作家性が高く、日本でもファンの多いウェス・アンダーソンの最新作。結論から言えば、とてもよかった『ファンタスティック Mr.FOX』と同じストップモーション・アニメーションで期待しながら大外れだった前作『犬ヶ島』 (2018)よりはいいかなというレベル。ウェス・アンダーソン監督作品としては、個人的には下から数えた方が早い出来と言わざるを得ない。
ウェス・アンダーソンのよさは、一言で言えば「とてつもなくスタイリッシュなのに、どこか間が抜けた愛嬌のある愛すべき作品」となるだろう。徹底して作り込まれた映像(ペパーミント・グリーン、マリーゴールド・イエロー、チェリー・ピンクといった色合いと偏執狂的とも言えるシンメトリーの構図は、一目見れば彼の作品だと分かる)は言うまでもなく彼の個性だが、それ以上に、異国情緒と郷愁を誘うノスタルジックな世界観が「ウェス・アンダーソン・ワールド」たるゆえんだと思われる。テキサス州出身のウェス・アンダーソンが、非アメリカ的なものに憧れるというのは興味深いところ。
その点においては、この作品の設定が、フランスの架空の町にある架空の新聞の別冊雑誌『ザ・フレンチ・ディスパッチ』の編集部であることは、フランスへの憧れと活字文化へのノスタルジーという、まさに「ウェス・アンダーソン・ワールド」満載の作品と言える。それでも、この作品にそれほど魅力を感じなかったのは、ウェス・アンダーソン監督の好きな作品では必ず登場する心情を寄せられる「愛すべき」キャラクターがいなかったことが一番大きいだろう。
この作品は、雑誌『フレンチ・ディスパッチ』の編集長が急死したところから始まる。そして、その編集長の追悼号にして終刊号に掲載される三つの記事が映像化されて、オムニバス形式で構成されている。第一のエピソード「確固たる名作」は、服役中の凶悪犯が描いた絵に目をつけた美術商が彼を売り出そうとする話。第二のエピソード「宣言書の改定」は、フランスの学生運動に身を投じる若き男女の話。第三の「警察署長の食事室」は、グルメな警察署長の息子が誘拐され、署長お抱えのシェフが解決に奮闘する話。つまり、観客はスクリーンの中で「動く雑誌」を見ているということになる。
ベニチオ・デル・トロ演じる囚人とレア・セドゥ演じる彼のミューズである看守の緊張感のある奇妙な関係のドラマの第一のエピソードは文句なしに面白かった。ウェス・アンダーソンは常連の俳優を使うことで有名だが、彼の作品には初登場となる二人に、常連のエイドリアン・ブロディとティルダ・スウィントンが絡んで、きっちりとウェス・アンダーソン節を紡いだ感があった。
この第一のエピソードに比して、第二のエピソード、そして第三のエピソードは全く面白くなく、しかも後の方がよりつまらないというがっかりな構成。ウェス・アンダーソン作品には初登場となるティモシー・シャラメを当て書きしたとされる第二のエピソードが、大女優フランシス・マクドーマンドを擁してもさして面白くなかったのが残念だった。
「現実とは関わりのないポストモダンで自己言及的、他からの引用にあふれたアートを作っており、一種の形式主義的ゲームをしているだけなのでは?」という批評家の質問に対して、「関心はつねにドラマとして魅力的な物語を語ること」と答えたのはクウェンティン・タランティーノだった。「古きよきもの」からの引用をふんだんに盛り込み、完璧なまでに構築されたフィクショナルな世界観を描くウェス・アンダーソンに同じ質問は投げかけられるだろう。そしてこの作品は、個人的にはタランティーノの答えのようにはなっていないと思う。
★★★★★ (5/10)
ウェス・アンダーソン監督ベスト・テン
第一位 『ムーンライズ・キングダム』 (2012) ★★★★★★★★ (8/10)
第二位 『ダージリン急行』 (2007) ★★★★★★★ (7/10)
第三位 『グランド・ブダペスト・ホテル』 (2014) ★★★★★★ (6/10)
第四位 『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』 (2001) ★★★★★★ (6/10)
第五位 『Hotel Chavalier』 (2007) ★★★★★★ (6/10)
第六位 『アンソニーのハッピー・モーテル』 (1996) ★★★★★★ (6/10)
第七位 『ファンタスティック Mr. FOX』 (2009) ★★★★★★ (6/10)
第八位 『天才マックスの世界』 (1998) ★★★★★ (5/10)
第九位 『Castello Cavalcanti』 (2013) ★★★★★ (5/10)
第十位 『フレンチ・ディスパッチ』 (2021) ★★★★★ (5/10)