松本清張『或る「小倉日記」伝』』より『笛壺』 | 実以のブログ

松本清張『或る「小倉日記」伝』』より『笛壺』

前回のブログに書きましたように母が緊急入院しました。数日後に危篤状態は脱して緩和ケアの病院に移りましたが、仕事も忙しい時期に入り、図書館に行って読みたい本をさがす時間も気力もありません。こういう時に平常心を取り戻させてくれるのは読みなれた本。新潮文庫の『或る「小倉日記」伝』を何となく持ち歩いております。これに入っている短編の一つ『笛壺』の冒頭の武蔵野の夜の描写が大好きで読むと気持ちが落ち着いてきます。

 

 

 

    おれは長いこと座敷にすわって真っ暗い外を見ていた。ときどき、風が高い梢を騒がしてわたる気配があるが、おれの顔には冷たい空気が動かずにいる。いずれ夜が更ければ、木立の奥には梟が啼くに違いない。おれは以前から、自分の死にぎわにはこういう寂しい風景が必ず眼の前に在るだろうと漠然と考えていた。

 

おそらくは調布の深大寺がモデルと思われる寺を

訪れ、白鳳仏を鑑賞した後、粗末なそば屋兼宿屋に

泊まり、人生を顧みる主人公。

 

 

九州で中学の教師をしていた畑岡は帝大教授淵島に資質を見出され、東大史料編纂所に入ります。しかしその恩人の淵島教授が研究よりも結婚の仲人や学界の対立を調停したりすることで地位を得ていることに気づきます。そして淵島のようになるまいと延喜式の研究に打ち込みます。淵島の紹介で結婚した妻が自分の心を奪うような女ではなく、自分の仕事にも興味を示さず、出かける時も行く先も訊かないのをむしろ都合がいいと思うのでした。

 

  おれが有名になりかかると収入もふえてきた。

  先生のお声がかりで大学に講師として出講する

  ことにもなった。それらの収入はみな妻の志摩子

  にそのまま与えた。(筆者感想―主人公は志摩子

  夫人にとってはいい旦那様かも?愛情が通わない

  のさえ我慢できれば?)おれは酒も飲まず、道楽

  もなかったから小遣いのほか、たいした金は要ら

  なかった。(またまた筆者感想―本屋にとって

  はとってもいいお客様)

 

苦節二十数年の末、延喜式の論文を発表し、恩賜賞を受け、宮中に招かれた「おれ」。しかし栄達の道を歩むことはありません。教えを乞いに来た女教師貞代とぬきさしならない関係になっていた主人公は彼女と同棲し、築き上げた地位も家庭も捨ててしまうのです。

 

この貞代についても熱烈な恋に落ちたというよりも彼女の個性の強さに巻き込まれ、

その愛人である滝口との妙に張り合うような気持ちから深みにはまってしまったのです。粗末な宿の部屋で「おれは貞代が好きなのではない」と思う主人公。しかし家史編纂の

仕事をしていた侯爵家から夕方帰る自分を門前にたっていた貞代を一途な女と感じたこと

―今ならストーカー風?―初めて彼女の部屋に行った時、いつもより濃い化粧をして派手な着物が白い割烹着からのぞいていたことなどを憶えています。小説の題となっている

「笛壺」は貞代と一緒に博物館で見た土器につけられた名前です。

 

美人ではないけれど頭が良く、それだけにプライドが高い貞代。ある勤め先の学校の教頭滝口との不倫関係に展望がないと感じていた彼女。滝口と比べると東大史料編纂所や侯爵家で働く上代文化の研究者である畑岡には強い魅力を感じたのでしょう。でもついに妻子を捨てさせ、わがものとした後に待っていたのは畑岡の過去の業績によって何とか手にいれてくる著述の収入でやっと暮らす日々。

 

初めて読んだ頃にはただ女性で身をあやまった学者のお話と思っただけでしたが、この主人公がすべてを失ったと推定される年齢―69歳で自分の恩賜賞受賞の本が10年前のものと言っていることから60歳前?に近づいてきた今、学問の世界の不条理、男女の仲の不可思議などより深く味わえるようになった短編です。