実以のブログ -50ページ目

七夕のお願いごとは何? すてきな時間を



星流れ星七夕のお願いごとは何?ニコニコキラキラ

#七夕2019をつけてブログを書くと!?
あなたのブログに何かが起こる!

詳細を見る右矢印

 

6月、ひょんなことから農園の蔵を改造したホールのパーティーで

歌いました。曲目はプッチーニの『私のお父さん』(中国語版)

会場のそばではホタルブクロが美しく咲いていました。

立食パーティのお料理もとてもおしゃれ。で花いっぱい。

添えてある花はすべて食べられるものばかり。

こんな風に生きる喜びを感じる時間をもっと増やせますように

七夕のお願いの一つです。

岡本綺堂 半七捕物帳(六)(光文社文庫1986)より『二人女房』―時代劇と原作

先日、体調が悪くて休みをとった日に79年に放送された時代劇『半七捕物帳』の『二人女房』というエピソードを視ました。『半七捕物帳』は光文社時代小説文庫の全六巻を持っていますので原作がどのように映像化されているのかなと思い、本棚から出して読んでみました


ドラマのあらすじ―府中のくらやみ祭りを見物に来た裕福な商家の奥様お八重とそのお供の丁稚孫太郎。とても大勢の見物客が集まっている大きな座敷で祭りが始まるのを待ちます。夜の祭礼の間、町中の灯りを消して真っ暗にするのでくらやみ祭り。しかし祭礼が終わって灯りがついた時お八重の姿は消えていました。実はしん吉という太鼓持ちの男に迷っての家出。店から金も持ち出していました。しかししん吉は悪い男。別の商家の妻お大と密通。お八重が来てじゃまになったお大はしん吉によってお八重の丁稚孫太郎と心中にみせかけて殺されます。そのしん吉も博奕関係の悪の一味によって殺され、八王子の飯盛女に売られたお八重は心身の傷の深さで記憶喪失になるとういう悲しい結末。

 

 

原作の方はタイトルの二人の女房、お八重、お大そしてお八重に仕える丁稚の名が孫太郎と主要登場人物の名前と府中のくらやみ祭りが事件にからむところが共通しているだけで全然ちがうお話になっているのにびっくり。

 

そもそも半七とその子分が嘉永2年、小金井の桜を見に出かけたついで府中に六所明神に参る途中でお三という少女と出会い、宿でお三の父、友蔵が悪い奴だと知るところから始まります。友蔵は女郎に売った娘お国とお国を愛して身請けしようとしていた呉服屋の養子清七から金を巻き上げ、二人を心中させてしまったらしいというのです。

 

友蔵を尋ね、和泉屋を覗き「他にも何か仔細があるかな」と考える半七。5月に入り、酒屋伊豆屋の番頭が相談に来ます。府中の暗闇祭りに一家で出かけた夜、女将のお八重が失踪したというのです。同じ夜、江戸の和泉屋の女将お大もいなくなりました。

 

和泉屋の奉公人幾次郎は本来なら店の跡取りになることを期待していたのに清七が来たためにかなわず、それをうらんで清七を遊郭にさそって堕落させようとしたのです。さらに主人より15ほども若いお大とも密通。お大から駆け落ちを迫られたので自分も後から行くようなことを言ってお大を府中の友蔵の元に送ったのでした。

 

 

 

 

ドラマのお八重は純日本風美人女優の長内美那子さんが演じ、ヒロイン風の「きれいなおかみさん」です。しん吉と落ちあった村はずれの粗末な小屋から「私を探さないで下さい。こうして店を出ることにはなりましたが幸せでございました」というしおらしげな手紙を夫へ送ります。店の金を80両も持ちだしておいて「幸せでございました」といってもと思うのですが、名前も忘れた狂女となり、笑みを浮かべて客引きをする姿も哀切な美しさ。

 

原作のお八重は半七の語るところによれば「大きい子供の三人もありながら、派手づくりで出歩くような女ですから、どうで碌な事はしていまい」―著者はこういうタイプの女性に好感を持っていなかったようで―昔の人はみんなそう?

 

またドラマではお八重としん吉が茶屋の一室で共寝しているところにお大が飛び込んで大ゲンカ。でもしん吉が消えたあと二人の女房がなぜか打ち解けて語り合うシーンもあります。でも原作の二人女房の密通相手は別々で彼女らが会う場面などありません。このあたりドラマはわかりやすいように編集されていますね。

 

『半七捕物帳』はいわゆる捕物帳の元祖ですが、後の世に書かれた推理小説の類と比べるとミステリーと

しては完成度が低いとも評されています。このお話でも売れない噺家しん吉の母が甲州方面に行っている息子が血まみれになっている夢を見たと騒ぎだすことから事件が解決に向かったりして何だか不思議な展開。">しかし『半七捕物帳』は語りのスタイルが魅力的。明治になってから半七老人が若い記者に現役時代の事件を話すのです。読むたびに半七老人の居心地のよい家におじゃましている気分になり癒されます。二人女房の物語も記者が小金井に花見へ行く計画を話したことから半七が思い出すのです。

 

二人の女房のうち一人は男に金を持ち逃げされて自殺、もう一人は死罪。彼女らの恋人たちも友蔵も死罪。半七老人は「今日(明治)の刑法では誰も重い罪にはならない筈ですが、昔はみんな重罪です」と言います。彼らの誰一人自らの手で殺人などは犯していないのですが、主家乗っ取りを企むこと、大金を盗むこと、そして不義密通が死に値する罪だった時代に生きたことを語る半七老人は価値観、倫理観の変化を若者に伝えています。

 

79年のドラマは老人の懐古談の場面などはなく、

『銭形平次』などと同じような普通の時代劇。

『半七』は幾度か映像化されているようですが

明治から江戸をふりかえるという独特のスタイルを生かしたものは制作されたことはあるのでしょうか。

七夕のお願いごとは何?



星流れ星七夕のお願いごとは何?ニコニコキラキラ

#七夕2019をつけてブログを書くと!?
あなたのブログに何かが起こる!

詳細を見る右矢印

去年、母に先立たれた父(80代)がなるべく病気せずに楽しく、

これからの人生を過ごせますように。

 

それから―私が今の仕事が定年になってもやっていける

道を見つけられますように。

 

最近ちょっと疲れ気味の弟(40代)も元気で明るい気分に

なり、夢―自分の好きな地方で家を持ちたいらしい―を

かなえられますように。

レジャー?な 納骨

5月中旬、母の納骨のため一家で長野へ行きました。

 

何が大変って―足腰の痛みを訴え、直前まで「オレ、行けるかなあ」と言う父を連れて行かざるを得なかったのが大変で…。ちょうど父と弟のツインルームが喫煙可能な部屋だったのを幸い、家からカンタン灸を持っていって宿で手当てしてやったり。

 

老人の体力を考え、往復は新幹線、ホテルも墓に一番近いところ―長野駅周辺のように選ぶ余地がない上に2泊とずいぶんお金もかかりました。骨箱と寺に納める位牌を運ぶためにジッパーで拡張できるキャリーケースも買いました。まあこれはスーツケースが古いものしかないのでこの機会に新調したのですが。

 

しかも法要開始予定時刻が午後3時半、住職が他の仕事を済ませてから来るとのことでもしも車の渋滞などなどがあったりして墓に納骨する時間がおそくなってしまい、暗くなったりしたら―ひょっとしてクマが出るとか……

法要の前に70年代に大学生グループがクマに

襲われた事件の番組を視たばかりだったので

ちょっと怖かった…。

 

これは菩提寺のある街で食べたランチ。鹿肉のジビエカレー(こういう時は精進料理にすべき?)

 

 

 

 

こちらは納骨に参列してくださった菩提寺の近所の若いご夫婦―うちの宗派では仏事に参加する時はこういう服装…

 

なわけではなく、上田おもてなし武将隊の穴山小助さんと猿飛由炎佐助さんです。実際の参列者はこのお二人より半世紀ほど年かさの方々ばかりで時間も妙な時間でしたので法要後の会食はせず、後日カタログギフトを贈ることにしました。

 

そして読経をしてくださったハンサムな和尚さん。うちの田舎ではお坊さんは皆こういうかっこうで読経する…

 

はずはもちろんなく、上田おもてなし武将隊の真田幸村様です。

 

特別企画のかがり火風のフラワーアレンジメントもすてきでした。

 

 

そして上田の街角に咲いていたアイリスとスズラン。


 

上田の隣町にある菩提寺近くに咲いていた矢車草。ピンクの矢車草はどういうものか今私が暮らしているところではあまり見かけないのです。この街で暮らしていた子供の頃、母と一緒に見たのを憶えています。母も矢車草は好きでした。

それから菩提寺近くの線路沿いに咲くクサフジ。これも関東ではあまり見ないので。


 

疲れはしましたが父が転ぶ、熊が出るなど恐れていたことは起こらず、無事納骨できました。その翌日、初めて家族で上田城を訪れたのです。父は歩くのをいやがるので車椅子をレンタルしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女架刑―吉村昭自選初期短編集Ⅰ 2018年 中公文庫

5月半ばに母の納骨があります。GWは母の遺品等などの整理に追われました。

 

落ち着かない気分です。こういう時には読書もなかなか長編に取り組む気にはならず、ついつい短編集などを手に取ります。しかしブックレビューを書くとなると短編集の中のお話を一つ一つ取り上げるとなるとまとまりがなくなりますので特に気になるものに絞って書くことにした方がいいようです。

 

死んだ少女の意識を描いているときいて読みたくなった表題作『少女架刑』。

 

題名から犯罪がらみかと思いましたがヒロインは刑死ではなく、急性肺炎。ただ父の賭博癖と内職しかできない母のために16歳でヌードチーム=ローラスケートを使うストリッパーグループで働き、熱っぽくても休みたいと言い出せぬまま、手遅れで命を落とした彼女は社会に処刑されてしまったとも言えるのかもしれません。この本に入っている『青い骨』という短編にも暖房設備の不完全なところでヌードモデルをしたが故に肺炎で死ぬ女性が出てきます。著者はこういう

恵まれない境涯にある女性の思いとそこに関わる人々の姿を表現するためにこの小説を書いたのでしょうか。

 

彼女の両親はお金ほしさのために娘の遺体を解剖用に提供。遺体は病院に運ばれます。

 

「不思議なことに私の眼は、四囲が棺にさえぎられさらにその上自動車の車体にさえぎられているのに、雨に濡れた細い路地の光景が、妙に明るく、丁度水を入れかえたばかりのガラス張りの魚漕の中を透し見るように瑞々しくすきとおってみえる」(引用)

 

遺体を運ぶ男たちが彼女のことを「親に食い物にされた」と話すと「働いたのは自発的なのに」と腹をたて、道すがらマントと王冠をつけて無理な微笑を浮かべたミス××のパレードに遭遇するとキャバレーで働いていた自分と思い出します。

 

「あの女は生きている故に華美な装いをこらしてオープンカーに立ち、自分は死んでいるという理由のために、節だらけの棺にシュミーズ一枚で横たわっている。それは当然のことにはちがいないが、その遇され方にあまりにも差異がありすぎるように思えてならなかった」(引用)

 

「素敵な体をしている」「素人じゃなさそうだ」などと言い、女としては触れられたくない部分に無遠慮に触れる病院の男たち。死後まもないしかも若い女性、つまり遺体としては貴重な彼女を「骨標本にしたいからこちらへよこせ」とねじ込んでくる老人の様子。内臓や脳が取り出されるとアルコール漬け。解剖教室では同性である女子学生に茶色くなった体を見られることに苦痛を感じるヒロイン。

 

 

骨も切断され、火葬場へ。ヒロインは自分を包む炎を華やかで美しいと思い、骨壺の中はぬくぬくとしてあたたかく感じます。でも母親は遺体提供の謝礼が少ないと不満で「寺へ持って行ってもお布施は安くない」と遺骨の受け取りを拒否。それでもヒロインは母を恨まず、無用の厄介物になった自分を情けなく思うのです。そして無縁仏用の納骨堂でようやく安らぎを感じるかと思えば、古い骨の崩れる音で夜はけっこう賑やか?

 

昨年末に亡くなった母の遺骨はまだ我が家にあります。5月中に納骨する予定ですが。先日、遠方にある墓地まで運ぶためにジッパーで容量をふやせるキャリーケースを買い、入れてみるために骨箱を動かした時、中の骨が動く音が結構生々しくてドキリとしました。生前、おむつを取り替えたり、着替えさせたりする時、私の介護があまりおしとやかでないせいで母が「痛っ」と声を上げていたのを思い出したのです。その時と同じように母が痛がっているような気分になりました。

 

私が今までに経験したお葬式、曾祖母に祖父に祖母に母、恩師など。彼らの遺体がもしこのお話のヒロインのように呼吸が止まった後も冴えわたる意識を持っていたらどんなふうに生きている者たちを見ていたのでしょう。

 

母は今、仏壇の上で戒名に不満を唱える父に「私、戒名なんかいらないんだけど」と

言っているかもしれません。納骨法要の供え物に「地元の和菓子屋のらくがんじゃつまらないかな? おかあさんレーズンが好きだったから、レーズン入りのフルーツケーキの日持ちのするのにしようか、それともフルーツゼリーにしようかな…ああでも高いなあ、供え物は安くてもいっぱいある方が様になるのかな」などと迷いつつ、PC検索する私をみて「見栄はらなくていいよ」とつぶやいているかも。

 

 

母がいなくても楽しむ春の花(桜以外)

GWは映画を一つ観ただけで特に出かけず、なんとなく母の遺品整理や

衣替えを兼ねたクローゼットや納戸の整理をしているうちに過ぎてしまいました。もっとブログなども書いて、何かを変えていくきっかけにしたかったのですが、うまくいかないものです。

 

全くこの家にはものが多すぎるなと思いつつ、いわゆる断捨離もなかなか

進まず…そんなこんなで疲れてしまったものか、今日5日は朝からめまいが

したのでごろごろしておりました。 

 

母がいなくてもついつい撮ってしまった春の花々の写真を見たら

少しは元気が出るかしら?

 

これは3月、つつじの根元に咲いていたミニラッパ水仙。

 

そしていつも母とお参りした神社近くで咲く口紅水仙。

 

母が元気だったころ、家族で行ったファミレスの駐車場に咲く白いボケ。

 

雑草の仲間なのにびっくりするほどきれいなカラスノエンドウ。

 

連休に入り、母とよく行っていた公園に行きました。藤の花が咲いていました。この藤棚の下に車椅子を止め、ベンチに座ってよく休憩しました。

 

この公園のシラン。

 

ツツジも

宝石のようなケヤキの若葉も去年と同じ。なのに母がいないのが不思議です。車椅子を押していた時は親孝行娘風?に見えていた私も、今は一人で

写真を撮っている変なおばさんですね。できれば父を散歩させたいのだけど。

 

特に落ち込んだり、さびしくてたまらなくなったりはしていないけれど

―つくづく家族というものの複雑さを感じています。

 

母のいない桜の季節

母がいなくなって初めての春。何か不思議です。

 

喜んでくれる母がいないのにやはり出先で花を見ると

写真をとってしまいます。

 

これは近所の公園のソメイヨシノ。

 

これもよく母と見上げた近所の桜。ソメイヨシノよりは白い花をまり状に

咲かせます。

 

これは道端の桜。車椅子の母の目線の近くに花をつけてくれるので

母はいつも喜んでいました。

 

 

これは毎年、写真を撮ってみせていた通勤途中の道の八重桜。

 

 

風の強い日、花のまま落ちている桃や桜を拾ってグラスに浮かべ、

仏壇に供えました。「きれいだね」という母の声が聞こえてきます。

 

今年の正月はお天気続きでした。そしてGWは10連休。

もし母がいたら毎日のように散歩に行けたでしょう。

あと半年、母の命が続いていたらよかったのに…ブツブツと

考えていると―

 

「欲を言えばきりがないよ」と心の中の母に笑われます。

 

梅と猫と水芭蕉、そしてくわの実サイダー

2日めは宿の前の遊歩道をたどって北向観音へ参詣、その後、前回友人と来た時に時間が取れずに行かれなかった常楽寺へ。梅の木の多いお寺でした。

 

 

またこれも関東で見損ねていた寒緋桜も見られました。


茅葺の本堂の花と楽器を描いた天井画をたっぷりと鑑賞。

 

見事な御舟の松。

 

重文の多宝塔。


多宝塔を見て降りてくる時、寺の裏側に水芭蕉が咲いているのに気づきました。有名な花ですが生で見るのは初めてです。

境内の沈丁花の香りにも癒されました。

 

またおもてなし?猫もいました。

 

人に馴れているようで「ニャーン」というとちゃんと「ニャーン」と返事をしてくれるのです。しばらく

猫とおしゃべり。地面にべったりと寝転んでリラックスポーズを取ったので「なでなでさせてくれるのかな」と思ったのですが、それはだめでした。

 

歩いていたらのどが渇いたので別所温泉駅で「くわの実サイダー」を買います。普段はあまり炭酸飲料は飲まないのですがこれは一度味わってみたかったので

す。

 

くわの実には眼精疲労によいアントシアニンや鉄分、カリウム、亜鉛などが含まれているそうです。気のせいか眼がしょぼしょぼしなくなった…かも。

 

そして最後はやはり上田城址公園の桜。

 

桜祭りでごったがえしていました。おもてなし武将隊も出陣していましたが、記念撮影は合言葉を叫ぶのが照れくさいので辞退して「5月に父を連れてくるかもしれません」とご挨拶のみ。

 

右手の慢性的な痛みを癒したくて一人温泉にトライしたのですが…帰ってきたら全身筋肉痛(笑)。でもいい旅でした。

 

信州の旅(納骨下見)梅とクルミソフト

13日、14日と母の納骨法要の下見?のため、信州へ行きました。

 

12日夜、勤めが終わってから行こうと思っていたスパが何と男性専用だったり、やはり利用するつもりでいたネットカフェがなぜかなくなっていたり、深夜バスに乗り込むまでに結構疲れてしまいました(笑)。

 

墓はお寺が手配してくれたのか、雑草はきれいになっていましたので思ったより掃除は早く済みました。

 

寺の近くであんずの花を見ます。杏は桜より野性的?な魅力がありますね。

 

 

 

長野駅へ戻り、バスで善光寺へ。本堂にお参りし、びんずる様の足腰をさすって父の腰、膝の痛みを、手をさすって私の慢性腱鞘炎?の平癒を祈った後、花を楽しみます。関東ではもう桜は盛りを過ぎていましたが、善光寺周辺ではまだ咲き始め。

 

今年の春、ちゃんと見る機会のなかった梅が見られてラッキーでした。これは境内にある井上井月句碑そばの梅。

 

 

門前の宿坊の前の梅。

これは中央通沿いにあった紅梅。

 

 

高校時代の友人と待ち合わせ、車で信州新町の道の駅へ連れて行ってもらい、おそばを味わい、その後やはり車で『雷電くるみの里』へ。

 

途中、エメラルドのようにきれいな川を見ました。『雷電くるみの里』のくるみソフトも美味しかった!

 

 

ちょっとぜいたくかな?と思ったのですが夜は別所温泉の「かわせみの宿」で初めてのおひとり様温泉。夕暮れの温泉街をちょっと歩いて足湯「ななくり」で足の疲れをとり、その後部屋で即席ラーメンを食べて宿の内湯と展望露天風呂へ。露天風呂では空に星が見えるような…気もしたけど眼が悪いので…。

 

宿の床の間には菊がいけられていて風流。

 

私が小さい頃、家にあったような行灯型の

スタンドもありました。

久しぶりの和室宿泊に癒されましたが、夜11時ごろ

建物の古さの故か突然停電してちょっとびっくり。

なれない贅沢はするものではありませんね。

アーサー・ミラー 倉橋健訳『セールスマンの死』 ハヤカワ演劇文庫2006年

NHKBSで深夜に放送された風間杜夫主演の劇場中継を視て、戯曲をじっくり読んでみたくなりました。アメリカで1949年に初演された戯曲ですが資本主義社会の中で消費されてしまうセールスマン、あるいはその類の仕事についている人に取って身につまされすぎるお話。人生、家族、人間関係というものについても考えさせられます。

 

60代の主人公ウィリー・ローマンはいくらか精神を病んでいて車の運転も危なくなりつつあります。それでも家のローンなどもある上に二人の息子も頼りにならないので細々とセールスマンの仕事を続けてはいました。しかし雇い主に暇をだされ、今度こそましな仕事につくようなことを言っていた息子にも期待を裏切られ、ついに死を選びます。あらすじをたどるとこんな感じなのですが、主人公と向き合う妻、息子たち、雇い主、金持ちになった兄、隣家の主人とその息子といった人々との会話からさまざまなものが描き出され、緻密で複雑な構造の戯曲です。年老いて落魄した主人公の現在から不意に昔の回想シーンになったりします。私は上演を視てから読んだからこの戯曲の素晴らしさが理解できたけどいきなり読んだら難解だったかも。

 

例えばウィリーが時折カードを共に楽しみ、借金も頼む隣人チャーリィは固定給から歩合給にされて困窮するウィリーを見かねて、自分のところで働かないかと持ちかけますがウィリーはどうしても受け入れません。ウィリーがチャーリィにきかないでくれというその理由―それはウィリーが稼ぎのよいセールスマンで、体格と運動神経に恵まれた長男のビフは高校の人気者だったローマン家の栄光の時代、チャーリィとその子バーナードを友情を感じながらも何となく下に見ていたから。十年以上たった現在、高学歴のバーナードは法律家として成功、ビフは定職につかないまま。チャーリィの厚意にすがるということはいわば負けを認めること―よくプライドとか誇りがゆるさないとか言いますが、それらを分析してみるとこのウィリーとチャーリーのような、せいぜい向こう三軒両隣程度の狭い世界の関係だったりします。でも渦中にある人間にとってはそうは思えないのです。友人は大切ですが、時にその友人に苦しめられてしまうこともあるのですね。

 

ビフもフットボールの才能を評価されて大学進学が決まっていたのに数学で落第してしまいます。それでも夏期講座に出れば卒業できたのにビフがそのままチャンスを逃してしまったの不思議に思うバーナードがウィリーにそれを話すと、ウィリーは怒り出します。ウィリーはビフの不可解な行動の理由は、教師にかけあってもらうようにビフが父の出張先のホテルに来た時、ウィリーの浮気の現場を見てしまったショックではないかと考えています。そしてビフが父のせいで人生を棒にふったと怨んでいるのではないかと。

 

ウィリーのもう一つの痛恨事はダイアモンドを掘り当てて金持ちになった兄のベンのアラスカの森林を管理してほしいという申し出を断ったこと。回想の場面、新大陸で一旗あげようというベンの誘いにウィリーに気持ちを動かしますが妻のリンダが難色を示したため

「どこの街でも電話を取り上げさえすれば生活できる、ダイアモンドが転がり込む」と言ってしまいます。確かにその時の彼は景気が良かったのです。つらい局面で人は選ばなかった選択肢をついつい思い出してしまいますが―アラスカへ行ってもし慣れない気候で病気になったりしたら「おれはトップセールスマンだったのにどうしてこんな辺鄙なところへ来たのだろう?」とか思ってそうですよね。悲劇的な筋の芝居ですが人間の滑稽さも浮かんできます。他にもチャーリーの週50ドルの仕事は断るのに雇い主のハワードには週40ドルでもいいからおいてくれと懇願していたり。

 

クライマックスでビフが大学進学の件も含めて、どんな仕事も長続きせず、うまく行きかけると盗み癖を出したり、エレベーターで口笛を吹きまくったりしてだめにしてしまう真の理由が浮かんできます。フットボールの試合でヘラクレスのように輝いていたビフの

姿が忘れられず、「いつかは大物になる」というウィリーの期待が重過ぎたのです。ビフが自分を恨んでいるのではないと知ったウィリーが息子のために一番いいと考えたのが自らの死でした。

 

考えてみるとセールスマンだけでなく、社会の中では誰でも取り替えがきく存在、10セントよりは高いかもしれないけど政治家や王様でさえ。でも本人にとって自分はかけがえのないもの、その人を大切に思う人にとっても唯一無二の存在。どんな時代でも人はその矛盾に向きあいつづけるのですね。