アンドロメダ
こころの中で 逡巡していた
思考はまるで振り子のように
プラスにマイナスにと 揺れる
感覚を信じられずに かといって
理由も見つけられずにいた
見上げると 輝く星たちが
迷い人を見下ろしていた
木星 プレアデス ペルセウス カシオペア
天頂には アンドロメダ
もしかしたら 見えるかもしれない
今夜はアンドロメダ星雲が 肉眼で見えるかもしれない
もし見えたら 決めよう
ーーーー
論理的な解と直感の声が違う時、こういうなんでもないことで自分に踏ん切りをつけたりします。
しばらくして目が慣れてくると、アンドロメダ姫の腰のあたりに、ぼぅっと白い影が見えてきました。
星のきれいなログハウスのテラスでも、肉眼で見えることはそう多くはありません。
昨日の雨とその後の北風が、大空のお掃除をしてくれたおかげです。
Winter Sunshine
樹林帯を飛び出すと 眼前に白い鎧を着た峰々
快晴 ほとんど無風
小春日和というには冷たすぎる陽の光

雪から顔を出している岩の上に仰向けになって
空を見上げる
蒼い いや藍だ
どうにもならないくらいの蒼さに吸い込まれそうだ
目を閉じても 強烈な太陽の光はまぶたを通してくる
光の洪水の中に 身を委ねる
身体いっぱいに光を浴びても
温かさは感じない
まぎれもない 冬の太陽だ
ーーーー
週前半の低気圧のその後の冬型で、八ヶ岳は冬の装いになりました。
久しぶりの雪の感触を味わおうと、稜線まで登ってみました。
稜線での積雪は、深いところで3~40センチ。
冬山の装備が必要な状況です。
何人かの登山者を見かけましたが、軽装の方が目立ちました。
冬の低山ハイクってレベルのいでたちの方がほとんどでした。
アウターはカッパに毛の生えた程度、スパッツもつけない。デイパックの大きさからしてほかに防寒具は持っていないでしょう。靴はたぶんゴアテックス入りなんでしょうがどう見ても夏用。
はっきり申し上げます。認識が甘過ぎます。
今日のような条件なら、問題はないでしょう。しかし、二つ以上トラブルが重なったら、命に関わる事態になります。
例えば、天候が下り坂になって、パーティーに不調者がでる・・・
こうなったら対処できなくなるでしょう。
条件の良いときに、その条件に必要充分な用意しかしてこないで、いつも生きて帰れるほど、冬山は甘くありません。
快晴 ほとんど無風
小春日和というには冷たすぎる陽の光

雪から顔を出している岩の上に仰向けになって
空を見上げる
蒼い いや藍だ
どうにもならないくらいの蒼さに吸い込まれそうだ
目を閉じても 強烈な太陽の光はまぶたを通してくる
光の洪水の中に 身を委ねる
身体いっぱいに光を浴びても
温かさは感じない
まぎれもない 冬の太陽だ
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週前半の低気圧のその後の冬型で、八ヶ岳は冬の装いになりました。
久しぶりの雪の感触を味わおうと、稜線まで登ってみました。
稜線での積雪は、深いところで3~40センチ。
冬山の装備が必要な状況です。
何人かの登山者を見かけましたが、軽装の方が目立ちました。
冬の低山ハイクってレベルのいでたちの方がほとんどでした。
アウターはカッパに毛の生えた程度、スパッツもつけない。デイパックの大きさからしてほかに防寒具は持っていないでしょう。靴はたぶんゴアテックス入りなんでしょうがどう見ても夏用。
はっきり申し上げます。認識が甘過ぎます。
今日のような条件なら、問題はないでしょう。しかし、二つ以上トラブルが重なったら、命に関わる事態になります。
例えば、天候が下り坂になって、パーティーに不調者がでる・・・
こうなったら対処できなくなるでしょう。
条件の良いときに、その条件に必要充分な用意しかしてこないで、いつも生きて帰れるほど、冬山は甘くありません。
遠望
チェーンソーを止めると さっきまでの轟音が嘘のように
一瞬で静寂があたりを包む
あまりの静けさにあっけにとられて
左手にチェーンソーをぶら下げたまま
葉の落ちはじめた木々のあいだから
白く薄化粧をした早川尾根を眺めてた
「美しき峰よ
白い衣をまとって 我を誘うか
白魔の世界に 我を誘うか
凍てつく尾根に逆巻く風を越えて
会いにゆこう」
ふう と一息ついて
工具箱からヤスリを取り出し
おもむろにしゃがみ込んでチェーンの目立てをはじめる

ーーーー
家の南東に積み上げられていた薪用の「原木」
早く片付けなきゃと思っていました。
「夕方から雨」の天気予報に触発されて、思い切って今日やりました。
おかげですっかり片付いて、見通しがよくなりました。
心なしか、風通しもよくなった気がするし・・・。
案の定、夜になって雨になりました。1時間ほど気まぐれに降ったかと思ったら、今は止んで北風が吹いています。気温は急降下して、間もなく2度。もうちょっと雨の上がりが遅かったらみぞれか雪ななったかも!
夜が明けたら、稜線は真っ白でしょう。おそらくこれがこの冬の根雪になるのかとおもいます。
最近のマイブーム
何年かに一度やってくる、マイブーム。
むかし読んだ本を読み返すこと
今回のきっかけは、「青空文庫」でした。古典的名作をテキスト化したフリーのサイトです。
スマートフォンにしたばかりのころちょっと使ってみた「青空文庫ビューア」はいまいち使い勝手が悪くて、すぐにやめてしまったんですが、最近になって「青空文庫Ad」と言うアプリを見つけました。
これが結構使いやすくて、このところヒマがあれば「読書」してます。
とはいうものの、もともとそんなに幅広く読んでいるわけではなくて、毎度おなじみの漱石の「こころ」からはじまって、芥川、太宰と一巡して、萩原朔太郎、中原中也と詩にはしり、最後はやっぱり宮沢賢治にきちゃいました。
どんぐりと山猫の「とびどぐもたないでください」と書かれた葉書が本当にくるんじゃないかと思えるような森の中で、なめとこ山の熊の小十郎のようになりたいと思い、でも現実はグスコーブドリの育った家のような有様だな。。。
などと、まるで人ごとのように自分の暮らしを嘲笑したりして。
東京にいたときに読み返した時は、こんなふうには思わなかったな。もっと遠くのファンタジーの世界みたいに思えてた。
だって、そばに生き物の気配がないんだもの。あるのは怒ったような赤の他人の気配。
人と人のあいだを隔てようとする「何か」しか感じられなくて、僕も自分を守るのに精一杯で、いつも肩肘はって生きてた。
少なくとも、このテラスに集う連中は、人も動物も木も精霊も、そんなバリヤー張ってるやつはいない。
そういえば、銀河鉄道公園と言う場所を、見つけました。
夜になると眼下に夜景がきれいで、中央本線がゆっくりと走る様子が、ジョバンニが丘から見下ろした風景と重なって、とても好きな場所になりました。
もう少しすると、「凍み雪しんこ堅雪かんこ」っていいながら森を歩けるようになります。
お着替えしましょ
何気なくポケットからスマホを取り出して時間を見ると
「なに!?お昼過ぎてる!」
朝から森で作業をしていました。
ちょっと風があるけど、身体を動かすとしっとり汗をかくくらいのちょうどいい陽気。
午後から出掛けなければいけないのはわかっていたけれど、すっかり夢中になっていたようです。
大急ぎで片付けて、勝手口から土間にはいり、木屑や枯葉にまみれた作業着を脱いで洗濯機に放り込んだら、石けんでゴシゴシと念入りに手を洗う。その手で水をすくって顔を洗う、何度も洗う。
ほてった顔に冷たい水か心地よい。ついでに頭から水をかぶって、髪の毛はオッケー。
居間を大股で横切り、階段下のクローゼットからワイシャツとスーツを引っ張り出して二階に駆け上がります。
ネクタイを締めネームプレートを首から下げて、姿見でチラリとチェック。
ここまで約7分。車に機材を積み込んで、いざ出発。
木漏れ日の道を下って長坂インターで高速にのってから、やっと昼食のおにぎりをほおばりました。
ーーーーー
いつも思うんですけど、山の中で作業をしていて途中でやめて背広に着替えると、すご~く違和感を感じます。
これが朝から背広で午後から作業着ならそうでもないんですけどね。
いっしょうけんめい手や顔や頭を洗っても、なんとなく汗の匂いや松脂の香り、枯れ草の匂いが身体から漂ってくるようで、しかもこれが背広にはまったく似合わないときていますから、困りものです。
場違いな、何となく座りの悪い感触で、お仕事することになります。
まさか、お客さんは「森臭い」なんて感じてませんよね。
「なに!?お昼過ぎてる!」
朝から森で作業をしていました。
ちょっと風があるけど、身体を動かすとしっとり汗をかくくらいのちょうどいい陽気。
午後から出掛けなければいけないのはわかっていたけれど、すっかり夢中になっていたようです。
大急ぎで片付けて、勝手口から土間にはいり、木屑や枯葉にまみれた作業着を脱いで洗濯機に放り込んだら、石けんでゴシゴシと念入りに手を洗う。その手で水をすくって顔を洗う、何度も洗う。
ほてった顔に冷たい水か心地よい。ついでに頭から水をかぶって、髪の毛はオッケー。
居間を大股で横切り、階段下のクローゼットからワイシャツとスーツを引っ張り出して二階に駆け上がります。
ネクタイを締めネームプレートを首から下げて、姿見でチラリとチェック。
ここまで約7分。車に機材を積み込んで、いざ出発。
木漏れ日の道を下って長坂インターで高速にのってから、やっと昼食のおにぎりをほおばりました。
ーーーーー
いつも思うんですけど、山の中で作業をしていて途中でやめて背広に着替えると、すご~く違和感を感じます。
これが朝から背広で午後から作業着ならそうでもないんですけどね。
いっしょうけんめい手や顔や頭を洗っても、なんとなく汗の匂いや松脂の香り、枯れ草の匂いが身体から漂ってくるようで、しかもこれが背広にはまったく似合わないときていますから、困りものです。
場違いな、何となく座りの悪い感触で、お仕事することになります。
まさか、お客さんは「森臭い」なんて感じてませんよね。
小春日和
木漏れ日が 風にもてあそばれて
歌うようにきらきら揺れる
ついこのあいだまで
グリーンとイエローだった森
そのコントラストを目に焼き付けるまもなく
レッドとゴールドに主役を明け渡す
ーーーー
このところの暖かさに誘われたわけではないんですが、
ここ二日ばかり、森で仕事をしていました。
主に燃料関係のことですが、薪の整理をしたり、すぐ取り出せるように置き場を作ったり。
大きな薪、中くらいのやつ、細い薪に焚き付けようの木っ端や木の皮など、仕分けしておかないといけません。
さもないと、寒いに薪小屋の中で右往左往するはめになります。
置き場も今年は気合を入れて作りました。母屋をきちんと入れた屋根は、ちょっとやそっとの大雪ではつぶれないでしょう。去年は大雪がありましたから。
小鳥が肩をかすめるように飛んで、すぐ先の枝に止まるや否や
大きな声で何か言っています。
わかったよ、餌がないんだろ
作業のを休めて お椀いっぱいのひまわりの種をえさ台におきました。
彼らも冬にむけて栄養つけなきゃいけないんだな。
春まで、がんばろうな
午後のプチハイク
おびただしいカラマツの落葉は登山道を覆い尽くし
午後の光に金色に輝いて
それはまるで ヘリンボーンの絨毯を敷き詰めたようだ
お昼頃まで吹き荒れた風も 今はおとなしくなって
時々思い出したように どうとやってきては葉を散らそうとするが
その葉っぱもここらではもうすっかり落ちて
裸になった梢をひゅうと鳴らすだけだ
クマザサに落ちた自分の影が
視野の隅でゆっくりと動く
汗のにじんだ額に手をやりながら振り返ると
白く雪をいただいた富士山が
知らん顔ですわってた
もうすぐここも 雪がやってくる

ーーーー
午後から少し時間がとれたので、ちょっとだけ山登りしてきました。
この時期は思いのほか日が短くて、16時すぎには戻ってきていないと暗くなってしまいます。
天女山の駐車場周辺はカラマツの黄葉が大詰めってところでしょうか。少し登ると木々はほとんど葉を落としてしまっています。
先週の冷え込みで少し降った雪も消えてしまい、昨日今日の稜線はみぞれまじり。
根雪がつくのはこの次の冷え込みでしょうか。
今日の主眼は、冬靴の足慣らしでした。
私の場合、夏場はローカット(くるぶしの出る靴)で歩いています。誰にでもおすすめはできませんが、軽快でいいですよ。
積雪期は、革製の登山靴とプラブーツをその時の山行に合わせて使い分けています。
革製は足首の自由がある程度きく代わりに、簡単に凍結してしまいます。
テントなどでは、抱いて寝ないと次の朝履くことができません。
その点、プラブーツはまったく心配無用。保温性も抜群でよっぽどのことがない限り足先の凍傷は防げるでしょう。
足首の自由が効かないのも慣れの問題、というより氷雪の上ではこちらの方が僕は好きです。アイゼンとの相性も抜群、革靴のように登攀中に外れることも少ないと思います。
と、いいことずくめなんですが、問題は「割れる」こと。ある一定の年数が立つと、瞬間的にバラバラになるそうです。
加水分解といって、プラスチックの宿命なんだそうです。困ったことに、これは何の前触れもなく突然やってくるらしく、厳寒の冬山でこれに見舞われたら命に関わります。
幸い、僕のまわりでこういった憂き目にあった奴はいませんが、確かに不安です。
ま、年限の5年で買い換えればいいんですがね。。。貧乏性の山ヤは「まだいけるんじゃん」何て考えてしまうのです。
今年、プラブーツ買わなきゃ・・・それともシカとして使うか、革だけでがまんするか。。。
午後の光に金色に輝いて
それはまるで ヘリンボーンの絨毯を敷き詰めたようだ
お昼頃まで吹き荒れた風も 今はおとなしくなって
時々思い出したように どうとやってきては葉を散らそうとするが
その葉っぱもここらではもうすっかり落ちて
裸になった梢をひゅうと鳴らすだけだ
クマザサに落ちた自分の影が
視野の隅でゆっくりと動く
汗のにじんだ額に手をやりながら振り返ると
白く雪をいただいた富士山が
知らん顔ですわってた
もうすぐここも 雪がやってくる

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午後から少し時間がとれたので、ちょっとだけ山登りしてきました。
この時期は思いのほか日が短くて、16時すぎには戻ってきていないと暗くなってしまいます。
天女山の駐車場周辺はカラマツの黄葉が大詰めってところでしょうか。少し登ると木々はほとんど葉を落としてしまっています。
先週の冷え込みで少し降った雪も消えてしまい、昨日今日の稜線はみぞれまじり。
根雪がつくのはこの次の冷え込みでしょうか。
今日の主眼は、冬靴の足慣らしでした。
私の場合、夏場はローカット(くるぶしの出る靴)で歩いています。誰にでもおすすめはできませんが、軽快でいいですよ。
積雪期は、革製の登山靴とプラブーツをその時の山行に合わせて使い分けています。
革製は足首の自由がある程度きく代わりに、簡単に凍結してしまいます。
テントなどでは、抱いて寝ないと次の朝履くことができません。
その点、プラブーツはまったく心配無用。保温性も抜群でよっぽどのことがない限り足先の凍傷は防げるでしょう。
足首の自由が効かないのも慣れの問題、というより氷雪の上ではこちらの方が僕は好きです。アイゼンとの相性も抜群、革靴のように登攀中に外れることも少ないと思います。
と、いいことずくめなんですが、問題は「割れる」こと。ある一定の年数が立つと、瞬間的にバラバラになるそうです。
加水分解といって、プラスチックの宿命なんだそうです。困ったことに、これは何の前触れもなく突然やってくるらしく、厳寒の冬山でこれに見舞われたら命に関わります。
幸い、僕のまわりでこういった憂き目にあった奴はいませんが、確かに不安です。
ま、年限の5年で買い換えればいいんですがね。。。貧乏性の山ヤは「まだいけるんじゃん」何て考えてしまうのです。
今年、プラブーツ買わなきゃ・・・それともシカとして使うか、革だけでがまんするか。。。
メンテナンス・モード
朝起きると、頭の芯がず~んと重い。
ああ、きたな、メンテのサイン
直近がそんなに忙しかったというわけしゃないけど
ときどきやってくる、身体の警告
これがやってくると、わたしは意識をメンテモードに切り替えます。
別に、お休みして寝て過ごすとか、気分転換にどこかに出かけるとか
そういうことじゃなくて
普段どおりの暮らしの中で
気持ちのスピード感を一段落として
優しい味の食べ物を食べて
ちょっとテラスで瞑想の真似事なんかして
いつもより早く寝る
なので今日は
時計を見る回数を意識して減らしました
庭のえさ台に多めにえさを置いて、いっぱい小鳥がきてくれるようにしました
お風呂はいつもより長めにして
食事は野菜のリゾットとか湯豆腐とか
あったかくて優しいものを
いつもより薄めに割ったウイスキーとともに
(一杯でやめました(汗)
で、これ書いたら寝ます
セピア
渡された写真の束を そっと机の上にひろげてみる。
90年近くに渡る、一人の方の写真の数々。
セピア色のつぶらな瞳の赤ちゃん
詰襟を着た、得意満面の男の子
ポケットにてを突っ込み、上目遣いにこちらを見る若者
照れながら若い女性とこちらを見て笑うスナップ
セピア色の写真から やがてカラー写真に変わるとともに
男の顔には皺が刻まれていく
写真の裏に書かれた 真新しい筆跡のキャプションが
家族の思いを物語る。
ひろげた写真を丹念に見てから
おもむろにMacを開く
よし、やるか。
ーーーー
今日は古い写真を修復・編集してまとめる仕事でした。
この手の仕事をするといつも思うのですが、数十年のあいだ生き残ってきた写真には、ちからがあります。
構図だライティングだ、そんなことはどうでもよろしい。
その瞬間にシャッターを切って、それが時を経ていま、目の前にある。
写真の価値ってそこに尽きるのかも知れません。
瞬間を写止めることに躍起になっている僕たちは、流れゆく時間にはどうやっても勝てないのかも知れませんね。
90年近くに渡る、一人の方の写真の数々。
セピア色のつぶらな瞳の赤ちゃん
詰襟を着た、得意満面の男の子
ポケットにてを突っ込み、上目遣いにこちらを見る若者
照れながら若い女性とこちらを見て笑うスナップ
セピア色の写真から やがてカラー写真に変わるとともに
男の顔には皺が刻まれていく
写真の裏に書かれた 真新しい筆跡のキャプションが
家族の思いを物語る。
ひろげた写真を丹念に見てから
おもむろにMacを開く
よし、やるか。
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今日は古い写真を修復・編集してまとめる仕事でした。
この手の仕事をするといつも思うのですが、数十年のあいだ生き残ってきた写真には、ちからがあります。
構図だライティングだ、そんなことはどうでもよろしい。
その瞬間にシャッターを切って、それが時を経ていま、目の前にある。
写真の価値ってそこに尽きるのかも知れません。
瞬間を写止めることに躍起になっている僕たちは、流れゆく時間にはどうやっても勝てないのかも知れませんね。
いざようこと
このところ、夜になると雲がとれて、美しいお月さまが眺められる八ヶ岳南麓です。
火曜日が満月だったから、おととい31日がいざよい、昨日が立待月、今日が居待月かな。
満月以降、月の出が日に日に遅くなるので、月を立って待つ、座って(居る)待つということだそうです。
そして明日は寝て待つから、寝待月。なんとも優雅なネーミングですね。
私が一番好きなのは、なんといっても「いざよい」。
パソコンでいざよいと入力すると、十六夜とでてきます。つまり満月の翌日。
「いざよい」
何となくロマンチックな響きがしませんか。
満月の晩は日が暮れるとすぐにお月さまが昇ってしまうから、月の出まで少しだけ間があるいざよいの晩に、人目を忍んで恋人に会いにいく・・・みたいな<妄想だな、これ。
「いざよう」とは古語で「ためらう」の意だそうで、満月よりもやや遅く、ためらうように昇ってくる月だからそう呼ばれているそうです。
ためらう・・・
いい言葉だと思います。
例えば昨今なら、大事な人にメールを出すとき、送信ボタンを押す前に一瞬躊躇する、あの感覚。
踏ん切りが悪いといわれればそれまでだけど、
ちょっとためらって、相手の様子や都合をおもんばかることって、大事なことなんじゃないでしょうか。
メッセージを届けるとき、受け取る人は今なにをしているんだろうとか、このメッセージを読んだら微笑んでくれるだろうかと、あれこれ考える。
イマジネーションをふくらませて、相手のことを考えて行動する。
むかしの人の言った
「いざよう」
って、そういうことなんじゃないかって思います。