
Oさんは、どんな俳句を作ったであろうか。
道路を隔てた川と反対側には、手作りの竹灯篭が並ぶ。ドリルで穴をあけた様々なデザインの飾り灯篭は、
中々見事な工作物である。
我々は18時に会場を辞し、館山のカラオケ・シダックスに向う。
軽食を取りながら21時までカラオケに興ずる。
かくして、お花見プレイベントは終了したのである。
真野大黒天大祭
2月6日(日)は「真野の大黒様」として親しまれている真野寺(南房総市旧丸山町久保)の大祭(福祭)の日で
あった。この日、真野寺まで山越えで行きましょう、との「遊子の会」のミスターアウトドアーKさんのお誘いに
参加した人は9名。
Kさんのガイドで九重(ここのえ)から千倉へ抜ける古道を歩く。
この古道、人の気配のない山道で静寂そのもの、時折分岐点が現れガイドなくしては難しい。
道端で行き倒れの慰霊碑(?)に出くわす。しかし、落葉を踏みしめて歩くのはいいものである。
ルンルン気分で50分位歩いたであろうか、真野寺の鐘楼堂に到着する。
真野寺への古道(山道)
真野寺への古道(山道)にて
以下に通常の参拝コース順に(我々は逆に巡った)賑わう大祭の写真を載せる。
また、地方誌から得た真野大黒天大祭についての情報も書き留めておこう。
露店が並び賑わう参道
本堂へ至る急階段・男坂
賑わう境内 左端が本堂、中央奥は七福神堂 縁起物のだるまも露店で売られていた。
真野寺は奈良時代(725年)に行基により創建された古刹。本堂には千手観音像と大黒天が祀られている。
我々は本堂で参拝したのだが、人込みの中を通路を進んだだけといった思いであった。
千手観音像は扉の中、大祭の主役である木造大黒天立像もわずかに見えただけといった具合だったのである。
大黒天像は慈覚大師が彫り上げたもの(860年)と伝えられ、高さ1.8mの大きさで、福を招く朝日開運の大黒様といわれている。
お参りに訪れた人の多くが買い求めるのが宝槌と柳守。
宝槌は大黒天の打出の小槌にちなんだもので、福を招くという。
柳守は柳の枝に和紙でくるんだもち米と護符をくくりつけたお守りで、もち米のねばり強さで災難苦厄を撥ね飛ばし、8倍の繁盛をもたらすようにと願いが込められた縁起物。
「遊子の会」主宰者YUさんの説明に心が動いた私は、柳守授与所と書かれた七福神堂で柳守を購入した。
(700円・・・・・・・)
境内周囲の散策道では、多数の桜やアジサイの花木が目に入る。
アジサイの咲く頃、近くの日運寺と対で訪れてみたいと思った。
Kさん、ガイドありがとうございました。
大日山~御殿山縦走ハイク
2月2日(水)の「遊子の会」の御殿山登山を前に、「遊子の会」山歩き同好会のガイドKさんより「下見を兼ねて
行きましょう」とのお誘いがあり、1月25日(火)に、私は大日山~御殿山縦走ハイクに挑戦したのである。
実は、昨年12月7日の伊予ヶ岳登山で南房総の山に魅せられた私は、いつか御殿山や大日山のガイドもよろしくとお願いしたのだが、それが早くも実現したという訳である。
縦走コースはアップダウンが激しく、きつかったが、当日はお天気に恵まれ、大日山(333.3m南房総市旧三芳村)と御殿山(363.9m南房総市旧丸山町)山頂のパノラマは素晴らしく、大いに満足した山歩きであった。
大日山頂上より富山を望む
御殿山頂上より伊予ヶ岳を望む
我々は交通手段確保の為、2台の車で先ず御殿山登山口を目指す。
410号線の小野次郎右衛門忠明生誕の地公園の、ほんの少し先の御殿山ハイク入口・典膳入口の看板で
左折。食事処典膳を通り過ぎ、わだち掘りの激しい狭い山道を進むと駐車スペースのある御殿山登山口に着く。
ここにKさんの車を駐車する。
それから私の車で元来た道を走り、今度は258号線の大日山登山口を目指す。増間ダムの看板が目安だ。
大日山登山口には広い駐車スペースと立派なトイレがあり、ここに私の車を駐車する。
大日山登山口~50分~大日山山頂
大日山登山道はよく整備されていて歩きやすい。頂上までのあと200mは美しい杉木立に囲まれた階段になっていて、まるで参道のようである。
広いスペースの頂上には、桜の木が沢山植えられており、水仙の咲くスポットには、地元の区民が建立したと いう石工の大日如来像がある。
何よりも素晴らしいのは絶景のパノラマである。山は富山・伊予ヶ岳が間近に見られ、海を望むと沖ノ島(館山湾)・洲崎・大島・東京湾・久里浜(三浦半島)の眺望が広がる。
我々は、この絶景のパノラマを眼前におにぎりの昼食をとる。ありがたいことにKさんはみそ汁とコーヒーを入れてくれる。
大日山頂上にて ガイドのKさん
大日山山頂~15分~宝篋山~40分~鷹取山~25分~御殿山山頂
大日山から飛行機墜落慰霊碑(海軍)に手を合わせてから宝篋山へ。ここには宝篋印塔(ほうきょういんとう)
なる石板が立っている。その後鷹取山へ。それから御殿山が近づいた所で、航空自衛隊峯岡山分屯基地の
建物や航空レーダードームが見渡せた。
そこからは千葉県最高峰の愛宕山(408.2m)の三角点を訪れることが出来るとのことなので、Kさんにいつの
日かのガイドをお願いした。
中央奥に航空自衛隊のレーダードーム、手前左端に御殿山頂上を望む
Kさんは御殿山のことをオッパイ山と言う。確かに上記の写真の通り樹冠が乳首のように見える。
御殿山頂上まで、あとわずかな上りは椿のトンネルである。
ほんのわずかしか咲いていなかったが、御殿山の椿の数は半端ではない。
激しいアップダウンを乗り越え、我々は大日山頂上から1時間20分かけて御殿山頂上に到着する。
頂上では樹林と石祠、東屋が待ち構えていた。樹林は4本のマテバシイと1本のスダジイの大木からなっており、それらの樹冠がオッパイ山の正体であった。
御殿山山頂のパノラマは大日山と同様に素晴らしいが、さらに太平洋側の千倉方面をも見渡せるところが違いであろうか。
御殿山頂上 オッパイ山の正体のマテバシイと石祠(せきし)
御殿山山頂~25分~御殿山登山口
御殿山下山道は急斜面で、ロープも柵もない狭い道で、すべりやすいので小股で注意深く歩く必要があった。
結局、我々は大日山登山口を10時40分に出発して、御殿山登山口に14時40分に到着。
昼食をはさんで4時間かけて縦走を成し遂げたのである。
ルンルン気分で帰宅後の翌日、家事をこなし鉢を移動している時、腰に違和感をおぼえた。
次の日、立居振舞が難儀となる。ギックリ腰である。
かくして、私は本番の「遊子の会」御殿山登山に不参加を伝えた。面目丸つぶれである。
「遊子の会」御殿山登山
御殿山頂上東屋にての昼食 (N子さん撮影)
御殿山下山道を行く「遊子の会」の山ガール (N子さん撮影)
「遊子の会」御殿山登山は、2月2日(水)Kさんのガイドで10名が参加して執り行われた。
参加した妻によれば、登山道がすべりやすく歩きずらかった。くもり空ながら、山頂では富山や伊予ヶ岳が間近に見え素晴らしい眺めだった。また、山頂東屋での昼食では、例によって食べ物が飛び交い、Kさんのコーヒー、Mさんの抹茶サービスがあり楽しかったとのこと。何よりであった。
この日、無念の不参加で集合場所へのアッシー君となった私は、砂払いのシダックスのカラオケで声を張り上げ4曲も歌い、うっぷんを晴らしたのであった。
沼の里山~雪景色
1月31日(月)早朝、戸を開けてびっくりした。庭も畑も真白、墨絵の世界が広がっていたのである。
私は、明るくなるのを待って、ぎっくり腰の己を奮い立たせ、カメラを肩に沼の里山(館山市)へ向った。
予想通り、そこには綺麗な雪景色が広がっていた。
田んぼも雪化粧
散策道(農道)に日が昇る
樹齢800年の沼のビャクシンと十二天神社にも行ってみた。
房日新聞によれば、沼のビャクシンには専門業者により、宿り木を取り除いたり剪定などによる樹勢回復作業が、2月3日から行われるという。
沼のビャクシンと十二天神社周辺
沼のビャクシンと十二天神社
帰り際に、沼のサンゴ層そばの沼の堰(農業用水池)に寄った。
鏡池と化した沼の堰には湯気が立ち込め、水面に雪景色が映っている。
私は、その幻想的な光景に呆然と立ちすくんでしまった。
湯気が立ち込める沼の堰
雪景色を映す沼の堰
雪景色を映す沼の堰
千倉の花畑と房州らーめん
1月30日(日)、今日は館山若潮マラソンの日である。全国から9470人のエントリーがあったという。
朝は冷たい風が吹き、どうなるかと思ったが、日中は晴天となり何よりであった。
「遊子の会」の会員で千倉町白間津(南房総市)で房州らーめんを営むTさんから、うちの店にテレビ取材が
入るから来ませんか、とのお誘いがあり、私はYUさんの運転する車で千倉の花畑を訪れた。
先ずは、平磯地区を訪ね露地花のライトアップをしているという区画を見学する。
畑の中央には椅子が置かれていて、ゆっくりと花を観賞したり記念写真が撮れるようになっていた。
また、ここにも房州らーめんとは別口のテレビ取材が入っていた。
平磯地区の花畑 夜はライトアップされるという。
平磯地区の花畑
それから、白間津のTさんのお店へ向った。お店の前には房州らーめんの旗が立っていたので、すぐに分かった。
房州らーめん前の花畑(白間津)
お店の前には山と花畑が広がる。いい所に店を構えたものである。
房州らーめん前の花畑(白間津)
お店に入ると、さらにTさんのやる気が伝わって来る。そして、人気メニューはなめろうらーめん(アジのなめろう入り)と房州ラーメン(ハマグリ入り)のようだと分かる。
房州らーめんのテレビ取材
テレビ取材は、お客さんの来る前にスープなどをカメラにおさめた後、花畑を撮りに行き、再びお店に来て賑わっている様子を(この時私とYUさん在席)撮ったという。
この模様は、2月5日(土)18時30分~19時にフジテレビのもしもツアーズという番組で放映されるという。
居合わせた者としては、どのように編集されるか、大いに楽しみである。
房州らーめんを美味しく頂いた後、白浜から沿道に菜の花の咲く平砂浦のフラワーラインをドライブし、温泉露天風呂 風花にて温まる。先日大日山から御殿山縦走ハイク後、ぎっくり腰となった私へのYUさんの気配りである。フラワーラインでは、くしくも若潮マラソンのしどろもどろの最後尾のランナー達に出くわし、己の姿を垣間見ているようであった。
鋸南水仙郷とドイツ村イルミネーション
「遊子の会」の新年初のイベントは「鋸南水仙郷とドイツ村イルミネーション」である。
主宰者のYUさんのドイツ村イルミネーションを案内しますよ、との呼びかけに参加を希望した人は多く、
結局定員25名のバスツアーとなった。1月14日(金)のことである。
東京ドイツ村(袖ヶ浦市)イルミネーションは実に綺麗であった。
17時30分から19時まで、皆思い思いに会場をめぐる。
私は、昨年も個人的にYUさんに案内して貰ったが、今年は風もなく暖かくすいていたので、じっくりと写真を撮りながら楽しむことが出来た。
昨年は黒や青が目立ったが、今年は赤と緑が印象的であった。
フラミンゴのポーズをとる会員
多くの会員が搭乗した観覧車と光のトンネル(右端)
さて、サービス精神旺盛なYUさんのガイドツアーであるから色々と寄り道をする。
先ずは鋸南水仙郷の一つ、佐久間ダム親水公園でバスを降り、今を盛りと咲く日本水仙を観賞する。
ここは桜の名所でもあるが、梅が咲き始めていた。
我々は、夜はライトアップされるという水仙スポットで集合写真を撮り、この場を辞す。
佐久間ダム親水公園 梅の香りはどんなかな?
次は、こだわりのタマサ醤油醸造元宮醤油店を見学する。(富津市佐貫)
天保5年(1834年)創業、天然醸造方式による製造とのこと。お店よりお土産としてうす塩醤油を頂く。
宮醤油店 主は中々の話し上手であった。
宮醤油店 YUさん(左)とおかみさん(右)は、保田中学校の同級生とのこと。
バスは木更津市に入り、太田山公園に到着。ここでは、きみさらずタワーに上り、その後隣接する郷土博物館で
金のすずを見学する。
太田山公園 きみさらずタワー
きみさらずタワーは高さ28m。木更津船の形を模した展望台に立つと360度の眺望が広がる。
タワーの一番上には、日本武尊(やまとたけるのみこと)と弟橘媛(おとたちばなひめ)のブロンズ像が向いあって
立っている。ここでは、木更津市の公式ホームページにあった木更津の地名にゆかりのある「きみさらず伝説」を 書き留めておこう。
「日本武尊が上総へ渡ろうとしたときに、にわかに海が荒れ、船が難破しそうになりました。尊の命を救おうと、
妃の弟橘媛が自ら海中に身を投じ海神を慰めたので、怒涛はたちまちにしておさまりました。
上陸した尊は太田山から海を見下ろし媛をしのび、何日もこの地を去らなかったことから君不去(きみさらず)と
呼ぶようになったといわれています。」
それから、袖ヶ浦市へと進み、早めの夕食をとるために「東京豚骨ラーメン」に寄る。
ここで、YUさん推薦のばんからラーメンを注文する。すると、YUさんの下見予約の効果か、店長より皆に
煮卵とチャーシュー1枚がサービスされた。ラーメンを美味しくいただいた後、我々は得をした気分で目的地の
東京ドイツ村へと向ったのであった。
安房神社周辺ハイキング
昨年、30年振りに自動車を運転することになった私は、すっかり歩かなくなってしまった。
今年は意識して歩こうと思っていた矢先、房日新聞に館山ハイキングクラブが1月10日(月)に安房神社周辺
ハイキングを催すとの記事が載った。
行程約9キロのコースを見て、これは行ってみたいと思い参加することにした。
晴れるが寒く風が強いとの予報に、私は毛糸の帽子・ウィンドブレーカー・中着といった防寒対策に身を固めて
歩いたが、午後からは汗ばんでくる陽気となった。
コースは農漁村のたたずまいを味わいながら、そこに散在する社寺や記念碑を巡るというものであった。
64人の参加者の中で、誰か知っている人はいないかなぁ~、と思っていたらやはりいた。
一人は家庭菜園の仲間のTさん(男性)、もう一人は「遊子の会」の仲間で、かつてトライアスロンの選手だったと
いうTさん(女性)である。
お陰で、メインガイドの金久さんの説明を聞く以外にも何かと話を交わしながら楽しく歩くことが出来た。
しかし、昼食をはさんで4時間の平坦なコースを歩き終わった時、足に疲れを感じ、日頃のウォーキング不足を
思い知らされた。
それでは、ハイキングコースを振り返り、写真を交えて書き留めておこう。
安房神社参拝~布良崎神社
館山野鳥の森駐車場を10時に出発。先ずは安房神社に参拝する。
安房神社は安房国の一宮で旧官幣大社。
布良崎神社は旧郷社、境内からは一直線上にある二つの鳥居越しに富士山が見えるという。
布良崎神社
布良小谷家住宅→青木繁海の幸記念碑
小谷家は、明治時代の洋画家青木繁が逗留して構想を練り、名作「海の幸」を製作した所。
青木繁記念碑に立つと、大島が間じかに見える。記念碑の下は阿由土の浜といい、そこはかつて館山ユースホステルが立ち、ドラマビーチボーイズのロケ地だったという美しい浜だ。
青木繁海の幸記念碑 大島が間じかに見える。
布良漁港→マグロはえ縄船・安房節発祥の地記念碑
布良鼻燈台・男神山・女神山を横目に海岸線を歩き布良漁港へと向う。
布良漁港では検潮所と朱色のアロエの花に出合う。
布良・相浜地区は、元禄大地震と関東大地震で大きな津波被害を受けており、検潮所は重要な役割を果たしているという。
布良漁港 アロエの花
布良漁港を少し進み、マグロはえ縄船・安房節発祥の地記念碑を見学する。
房日新聞によれば、この地区は江戸時代、紀州から移り住んだ漁民がマグロはえ縄漁を伝え明治時代に栄えた。遭難も相次ぎ、漁師たちが厳しい自然と格闘しながら士気を鼓舞するために歌ったのが「安房節」だという。
マグロはえ縄船・安房節発祥の地記念碑
相浜漁港(昼食)→相浜神社
相浜漁港にさしかかった所で、テレビで見たことのあるナマダ干しの光景に出くわす。ナマダとはウツボのことである。
ナマダ干し
当初の予定の相浜海岸から風除けの出来る相浜漁港で昼食をとる。その後、相浜神社へ。
それは浪除(なみよけ)神社と呼ばれ、漁業の神社だという。
巴橋→犬石神社→金蓮院→小塚大師
海辺を離れて以後陸を歩く。何やらへんてこな実を沢山つけた木々に出くわす。参加者の一人がキンポウジュの
木だと言う。家に戻り調べてみたら別名ブラシの木であった。
巴橋は市内で唯一残された石積み式のアーチ橋。但しアーチは一つ。
姥神社から犬石神社とローカル色たっぷりの神社を巡った後、金蓮院(こんれんいん)へ。
金蓮院は安房国札観音の第29番霊場で真言宗のお寺。
それから小塚大師に参拝後、館山野鳥の森駐車場へ。到着したのは14時であった。
小塚大師は、弘法大師が創建したと伝えられている真言宗の寺院で、関東厄除け三大師の一つ。
この日も露店が並び賑わっていたが、21日は初大祭で例年大変な賑わいだという。
小塚大師 関東厄除け三大師の一つ
千潮丸出港式
昨日(19日)、館山港から県の実習船「千潮丸」が県立館山総合高校の生徒30名を乗せて、遠洋航海に出港
した。房日新聞によれば、ハワイの南西沖まで航海し、マグロのはえ縄漁の実習を行うという。
私は、その出港式を見学したのである。
そこは、昨年の夏ソーダガツオ釣りでよく通った岸壁であるが、この日は見送りの父兄・在校生・関係者などで
賑わっていた。
全員丸坊主の実習生の姿にそんな時代が自分にもあったなぁ~、と思う。
実習生の中に、女生徒が一人いた。時代は変わったのである。
出港式 実習生代表の宣誓
元気良く船に乗り込み、船尾に並んで手を振る実習生。どっと船に近づき手を振る父兄。
50日間にも及ぶという遠洋航海、親御さんの心配はいかばかりかと思う。
千潮丸 いざ出港
館山総合高校は、館山高校と安房水産高校がつい最近統合してできた高校である。
かなり昔、私の弟は安房水産高校の実習生として、同じように遠洋航海に出た。終始船酔いに悩まされたと
言い、その後進路は陸と決め自動車会社に就職した。
岸壁を離れた千潮丸で、船尾から移動してなお手を振る実習生に父兄と一緒に私もエールを送るつもりで
手を振ったのであった。
岸壁を離れる千潮丸 健闘を祈る!!
富浦ウォッチング~尻無坂を登ろう
法華崎遊歩道
新年初めての富浦ウォッチングは絶景を求めて~尻無坂を登ろう、である。
1月8日(土)、「遊子の会」からは主宰者のYUさん夫妻をはじめ5名が参加した。
この日は無風、快晴の絶好のハイク日和で、富浦の絶景を十分に堪能することが出来た。
豊岡海岸でマイクロバスを降りた一行は、先ず水平線上に浮かぶ富士山を望む。
以後、我々はハイク終了まで随所で雪をいただいて聳える富士山を存分に眺めることになる。
海から山へと進み、里見氏8代、9代の居城であった岡本城址を満蔵寺より望む。
満蔵寺にはYUさんの妻のN子さんの実家の墓があり、YUさんに案内される。
それから、海禅寺を訪れ、ガイドより観音堂を案内される。
尻無坂へは枇杷山をどんどん登った。
狭い道には枇杷を搬出するトロッコのレールが敷かれていた。
枇杷の木は山の急斜面に植えられており、作業の大変さが偲ばれる。
尻無坂への枇杷山から内房線の線路を望む。
尻無坂からの眺望は絶景である。富士山、大房岬、その背後に大島、富浦湾と館山湾などが見渡せるのである。そして、急斜面には今度は蘇鉄だ。
尻無坂からの眺望
山を下りた一行は、南無谷海岸に出て法華崎遊歩道を進む。
法華崎は、日蓮聖人が鎌倉渡海の際、ここで法華経を唱えたところから、法華崎の地名がついたという。
遊歩道では雀島と船虫島・黒サギ・富士山を見ることが出来る。
ここは夕日と絡めれば、綺麗な写真が撮れそうだと思う。
法華崎遊歩道 後方に見えるのは大房岬
手前が船虫島、後が黒サギがとまっている雀島
その後、一行は豊岡海岸に戻り出迎えのマイクロバスに乗り富浦元気倶楽部に向ったのだが、車中で参加者の
一人から房総丘陵のハイキング・ウォーキングのガイドブックを希望者に差し上げるとの申し出があった。
富浦元気倶楽部で、その本を頂きめくってみたら、その人は著者の鈴木伸一さんで定価は3600円であることが分かった。気前のいい人がいるものである。感謝!!




















































