6月25日(木)’20.勝手に飲んでしまうのではお袋の水分管理など無駄
今日もはっきりしない天気。今週はずっとこんな感じだ。今日はお袋の検診日、自宅インシュリン注射の具合を担当医に報告せねばならない。A子が付き添ってくれるが、これ以上自宅でやらねばならないことが増えないことを祈るのみだ。Iが足のケガでA子が送迎しているので、俺は早めに7時ごろ家を出ている。5分ほど早いだけだが、それでもかなり道中の混雑具合がスムーズに感じる。今朝も8時過ぎに到着。火・木は午前中ぶっ通しの世A・世B。どうしても熱くしゃべってしまうのは、もはや身に沁みついた性分か。大半が「どうでもいい」と思っていたとしても、それに合わせて適当な講義をするのが俺にとって本意でないのなら、このやり方を押し通すまでだ。空き時間に、欠課のかさんでいる生徒の保護者に電話連絡。毎週のように退学者の出ているこの学校では、学校に毎日きちんと登校するべきものだという常識も当然通用しない。テスト問題作りが何とか一段落し、今日は定時退勤。買い物をして帰り、夕食準備に取り掛かると、キッチンにお袋用のお茶が残されている。毎日A子が摂取水分量を計って朝・昼・晩と飲む分をキッチンに置いておくのだが、最近お袋もずぼらになって自分で勝手にお茶を用意して飲んでおり、こちらの準備には手をつけないことも増えているようだ。頭にきて問い質すと「これは明日の朝用じゃないの?」ときた。じゃあ晩は飲まずに夕食を済ませられたのか?勝手に飲んでいるからこちらの準備に気づかなくなるんじゃないか。これじゃあ手間暇かけて用意する意味がないから、俺たちの用意を守るか自分で管理するか決めてくれと言うと、「じゃあ自分でやります」だと。この「じゃあ」がむかつく。年老いて不自由になっていく身を一番嘆いているのが本人だと分かってはいるが、それにしても周囲に迷惑をかけることへの申しわけなさや感謝をもう少し態度に表せないか。医者のアドバイスで今後は朝食後すぐにインシュリン注射しても良いとのことなので、朝の血糖値測定と合わせて俺が引き受けることにしたが、それにしても有形無形の形でA子にお袋のことで負担を強いていることに変わりはない。結婚前から一貫して同居を嫌がっていた彼女だけに、本当に頭が上がらない…。夕食は青椒肉絲と総菜屋の春巻き、卵と麩のスープ。子ども達美味しいとよく食べてくれる。この幸せを守るためにも、お袋にも健康でいてもらいたい。しかし老いは確実に進行しているのだ、それは俺にとっても同じこと。発泡酒1杯で切り上げ、子ども達に付き合って麦茶で夕食。K高の生徒会立候補演説のパンフを読ませてもらう。複数候補がしっかり競い合うのにも感心するが、公約も大したものだ。さすが将来リーダー役を担う自覚があるというのがよく分かる。