GENOCIDE ORGAN - From the Gutter
昨今のパフォーマンスでは貫禄というか凄味を醸し出すGENOCIDE ORGANがその活動初期の頃から何か独特の雰囲気を持つ組織であったことが良く分かる作品。2026年、カセットリリース。
「主観では何らの害も与える気はなかったが客観的に見れば我々は何か酷いことをしてしまった」と刻された1993年の 「A Rough harsh manifest of time」。冒頭のDeath to China III の執拗なアジア的(偽アジア的)旋律の繰り返しとそれに被さる中国風の謡。これから世に満ちる恐怖、狂気を現実の下に引っ張り出す序曲としてそれは完璧に機能している。
地獄の黙示録におけるカーツ大佐の独白。米軍が行った予防注射を受けたベトナムの子どもたちの腕をベトコンが切り落としていったという話。マーロン・ブランドの語り口を取り囲む冷たい瘴気の様な音は聴衆をしてさらなる不安と落ち着かなさを感じさせたことだろう。
そして音はその凶暴さと音量を増し、力への渇望と独立が叫ばれ、「これは虚偽ではない」と自分の立ち位置が証言される。この辺りの暴虐、冷徹と言える音塊を聴けば、デスインダストリアル/パワーエレクトロニクスとジャンル分けされるであろうGENOCIDE ORGANにおいても喧しい&非人間的な音=「ノイズ」というものがその曲の重要な位置を占めていることが分かるだろう。実際、90年代にはMERZBOWとGENOCIDE ORGANが同じ音盤上に揃い踏みすることもあったのだ。
作品はB面に移り水晶の夜の様にガラスは割られ世紀の陰謀論、でっち上げが幕を開ける。その出所不明の情報を深く確かめることもなく怒気を含んだ声を上げながらも、その声の裏には計算と深謀が感じられる。第三帝国上空で行われたであろう空中戦を淡々と振り返った後に始まるのが Klaus Barbie。第二次大戦中~戦後にかけて歴史の裏街道を歩いた彼の事績を取り上げる事でGENOCIDE ORGANは正体不明さ、言動の信用出来なさ、胡散臭さとそこから来る彼等への恐怖を手に入れたと言えるだろう。リズムだけを取り上げれば日本の祭囃子の様に長閑なモノだが、それにノイズと叫び声、そして虐殺機関の名称が付いてくる事で曲は何か酷く禍々しいものに変容してしまう。
最終曲では南米の暴力組織がそれこそ荒れ狂い、曲はその型枠を失い、僅かなその構造が怒号と雑音の中で聞き取れるだけとなる。GENOCIDE ORGANの中でも特にノイズ色の強い一曲ではないだろうか。最後の如何にも(ノイズ界隈の)90年代的拍手(聞いて頂ければ何となく言いたいことは分かると思う)が何とも心地良く、「何はともあれ無事戻ってきた」と言う感じがする。








