『コーダ あいのうた』 (2021) シアン・ヘダー監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

原題の『CODA』は、音楽用語の「コーダ(楽章終結部)」と「Children of Deaf Adults= ⽿の聴こえない両親に育てられた⼦ども」のダブルミーニング。

 

漁師町で両親、兄と暮らす高校生のルビーは、家族の中で唯一の健聴者。幼い頃から家族の耳であるルビーは、家業の漁業を手伝う日々を送っていた。新学期、合唱クラブに入部したルビーの歌の才能に気づいた顧問の先生は、都会の名門音楽大学の受験を強く勧めるが、 ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられずにいた。家業の方が大事だと大反対する両親に、ルビーは自分の夢よりも家族の助けを続けることを決意するが...

 

感動させようとする映画には警戒心を持ってしまう。そして、あざとさが見えた途端に鼻白むのが天邪鬼の自分である。この作品も予告編を劇場で観た時から、易々とその手に乗るかと構えていたのだが、そんな懸念を軽々と飛び越えるほど素晴らしいと素直に思えた。

 

監督はシアン・ヘダー。Youtubeで観ることができるショート・ムービー『Dog Eat Dog』 (2012)は、犬好きにはたまらないであろう秀逸なコメディ(やはりペットはペットショップで買うのではなく、殺処分される運命の彼らの里親になるべきだと思う)。また、NETFLIXオリジナル配信の前作『タルーラ』 (2016)は、母親に捨てられた過去を持つ車上生活者の主人公が、ネグレクトされている赤ん坊を見捨てておけず連れ去り、困った彼女は逃げたボーイフレンドの実家に転がり込んで、というドラマ。主役のエリオット・ペイジ(クレジットはエレン・ペイジ名義)は『JUNO/ジュノ』 (2007)でブレイクしたが、彼の代表作の一つとなるべき作品だった。

 

この作品が扱っている題材はシリアスなものだが、登場人物のそれぞれの個性的キャラクターが生きており、コミカルな要素も多分に盛り込まれていて、重苦しくない作品となっている。4人家族もさることながら、よかったのはパグ犬似の合唱クラブ顧問。彼の型破りな立ち居振る舞いがいいアクセントとなっていた。

 

この作品は2014年のフランス映画『エール!』のリメイク作品。海外オリジナル版に比して、アメリカ・リメイク版がいいという例はにわかに思い浮かばないほど稀有だが、この作品に関して言えば、断然リメイクの方がよく出来ていた(オリジナル版は、聴覚障害を持つ設定の主要な俳優に健聴者を起用したことで批判されたということもある。本作では聴覚障害者の役は全て実際に聴覚障害を持った役者が演じている。母親役は『愛は静けさの中に』でアカデミー主演女優賞を受賞したマーリー・マトリン)。基本的なストーリーは全く同じなのだが、十分に計算されたいくつかの改変がこの作品を優れたものにしていた。その中でも強調できるのが、家業が酪農から漁業に変わっていることと、兄弟が弟から兄に変わっていること。漁業を家業とすることで、健聴者を乗船させなければ船舶免許が剥奪され、一家は生計を立てられなくなるという切迫感が生まれた。そして、兄の存在は非常に重要な意味をこの作品に与えている。兄は妹が家族に縛られることをよしとせず、自ら家族を支えようとする。それはハンディキャップがある者でも、健常者に依存することなく生きていけるというモデルを表している。オリジナルにはない兄の設定に制作者の障害者に対するリスペクトを感じた。

 

障害を持つ家族がモチーフになっているが、(予告編にもある)母がルビーを生まれた時の「健聴者であることを知って悲しかった」という言葉は考えさせられた。その言葉を意外に思うとすれば、ハンディキャップのある親はみな子供が「ノーマル」でいてほしいと思うであろうという思い上がりなのかもしれない。ハンディキャップも「アブノーマル」ではなく、個性だと思えば母親の言葉も理解できるものだった。

 

また、主人公は障害者を家族に持つことで、家族に縛られる人生と自分の夢を実現する人生の選択を迫られるが、それは家族が障害者でなくてもあり得ること(例えば、何代も続いた家業を継承するとか)。この作品の主人公は家族の理解が得られ、彼女自身の人生を歩むことができそうというストーリーだったが、そうではなく自分を家族の犠牲にする人たちが数多くいることに思いを馳せるとテーマの深さを感じさせられた。

 

ハートウォーミングな家族愛に加え、エミリア・ジョーンズ演じるルビーとフェルディア・ウォルシュ=ピーロ(『シング・ストリート 未来へのうた』で主役)演じるマイルズの高校生のフレッシュな恋愛を描いた秀作だった。

 

この作品は、サンダンス映画祭でグランプリと観客賞をW受賞している。過去にW受賞した作品はこの作品を含め8作あるが(ほかは『季節の中で』『プレシャス』『フルートベール駅で』『セッション』『ぼくとアールと彼女のさよなら』『バース・オブ・ネイション』『ミナリ』)、アカデミー作品賞とトリプル受賞した作品はない。この7作品の中ではノミネートされた『セッション』と『ミナリ』にチャンスはあったと思うが、それぞれ『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『ノマドランド』に阻まれている。今年のアカデミー作品賞戦線で有力視されている本作が、『DUNE/デューン 砂の惑星』やスティーヴン・スピルバーグ監督『ウエスト・サイド・ストーリー』といった超大作を破ることができるのか注目される。

 

この作品を楽しむ上で、ルビーがオーディションで歌うジョニ・ミッチェル作詞作曲の『青春の光と影』(ジュディ・コリンズが歌ったバージョンが初レコーディングでビルボード最高位8位。その後、ジョニ・ミッチェルがセルフ・カバーし、アルバム『青春の光と影』収録)の歌詞の意味と、アメリカ手話の(まことちゃんのグワシッ!に似た) 「I love you.」と「I really love you.」を知っておくとより楽しめることは付け加えておく。

 

ブラボー!

 

★★★★★★★★ (8/10)

 

『コーダ あいのうた』予告編