お宝映画・番組私的見聞録 -206ページ目

人喰海女

石井輝男は三ツ矢歌子に魅せられたと書いたが、もう一人三ツ矢歌子に魅せられた監督がいた。小野田嘉幹である。小野田嘉幹に関しては、「鬼平犯科帳」の監督ということぐらいしか知らなかったのだが、元々は新東宝の監督である。そのデビュー作である(と思われる)のが「人喰海女」(58年)だ。主演は宇津井健、三原葉子、そして三ツ矢歌子という前項の「五人の犯罪者」と同じ顔ぶれだが、こちらは監督が石井ではなく小野田である。
本作では三原と三ツ矢は海女姉妹なのだが、「人喰」は当然、三原のことである。彼女が自分の秘密を知る男たちを殺していくというのがストーリー。他にも丹波哲郎、御木本伸介、万里昌代、殿山泰司、そして東宝から小野田の実弟である平田昭彦が出演している。丹波哲郎は石井とは何度も一緒に仕事をすることになるが、意外にも新東宝時代は顔を合わせていないという。
小野田はこの後も、「偽りの情事」「裸女と殺人迷路」「女奴隷船」など三ツ矢をヒロインとした作品を撮っているが、彼女のあまり際どいシーンは撮っていないようである。小野田がどういう人物かは知らないが、石井のようなクセのある人物はなく、会社の命じられるままに撮っていたという感じではないだろうか。石井でさえ、仕方なく撮った作品もあるというし。
さて、知ってる方も多いと思うが、小野田と三ツ矢は結婚することとなる。いつしたのかはわからなかったが、三ツ矢が「新東宝が潰れそうだったから、結婚に踏み切った」と語っていたらしいので、60年の終わりか61年と考えるのが妥当だろう。そういえば、三ツ矢と同期だった原知佐子も実相寺昭雄と結婚している。
小野田は新東宝倒産後はテレビに活躍の場を移している。改めて調べるとここでも取り上げた「バックナンバー333」とか「意地悪ばあさん」とか「真夜中の警視」などの監督も務めていた。どうりで名前だけは何度も見たような気がしていたわけである。

肉体女優殺し 五人の犯罪者

石井輝男が「スーパージャイアンツ」シリーズの間に撮った作品が「肉体女優殺し 五人の犯罪者」(57年)である。タイトル通りサスペンス物なのだが、「肉体女優」とは簡単にいうとストリッパーのことである。その殺されるストリッパーは北令子という人だが、実はフランス座で踊っていた本物の人である。この映画ではあと四人が殺されるが全員が麻薬密売に関係しており、、彼らと最後の一人が「五人の犯罪者」ということになるのだ。その五人に扮するのは三原葉子、天知茂、御木本伸介、小倉繁、そして最後の一人である肉屋が林寛である。林寛は「スーパージャイアンツ」では警視総監などをやっていた人である。
主人公の新聞記者はやはり宇津井健で、ヒロイン役が三ツ矢歌子である。彼女も踊り子の一人なので、当時としては大胆なビキニ姿になるのだが、やはり話題になり彼女目当てで沢山の新聞記者が訪れたという。監督の石井も彼女の美しさに魅せられ、この後も数本彼女を作品で起用する。とにかく「撮りたくなる女優」だったという。
もう一人忘れちゃいけないのが、前述の三原葉子。彼女が「肉体派女優」として売り出したのは、この作品からなのである。三原は新東宝スターレット一期生で、天知茂、高島忠夫、久保菜穂子などと同期生だが、順調な彼らと比べ三原は当時干された状態にあった。一度沈んだ女優を再起させるには、大胆に行くしかないと彼女もストリッパー役を演ずることになった。実際、57年に彼女が出演した映画はこれ一作である。しかし、これが功を奏し、その大胆な脱ぎっぷりでスター女優へと上っていく。石井も三ツ矢以上に彼女を起用している。
三原葉子は新東宝時代は順調だったイメージがあったのだが、意外と苦労していたことを改めて知ったのである。

リングの王者 栄光の世界

自分はあまり、監督に注目して作品を見ることはない。黒澤作品だからといっても「デルスウザーラ」や「どですかでん」などは見る気にはなれない。とにかく監督には疎いほうなのだが、前項で話題が出たところで、石井輝男に着目してみたい。「スーパージャイアンツ」「網走番外地」といったヒットシリーズから、「恐怖奇形人間」「忘八武士道」とか「異常性愛記録・ハレンチ」といったカルトな作品まで色々撮った人である。
そのデビュー作が「リングの王者 栄光の世界」(57年)である。石井は元々は東宝の撮影助手であったが、47年に新東宝ができた際に助監督として入社している。その同期でいち早く監督デビューし主に日活で活躍したのが井上梅次である。その次にデビュー機会を与えられたのが石井ら4人だったのだが、石井だけ中々企画が通らない。当時は大蔵体制になったばかりで、成瀬巳喜男などの助監督をしていた石井はそういった作品をやりたかったらしいが、ようするに大蔵の好みに合わなかったのである。そんな時、プロデューサーの佐川晃が持ってきたのがボクシング映画の企画だったのである。
最初主演は若杉英二(当時・天城竜太郎)で行くことになっていたらしいが、彼が大柄でしまりのない体形でとてもボクサーには見えないからと、石井は交代を主張し、結局宇津井健に落ち着いた。まあ宇津井もボクサー体形とは思えないが、若杉よりはずっとましだったということだった。そんな若杉とは十数年後に異常性愛路線で一緒に仕事をすることになる。そしてライバルボクサー役が既に40才になっていた細川俊夫(俊之じゃないよ)。特に若く見えるわけでも凄みのある顔でもないのに細川が選ばれたのが不思議に感じる。細川よりは若い中山昭二や天知茂、御木本伸介なども出演しているのだが。
しかしボクシングシーンは良く撮れていると、おおむね高い評価を得ているようだ。もっとも予算をかなりオーバーし、石井はかなり怒られたという。
ヒロイン役は池内淳子、他には伊沢一郎、若杉嘉津子、原知佐子などが出演している。この次に石井が撮ったのが「スーパージャイアンツ」シリーズである。

御金蔵破り

石井輝男が片岡千恵蔵で撮った映画の二作目となるのが「御金蔵破り」(64年)である。これは石井輝男初の時代劇となるのだが、本人はあまり時代劇と意識せず、時代考証もあまり気にせず撮ったようである。本作は有名な話だが、ジャン・ギャバン&アラン・ドロンの「地下室のメロディ」をパクった作品である。これは社長である岡田茂の案らしい。本作ではギャバンが千恵蔵で、ドロンが大川橋蔵ということになる。
千恵蔵と橋蔵のコンビが江戸城の蔵を破るという話だが、それに使われるのが大奥の糞尿を処理する汚わい船である。この汚わい船を使うアイデアは「必殺シリーズ」などでも、大奥に侵入する際に用いられているが、意外と昔からある手段だったようだ。この肥えたごの中に千両箱を沈めて運んだりするのだ。石井輝男だからとてもグロテスクに描いているようだ。
自分は未見なので、何ともいえないが、本作の評論を見ると大川橋蔵の評判がすこぶる悪い。石井の作風にも合わないし、こういったダーティな役柄も似合わし、どこか中途半端だというようなものだ。石井も千恵蔵は文句を言わずやってくれるが、橋蔵はつっぱていたという。他の出演者では朝丘雪路。実は当時、橋蔵と朝丘は噂になっていたコンビなのだが、それを逆手にとって出演させている。橋蔵はこの頃、すでにテレビへの進出を考えていたらしく、あの「銭形平次」が始まるのはこの2年後(66年)のことである。
時代劇ではいつも侍というイメージの丹波哲郎が岡っ引き役で出演、他にも杉浦直樹、安部徹、青木義朗、今井健二、待田京介、「赤影」でお馴染みの坂口祐三郎や50年代の大スターで、この頃は一線を退いていた感のある伏見扇太郎も将軍の役で顔を出している。時代劇の衰退もあり、伏見はこの数年後には廃業して故郷に帰ったという。既に亡くなったと言われているが、確定情報もないようだ。

太平洋のGメン

片岡千恵蔵といえば時代劇のイメージが強いが、多羅尾伴内シリーズやGメンシリーズというのも数多くある。Gメンシリーズの第1弾は戦後まもない48年の「にっぽんGメン」という意外に歴史あるシリーズだったりする。
その中から「スーパージャイアンツ」シリーズや後の「網走番外地」シリーズなどで有名な石井輝男が監督した「太平洋のGメン」(62年)を取り上げてみる。もちろん石井輝男と片岡千恵蔵は初顔合わせで、プロデューサーの植木照男から話を持ち込まれた際、東映の重役でもある大物ということもあり石井は気乗りしなかったという。ちなみに植木照男は千恵蔵の甥である。
「千恵蔵はロケはだめだ」という話を耳にした石井だったが、船のシーンはロケじゃなきゃだめだと、ロケを強行することにした。しかし千恵蔵はイヤな顔一つせずやってくれたという。嵐寛寿郎や高倉健、そして今回の千恵蔵といい大スターと言われる役者だが、やりにくいことは一つもなかったと石井は語っている。ただ鶴田浩二はちょっとやりにくかったらしい。
本作には他に江原真二郎、丹波哲郎、梅宮辰夫、亀石征一郎、南廣、伊沢一郎、佐久間良子、沖竜次などが出演している。佐久間良子はバーのホステスという役柄だが、それで「清純派返上」などとスポーツ誌に書かれていた。沖竜次は新東宝時代から石井の映画に出ていた役者だが、高須賀忍と名を変え、テレビの柔道ドラマで人気を得るようになった。しかし以前も書いたとおり、64年に主役として呼ばれた若松孝二の映画で、手錠をして川を渡るシーンで赤尾関三蔵と共に流されて死亡している(正確には遺体は発見されず行方不明のままだったらしい)。
本作は一連のGメンシリーズの定式を打ち破ろうとしたものとなっている。石井はとにかく新しいものを取り入れようとする監督だった。それを快く受け入れた千恵蔵も結構な人格者だったといえる。

野郎ども 表へ出ろ

片岡千恵蔵が植木基晴や植木千恵との共演作は、ほぼ時代劇なのだが、もちろん現代劇もある。その中から千恵と共演している「野郎ども 表へ出ろ」(56年)を取り上げてみたい。
片岡千恵蔵といえば、時代劇と並ぶラインナップにアクション映画がある。まあ五十過ぎの千恵蔵が千葉真一のように動きまわるわけではないし、見た目ちょっと顔の大きな渋いおじさんといった感じなのだが、当時の千恵蔵はいつでもヒーローだったのである。
で、その正義の千恵蔵(ちなみに本名・植木正義)と戦う悪役に扮するのが山形勲、多々良純、須藤健、南原伸二、今井俊一といった中々の面子である。ちなみに南原伸二は南原宏治がデビューから数年間使っていた芸名で、今井俊一は今井健二の本名で、この後、俊二→健二と変わっていく。以前にも書いたが、俊一名義は二本だけのようで、本作は彼のデビュー作でもある。デビュー当時は二枚目路線だったので、本作でもただの悪役ではなく改心する役らしい。
他にも高峰三枝子、星美智子、そして愛娘・植木千恵といった女優陣に加え、「戦場にかける橋」で有名な早川雪洲なども出演している。
植木基晴は銀行マンになったと書いたが、千恵は普通に結婚して二児の母になったという。「黒田騒動」の項で触れた植木義晴はやはり千恵蔵の三男で、日航のパイロットになったそうだ。その「黒田騒動」だが今月、東映チャンネルで放映されるようだ。知らんで取り上げていた。とにかくチェックしておこう。

神州天馬侠(テレビ版)

まずは前項のタイトルだが、神州天馬「峡」ではなく「侠」であることに気がついた。タイトルから峡谷をイメージして疑問を持たず「峡」の字を充てたが、任侠の「侠」の字だったとは。しかも検索しても「峡」の字を使っている人が実に多い。やはり「峡」の方が意味が通じると思うし。あと「神州」を「信州」と間違えるケースもあるようだ。そんなわけで訂正しました。とにかく注意しませう。
でその「神州天馬侠」のテレビ版を取り上げると予告したのだが、正直ごく基本的なことしかわからなかった。二度テレビ化されているのだが、どちらも松竹の制作のようだ。まず61年版だが、主演は長岡秀幸。詳細は不明だが、以前書いたが56~59年まで存在した大阪テレビの制作した「シラレン国」(57年)という番組で主役を演じたりしていた子役である。他に市川とよみ、天津七三郎、恐らく悪役であろう名和宏、そして当時17歳の片岡孝夫(現・仁左衛門)。これがおそらく初のドラマ出演で、主役じゃないのが意外な気がする。そして、もう一人佐藤蛾次郎。彼がこのドラマの役名である蛾次郎を芸名にしたのは有名なエピソードだ。ちなみに片岡孝夫とは同い年である。
そして67年版。こちらは時代的に自分が見ていてもおかしくないのだが、その記憶はない。放映されていたかどうかも微妙だ。こちらの主演は黒田賢。これ以外に出演作が見当たらないので、これ一本の人かもしれない。里井茂は「わんぱく砦」などにも出演しており、50年代後半から60年代にかけて活躍していたようだが、正直顔もよくわからない。他には東千代之介、沼田曜一など。沼田は悪役である呂栄兵衛を演じていたらしい。なお本作の特撮部分は「マグマ大使」「スペクトルマン」でお馴染みのピープロが担当していた。
とまあ何度も映画化、テレビ化された作品だが、今は知っている人の方が少ないであろう。まあ少年向け時代劇というジャンルが今はないので、この手の作品は忘れられていく運命にあるのかもしれない。

神州天馬侠(映画版)

植木基晴が父・片岡千恵蔵と離れて出演している映画で、割合有名なものといえば「神州天馬侠」(58年)あたりであろうか。吉川英治の原作である本作は、50年代だけでも三度映画化されている。52年が大映で出演は長谷部健、黒川弥太郎など。54年は新東宝で出演は藤間城太郎、天知茂など。そしてこの58年は東映で、主演の伊那丸には植木ではなく、新人の沢村精四郎が抜擢された。彼は歌舞伎界の名門・沢村宗十郎の次男である。60年代にはテレビで「猿飛佐助」「紅孔雀」「白鳥の騎士」といったドラマの主演を演じている。
主人公の味方となるのが、今や黄門様の里見浩太郎、尾上鯉之助、五味龍太郎(当時は勝之介)、高島淳子などである。悪役しか見たことがない五味龍太郎もデビュー当時は正義役もあったのだ。尾上鯉之助も当時は主役を演じたりすることもあったが、数年後には専ら悪役に転じている。敵側には吉田義夫、堀正夫、小田部通麿など。吉田義夫といえば、個人的には「悪魔くん」のメフィスト(初代)役のイメージだが、当時はこういった少年向け時代劇の敵忍者役でよく出演していたのである。
「神州天馬侠」といえば巨大な鷲というイメージの人も多いかと思うが、その大鷲の上に乗っている少年を演ずるのが植木基晴である。この鷲が出てくるので、本作を特撮作品の範疇にいれる人もいるようだ。
しかし、この作品余程人気があったのか、61年、67年とそれぞれテレビ化もされている。そちらの方は次回に持ち越し。

黒田騒動

近衛十四郎といえば松方弘樹に目黒祐樹、阪東妻三郎といえば田村高廣・正和・亮、市川右太衛門といえば北大路欣也、それでは片岡千恵蔵は?正解は植木基晴・植木千恵である。
聞いたことがないという人も多いと思うが、なにしろ二人が子役として活躍していたのは1950年代なので、正直私も実際に見たことが無い。
他の二世俳優が長く活躍しているなか、植木兄妹は学業を優先して、あっさりとそのまま引退してしまっている。デビューは妹の千恵が早く53年で、基晴は55年「血槍富士」で10歳の時であった。「血槍富士」の主演はもちろん父である片岡千恵蔵で、この作品には兄妹そろって出演している。この三人そろっての共演は「だんまり又平 飛龍無双」(56年)とか「忠臣蔵」(59年)とかがあり、だちらか片方との共演や、基晴・千恵それぞれ単独での出演ももちろんある。ちなみに「忠臣蔵」は東映オールスターキャストらしく市川右太衛門・北大路欣也(当時16歳)親子も出演している。
「黒田騒動」(56年)も千恵蔵が主演で、基晴と千恵も共演しているが、もう一人出演者の中に植木義晴という名前がある。千恵蔵には四男一女がいたということで、明らかに彼の息子であろう。もう一人片岡千恵太郎という名前もある。これは千恵蔵の弟子と考えることもできるが、何か名前が子供くさい。三人が本名で、一人だけ芸名というのも変だがありえない話ではない。ちなみに義晴も千恵太郎もそれぞれ映画に二本出演したという記録しかない。記録上は千恵太郎は57年、基晴と義晴は59年、千恵は60年までの活動となっており、全員高校生になる前には(千恵太郎は何者か不明だが)、映画界から退いたようである。
さすがに引退して50年近くたっていると記録らしい記録が見つからない。大スターの子供とはいえ、意外とわからないものだ。ちなみに基晴はその後、銀行員になったそうだ。

華麗なる一族(映画版)

目黒祐樹の代表作ともいえる「ルパン三世・念力珍作戦」が公開されたと同じ74年に、目黒はこの年話題の映画に出演している。山崎豊子原作「華麗なる一族」である。つい昨年、木村拓哉の主演で話題を呼んだドラマの30年前の映画版である。自分はキムタク主演のドラマなど見ないし(特に嫌いというわけではない)、原作も読んでいないが、かなり話題になっていたので、どんな話かは何となく知っている。面白そうなので、当時のキャストと昨年のドラマのキャストを対比させてみよう。
  万俵大介   佐分利信  →  北大路欣也
  万俵寧子   月丘夢路  →  原田美枝子
  万俵鉄平   仲代達矢  →  木村拓哉
  万俵早苗   山本陽子  →  長谷川京子
  万俵銀平   目黒祐樹  →  山本耕史
  万俵二子   酒井和歌子 →  相武紗季
  美馬 中   田宮二郎  →  仲村トオル
  美馬一子   香川京子  →  吹石一恵
とまあ、こんなところである。個人的には、どうしても昔のキャストの方が良いと思っていまうのだが、どっちも見ていないので。74年版には他にも二谷英明、京マチ子、中山麻里、大空真弓、小沢栄太郎そして昨年は大介役の北大路欣也が二子の恋人となる四四彦役で登場している(昨年のドラマでは成宮寛貴)。それにしてもキムタクの鉄平を見てから、こちらの映画を見ると仲代達矢(当時42歳)だったりするので、そのギャップに驚いてしまうだろう。
それにしても、キャラクターのネーミングだが、鉄平、銀平はまだしも一子、二子、三子(原作には登場する)、四四彦って当時でもなかなかない名前であり、華麗な感じが全くしない。まあそれが狙いなのかもしれないけれども。
なお、この74年には映画だけでなくドラマも制作されている。そちらの方は今回は省略。