週刊さんでいリターンズ -37ページ目

週刊さんでいリターンズ

起業系コメントが面倒になったので(わしはまだ病院にいたいんだお)、コメントは承認制にしました。基本知ってる人のコメント以外は承認しませんのであしからず。1日10人も見にこないブログで営業しても効果は少なかろうになあ、ご苦労さま。まあ、頑張ってくれ。

言葉の壁、というのは思った以上に大変な訳でして、在日外国人の場合ご飯が食べられなくなってから病院に来るまでに1ヶ月かかってしまうこともある。

しかもどこかのへぼクリニック(大きな声では言えないが当院だ)で診ていたようだが、突然ご入院の運びとなり、当院の主治医はクリニックの院長に入院に至る経過を聞こうとしたら逆切れされ有無を言わさず担当にされる。

点滴をしようとするが、穿刺しようとしたらきゃーきゃー騒がれる。

「そりゃ、誰だっていきなり服脱がされたり、針さされたら騒ぐでしょう」と意見したら医者は

「だからinjection,injection(注射)って説明した」

・・・同胞でも「注射、注射」って針振り回す医者は絵的に嫌だと思う。

英語がわかる人がいい、とわしがリハ担当になるが、わしはTOEIC600点台、とても外資系にいたことがあるとは言えないレベルだ。

初日は少し困ったが仕事で使う英語というのは限られている。今日は車椅子に乗せたりトイレに連れてくのを病棟に見せると、病棟でも車椅子に乗せてくれる。

で、ステーションにいてもらったら、英語で騒ぐため皆は四苦八苦していたらしい。しまいには転倒しやすい別の患者さま(当然日本人)が立ち上がっちゃうとステーションにいたDr.が「Sit down!」と叫んで
「いや、日本人ですってば」と窘められるという、君らどこで仕込んだんだというコントを繰り広げていたようだ。

仕方がないので、オムツ・お風呂・食事・検査・バイタルチェック等の病棟で使いそうな英会話集を作って持っていったら、
「ありがとー、で、採血は何て言えばいい?」

correct bloodじゃ変だよな、とその場にいた当院で一番頭が良さそうなDr.に聞く。(ちなみに正解はdraw blood)

「知らない。でもBlood testじゃダメかな」

と親切にも自分の担当じゃないのに患者さまに説明に来てくれる。
きっと参加してみたかったんだな。
挨拶は上手なのだが、その後は

「あー・・・」
・・・わしのレベルと変わらない。

何とかDr.の説明を理解してくれたので、一同ほっとしていると夜勤の看護師が

「Help!って言われたらMay I help you?って言えばいいんでしょ?」

「それは正解だけどさ、おまいその後助けられないじゃん。意味ねえ!」

本日の結論:1.偏差値と英語力は別。
      2.都内某病院の英語力はかなりダメ。

土曜は病棟で怒涛の送別会、日曜は二日酔いで暮れた週末、明けた週初にいきなり定期を落としたり(落とした場所が病院の前で良かった)、IDカードを落としたり(院内で良かった)薬剤コントロール良好な患者さまが訓練中に痙攣発作起こしたり(痙攣には慣れてるが臥位だったので良かった)なかなか素敵な週の始まりである。

そして大きな声では言えないが、某Dr.が体調不良で無期休養入りとか。

恐らくわしの知る限り(零細企業や個人営業はわからんのだが)ある程度の大きさの企業の中では医者より明らかに大変と言えるのは総合商社のエリートぐらいと言えるほど勤務医は大変だ。年収は高いかもしれんが夜勤はあるし仕事やりかけで帰れないし時給換算では決して給料は高くない。

が、変化に富んだ一般内科病棟とは言え所詮は老人病院で外来も担当せず、担当患者12人に増えたぐらいで体調不良、はっきり言えば心が折れるってのもなあ。羞恥心かよ。しかも診断(決断)できずに看護師やリハのいいなりじゃあ何の為にわしらよか給料3倍貰ってんだよ、だから療養出身は・・・と看護師と話していて、ふと気付いた。

一般内科で元気に働いてらっしゃる先生方は外科出身か大手の大学病院出身。何のかんの言ってMっぽいまでの追い込まれ好き、というか追い込まれてこそ処置と決断力を発揮してくれる。ところがよくわからんのだが件のDr.は他の先生に言わせると専門がなくても卒業できた時代の人らしくて(説明聞いてもよく理解できんかった、てかよく聞いてなかった)卒業後もほぼ老健や療養病棟勤務だったようだ。環境の所為で忙しさに対応できなくなったのであれば気の毒にも思えるが同じ給料でメンターとして尻拭いさせられる他のDr.達の方が気の毒であったと思うぐらいいろいろ問題があったらしい。

ところで。わしは療養病棟では全く役に立たなかった。それをリスクの高い一般病棟に送って大丈夫なのか、という一部先輩方の心配を裏切って当院ではリスク管理が得意なPTになりました、めでたしめでたし。じゃなくてわしは追い込まれないと力を発揮できないのじゃないか?

そんな訳で「週が明けたら患者さんが6人増えてたんだよ」とぶつぶつ言ってるDr.Tに同情しながらも心の中で「せんせー、追い込まれた方が仕事できるんだもん」とつぶやきながら業務リーダーに「新患まだ取れます」とアピールしてみる今日この頃。

ソフトボール女子、金メダル(泣

ソフトボールではダブルヘッダーはそれほど珍しくない、としても上野さんはよく投げた。偉い。

しかし内科のPTとしてはやっぱ気になるのは西山麗さんだ。先天性の大動脈弁閉鎖不全・狭窄症で置換術の既往あり。彼女が走る度にどきどきするし、活躍すると嬉しい。

野口みずき選手のランニングフォーム解析の時は
「いいなあ、こういうことやるPTになりたいなあ、でも自分が担当の選手がオリンピックなんて出ることになったら眠れないだろうなあ」(怪我しないように調整したり、既にどこか痛めていたら試合に間に合わせられるようにへばりついて仕事することになるだろうから)などと暢気なことを言っていたのだが。(しかも本当にハムスト痛めていたし)

自分が大動脈弁置換術後にリハ担当した患者さんがオリンピック出るような選手だったら。

普通はやっぱオペ担当した医者のように、大会で優勝争うようなハードな運動はするな、と言うわな。

しかし泣きながら「死んでもいいからまた試合に出たいです」と言われて、リハを断れるか、と言えばQOLを考えるPTとしては・・・

いや、試合云々言うレベルでは多分もう、リハには来てないか。

それにしてもやっぱり怖いよなあ。だって普通だったらないはずの場所に縫い目がある、ということはちょっと違うかもしれないけど心臓に切り取り線があるようなものか?しかも大動脈だから一番圧が高いところだし。激しい運動で脈圧が上がることの怖さを知っているだけにかなりどきどきする。

生体弁そのものの寿命は10~15年と言われているということは、もうオペ後10年経っているのであと何年か後にオペしなくてはならない。次も生体弁なら、今はウシやブタの弁があるので前回のようにドナー待ちしなくてもオペを受けられるようになったとは言え、やはりその10数年後にまたオペを受けなくてはならない。機械弁にすると長持ちはするがワーファリン(血液凝固阻止剤)コントロールしなくてはならないので出血の可能性があるような激しい運動は出来なくなってしまうだろう。(何より女性の場合は出産ができない)

そんな訳で新聞等の記事では「難病を克服した」と書いているが、西山さんの病気との闘いはまだ終わっていない。一生続くし、今現在も闘っている。

あえて「認知症」なぞという生ぬるい言葉は使わない。

HDS-Rという痴呆度合いをはかるといわれる検査があるわけで、その有効性やらややこしい話は置いといて。
9月よりお上からのお達しでまた病棟区分変更、ようするに患者さまには有利とは思えない変更があり、それに関連して入退院も多く、しかも在宅目標の新患さんが多いものでその検査をよく実施している。

最近は老人会でボケ予防に、とか大きなお世話にもHDS-Rをやっちまうことがあるらしく(視力検査を覚えてしまうぐらい迷惑だ)やたら得意な人がいたりするので困ることがある。

逆に、普段しっかり話しているように見えても検査すると
「ええええ?」ということもある。人の名前をすぐ忘れたり、一度に2つ、3つのことが出来ない人、日にち曜日を忘れる人は実はやばいかもしんないので一度やってみるとよいかもしんない。(短期記憶、二重課題、見当識などの項目がある)

で、何にその検査を使うかといえば、ナースコールを押せるかとか薬の自己管理ができるかとか病院内で迷老人にならないかなどの判断材料とするわけだ。
30点満点で、カットオフ値(ここからが痴呆という値)は22点ではあるが、満点に近いのが普通。

スタッフルームで同じ患者様を担当しているOTとHDS-R検査結果を見ながら
わし「どーしようかねえ。一言で言っちゃうと困ったばーさんだよねえ
   ・・・あたしも年とったらそう言われるんだろうなあ」
OT「大丈夫だよ(←根拠のないフォローだがいい人である)」
わし「(OTさんが開いている他の患者様の脳画像を見る)しかしこの側頭葉すごいことになってるねえ。聴覚理解あるの?」
OT「うん、悪いよ」
わし「そうだろうねえ。・・・そういえば私の側頭葉も隙間があるんだよね。そういや40も過ぎれば人の話聞いてないおばちゃんなんてなんぼでもいるもんねえ」
OT「そうなんだあ」
わし「酒飲みだからねえ」
OT「あたしも時々やばいと思うんだよね、紙の出口で水出るのを待ってたり。時々(脳血管)つまってるんじゃないかって」
わし「TIA(一過性脳虚血発作)かよ!」

・・・自分で言っててイヤになった。とりあえず今すぐ野菜の名前は10言えるが(語想起問題)とりあえず飲みすぎと脱水には十分注意しましょうね。(←誰に言うておるのや)

63回目の広島原爆忌であるが、今日も今日とて主に呼吸障害と戦うさんちゃんですこんばんは。

先週で無事に実習生さんが終わり。難しいケースでもあったし、まあ学生さんならこのぐらい出来れば十分だろうとよい評価をつけた。お互い生き延びてよかった、と二人でお疲れ会をした。

・・・わし以上に飲む学生さんだった。

確かに最近の東京は暑い、とはいえ女2人で生ビール20杯以上は飲んでいる計算だ。金が惜しいわけではないが、かなり驚いた。

まあ、わしが2人いると思えば不思議でもなんでもないが。

しかし。学生さんの口から一番多く出た言葉が

「わたし、バイザーがさんでい先生で本当によかったです」

これだけ聞くと褒められているように思われるが、ウラには彼女と同時期に苦しんでいた別の学生さんのことがあるのであった。つまり、その学生さんのバイザーじゃなくてよかった、とまではっきり言われた。

わたしにどー答えろ、と。

相性もあるだろうしなあ。ま、確かにわしは学生さんには結構寛容だと思う。今にして思えば自分がかーなーり出来が悪かったし。

まあ、患者さんとご家族様に失礼じゃなくて(これは困る)明らかなウソをつかなくて(間違えたら死ぬかもしれない仕事だから)熱心だったらわしはおけーよ。

しかし学生さんという負荷がとれたせいか、牛角のビール半額メールが来た途端に「仕事に関係なくバカな酒」が飲みたくて仕方がない。

酒部のやつらは子持ちになっちゃったヤツばかりだし、職場の人では仕事の話になっちゃうし、相方みかんはあまり飲み食いしなくなってしまったし。

とにかく浴びるほどビール飲みたい。

あちい。

世の中では地震だの突風だの通り魔だのあるようですが、相変わらずぐだぐたで昨日は電車寝過ごして某通り魔事件があった駅まで行っちまった挙句戻ったら間に合わないのでタクシー使ったさんでいですお元気でお過ごしですか。

先週の土日月は、世の中三連休だったらしいがわしは研修でした。去年○バース教、いや○バースコンセプト、という手技の入門コース3週間修了したわけだが、当院にいるとなかなか手技が磨けないので1年ぶりに師匠の元にお邪魔した。当院での技術的SVがアシスタントとして参加し、その帯同馬たるわしは大人しく隅っこで講義を受けるつもり、だった。

ところが初日から「さんでいさんは、ノーマル(普通)じゃないかも知れないけどヒューマン(人間)ですよね。」というメインのアシスタントさんの意見から始まり、わしはほとんど人外に近い目立つ扱いであった。

一番苦手な立位・歩行の評価は、ほとん理解できず師匠に習いながら実技を行ったにもかかわらず的外れな治療で師匠を怒らせ、
わし「やべ、発火した。(本当は抑制するつもりだった。そして隣で師匠が怒りそうになっているのが目に入った)」
師匠「オレの(大脳)皮質が発火したぞ!」
と、聞いている受講生と助手を笑かす始末である。

受講後、安い帰りのチケットが夜遅い便だったため、琴似から小樽まで移動し、一人でとうもろこしを食いながら小樽をふらつき、ビールを買ってエアポート号に乗り、空港でビール飲みながらラーメンを食う。

そして休みがないまま働いたら、土曜日は寝過ごして上記のごとく電車で寝過ごしてタクシー使う騒ぎだ。

今日はH医科大学の呼吸の権威M先生と、H医療大の循環の権威T先生による夢のコラボ講習会に出席し、T先生にいろいろ質問をしていたら受講修了証を受け取り損ねた。もうボロボロだよ。

来週は実習生の発表と、文献抄読の当番なのだが大丈夫なのか>わし
最近サバイバルという言葉を身近に感じる今日この頃である。

そう言えば出来も性格も良くて一生懸命な先輩(といってもわしより若い)が同じ班に加わったのだが、体が弱くてすぐ休んでしまう。「具合悪くなればいいってもんじゃないのよ」とは大学時代の友人の名言なのだが、わしらの仕事は休んだら他人にフォローを振るということは自分の患者様だけでなく他人の患者さまのリハ時間も減るので休むと多方面に迷惑をかけるので簡単に休めない訳で来週もサバイバルなわしの明日はどっちだ(泣)

七夕だ。願い事をしそこねた。
と言ったら、後輩に「1年に一度恋人に会えるかって人たちにお願い事なんてしちゃダメでしょ」と嗜められた。

お前ら(その後輩やらとっつぁん看護師やら)に道ふさがれたり後ろからどつかれたり仕事の邪魔されてるばばあ理学療法士のお願い一つぐらいは聞いてもらってもばちは当らない気がするぞ。

今日は排痰の日だった。体交して呼吸介助して咳そう反射促して(傍から見ると首絞めてるように見える)ナース呼んで吸引してもらって御礼言ってもう一回体交して、を繰り返してへろへろカルテを書いていると、Aドクターがオペ着のままへろへろ歩いてくる。

Dr.「痩せた?痩せた?」

わし「全然。」

Dr.「そう?この辺(腹を指す)痩せた気がする」

わし「体重は変わんないけど腹は割れてるよ」

Dr.「ホント?」

わし「肉体労働者だもん。腱画は見えないけど白線は見えるよ」

Dr.「いいなあ、オレなんか肉のっちゃってる」

しかしビリー部(去年うちでも流行ってそんなものが存在した)では、一番まともな動きをしていたDr.である。やはり医者には体力が必要だ。

わし「ダメじゃん。血液データは大丈夫なの?」

Dr.「空腹時血糖はちょっとヤバかった」

わし「HbA1cは?(過去30-45日の平均血糖値を反映)」

Dr.「そこまでやられてないよ」

Aドクターは消化器内科医、さすが専門分野である。

わし「あたしもラボデータは問題はないんだけど、側頭葉が心配」

Dr.「何で?」

わし「バカみたいに飲むんだよね・・・ウェルニッケ脳症が怖い」

先週の一日平均酒量は相方と二人でワイン1本、ビール350ml1本である。
酒ビン捨てながら嫌になった。ひとしきりウェルニッケ脳症話で盛り上がる。

わし「でも肝臓の数値は一度も問題出たことないよ」

Dr.「(きっぱり)肝臓の数値は問題出た時点でもう赤信号だから!」

うん。沈黙の臓器だけに一発レッド、退場なのだ。

Dr.「まず、肝臓やられたらほとんど糖尿。」

わし「糖代謝やられるもんね・・・」

Dr.「すい臓(酒に弱い臓器)もやられてたら漏れなくDM(糖尿)。」

心臓もだが、特に肝臓は一度やっちまうと検査数値が正常範囲になったといっても臓器が元に戻った訳ではないので注意が必要だ。あくまで気をつけているから数値が治まっているだけ。

そんなあたちの今年のお願いは「糖尿病運動療養士に受かること」なの。

土曜日と日曜日は兵庫に研修に行きました。

最寄駅には宿らしきものがなく、梅田に宿を取るのは遠いのがわかっていたので尼崎に宿を取ろうと思いました。ところが3人分の部屋はありませんでした。仕方がないので、隣の塚本駅に宿をとりました。

隣だったはずでした。

ところが、阪神の尼崎とJRの尼崎って直線距離で1800Mはなれているのよ。
京王片倉とJR片倉だってそんなに離れていないぞ。
そんなん同じ名前つけないでくれよまったくもう。

結論としては無知は恐ろしい、ということだ。

研修の内容は一言で言えば「心疾患に運動療法は有効」ということだ。以上。

世の中並みに4連休を頂いています。多分最後の。(←来年は異動希望を出すので)

あと2日も休みがあるなんてしみぢみ嬉しい、という訳で加納朋子の「てるてるあした」(ちょっと泣いた)と梨木香歩の「西の魔女が死んだ」読破。そのほかにウェブで漫画をちょろちょろと。

なんてやっていたら春の天皇賞を打ちっぱぐれた。信じられない(愕然)
血尿も出ているし、壊れているな>わし。みかんの消化器も壊れたまま(多分加齢現象でもう戻らない)なので仕方がないのかもしれないが。

打たないの?>わし

やばいな。

そんなこんなだが研修予定は5月に東京で1日、6月は兵庫で2日、7月は北海道3日、東京2日、8月は東京1日がもう確定。ほとんどが自費。そして冬には某循環器のメッカで心リハ実習をするだろうな。(たぶん今度は出た途端に気づくよ)

昨年よかすげえ勢いのような気がするんですが大丈夫なんでしょうか。
岩をも砕くってか自分が砕けるよりもババキュアシューティングスターなのだがもうそれはいいや。今年は心不全はもう勘弁して欲しいな。だって既に血尿が出て腎臓が痛いし(マジで)

昔、某証券会社で働いていた時に、同じビルにいたテレビ局のおねいさんが、若い男の子に「血尿が出るまで働いて1人前よっ!」とエレベーターの中で説教をたれていた。そんなんだったらわしだって既に6人前ぐらいだ。この仕事に入ってからだって2人前だよな、と思う今日この頃である。

筍がうまい。

最近みかんせいじんの体調が悪くて、メシの量が激減。
しかし、奴が食えない分、外食の注文の量は減ったといえどもわしの取り分はむしろ増えているかもしれん。ただし無理食いをさせられなくなった。みかんは食ったそばから次のメシの心配をする奴であるが、結婚前のわしは1食、2食抜いても全く問題はなかったのだ。

そいう訳で、酒の取り分は増えているのだが、メシの質(油物がダメになっている=てことは奴がいためたところは胆嚢かもしれんな)と量の変化でわしの内臓脂肪も減っている、ぶらぼー。

そしてそして、なぜか「東京マラソンに出よう」という誘いが多いのでひそかにジムのメニューをエアロバイクからジョグ(まだランは無理・涙)に変えているのである。中学時代はへらへら笑いながら1キロ4分半で走って(全然早くないが)7年前は遅くなったよなー、と嘆きながら時速12キロで1時間走っていたのだが、今や時速9キロ10分でぜーぜーもんとは、、、歳月の流れは恐ろしいもんである。

自律神経の切り替えが遅くって、走り始めてすぐに交感神経優位にならないのよー。もう40もとっくに過ぎて更年期だろうからしょうがないけどな。

ちなみにトリビアの本を見直したら「初老」は40から だそうだ。60はわしらの現場から言えば若いとは言え、現象からすると間違いなく初老ではなく老人だと思うぞ?>Wikiよ。

ところで今週ご退院になった患者様(女性)と退院後の注意事項について話していたら

患者様「昔はこれ(酒)もよく飲んだけど、やめたのよ」

わし「そうなんですかー、いいことです。私は死ぬまでやめられそうにないんですが」

患者様「わたしもそう思ったのよ、でも旦那がやめると一人じゃ飲まないものよ」

わし「へえ、えらいなあ、私はいつか酒で死にそうです(←患者様に何を言うか)」

てなことがあった。わしもいつか酒をやめる日が来るのだろうか??

とりあえずはみかんに「LAZY」の説明をするために「赤頭巾ちゃんご用心」動画を拾ってきてなんかうら寂しい気分になった今日のわしである。ところが「みかん色の恋」(ずうとるび)はなかった。それよりも「こい」と打ったら「故意」が一番に出てきてびっくりした。まあ、わしの人生に「恋」なんてもう関係ないけどな。