お宝映画・番組私的見聞録 -234ページ目

東京新選組

年が明けて、このブログも3年目に突入する。今年もネタ切れと戦いながら続けていく所存である。さて今回は新年にふさわしく、打ち切りドラマについて取り上げてみる。

バラエティなどは、視聴率低迷のため打ち切られるケースはよくあるが、最近のドラマはもともとの予定回数が短いということもあり、回数の短縮というケースが多いようだ。視聴率以外のケースといえば、出演者が事件を起こしたとか、番組内容に問題があったというケースが考えられる。

どれが打ち切り第一号かなどというのは、到底わからないが、調べた中で見つけたのが「東京新選組」(60年)というドラマである。テレビドラマデータベースによれば「過激な暴力描写が問題となり3回で打ち切られた」とある。打ち切りの背景には当時の不安定な社会情勢が背景にあるという。おそらく安保条約の問題だろうが、時が悪かったということなのだろう。どの程度の描写かは不明だが、おそらく今みたらどうってことないものだろうと思われる。ちなみに番組内容は簡単にいえば、秘密結社の活躍を描くハードボイルドだったそうである。出演は誰がレギュラーかゲストか、はたまたオムニバスなのかは判断できないのだが、平幹二朗、加藤嘉、近藤洋介、城所英夫、岩下志麻、安井昌二、吉田豊明、船山裕二といった面々が出演していたようだ。おそらく再放送などされなかっただろうし、3回では覚えている人もあまりいないだろう。そう考えると見てみたいなあと思ってしまう。まあ不可能だと思うけど。

追悼06’

年末らしく今年亡くなった人々を振り返ってみようと思う。

まずは丹波哲郎(享年84)ということになろうか。丹波といえば、やはり「キイハンター」。そこで共演していたのが仲谷昇(享年77)だ。レギュラー扱いではあるが、番組初期を除けば年に2,3度しか登場しなかった。今さら驚いたのは当時彼がまだ30代であったということ。とてもそうは見えなかった。この「キイハンター」から「アイフル」「バーディ」「Gメン」と続くTBS土曜9時のプロデューサーが近藤照男(享年77)。丹波と並ぶ土曜9時の男は同じ年に逝ってしまった。仲谷の元妻といえば岸田今日子(享年76)。仲谷の死からちょうど一月後であった。丹波のデビューは新東宝。その新東宝では丹波よりスター扱いだったのが沼田曜一(享年81)。若い頃もお世辞にも美男子とはいえなかったと思うので、不思議に感じたものである。

今年はTBS関係にも訃報が続いた。演出の久世光彦(享年70)やTBSドラマの脚本が多かった佐々木守(享年69)、その佐々木と「ウルトラマン」ではコンビを組んでいた監督が実相寺昭雄(享年69)である。「ウルトラセブン」の幻の12話も実相寺、佐々木コンビによる作品だった。あと「ウルトラマン」では音楽を担当していた宮内国郎(享年74)も実相寺とわずか2日違いで逝ってしまった。作曲家といえば宮川泰(享年75)や、怪獣映画の音楽といえばこの人という伊福部昭(享年91)も今年である。その「ウルトラマン」より一週早く始まったのが「マグマ大使」。江木俊夫のパパ役が岡田真澄(享年70)であった。

田村高廣(享年77)を知ったのは必殺シリーズ第3弾「助け人走る」であった。この頃はまだTBSの土曜夜10時からの放送されており、つまり前述の「アイフル大作戦」の次の時間帯に放映されていた。共演の中谷一郎や山村聡も近年逝ってしまている。その必殺シリーズで、よく殺されていたのが川合伸旺(享年74)や多々良純(享年89)である。山村、多々良が刑事役だったのが「非情のライセンス」の第1シリーズ。そこで1回限りの刑事役で登場し殉職したのが歌手の黒木憲(享年64)であった。

他にも青島幸男(享年74)をはじめ、藤岡琢也(享年76)、森塚敏(享年79)、松山恵子(享年69)など、多くの人が亡くなった年であった。みんなまとめて、合掌。

ひばり チエミ いづみ 三人よれば

今まで、あまり取り上げなかった元祖三人娘の話題である。美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの三人が共演した最後の映画となるのが「ひばり チエミ いづみ 三人よれば」(64年)である。まあタイトルを見ただけで三人の映画だということがよくわかるが、55年「ジャンケン娘」で初共演し57年までに数本の共演作があるのだが、この「三人よれば」は七年ぶりの共演で最後ということになった。当時は三人とも27歳で(全員37年生まれ)、すでにそれなりの貫禄があるが、やはりまだ若い。正直言えば、私自身はこの三人にさほど興味がないのである。三人とも歌はうまいが、さほど美人とは言えないし、自分が物心ついた時にはすでに芸能界の重鎮という感じで、子供の自分には既におばさんという感じにしか見えなかったのである。実際は30そこそこだったのだが、40は超えているように見えていたのだ。

本作はミュージカル仕立てだが、共演の男性陣は夏木陽介、宝田明、岡田真澄、高島忠夫といった面々で、チョイ役では黒沢年男、西条康彦(ウルトラQの一平)などの顔も見える。本作でのカップリングはひばりと宝田、チエミと夏木、いづみと岡田というよになっている。実生活ではこの64年にひばりは小林旭との2年足らずの夫婦生活を終えている(実は入籍していなかったと小林旭は後に語っている)。チエミはすでに高倉健と結婚していたが、71年に離婚している。私がこの二組が夫婦だったことを知ったのは、ずっと後のことなのだが、とても意外な組み合わせ(簡単にいえば似合ってない)と感じたものだ。まあ余計なお世話だけれども。

君は恋人

久々に映画の話題だが、浜田光夫、和泉雅子が主演の「君は恋人」(67年)という作品がある。特にインパクトのないタイトルだし、浜田・和泉コンビの普通の日活純愛映画かと思いきや、その中身は日活スターおよび、当時の歌謡アイドル総出演といった感じの作品なのである。以前触れたと思うが浜田光夫が夜の酒場で、あわや失明という大怪我をおった事件があったのだが、そこからの復帰作がこの「君は恋人」で、日活が総力をあげて彼の復帰を祝っているのである。

冒頭から浜田光夫が青いスポーツカーに乗って日活の撮影所の現れる。控え室で待ち受けていた川地民夫、山内賢、和田浩治、松原智恵子などが「おめでとう」と声をかける。さっそく撮影がスタートするが、その監督役が石原裕次郎で、浜田とぶつかる若い女が梶芽衣子(当時は大田雅子)だったりするのだ。正規の出演者よりテロップ上は友情出演の方が多いのである。他にも小林旭、二谷英明、高橋英樹、宍戸錠、山本陽子、芦川いづみ、浅丘ルリ子、郷瑛治、岡田真澄、葉山良二、渡哲也そして浜田とはコンビの多かった吉永小百合なども顔を出すのである。チョイ役ではあるが、みんなそれなりにセリフはあったりする。シナリオライター役の渡哲也などは出番も多く、スパイダースの演奏に執筆を邪魔されるという役どころだ。スパイダース以外にも歌謡界からは舟木一夫、黛ジュン、荒木一郎、坂本九、ジャニーズ(あおい輝彦など)などが登場し、それぞれのヒット曲を披露したりする。とまあかなりの豪華メンバーだが、友情出演扱いでないメンバーはそのぶんショボイ。浜田、和泉以外で割合知れているといえば清川虹子、克美しげる、そして何故か林家こん平ぐらいであろうか(まあ近藤宏とか弘松三郎とかお馴染みの悪役も出ているが)。こん平は浜田の弟分であるチンピラ、克美はその地域の流しのリーダーといった役どころで、正義感の強い男を演じている。その克美が数年後には殺人を犯すことになるとは世の中はわからない。

とにかく見どころは満載であるといえる。それだけにインパクトのないタイトルで随分損していると思うのである。

クリスマス特集

季節感やら行事など一切無視している等ブログだが、ふと思いついてしまったので、テレビではいつ頃からクリスマスが取り上げられているのか調べてみた。判断基準はタイトルに「クリスマス」の文字があるということだけである。

最初に出てくるのはテレビ放送開始の翌年、55年の「クリスマス物語」ということになるようだが、出演者などその詳細は不明である。続いて56年の「ミュージカルドラマ 忘れえぬクリスマス」というのがある。これは「東芝日曜劇場」の第4回目にあたるらしい。出演は深作欣二夫人となる中原早苗、今だ現役の森繁久弥、「特別機動捜査隊」の三島耕などである。中原早苗といえば、個人的にはおばちゃんなイメージしかない。30歳を過ぎた頃にはすでにそういう感じだったと思うが、この時はまだ21歳とさすがに若い。同じ中原ならひとみか美沙緒なら「ミュージカル」のイメージも湧くのだが。続いてちょうどその一年後の57年、同じく東芝日曜劇場の「クリスマスの贈物 幸運の首飾」。出演は関口宏の親父である佐野周二、中井貴一の親父である佐田啓二、そして宮城千賀子などである。佐野周二と佐田啓二は何故名前が似ているのかといえば、佐田が学生時代佐野のもとに寄宿していたことからのようだ。佐田のデビュー当時は佐野との共演も多く、まあ師弟関係みたいなものだろう。そして58年の「クリスマス・カード」。これは「ヤシカ・ゴールデン劇場」の枠で放映されている。ちなみにヤシカとはカメラのメーカーで、女子バレーが強かったと記憶している。主演はクリスマスの文字が似合わない男・鶴田浩二。他の出演者は草笛光子、宝田明、久慈あさみと中々豪華なメンバーである。

これらはすべて単発ドラマで当然クリスマス時期(12月22日~25日)に放映されたようである。

喧嘩太郎

吉沢京子をテレビドラマデータベースで検索すると先頭にくるのが「喧嘩太郎」(68年)というドラマである。初レギュラーは前々項で取り上げた「フルーツポンチ3対3」だが、こちらにはゲストで出たということなのだろう。本人の公式HPでも、これより以前の作品は出てこないので、これがテレビ初出演ということになる。

さて「喧嘩太郎」だが、主演はあの杉良太郎である。杉はこの前年の「文吾捕物帳」で人気を得ており、それに続く主演ということになる。他の出演者が和田浩治、山本陽子、松原智恵子に宍戸錠、大坂志郎と日活のメンバーが並んでいる。それもそのはずで、杉は当時日活の俳優であり、このドラマの制作には日活もかかわっていたからである。ところで「喧嘩太郎」といえば、石原裕次郎主演の映画(60年)を思い出す人も多いかもしれない。原作は同じ源氏鶏太なので、つまりかつての映画をテレビ化したものがこのドラマということだ。かつて石原裕次郎の演じた役を杉良太郎が演じたということになるのだが、どっちがいいかはその人の好みということになるが、どっちも見てないのでなんともいえない。内容だが、もちろん喧嘩太郎さんという珍名さんが活躍する話ではなくそれは通称である。映画の方は宇野太郎だが、テレビの方は大門大太というらしい。

ところで自分は「喧嘩太郎」と聞いて高倉健の映画だと勘違いしていた。ほぼ同時期に高倉主演で「万年太郎」「旋風太郎」「突進太郎」という作品があり、やはり高倉主演で「喧嘩社員」という作品もあるので混同してしまった。当時は男は太郎という時代だったのである。

レモンの天使・かけだし天使

吉沢京子でもう一つ印象深い番組といえば、個人的には「レモンの天使」(71年)なのである。日曜日の午前、朝食時に見ていたというより、テレビをつけていたら始まったという感じの番組なのである。恐らく本放送だったと思うのだが、わが故郷ではこの番組を日曜の午前中にやっていたと記憶している(関東では月曜の19時からだったようだ)。正直見ていたというよりは、吉沢が草原(お花畑だったかも)を走っているOPしか記憶にない。ただ看護婦だったよなあというのは漠然と覚えていた。なぜならナース服だったから。これだけでも吉沢が看護婦を目指す(あるいは新人看護婦)の青春ドラマだという見当がつく。他の出演者は「飛び出せ青春」の青木英美と松原麻里、「でっかい青春」の竜雷太、ゲストも梅田智子に皆川妙子と東宝の青春ドラマでお馴染みの面々が並んでいる。

書くことがなくなったのでもう一つ新人看護婦を主人公としたドラマをあげておこう。「かけだし天使」という68年のドラマで、舞台は整形外科でヒロインはなんと浜美枝。こちらは見たことがないのだが、浜は当時25歳でこの前年には「007は二度死ぬ」にボンドガールとして出演している。この時点で貫禄のある女優というイメージがあるので、あまり初々しくない新人看護婦だったのではないかと失礼なことを想像してしまう。ちなみに他に共演者は園井啓介、宮口精二などである。

どちらのタイトルにも共通するのは「天使」。今でもそうかもしれないが、当時は看護婦=天使というようなイメージが強かったのであろう。やはり看護師と言うよりも看護婦の方がピンとくると思う(もちろん女性の場合)。けっこうそういう人は多いのではないだろうか。

フルーツポンチ3対3

今回は吉沢京子の話題である。個人的には70年代のアイドル女優の中では、かなり好きな方であった。とはいっても何分自分は小学生だったこともあり、出演ドラマを必ずしも見ていたわけではなかった。当時自分がすきだったマンガ「ド根性ガエル」のヒロインの名もまんま吉沢京子であるくらい人気があった。彼女の出世作といえば、やはり「柔道一直線」ということになるだろうが、彼女は劇団ひまわりにいたということもあり、それ以前からテレビや映画に登場していた。そんな彼女のテレビ初レギュラーが「フルーツポンチ3対3」(68年)である。当時、吉沢京子はまだ14歳の中学生であった。内容は父親と男三人兄弟の家庭と母親と女三人姉妹の家庭のからみを描いたコメディタッチのドラマということである。出演者だが男家庭のほうは、父親が大坂志郎で、三兄弟が川崎敬三、山口崇、山本紀彦で、女家庭のほうは、母親が高峰三枝子で、三姉妹が星由里子、吉沢京子なのだが後一人はわからない(おそらく弓恵子か寺島信子という人のようだ)。で主演は誰かといえば星由里子で、相手役となるのがいつもの加山雄三ではなく山口崇である。もちろん見たこともないドラマだが、最終的には大坂と高峰が結ばれるようだし、「3対3」ではなく「4対4」でも良かったんじゃないのとか思ってしまった。

魔女はホットなお年頃

さて70年代に活躍した女優として忘れてはならないのが新藤恵美。新藤といえば、やはりボウリングスポ根物「美しきチャレンジャー」(71年)が思い浮かぶが、彼女はこのドラマが初主演だったわけではない。調べてみるとデビューは66年で、まだ16歳の時。テレビのほうも60年代後半には何本か出演しいているが、初主役となったのは70年の「魔女はホットなお年頃」というドラマである。タイトル通り新藤が魔女を演じる。しかもその正体は人間に化けた狐という設定である。とはいうものの資料はまったくなく、記憶に残っている人もあまりいないと思われる。「美しきチャレンジャー」の後だったら、もう少し注目されていたかもしれない。このドラマの背景にはやはり66年から放送された「奥様は魔女」のヒットがあると思われる。この頃で魔法物といえば、アニメなら「魔法使いサリー」を始めとした東映魔女ッ子シリーズやドラマなら「コメットさん」や「好き好き魔女先生」といった割合低年齢層を意識したものがほとんどだが、この「魔女はホットなお年頃」はどうだったのであろうか。放映時間は19:30からだったようだが、もう少し高い年齢をねらってたように思うのだが。出演は他に藤村有弘、奈良富士子、ピーター、戸浦六宏、伊吹友木子などである。

マドモアゼル通り

引き続き紀比呂子の話題だが、彼女の代表的ドラマといえば「アテンションプリーズ」「コートにかける青春」そして「モドモアゼル通り」(72年)だといえる。このあたりの時代だとヒロインといえば、岡崎友紀や吉沢京子あたりの印象が強い のだが、こうしてみると紀比呂子も負けず劣らず活躍していたことに気付く。今回の舞台はデザイナースクール、ようするにファッションデザイナーを目指すお話だが、やはり題材的に小学生男子だった自分が見るジャンルではなかったので未見である。少女マンガが原作のようなイメージがあるのだが、「少女コミック」(作画・大谷てるみ)に掲載されたのは73年のようなので、こちらはコミカライズでドラマのほうが先のようだ。共演者だが、「アテンションプリーズ」「コートにかける青春」に引き続いて登場するのが黒沢のり子。三作とも彼女は紀の味方であるらしい。他に木暮美千代、弓恵子、山田はるみ、「猿の軍団」の徳永れい子、そして今や大御所歌手の小林幸子。この頃はまだ女優としてのイメージの方が強かった。そして注目すべきは「暴れん坊将軍」こと松平健、この人は公式的には師匠である勝新太郎主演の「座頭市物語」(74年)のゲスト出演がデビューということになっているが、おそらくこの「マドモアゼル通り」がデビュー作であると思われる。さらに翌年あの「太陽にほえろ」の犯人役として出演しているのだが、この辺りは抹消したい経歴なのだろうか。それにしてもこの人の本名・鈴木末七というのは妙にインパクトがある。