Part 5. まじめに英語上達法
今回は久しぶりに英語の勉強についてです。
少しでも勉強中の皆さんのお役に立てればと思います。
僕は別に大学で英語の教育実習したわけではないんですが、
帰国子女(?)ってこともあり、いろんな人に英会話のレッスンを頼まれまして、
ずいぶん長く、自分に役立ったことなど教えています。
相手の年齢や経験や性格、目的や趣味、英語の段階によっていろいろやり方を変えてるのが功を奏してか、彼らの熱意か、みんな今では自分なりの上達法で英語の腕を上げているようです。
そんな彼らには、辞書を引けるようになるまでの勉強が結構大事なので、そのレッスンが必要でした。
①とにかく基本の簡単な文型だけは覚える。(grammer)
電車の連結のようにしながら、順序やつなぎの言葉を覚えてしまえば、なんとかな
りますよね。
文型がわかってさらに英語脳を作るためには、前にも言いましたが、日本語を英語
的に組み替える練習をお勧めします。
「今朝は早く起きた」の代わりに「私は起きた早く今朝」と言い換えてみます。
②ネイティブの英語に接する(hearing)
石川遼君ではありませんが、英語の映画でも曲でもスピーチでもニュースでも、そ
のリズムや強調されているところを聞き取れるよう,慣れることが1番ですよね。
自然な文に耳慣れておけば、あとで自分で作った変な文や単語に遭遇したときに、
「あれ?なんか変」と気づきます。
③読むではなく、目にする(reading)
いまやネット社会。ウィキペディアはもちろん、いろいろな情報を英語で読むことができます。
DVDの字幕も英語にできます。チャットも英語。全部はわからなくてもわかる単語を拾って推測します。
文型も単語のABCの並びも、なんとなく見覚えていくことで、先ほども言った様に、後でへんな並びを見たときに気づくようになります。
④女優・男優になる(speaking)
心理的なことですが、すでに日本語を話していて他の言語を話すということにはある程度の芝居心が必要です。英語を日本語のイントネーションのまま話せる人もいますが、そうした方々は必死に文法や単語を学習した人たちです。
そうでない人たちは自分をジョニーなりキャシーなり英語圏の人と同じ気持ちで話すと上達は格段です。海外に行って英語を身につけた人の多くがこのタイプです。
あなたは日本では「由美子」ですが、海外では yumiko「ユミィコォ」なのです。もうすでに違う人。話してる英語も日本にいたときの恥じらいや躊躇はどこへやら、話し相手のリズムに合わせて、発音も上がり下がりしているのです。
英語は気持ちから。外人になりきって彼らの真似して話していけば、自分でも気づかないうちに次の単語が口から飛び出し、ジェスチャーも身についてきます。
⑤とにかく真似して文を作る(writing)
日本語でも日記をつけるのは至難の技。続けることが大事なのはわかっていてもできません。でもちょっとした買い物リストや、自分の覚え書きだけでも英語でかきましょう。キャベツひとつでもそのスペルに迷うかもしれません。
そして、気に入ったフレーズは単語を入れ替えてもう1度頭で復唱しましょう。
もし相手に、Your smile, that's what I like about you! と言われたら、
Your gorgeous eyes, they are what I like about you. といえたら素敵だと思いませんか。
これは英文を作るだけでなく、本来の目的、英語圏の人たちとのコミュニケーション能力や共有感を身につけることにもつながります。とにかく相手の言ったことを繰り返す。習ったことを繰り返すやり方と同じです。物まねが大事と、前にも言いましたが、どの言語でも人の物まねからしか発達しないのは、子供やティーンが言葉を覚えていく過程をみれば明らかです。
こうしたことを重ねていくと、辞書を調べたとき、特に和英を見たときに、どの単語を使うか自然とわかってきます。
たとえば「持つ」という単語を調べると have のほかに hold, own, possess などいろいろ出てきます。例文付ならいいですが、そうではないとき迷います。でも前に目にしたり耳にしたりで思い出すことができます。
「薬を飲む」を drink medicine と書いてしまう人が、なんか変と気づいて辞書を見ると、 take medicine とか take a pill というのが出てくるでしょう。お皿からスープを飲むときは eat を使うなど、数をこなすうちに覚えてくるはずです。はじめはわからないことや間違いだらけかもしれませんが、それでも笑い飛ばして英語に触れてゆくことが大事ですね。
次回は僕が教えている人たちの例をいくつかご紹介させていただきます。
第87回箱根駅伝 早稲田優勝! 東洋区間賞3つでも届かず
…と新聞の見出しのようなタイトルですが、そのとおりでした。
早稲田は5区の佐々木君・復路の志方君という主力メンバーを欠きながらも堂々の大会記録優勝。
ここ最近の雪辱を晴らして3大駅伝を制覇という偉業を成し遂げました。
渡辺監督の人柄と早稲田のブランド力に引かれたエリート選手たちが実力を遺憾なく発揮したようです。
その中でも4年生で初めて組の2人、5区の猪俣君、6区の高野君の山での粘りが大きな勝因だと思います。
加えて2人ともハンサムで、これからの人生大いに期待できるんではないでしょうか。
東洋はいい勝負をしたことで大いに復路を盛り上げてくれました。
実力では復路のメンバーは太刀打ちできないと思っていましたが、区間賞3つはほんとに偉い。
7区の大津君はもともとおっとりした性格らしいので、追いかける役はかわいそうでした。その分10区の山本君は来年への収穫だったと思います。しかし柏原君もあと1年。その後の山が課題です。
酷な言い方ですが、ブランド力がない東洋は、やはり優勝戦線にいないと注目されないかもしれません。
駒沢も東海も有力候補に恥じないレースで、特に2区の村沢君や6区の千葉君の根性は素晴らしい。
上野君や佐藤悠基に始まって、先の高野君、堂本君、平賀君、(佐々木君)、大迫君など、いい選手を育てた佐久長聖高校恐るべしと言う感じですね。
大会全体通して高いレベルのレースで、ハラハラドキドキ、国民1番人気の早稲田の優勝で閉じると言う、カタルシスの得られる大会だったと思います。
ひとつ気になるのが、実地での運営係員たち。
前から中継所での次の選手の呼び出しが甘く、選手が待機してるかどうかの確認を怠る人が多いです。
大会運営はみんな学生なのですが、道端で威張ってる人たちはみんなおじさん。
中継所では毎回たすきを渡す選手が待っていないというハプニングが起こっていますが、
最悪だったのはゴール前の国学院がコースを逸れているのをきちんと誘導できてなかったことです。
あれでシード権が決まるのに、何をボーっとしてるのかと憤慨しました。
それでも10位に入った国学院の選手はすごかった。
いつも純粋なスポーツによる感動を与えてくれる箱根駅伝、今年も感動しました。
言い間違いはたくさんあるけど、それほど不公平でもわざとらしくもない日テレの中継もよかったです。
最後に元東洋大監督の川嶋伸次さんの感想
も読んでみてください。納得です。
Part 4. CDL (断捨離)は英語習得にも役立ちます♪
今年こそ、英語に臆することなく、外人フレンドたくさん作っちゃいましょう。
巷では断捨離が広まっているそうな。
わしのインテリアブログ でも、片付けや収納などについて書いてるんですが、
これは英語の学習にも役立つキーワードではないかと思います。
わしはアメリカ生活長かったですが、しゃべり始めの時のことを思うと、
かなり日本での「当たり前」ってやつを放り出さざるを得なかったように思うんです。
別に無理したんじゃなくて、今の大方の日本人と同じように、自然と素直にその国の文化に感心したり迎合したり受け入れようとしてたんですね。
日本で自分と意見が違うタイプの人に会った場合、こんな素直になれないんでしょうが、相手が「外人」だとなんか「あーそうなんだ」って納得してしまうナイーブな人間でした。
「断」はもちろん断つ、ですよね。わしはこれを cut =断ち切る、ことだと思いました。
入ってくるものを断つ、という片付け理念とは違うのですが、強いてあげればそれまでの甘い考えが頭に入ってくるのを断つってことですかね。
日本ではこうだった、普通ならこう、男ならこうと言う風に考える悪い習慣を断つ。
「普通」ってこと自体、平均的、とか、通常はとか言う意味で、これは異国では通りませんよね。
日本でのことをいちいち比べてるとイライラするので、「ああNYじゃこうしてもいいんだ」みたいに思うことにしました。
「捨」は捨てること。 これは dump = (ごみ箱等に)捨てる
そう、思い切って、それまでの自分を1度リセットしました。
先入観も、予想も、恐れも、躊躇も、恥らいもとりあえずゴミ箱へ。
日本文化を捨てるんではなく、外国文化を取り入れるスペースを作るため、余計なものを捨てていかないと、なかなか成人の頭は頑固で、新しい考え方を受け入れてはくれません。
その国の人になりきるんではなく、自分自身をユニバーサルデザインにすることで、どこでもやっていけるという自信がみなぎってくるはずです。
「離」は文字通り、leave = 離れ去ることです。
今までいた状況をいったん離れてみる、または、離れた視点で見てみることが大事です。
何気なく使ってる日本語を英語で言うとなんて言うか、と考える前に、まずそもそも、英語にはこういう表現があるか、習慣があるか、文化があるか、を調べてみるのも重要です。でないと文法は合っていても、とんちんかんな英文をつくってしまいがちです。
自分が日本人ということからたまに離れて、物を見てみる訓練をするのも一興です。
3つのキーワードすべてに共通するのは、習慣になっているものを1度破ってみて、なるべくまっさらな気持ちで英語にぶつかっていくことだと思います。難しくきこえるかもしれませんが、普段やってることに疑問を持つだけで、自然に次へのステップが現れてきますよ。
ニューヨーク魔の12時間! (後編)
ヒスパニックのグループに囲まれた夜から7時間後、僕はビーっというけたたましいブザーの音で目が覚めた。じっとり汗ばむような蒸し暑い朝9時半。
キッチンへふらふらと歩いていき、残ったコーヒーの入ったガラスポットをガスにかけて、ブザーに答える。
インターフォン越しに聞こえたのは「デリバリー、メイルマン」の声。
起き抜けでトランクス1枚だが、メールを受け取るだけだから、とそのまま行くことにして、チップ用の1ドルだけゴムにはさんで下へ降りることにした。
狭い玄関に立っていたのはメールマンではなく黒人のメールレディ。郵便局員さんだ。じゃあチップはいらないと思い、封筒だけ受け取って5階へ駆け戻った。
あれ、ドアが開かない。
なんで…まじ?ロックアウトかよと思いながらも半信半疑。
階段を駆け下りるときに聞こえたバタンとしますドアの音を思い出し、すーっと血の気が引く思いだった。ホテル並みのオートロックだなんて聞いてなかったので、すっかり油断してた。すぐ頭に浮かんだのがキッチンのガスにかけたコーヒーだ。
まずい、非常にまずい。直火にかけたままのポットを残して、家に入れないなんて。とにかく1階のAは管理人を兼ねたおじさんのアパートだ。合鍵で開けてもらうしかない。
急いでまた駆け下りてドアをたたく。
おじさんがエプロン姿で何だ、といった顔をのぞかせた。
「ドアが閉まって、ロックアウトされたんです!すいません、ガスにポットもかけたままなんで鍵で開けてください」これほどはっきりいえたかどうかわからないが、通じた。
「何だって、ロックアウト? マークはどうした? わしは鍵なんてもっとらせんよ」と半分怒ったように怒鳴られた。
えーっ!どうしよう。火事になる。どうしようどうしようどうしよう。ここからは完全にパニック状態。マークに電話しなければ。でもアドレス帳は家の中。
おじさんさっさとドア閉めちゃうし。も1回、ドンドンと叩く。
「あのマークかヘリンのオフィスの電話番号知りませんか?」
「知らん」
あっそう。さてどうしよう。こうなったらドアをぶち破ってもらうしかない。
でも誰に頼める。おじさんも無理だし。
しばらくない知恵を絞って考えたのはこのアパートの作りだ。
5階までのウォークアップ。1階と5階の窓には防犯用の鉄柵がついているが、あれを力づくで外してガラスを割って入った方が、頑丈なドアに体当たりするよりイージーなんでは? 外には非常用の鉄梯子もあり、バルコニーのようになった踏み場もあるはず。いちかばちか屋上から降りるしかない。
そう思って屋上へまっしぐら。屋上へのドアはロックされてなかった。よし、ラッキーという思いで、焼け付くアスファルトのような屋上へ出た。なんかぼこぼこふかふかしていて、歩きにくいがとにかくマークたちのアパートの上と思われるところへ来て、柵も何もない屋上のヘリから下を見た。
た、高い。ここは6階だが、下から見上げるのと上から見下ろすのではずいぶん違う。1階あたりの天井高も日本よりあるからたぶんあのコンクリートの地面から20メートル以上だ。しかも非常の踏み場は屋上のヘリから奥まっていて、たんにそこへ飛び降りるというわけにもいかないようだ。
しかし頭をよぎる煮えたぎるポットとガス台。とにかく降りて中に入ってゆくしかない。
ヘリに捉まって体を鉄棒のようにスイングさせ、奥に近づいたときに踏み場へジャンプする。それしかなさそうだった。
おそるおそるヘリを乗り越え、足場もないのでヘリを両手でつかみ、体がずるずる壁をこすりながら宙ぶらりんになるに任せた。屋上のヘリの40cmくらいの厚みが棒をつかんでスイングするのを妨げる。足だけで反動をつけ、にょろりと足場へ飛び降りなければならないのを、ぶら下がりながら知った。改めて、た、高い。
もう必死の思いで鉄柵の内側へ飛び降りることができた。
窓についた鉄枠は丈夫そうだったが、古いので何とかなりそうだった。
両腕に力をこめてガッとひいた。
「Whaaaaaaaaat!!!?]という叫び声が中から聞こえてきた。
窓がガラっと開くと、顔を見せたのは知らない兄ちゃん。くりくり頭にくりくり目玉で真っ青だ。
「xxxxxxx! xxxxx、 xxx!」
何を言ってるのかわからない。だけどこちらと同じに驚いて怖がっているのがわかる。ここはよく似ているが、マークたちのアパートではなかった。きっと隣だ。
マンハッタンのテラスハウスタイプのアパートは、もともと1件のビルをたて半分に区切って、独立したアパートにしているところが多い。屋根は共有するが、その下は完全に別々なのだ。
「あれ、ここはホーナーさんの家じゃないですか? 間違えました」
なんとも情けない挨拶だった。たとえホーナーさんだって最上階の窓からの侵入者をウェルカムするわけがないし、まして見知らぬ兄ちゃん、(それまでその窓際のベッドで寝てたようだ)そんな言葉を聞いても安心するわけがない。
必死に状況を説明し、火事になりそうだから助けてくれと言っても取り付く島がないとはこのことだ。マークのアパートへの足場までは到底ジャンプできない距離だ。せめてお宅を通り抜けさせてください、と僕は懇願したが、
「Get out! 」の繰り返しできいてはくれない。
そのうち、そばにあるビルの一軒の窓が開き、おばさんがどうしたの? と聞いてきた。そのおばさんに今家の中で起こっていること、自分がロックアウトされてること、早く日を消さないと火事になってしまうこと、このお兄さんが話を聞いてくれず、通り抜けさせてもくれないこと、などなんとか早口で説明した。
「あらまあ血だらけじゃないの。服はどうしたの? そう、裸足のまま… まあ大変」こちらの必死の説明に同情的に聞いてくれるが、何の手もうってくれないおばさんだった。
しかし、そのうちそのおばさんの同情的な?口調と僕たちの会話を聞いていたのか、兄ちゃんが再び窓を開けて、「通り抜けるだけだぞ」と言ってくれた。
「ありがとう!助かります。 あのーすいませんがトイレも借りていいですか?」と頼んでみたが、「Just get out! Now!」とふたたび怒鳴られてしまった。
とにかくあの非常足場から逃れてほっとしながら、その薄暗い兄ちゃんのアパートを通り抜け、階段を降り、見慣れない玄関ととって建物の外へ。日差しが強い。すぐ隣のドアへとステップを登ってまた愕然。今度は建物自体からロックアウトされていたのだ。あの管理人のおじさんの番号を押しても答えてくれない。出かけたんだろか、居留守だろうか。
トランクス1枚で裸足で両手と腹が血だらけの東洋人が、こんなアッパーウエストの通りにいていいわけがない。普段変なものを見慣れているニューヨーカーなので何か言ってきたりはやし立てたりはしないが、またかといいた視線で通り過ぎてゆく。仕方ない警察に電話するしかない。幸運にも1ドル札がトランクスにはさんである。前のコインランドリーへ行って電話用に崩してもらおう。
ランドリーの韓国人のおばさん電話するから細かくして、というと「No Change! うちはくずせません」と一言。前のビルに住んでるし、いつもここに洗濯しに来てるのに、店はクウォーターだらけのくせに、あんまりだった。粘ってみたがなしのつぶて。仕方なく、もっとにぎわうコロンバスアベニューへと焼け付く歩道を歩き角の雑貨屋へ行くがやはり断られる。その時、コロンバスの真ん中あたりにパトカーが止まってるのが見えた。僕は車の往来も気にせず、まっすぐパトカー乗務の警官へ走った。
「すいません、家が火事になりそうなんです。ロックアウトされました。ドアを破ってください!」僕はすぐに案内品が引き返そうとすると、
「call 911」という声。
「えっ? 電話しろ? クウォーターにもしてもらえないんです。とにかく早く来てください」
「Just call nine one one, now」
信じられなかった。何のためのパトロールだい。彼らはそのままコロンバスを走り去っていった。にぎわうコロンバスアベニューで血だらけでトランクス1枚で裸足の東洋人、気もふれていると思われていただろう。
こうなったら仕方がない、道行く人に小銭をもらうしかない。よくみるホームレスの人たちのように、スペアミーチェンジ、だ。
何十人かに避けられた後、なんと小銭を分けてくれる人がいた。5セントでも10セントでもいいんだ。電話がしたいだけ。頭の中にあったのは昨日、日本から遊びに着いたばかりのはずの友人M。その滞在先の番号の字面だけは覚えていたのだ。口に出して言ってみる。<むしもなくさむ>646-7936だ。
いただいた小銭を握り締め勝ち誇ったようにあのランドリーへ舞い戻ると、電話をつかんでその番号を押した。
「あーマッキー? よかった。すぐに87丁目のアパートの玄関まで来てくれる?ほんとに困ってるんだ。靴と何か着るものも持ってきて。裸なんだよ。早く!」
マッキーは狐につままれたように思っただろうが、とにかくタクシーで来てくれた。なんとかなるとおもったが、なんとかなってよかった。911に電話するまでもなく、もうすぐいつものクリーニングガイが来るはずだ。彼なら鍵を持っている。
しかし、まだ室内では火がついたまま。中に入れないまま、もうすでに1時間だった。二人で玄関に座り込みながら、彼を待っていた。しかしいつも来るはずの11時になっても来ない。アパートの他の住人も出入りもない。絶望的な思いで見上げると煙は出ていない。もしかしたらふきこぼれて消えているのかもしれない。
昼12時過ぎ。汗だくで待っているところへ、マークたちの友人の子供、リウが現れた。まさかと思いながら、僕は彼を捕まえて、
「リウ、うちのアパートの鍵持ってるか?」と聞いた。
「持ってる」
わあーーーーっ!ついにやった。やっとドアが開く。ありがとうリウ!
思えば名に考えてるかわからん無愛想な子供だと思っていたが、こんな時に現れて救ってもらえるなんて。人なんてわからないもんだ。
急いでアパートの中に入り、キッチンへ。
火はまだついていた。コーヒーのカスかコゲなのかポットは真っ黒で煙っていた。家中むっとする熱気の中、それでもどこにも火は移っていなかった。急いでシンクにポットを移すして水をかけると、割れた。
それで僕のクレイジーな時は終わった…。今ではいい思い出だが、何より、この経験を境に、外人にも、外国語にも、また、コアとに経験する他のどんな災害や事故にも、臆することがなくなった。自分の力ではなかったけど、絶体絶命のピンチをなんとか乗り切ったという思いが今でもある。
ニューヨーク魔の12時間!(前編)
今回は僕がNYのアッパーウエストに住んでいた頃に起こった
魔の12時間についてお話します。
まだ僕がNYに住み始めて間もない頃、とはいっても18くらいから行ったりきたりしてたので
NYはもう慣れっこでした。
その頃のマンハッタンはすでに安全な町として有名で、70年代の映画にあるようなサイケで怖いところではなく、
中でもセントラルパークに程近いアッパーウエストはマンハッタンでは珍しく、ファミリー世帯の多いエリアでした。僕はアメリカ人のカップルのルームメイトとして、5階までウォークアップというのを除けば、楽しく暮らす毎日でした。
ある晩、友人の家に行くことになりましたが、彼らが住んでいるのは127丁目で、僕のアパートからはアムステルダムアヴェニューをまっすぐ上に40ブロック行くだけでした。
そこはハーレムのそば、というかもうハーレム。有名なアポロシアターもすぐそばで、今でこそそのあたりもきれいなアパートが立ち並び、住んでいる人種も店も変わりましたが、当時はもう少し下品な感じでした。
夜10時頃に行ったときには、通りはたくさんの人でにぎわっていました。たった40ブロック違うだけでしたが、87丁目とは歩いたり座り込んでる人種がちょっと違い黒人だらけ。お酒を買いに寄った店もなんか薄汚れてごちゃごちゃしてて、昔の日本の駄菓子のような雰囲気だったのを覚えています。
でも友人宅は、日本でなら豪華マンションと呼ばれるような、ネオクラシカルスタイルの外装の新しくて大きなアパートの7階で、家賃を聞いていた僕はそのきれいさにかなり驚きました。
彼らのアパートを出たのは夜中の2時過ぎ。平日の夜ということもあり、外に出ると友人宅のテラスの雰囲気からガラリと変わり、あたりはシーンとしていて、街灯まで先ほどより暗くなったかのようでした。
夏の夜のことで、僕はタクシー代をケチって40ブロック歩いて帰ろうと決め、アムステルダムアヴェニューの方へ歩き出しました。
NYの地図を見ればわかりますが、細長い島はセントラルパークを中心に西東があり、縦横にアヴェニューとストリートが交わっています。端はそれぞれハドソンリバーとイーストリバーで、実は夜のリバーサイドは人が少ないので危険でした。
潮が引いたようにあの賑わいがなくなったのは意外でしたが、警戒心などなく、中央よりのマンハッタンアヴェニューではなく、ひとつ西側のアムステルダムアヴェニューを選んだのが大きな間違いだと気づいたのは、さらに通りが暗くなったような気がした時でした。
小高くなった前方には何人かのヒスパニックらしき若造たちが(自分もそうでしたが)突然現れたように立っていて、何か話していました。僕は普通に通り過ぎようとしましたが、何かこちらに向かって呼びかけています。
ブロークンのスパニッシュなど知りようもないその頃の僕は、わざと日本語で「ぜんぜんわかんない」とかなんかいいながら行き過ぎようとします。そこで彼らのうちの一人が僕の前に立ちはだかり、さらに何か言いながらキラッと光るナイフのようなものをポケットから取り出そうとしています。
3人のちょっと目の鋭いヒスパニックに囲まれたことで頭はパニック。それじゃあ、ということでUターンをしてマンハッタンアヴェニューの方から帰ろうと思い、振り向くとさらに3人後ろにいました。
これは完全に強盗されるか、ボコボコにやられるか、その両方かとビビリまくりました。
それでもとにかく日本語で「何だよ」とか叫びながら横目でほかの通行人はないか探しましたが、通りは完全にわしらだけ。どうしようか困っていると、あの坂の上のほうからビッビーというクラクションの音とともにすさまじい怒鳴り声とタクシーがすっ飛んできました。
見ると頭が70年代してる黒人のおばちゃんドライバーが首を窓から突き出し、白目充血させてひん剥いてクラクションを鳴らして僕たちの方へ向かってくるところです。(あとからの記憶の映像です)
おばちゃんは僕たちをひき殺す代わりに、ヒスパニックの子達に何か怒鳴ると、僕の方に向かって「ゲッティン (get in!)」と怒鳴ると足でドアを蹴り開けてくれました。
僕がバシンとドアを閉めるまもなく、タクシーは発進しました。
おばちゃんは何か僕に話しかけている、というか怒って怒鳴っているのですが、パニくった後の頭には英語も入ってきませんでした。それでも何とかお礼と、家のアドレスを言うと、マンハッタンアヴェニューを南下して87丁目で降ろしてくれました。お金を払おうとすると「いいんだ」というように受け取りません。僕は「どうせタクシーをつかまえるつもりだったんだから」と言って5ドルか10ドル渡したような気がします。
なんかきちんとしたお礼も言えず、チップもはずまず、そのまま行かせてしまいましたが、後になるとなんていい人だったんだろうと感動してしまいました。
アパートに帰ると友人2人も起き出して心配してくれました。
僕は青い顔をして少し震えていたような感じだったからだそうですが、話を聞くと、そんな光ったバックルのついた靴はいてるからだとか叱られ、そんな親切なことは自分たちには起こったことがない、ラッキーだと言われたりしました。自分では今でも、もしかしたら単に話しかけられてただけかもしれない、とも思うのですが、NYに慣れてて、すっかり油断してたけど、やっぱり人通りの少ないところを歩くときは気をつけなきゃいけないんだとつくづく思いました。
2000年代になってからはますますきれいに安全になったNYですが、今でもクイーンズやブロンクスへ行くと、あの垢抜けなかったハーレムを思い出します。
この夜のことがあって、ほんとに気をつけなきゃと思ったのもつかの間、そのわずか7時間後に今度はもっとダイハードな経験が待っていることなど知らずに、疲れきってベッドに入った僕でした。
後編に続く
Part 3. 人を見かけでJudgeしてませんか?

今回のお役立ち英語:
No offense = 悪気はないんだ
Prejudice = 差別的偏見、先入観
今回急いで書くテーマは「No Judgement」です。
訳すと「(否定的に)決め付けない」ってことです。
日本は基本的に長い間単一言語・単一民族できたからかもしれませんが、比較的同じものが一気に流行る傾向があるように思えます。価値観まで似てる人が多いのかもしれません。他の人がやることをよく見て真似したり、同じものや同じことでの共鳴意識が強いのかもしれません。ごみの問題や環境問題などはあっという間に普通のお年寄りでも気をつけるようになり、jひいてはエコポイント需要などにもつながっています。
よくテレビのニュースなどで、「どこそこでは何が流行っている」というのを耳にしますが、これは日本で流行ってるのとはわけが違います。かなりマイナーなところでの流行でも、メディアは「流行っている」という表現を使うのです。特に海外で日本関連のものが人気あったりすると、日本ではさっそく10倍にして伝えているので、こちらは相手が当然知ってるだろうと思って話すと知らないという人が多いです。戦時中、日本は負けているのに、小さなエリアで勝ったニュースだけ伝えていたような現象が、政府の強制なしで起こっています。なぜって国民がそれを喜ぶからです。
今ではインターネットがあるので、本当に流行ってるかどうか知りたければ、キーワード検索をしてみて、どのくらいの件数がヒットするかをみれば、なんとなく確かめられますが、おじちゃんおばちゃんなどからはいまだにアメリカでは~が流行ってるんだってね、などと聞かれます。
アメリカやヨーロッパは人種・文化のルツボで、隣の人の肌色も好みも考え方も違うのが当たり前なので、一概に流行ってるものを決めるのは難しいです。もちろんIpadを持ちたいといったようなウィッシュリストは世界共通ですが。
基本は自分と他人は違うという理念。だからまとめるのは大変かと思えば、利益がかかればすぐ結びついてしまうのはどこも一緒でしょう。
No judgement は普段の状況でもよく使われるようになった表現のひとつです。
「彼女ったらBFいるのに他の男とも付き合ってるのよ。なんかスラットってかんじ」
「あいつ昇進がかかってるから上司にゴマすってるんだな。ほんとにせこいやつだぜ}
こうした会話はすべて相手を自分の物差しでJudge している様子です。
倫理を自分流に解釈して、人を判断したり、悪く思うときによくこの言葉で忠告されるのです。
アメリカは自由の国とはいっても、じつは差別意識が高い国です。
女性から始まって黒人、身障者、ゲイ、今ではイスラム教徒、といったところでしょうか。
日本の日々の中でも、スポーツ苦手、頭が悪い、ブスとかデブとか出っ歯、貧乏といったことで小さな差別がたくさんありますよね。
こうした差別が多かったからこそ、アメリカではそれを禁じる法律も多いのです。
人をJudgeすることは「こうではいけない」ルールの塀をどんどん立てること。
そのうちまわりをその塀でおおってしまって自分自身が身動きできなくなります。
つまり自分もその差別の対象になるということです。
人を自分の色眼鏡でみる、決め付ける、倫理的に裁く、こうしたことを戒める言葉が No judgementなんですね。
これを胸において接すると、いろいろな人や文化とうまく付き合えるようになりますし、世界も広がります。
英語を学ぶ目的のひとつはその広がる視野だと思います。
友人や同僚にちょときついことを言わなければならないときはこんな表現も役立ちます。
No offense (悪気はないんだ)
I mean no offense, but he becomes really cold sometimes.
(別に悪気はないんだけどあいつ時々すげー冷たいよな)
悪意や侮辱がないことをことわっておきます。
Nothing personal (個人的にとらないでほしい)
You have so many mistakes in this report. It's nothing pesonal, but better read it through a bit more carefully.
(このリポート間違いだらけだね。君だけに言うわけじゃないけど、もうちょっとよく読んだ方がいいよ)
個人攻撃でも恨みがあるわけでもなく一般的にという意味で使われます。
自分とは文化も言語も違う人と話すためにある外国語ですが、同じ日本人同士でも気持ちが通じない人は多いはず。
No judgement の精神で行きましょう!
Part 2. へんな英語はどうして生まれてくるんだ?
今日のよく使う役立ち単語:
Abuse
= 乱用、乱用する
今、企業の課題は人材のグローバル化だそうです。
しかし、若い社員の海外志向は年々下がる一方で、どんどん内向きになっているそうな。
海外旅行離れも進行中で、いそいそ行ってるのはバブルと円安の頃を知ってる中年以上です。
修学旅行にも海外へ行く時代なのになぜでしょう。
大きな原因は、海外で恥をかきたくない、不自由したくないといったメンタルが考えられます。
行く国の言葉がわからないと不安だし、自分の存在感も薄れそうですよね。
低め安定、ぬるま湯の長風呂といった感じでしょうか。
こうした精神性は外国語ができない以前の問題だと思います。
そんな彼らもカタカナ言葉の開発には日々いそしんでいます。
カタカナ言葉はもちろん欧米文化からの外来語が主です。
最近はもともとある意味をキョーチョーしたり、隠れた意味を持たせるのにも使われていますが、やはり間違って覚えた単語だったり、適当に作ってしまったりする単語も多いようです。
前者は主にメディア系の方々のへんな使い方で定着するケースです。
大手広告会社のDやH、テレビ局のアナウンサーなどは、たぶんいい大学を出たエリートばかり雇うはずですが、そんな彼らも英語はほとんど習得しないで卒業しているようです。(アナウンサーに関しては、声や顔優先で日本語は不自由に思えます)
でも聞きかじった単語はどんどん乱用する癖がついているので、情報の受け手側は知らずにそのとおりに使い始めるんでしょう。最近目立つ(耳出つ?)のは、何にでもingをつけてしまう人たちです。
コンディションを整える、がコンディショニングを整える (conditioning = 調整、条件付け)という人たちはきっと、同じ言葉でも長いほうが丁寧で専門的な気がして使っているのかもしれません。アメリカのアナウンサーなども同じです。でもこれは白い白衣と同じようにちょっとお間抜けです。
文章にいたってはパッケージなどにデザイン性を持たせるのに、英語がよく使われています。
ビールのラベルやちょっとした企業パンフレットなど、よく読んでみるとプッと噴出しそうになったり、なんともいえない的外れなことが書いてあったりします。 たぶん日本語を直訳したか自動翻訳ソフトから起こした文章ですが、大都市には英語の先生や観光客がたくさんいるんですから、大規模に発売する前にちょっと 捕まえて大丈夫かどうか聞いてみればいいのにと思います。文法や単語が合っていても、その言葉を話す人たちにはアイデア自体が理解不能なことも多いです。
わしらも海外に行くととんでもない日本語に出会って笑えることがありますが、大企業ではジョークのつもり以外では考えられません。これはグラフィックデザイナーが適当にやってるせいかもしれません。
さて後者の間違った英語ですが、heartfulやfantasicがそうです。
心のこもった=ハートがいっぱいの=ハートフルという心理はわかりますが、ふつうにこれをネイティブの人の前で使えばhurtful = 有害な、と勘違いされるでしょう。
ファンタジー的な=ファンタジック、もありません。正しくはfantasticファンタスティックが形容詞になります。これはまあ通じるでしょうが、できれば覚えておきたい単語です。
言葉というのは常に使う人によって変わってゆくもの、ですが日本人の気質から言うと決してそういったおおらかな気持ちで使っているとは思えないので、やはり1度辞書をひいてみるのがいいでしょう。
よくフランス語やドイツ語など英語だけではないカタカナ語も多いですが、これは明治の開国期から大正にかけての外来語で、前者は芸術書、後者は医学書からの流用が多かったからだそうです。デッサン(sketch)とかアルバイト(part-time job)など日本語になってしまってるものも多々ありますが、英語も覚えておくといいと思います。
普段使っているカタカナ語、たまに和英辞書を引いてチェックしてみると面白いかもしれません。
次回は「No judgement」がテーマです。
↓参考書
間違いだらけのカタカナ英語
―知らないと恥をかく外来語の基礎知識 (学研新書) [新書]
Part 1. 英語を話せても別にエラくない!
いきなり言い切ってしまいましたが、そうなんです。
向こうでは子供だってしゃべってるもんね。
だから英語で何を話すか、何を読むか、
自分を表現する力と他人への理解力を磨くために
ネット社会の今こそ英語も必要なんですよね。
今回はメンタルなことを書いて見ます。
ちょっとウザイと思うかもしれませんが、意外と大事です。
わしは10台の頃からアメリカ人との交流があって、
自然と彼らや文化の違いに興味がわき、その後も英語中心の生活を送ってました。
人はよく、「向こうの大学行ったの?すごいね」とか、「仕事も英語なの」とか言われますが、
だからってネイティブみたいに話せて書けて理解してるわけではありません。
ネイティブと言っても田舎の人やイギリス系とか金持ちとか体育会系とかいろいろなのは
日本と同じです。あなたは日本ネイティブの代表みたいに自分のこと思いますか?だから
①ネイティブみたいになろうとしない、事が大事です。
90年代くらいからよくいるバイリンギャルみたいにしゃべろうとすると無理が出ます。
彼女たちはよくあれだけ自然に脳のスイッチがきくなあと感心しますが、それでも
けっして「自然な英語」には聞こえてないんです。
不思議な抑揚が多いし、けっこう細かいところはごまかしてるもんです。
目指すは、日本人アクセントバシバシでも間違った文法でも動じない開き直りです。
よくいるのが、英語はまあまあ話す自信があるのに、日本人が側にいると緊張する人。
そうそう「あの人そんなにうまくないじゃん」みたいに思われるのが恥ずかしくてつい意識してしまう
ってことありませんか?
わしの場合、仕事の面接でも英語はネイティブ並みときっぱり言ってしまいます。
辞書さえあればとりあえず理解もできるし言いたいことも言えるからです。
日本語でだって、まさか普段使わない経済用語や医学用語をスラスラ言える人なんていませんよね。
でもグーグルしたり、人に聞いたりすれば話せます。
まずは向こうの高校で困らないくらいの英語をマスターしましょう。
映画やテレビが見れて、ネットの情報を単語拾って読めて、挨拶や自分の生活が話せればOK
わしの場合、そう思ったときには次のことをみんなやりました。
石川遼くんみたいにCD聴きっぱなしも効果があるでしょうがまずは元手をかけないでできることを。
①文法
教育テレビの英語レッスンは必ず録画してチェック!
やっぱ文法と会話の基本は、大人になってから習う人には便利です。
②リスニング
好きな番組を二ヶ国語で観る。
イヤフォンでかたっぽの耳から英語、もう片方で日本語というように「主+副」同時に聞いてみましょう。
初めは何のこっちゃと思うかもしれませんが、内容は日本語で聞き分けて、英語のほうは単語がいくつか
耳に残るはず。残らなくても聞き流しレッスンにはなります。
③スピーキング
耳に残った言葉を真似してみるのが1番です。どこの子供もそうして言葉を覚えます。
アクションヒーローでもラブロマンスでもそれらしく口に出すことで、脳にしっかり刻まれます。
④作文
初めから英語で全部は難しいという方には、日本語で英語風に組み立てる練習をお勧めです。
たとえば
「わしは、起きた、7時に、今朝」(I, woke up, at 7, in this morning)
いちいち単語がわからず辞書を引く手間でめんどくさくなってしまうので、とりあえず日本語で文法をマスター。
文法的な順序だけは、あまり種類がないのでしっかり覚えるようにしましょう。
theとかatだのはあとで十分なんで、とりあえず単語の並びだけ覚える練習で脳に英語モードを覚えさせる事。
慣れてくればもちろんこんな感じでスラスラ出てきます。
「I went オンセン by シンカンセン yesterday」
変に「Hot spring」だの「Bullet Train」だの言わないほうがいいときもありますよね。
もちろん英語しか話せない彼氏や彼女を作るのが手っ取り早いんですが、そんなラッキーでもない方は
ぜひ試してみてください。とにかく自分の注意をすべて英語モードにする時間を作ると、きっと楽しくて、
上達も早いはずです。
次回は「なんか変な英語」について考えてみます。