「明日は学校に行く」と子供が言って,でも翌日になると行けないことって,不登校あるあるですよね.
さて,そのとき,あなたはどう感じるのでしょう?
ネガティブを感じていたとしても
それは「想定内だから」と,自分に言い聞かせていませんか?
確かに,「きっとこうなるだろう」という予感はあって
それが現実になる,「ほらやっぱり」ってことありますよね.
でも,実は悲しみや虚しさを感じているのに
「想定内」という言葉で片づけてしまうのは
自分がネガティブを感じないように,防波堤を作っているだけ.
悲しみ,恥ずかしさ,虚しさなどを感じたくないから
ショックを和らげようとしているだけなんです.
それがダメじゃないのだけど
悲しいと思っているならば,虚しいと思っているならば
それは,しっかりと感じた方がいいです.
じーっと感じてあげた方が,心は健全な状態に向かうよ.
心の器を育てるって,そういうことだから.
さらに言えば
その出来事に,深い悲しみや激しい虚しさなどを感じるのは
そこに何らかの執着があるから.
その執着って何だろう?
何を手放せないでいるのだろう?
何にダメ出しをしているのだろう?
息子が小6のとき,最後の合唱祭に出ることができませんでした.
でも,小2の娘は出るから,夫婦二人で行きました.
息子は「行きたい」と言ってた.でも行けなかった.
行けないのは想定内.
でも,やっぱり息子の姿が見たかったから,本当はショックでした.
一生懸命,大丈夫なふりをしていたんです.
ところが,6年生の演奏を聴いている途端,ホントに涙が止まらなかったんです.
みんないるのに,どうして息子だけいないんだろう.
1年前,6年生になったらあの歌を歌うんだって言ってたのに
どうして息子だけ歌ってないんだろう.
6年生の演奏のバックに映し出されているスライドの中では
笑っている息子がいるのに
どうして息子は,この場にいないんだろう.
息子が出ることで,安心したかったんですよね.
ほら,ホントはこんなに元気なんだって.
息子が出ることで,息子を追い詰めてしまった罪悪感を感じたくなかったんですよね.
パパ,オレ大丈夫だからって.
息子が出ることで,信じたかったんですよね.
やっぱり,うちの子は不登校なんかじゃないんだって.
あの頃は
学校に通うことで得られる「安心」に執着して
息子を追い詰めた「罪悪感」を手放せず
息子を信じきれない「自分」にダメ出しして…
その後,自分に集中する,自分に意識を向けることを学び
僕は元気になり,息子もどんどん元気になっていきました.
あの頃の自分に言ってあげたいです.
「オマエも息子も大丈夫だから」って.
何が自分を苦しめているのか?
なぜ手放せないのか?
それが無ければ,自分は一生苦しいままなのか?
それは相手にとって必要なことなのか?
自分にとって必要なものなのか?
自分に意識を向けて,自分に集中して
ちゃんと自分の心の中を見てあげた方が,結果的には楽になります.
緩めるってそういうこと.
全部トータルして,自己受容です.
今週から始まる自己受容のためのスタート講座,とても楽しみです.
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