実以のブログ -52ページ目

緩和ケア病棟で

11月中旬に緊急入院した母は一週間ほどで酸素や尿の管が要らなくなり、容体が落ち着いたので運び込まれたのとは別の病院の緩和ケア病棟に転院しました。3年半前に抗がん剤治療を中止した時に訪問医の勧めで入院手続き済だったのですが、保留になっていたのです。この病気にしては本当、母はよくがんばってくれました。ちなみに転院のための寝台のタクシー代が7000円!?

 

緩和ケア病棟は個室で、家族用のソファベッドもあるので83歳の父が会いに行った時もゆったりできます。それに母の好きなクラシック音楽もヘッドホンなしで楽しめました。最初に入った1日10000円ほどの差額ベッドの部屋にはブルーレイプレイヤーがあったので最近、BSで録画した音楽番組を再生しました。数日後に移った無料の部屋の備えつけはDVDプレイヤーだったので、かなり以前に録画したオペラのDVDやバッハやモーツァルト、ショパンなどのCDを家から持って行きました。

 

これは病室に飾ったブーケです。濃いピンクのバラは買った時はつぼんでいたのですが

きれいに開いてくれました。マメ科と思われる白い花もかわいく、母と一緒に春にみた

藤の花を思い出しました。スイトピーの一種かしら?


 

緩和ケア病棟のボランティアの方からコーヒーのサービス。ちょうど私の大好きなワイルドストロベリーのカップで頂けてラッキー。

緩和ケア病棟の先生の診断では肺はまだかなり機能しているので、2週間ほどで退院できるとのことでした。少しずつリハビリもしてもらい、状態のよい日には車いすに移乗して病棟のラウンジに連れていき、生け花やクリスマスの飾りを見せてやりました。母はツリーの鐘にぶら下がった小さなサンタを「かわいい!」と言っていました。

 

食事の時間に居合わせた時はおかゆやスープ、とろみをつけたみかんジュースなどを

スプーンで口に入れてやりました。食欲は回復せず、少ししか食べてくれません。盟バランスなどの介護用の飲料を吸い飲みにいれて、話をしたり、音楽をきかせたりしながらだまし、だまし?飲ませました。それから健康食品の店で買ったマヌカハニーのタブレットもなめさせました。これは口に入れるだけで溶けてゆくので楽だったようです。

 

 

 

松本清張『或る「小倉日記」伝』』より『笛壺』

前回のブログに書きましたように母が緊急入院しました。数日後に危篤状態は脱して緩和ケアの病院に移りましたが、仕事も忙しい時期に入り、図書館に行って読みたい本をさがす時間も気力もありません。こういう時に平常心を取り戻させてくれるのは読みなれた本。新潮文庫の『或る「小倉日記」伝』を何となく持ち歩いております。これに入っている短編の一つ『笛壺』の冒頭の武蔵野の夜の描写が大好きで読むと気持ちが落ち着いてきます。

 

 

 

    おれは長いこと座敷にすわって真っ暗い外を見ていた。ときどき、風が高い梢を騒がしてわたる気配があるが、おれの顔には冷たい空気が動かずにいる。いずれ夜が更ければ、木立の奥には梟が啼くに違いない。おれは以前から、自分の死にぎわにはこういう寂しい風景が必ず眼の前に在るだろうと漠然と考えていた。

 

おそらくは調布の深大寺がモデルと思われる寺を

訪れ、白鳳仏を鑑賞した後、粗末なそば屋兼宿屋に

泊まり、人生を顧みる主人公。

 

 

九州で中学の教師をしていた畑岡は帝大教授淵島に資質を見出され、東大史料編纂所に入ります。しかしその恩人の淵島教授が研究よりも結婚の仲人や学界の対立を調停したりすることで地位を得ていることに気づきます。そして淵島のようになるまいと延喜式の研究に打ち込みます。淵島の紹介で結婚した妻が自分の心を奪うような女ではなく、自分の仕事にも興味を示さず、出かける時も行く先も訊かないのをむしろ都合がいいと思うのでした。

 

  おれが有名になりかかると収入もふえてきた。

  先生のお声がかりで大学に講師として出講する

  ことにもなった。それらの収入はみな妻の志摩子

  にそのまま与えた。(筆者感想―主人公は志摩子

  夫人にとってはいい旦那様かも?愛情が通わない

  のさえ我慢できれば?)おれは酒も飲まず、道楽

  もなかったから小遣いのほか、たいした金は要ら

  なかった。(またまた筆者感想―本屋にとって

  はとってもいいお客様)

 

苦節二十数年の末、延喜式の論文を発表し、恩賜賞を受け、宮中に招かれた「おれ」。しかし栄達の道を歩むことはありません。教えを乞いに来た女教師貞代とぬきさしならない関係になっていた主人公は彼女と同棲し、築き上げた地位も家庭も捨ててしまうのです。

 

この貞代についても熱烈な恋に落ちたというよりも彼女の個性の強さに巻き込まれ、

その愛人である滝口との妙に張り合うような気持ちから深みにはまってしまったのです。粗末な宿の部屋で「おれは貞代が好きなのではない」と思う主人公。しかし家史編纂の

仕事をしていた侯爵家から夕方帰る自分を門前にたっていた貞代を一途な女と感じたこと

―今ならストーカー風?―初めて彼女の部屋に行った時、いつもより濃い化粧をして派手な着物が白い割烹着からのぞいていたことなどを憶えています。小説の題となっている

「笛壺」は貞代と一緒に博物館で見た土器につけられた名前です。

 

美人ではないけれど頭が良く、それだけにプライドが高い貞代。ある勤め先の学校の教頭滝口との不倫関係に展望がないと感じていた彼女。滝口と比べると東大史料編纂所や侯爵家で働く上代文化の研究者である畑岡には強い魅力を感じたのでしょう。でもついに妻子を捨てさせ、わがものとした後に待っていたのは畑岡の過去の業績によって何とか手にいれてくる著述の収入でやっと暮らす日々。

 

初めて読んだ頃にはただ女性で身をあやまった学者のお話と思っただけでしたが、この主人公がすべてを失ったと推定される年齢―69歳で自分の恩賜賞受賞の本が10年前のものと言っていることから60歳前?に近づいてきた今、学問の世界の不条理、男女の仲の不可思議などより深く味わえるようになった短編です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母緊急入院 11月の朝顔、シルバーのバラ

2014年に大腸がんの手術を受け、20156月までで抗がん剤治療を中止し、在宅医療を

受けていた母。11月初めに家で転倒。その後、立てなくなりました。立てなくなったのは

転んでけがをしたのではなくて、がんが悪化したからでした。在宅医に点滴をしてもらって一時的に起きられるようになったのですが、数日後に嘔吐と激しい下痢、それがおさまった後は急速に食欲も落ちてしまいました。

 

秋に余命3ヶ月から6か月と言われていたのですが、なんとなく年内は大丈夫と思い、

私は11月中旬に友人と温泉旅行の予定を入れていたのですが急きょキャンセル。

 

ほんの2週間ほど前まで、あちらこちらにつかまりながらも自分のベッドからダイニングの椅子、そしてトイレまでは歩いていたのに…そして車椅子で散歩し、近所の神社にお参りし、秋晴れを楽しんでいたのに。

 

前回まで連れていっていた高島屋のばら展に行くのはもう無理そうなのでこの秋は

バラを母に買ってやるよう心掛けていました。これは黄色いバラとなでしこ。母がダイニングのテーブルで楽しんだ最後の花になるかも?


 

その次に買ったのがこの淡い紫のバラ。花屋さんの値札には「シルバー」と書かれていました。一本70円だったのがお財布にうれしい? 買った時にはつぼみでしたが母のベッドから見える棚に置いているうちに開いてきました。

 

食欲がなくなった母に何とか元気になってほしくて、この2週間いろいろ買ってみました。これは母がわりとおいしいと言ってくれたコンビニのロールケーキ。それから栗かぼちゃの即席スープとバナナは少しは食べてくれました。

夏が終わり、すっかり枯れた感じになっていた青い朝顔がなぜか今頃花を咲かせました。それもこんなにみずみずしい花で母も私もはげまされました。

 

在宅医に「酸素の濃度が落ちている」と診断され、11月21日に緊急入院しました。

このピンク色の菊―1本108円でこのボリューム―ひょっとすると母が家で楽しんだ

最後の花になるかもしれません。


 

入院した日、胸に点滴、鼻に酸素の管を入れた母がつながれたモニターはしょっちゅうピーピーとなっていて不安でした。24日に見舞った時は酸素は抜いてあっていくらか

落ち着いた様子でした。でもお医者様の話では肺の働きが落ちていて、もう看取りの段階とのことです。心をしっかりもたなくては。

 

 

 

 

 

秋の楽しみ―ウルトラショップと産直市

母のおしりの始末(笑)やら散歩やら、買い物やら自分の通院やらで週末もつぶれてしまい、今はまとまったレクレーションの時間はとれません。

そんな中でも小さな喜び、楽しみを見つけることにしています。

 

10月中旬、帰りの電車がしばらく止まった時、東京駅で降りて久しぶりにキャラクターストリートに行きました。特別好きなキャラクターとか買いたいものもないのですが、ぶらつくと面白いのです。

 

ウルトラマンショップの店先では『ウルトラマン』第28話に登場する三面怪人ダダがハロウィンの旗やカボチャを持たされておりました

 

 

なぜハロウィーンにダダなのか? もしかすると地球人にとって仮装をやりやすい星人だからではないでしょうか。 あの大きな頭をボール紙?でつくって

白と黒にぬり、オレンジ色の目と口をつけて、ダダ模様のTシャツを着ればそのまま、渋谷に行けそうな。手は黒手袋をしているだけですし。これがバルタン星人となると頭を作るのも難しそうなら、ハサミ状の手もつけないと様になりません。

 

これも10月後半のこと、上野駅で開催された新潟と庄内の産直市に行きました。以前に春日山に行った時、お目にかかったことのある上杉景勝公と女足軽のつばめさんにごあいさつして写真を撮らせていただきました

 

 

これが産直市の戦利品?です。母に食べさせる梨にみそ、梅干しにふきみそ。日常的に使えるものが買えてラッキーでした。

 

ふきみそを買ったと父に話しますと「おばあちゃんがよくふきみそを作ってくれたっけ」といいました。おばあちゃんとは二十数年前に亡くなった父の母です。その頃は庭にふきのとうが生える家に住んでいました。私は祖母によく似ていると言われます。変わった本が好きで歴史が好きで、わがままなところが(笑)。

新編 坪田譲治童話集 新潮文庫1979年

秋になったら落ち着いて読書も長編をじっくりとなどとブログに書いてはみたものの、疲れていると食欲がなくなるように、日ごろ好きな読書もどうもボリュームがあるものには手が出せず、童話ならいいかなと思ったのですが…。

 

この小さな本に33編、そんなに読めるかなあと思いつつ、読み終えてしまいました。でも童話と申しましても、なんと申しましょうか、ヘビィな展開のものが目立ちます。

 

おそらく発表された年代順なのでしょうが、冒頭の2編、『正太樹をめぐる』『枝にかかった金輪』は読み終えた後、これ童話なの?って感じ。主人公正太少年は太い松の樹の周りぐるぐる回っている。樹のところから見える自分の家がクルリと回るたびに見えたり隠れたりするのが面白い…そう子供の頃ってそういう他愛もないことが面白くてたまらないのですよね。ですがこの正太くん、庭の椎の木から落ちて亡くなっているのです。結末で正太のお母さんはもういないはずの子供が樹の周りを回る姿を見たり、金輪をまわす音を聞いたり。とにかく正太くん、お母さんが大好きで家事をしているお母さんに自分の方を向いてほしくて、人形に乱暴してみたり、かくれんぼしてみたりしているうちに高い樹に登ってしまったのです。何だかこの母恋しさというのか、親の気をひきたい気持ち、自分の幼い頃にもありました。

 

『小川の葦』は昔話風の語り口。おじいさんの大切な葦を遊びに使ってしまった少年。「元通り刈って来い」と叱られて葦を探しに行って水死します。『金の梅、銀の梅』は子供の病死を子供の目線で描いています。

 

そういえば…小学校高学年ぐらいの時、母にこの著者の『善太と三平』のお話を読むことを勧められて、図書館で借りたところ、兄の善太が亡くなってしまう結末にショックを受けました。母に話すと、母も「えっそんな話だったっけ」と言っていました。今回読んだ本にも善太と三平のものが入っています。

 

ただこうした子供の死を描いた童話を子供に読ませておくことも必要なのかもしれません。人生には思わぬことが起こるということ、自分に万一のことがあれば自分の母も正太の母のようになってしまうのだと学ばせておくために。

 

『異人屋敷』という話に登場する女の異人はカトリックの修道女。修道院で飼っている犬を異人の年よりが魔法で?犬にされたにちがいないと思ったり、写真を撮る機械を布をかぶって使うのを越後獅子のようだと思ったり、幼い子供の眼からみた異文化が語られます。そしてこの修道院、火事で廃墟になります。『どろぼう』は善太のひいおじいさんが米を盗まれる話です。

 

『笛』では善太少年が呼子笛に夢中になり、問題行動。子供が何かにのめり込む姿をありのままに描き出しています。とにかく人恋しさ、学校のつらさ、物欲に恐怖、虚栄、子供の意識の捉え方がぞっとするくらいリアルです。

 

『ひるの夢よるの夢』は戦災孤児の少年が家族揃って食卓を囲んでいた日や学校で勉強していた日を夢に見ます。いい夢のこともありますが、一緒に釣りをしていた友達に「お前浮浪児だろう」と言われてしまったり、お母さんがガケシタにいるから「トビ降りるんだな」と言われたり…自殺願望?著者は実際にこういう身の上の少年の話を聴いてこの作品を書いたのでしょうか。

 

童話というか子供向けにしてはあまりにテーマが重くて深くて、一つのお話だけでブログを一つ書くべきなのではないかと思ってしまいます。まあ童話というのはあくまでも語りの形式、子供だけがターゲットではないのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

81歳の誕生日 秋色アジサイ、ツツジの狂い咲き

10月末、母が81歳の誕生日を迎えることができました。母の好きな黄色いバラの入ったブーケをプレゼント。バラはしおれた後、花びらを乾かして

小さなお守り袋に入れてやろうと思っています。

 

 

 

数年前まで家族の誕生祝いにはレストランに行っていたのですが、最近は母のたべる量が少なくなっていて外食は無理。誕生日に一番近い日曜日のランチには近所のファミレスにカットステーキの入ったプレートを注文。我が家ではめったにないぜいたくです。

これはどちらかというと母より弟と私が食べたかったのですが(笑)。

 

今年は夏の暑さ、秋の台風など気候が異常なせいか、木々がきれいに色づいていないのが気になります。去年の秋、母と楽しんだ近所の神社と公園のケヤキも黄色くならず、緑のままくすんでいる感じ。その代わりといってはなんですが、これも気候が異常なせいか、ツツジが狂い咲しています。母が来年ツツジが咲くころまで元気かどうかわからないので、ちょっとうれしいです。

これは母が散歩のたびに「かわいい」という小さな柘植の木。通り沿いの駐車場の入口にあります。まるく刈り込まれているのがまるで帽子でもかぶっているようで、夜になると小人になって動き出しそう?

 

 

近所の公園で夏に咲いたアジサイの花房がそのまま赤くなっているのも母は喜んで眺めています。

母がもう一度、紫やピンクに咲いたアジサイを見ることができますように。

 

 

 

平岩弓枝 ハサウェイ殺人事件 集英社文庫 1982年

平岩弓枝の名は子供の頃、祖母が視ていたホームドラマの脚本家としておぼえました。その頃は脚本家というのがどういう仕事なのかも知りませんでしたが。

 

以前に『御宿かわせみシリーズ』のどれかを読んだ記憶があるのですが、主人公カップルの人格がいかにもテレビドラマの主役風に理想化されていて、また彼らの情愛の描写がねちっこくて個人的には好きになれませんでした。テレビドラマで有名な人の作だからいたしかたないかとも思いますが。

 

この著者の現代ものを読むのは初めてかもしれません。現代ものと申しましても昭和30~40年代に書かれたものなので時代を感じさせるところがあります。

 

 

六編の短編がおさめられていますが表題作はハサウェイという人が殺されるのではなく、

ハサウェイというデザイナーのファッションショーでタキシードの似合うイケメンモデルが楽屋で配られた麦湯の青酸カリで死にます。ファッションショーの世界などまるきり知りませんが21世紀に入ってからはどこの業界でもあまり麦湯を配ったりしないでしょう。飲み物はたいていペットボトルで各自用意。

 

裏切った男への復讐、世間に知られたくない過去、一人の男をめぐる姉妹の確執―モデルと見まごう美人刑事、タレントとしても活躍する染色家、清純派スターと助監督の情事、女にだらしない病院長―表題作と『夏の翳』『オレンジ色の口紅』『右手』は筋立ても登場人物もテレビドラマ風。これもそういうドラマを制作する側の人の作だからなのでしょう。

 

この本の中で私が好きなのは『石垣が崩れた』。売れっ子作詞家と流行歌手の夫婦が軽井沢の別荘でガス漏れ事故で爆死。その死の背景には太平洋戦争中の東京で子供の身に起きた悲劇が浮かんできます。

 

『青い幸福』は戦争未亡人である姑と才女タイプで主張の強い嫁との確執がついに犯罪に? 姑が大切に育てていた草花を嫁が「雑草」と言ってのけたり、留守中に若夫婦が勝手に引っ越して別居してしまったり…こうした家庭に起きる雑事を通じて嫁姑の価値観、意識のへだたりを描き出すのはさすがにホームドラマの名手。昭和48年に書かれたとのこと。21世紀の今ならこの嫁のような女性は最初から旦那の親とは同居しないでしょうね。

 

ワレモコウ、トルコギキョウ

数年前に誕生日に買ったワレモコウをドライフラワーにしたお話をブログに

書きました。大したことはないのになぜか私のブログの中では妙にアクセス

数が多いのです。 ワレモコウは女優の星光子さんが好きだと言っている

花だからでしょうか。IMG_20181014_164005887.jpg

 

昨年の誕生日はヒースを買いましたが、今年はまたワレモコウと白いリンドウ

を買ってみました。誕生日は今月ではなく、先月です。 そう私は異次元人

ヤプールから不採用通知をもらった乙女座の精。(このギャグの

『ウルトラマンA』に詳しい人しか理解してもらえませんが)

 

母はガンをわずらう前の60代のころ、通信教育で絵を学んでいました。

そのころ描いたトルコギキョウの水彩を喜んで眺めていたので、

先日ピンクのトルコギキョウを買ってみました。 母が描いたのは白に

紫の縁取りのトルコギキョウでしたけど。

いつも見ても繊細で優雅な花です。

 

頭が重すぎて折れてしまったつぼみが二つ。シャンパングラスに入れて

切り花長持ちの水を入れておいたらだんだん開いてきました。何だか

アイスクリームのようです。

 

もうすぐ母の誕生日、バラか菊かドライフラワーに向いた花をプレゼントする

つもりです。以前のワレモコウのブログにも書きましたが手元にある白魔術の本によれば、誕生日にもらうか買うかした花をドライフラワーにして

保存しておくとその後1年間のお守りになるそうです。

松本清張 『菊枕』(新潮文庫 傑作短編集1『或る「小倉日記」伝』

近所の花屋で小菊とダイアンサスを買いました。秋らしい風情、しかもこれで

350円。どちらもたくさん枝分かれして咲いていますので一本ずつでも

なかなかのボリュームなのです。

 

菊を花ばさみを切った時の匂いをかぐとなぜか元気が出てくるような

気がしました。そういえば菊の花には薬効があるというのでお茶にしたり

食用にしたりしますね。そんなことを考えていて読みたくなったのが

『菊枕』。この短編が入っている写真の本を引っ張りだしました。 精神が不調な時、なぜか拾い読みしたくなる本です。

舞台に立てそうなほどの美貌を持ちながら九州の中学校の美術教師の

妻になってしまったヒロインぬい。野心のない夫との暮らしに満足できず、

ヒステリックになっていた彼女は俳句を始めて才能を発揮します。当代随一の俳人宮萩栴堂が主宰する有名俳句誌『コスモス』に入選するようになったぬい。栴堂を太陽のように慕うぬいがその長寿を願って作るのが菊の花をつめた枕。

 

俳句に打ち込むあまり、家事や子育ては夫まかせ。あまりに自負心の強すぎる彼女のふるまいは俳人仲間、特に同性に好かれません。「自分より地位の高いもの、才藻の豊かなもの、権勢のあるもの、学歴のあ るものをはなはだしく悪んだ(にくんだ)」評されます。

 

必死に作った菊枕を夫に無理に旅費を出させて栴堂に渡しに行くぬい。でも

感謝もされず、さらに栴堂に無理に近づこうとするぬいの言動は他の門人たちに危険視されてしまいます。

 

彼女は自分が思うように成功しないのは貧しい田舎教師の妻だからだと思い込み、そのコンプレックスから自分の弟子にも攻撃的になります。俳句を作るために一人、髪を振り乱して山の中を歩きまわったり…精神に異常をきたした彼女はやがて俳句も振るわなくなります。栴堂への崇拝は変わらず手紙を

書き続けますが師の関心は得られません。外遊の途中、門司に立ち寄った

栴堂を追いかけようとした彼女の狂気―ついに精神病院に収容。

 

病院に来た夫の圭助にぬいはしぼんだ朝顔の花をつめた袋を

渡します。「あなたに菊枕を作っておきました」と。

 

  圭助は涙が出た。狂ってはじめて自分の胸にかえったのかと思った。

 

と結ばれるこの小説。ヒロインのモデルは俳人の杉田久女で彼女に冷たかった栴堂のモデルは高浜虚子なのだそうです。久女の立場からみると

いささかひどすぎる小説とも言われています。そういう問題はさておいて

あくまで小説として味わってみると不思議なことに読後感がいいのです。

 

ぬいの中央俳壇、それを象徴する存在である栴堂へのあこがれ、一方で

感じる劣等感、焦燥が中部地方の山沿いに生まれそだった私には身に覚えのあるものだからかもしれません。私にはぬいのような美貌も才能もありませんがね。

 

それから結末に涙を流す旦那様がいい人だから。「俳句の鬼」嫁に振り回されつづけたように見える結婚生活も必ずしも不幸でなかったのかな

と思うのです。 

 

この短編集には表題作の他、『笛壺』、『石の骨』などハッピーエンドではないのになぜか繰り返し読んでしまう作品が入っています。機会があれば

それらの感想もブログに書きたいと思います。

 

杉田久女の俳句もちゃんと読んでみるべきかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒイラギモクセイ、ハナミズキの実(誤食)

体育の日の三連休はすべての日、母を車椅子に乗せて散歩へ連れていきました。

 

公園では先日、ブログに書いたキンモクセイが盛りを過ぎて代わりにヒイラギモクセイが白い小さな花を咲かせていました。上の写真がまだつぼみだった107日で下の写真がその翌日です。1013日の朝にもまだ少々花が残っていました。

ランタナは昨年秋はもっとたくさん花が咲いていたと記憶しているのですが、今年は夏の異常な暑さのためか、株がずっと小さくなってしまっています。

そういえばこの秋は木々のようすもちょっと変。家の近くにあるトチやハナミズキの葉がほとんど落ちてしまっています。昨年は10月前半にこんな風になっていたかしら?近所の神社にお参りするたびに境内にあるケヤキの大木に触れてパワーをもらうのですが

ケヤキの葉も何だか緑色のまま、端が黒く変色しているような?―きれいな紅葉が見られるかしら?

 

 

家のベランダの朝顔はもうほとんど枯れているのに公園の朝顔はまだ花盛り。去年もかなり寒くなるまで咲いていました。どうやらベランダのものとは品種がちがい、宿根朝顔ですね。おそらく琉球朝顔とよばれるものでしょう。そう思ってみると花の色が家のものより派手で熱帯風な感じがします。母は喜んで見ていますが、公園管理では雑草扱いされていて刈り込まれたこともあります。それでもしぶとくつるを伸ばしています。生き残っているようです。

ハナミズキの実を拾ってかえり、6粒ほど折り紙で作った三宝にいれておいたところ、ふとみるとなくなっていました。母にきいたら「食べちゃった」とのこと。ハナミズキの実は有毒だというのでよほど♯7119に電話しようかと思いました。でも考えてみるとあの木に来る鳥は食べてるみたいだし…ともあれ、あれから一週間たちましたが母に異常はありません。ネットで調べてみると食べてみた人の話ではすごく苦いとか。それから葉や実には毒性があって、触れると皮膚炎をおこすかも? 今まで知らずに赤く色づいたハナミズキの葉や実を素手で拾ってきて仕事でディスプレイに使ったりしてました(笑)。