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都心近郊にあるビジネスの将来性

先日の新聞に、大手の企業で本格的に在宅勤務を推進していく動きがでてきたと一面で記事が出ていた。


技術者の不足が深刻化していて、人材確保につなげるのが狙いのとのこと。


時代は益々時間や場所を選ばない生き方を求めるようになった。


基本的に郊外の平日なんて主婦と子供しかいなかった。


でも今後は、家族揃って平日の昼にランチを食べている姿を目にする機会が多くなるかもしれない。


お盆が分散化してきたように、休日や勤務時間もどんどん分散化が進んでいく。


そういう意味では、ベッドタウンと言われる都市は暮らし方が変わり、郊外におけるビジネスにも将来性があるのかもしれない。


楽しみである。

もてなしの心を持つとは

友人の結婚式の2次会に参加した時のこと。


途中でトイレに入ってびっくり。


「結婚式2次会プラン お一人様0000円 ・・・・・」と、タイトルと詳細の書かれたセンスの良いポスターが壁に何箇所も貼ってある。


印象としては結構お徳なプランといった感じ。


最悪なのは、金額と詳細、特典なんかも全部書いてあること。


だから、この企画が元々いくらでどんな内容なのかがゲストにもわかってしまう。


店として宣伝したい気持ちも分かるが、どうして隠したりする程度の配慮もないのかと思ってしまった。


こうなると一番可愛そうなのは、段取りをした幹事さんではなく結婚した2人。


ゲストには違った意味で印象に残る2次会となったと思う。


このお店はもてなす側として、どういうことに気をつけなければいけないのかということの本質がずれている。


だからこういったことが起こる。


そしてあまりにも小さな問題なので、クレームにもならない。


そこが一番恐い。

配慮と気配りはどこまですればいいのか?

ここでも以前に、昔の職場にいらした先輩で「気配りの染谷さん」のことを書いたことがあった。


この先輩からは本当に多くのことを学ばせていただいたが、実は未だに思い出しては気づかされることも多い。


当時の私が接していて一番学んだことは、染谷さんは何をやるにしても常に自分の後に使う人のことを第一に考えて行動されていたということ。


整理整頓や確認の作業なんかになれば尚更のこと。


きれいに片付けるだけではなく、次の人が気持ちよく使えるようにと考えらているのが伝わってくるものだった。


そして、後輩の私にまで相当気を遣ってくださっていた。


基本的には、社会に出れば嫌でも他人と一緒に働かなければならない。


だからそうした中で誰もが気持ちよく働けるように、どんな職場でも誰もが常にお互いに配慮しながら仕事をすることが必要になってくる。


別に職場だからそうやるというわけではなく、それが本来の人とのかかわり方である。


配慮、配慮、配慮。とにかく配慮して気を遣う。


では、どれくらい配慮して気を遣えばいいのか?


自分ではやりすぎと思うくらいで、実はちょうど良いのだと思う。

宇宙から見れば気がつくこと

昨夜のNHKでは宇宙のついての番組があった。


番組内では、地球から太陽系、太陽系から銀河、銀河から銀河集団と続き、更には宇宙の外から見た宇宙全体の銀河の図なんかも、リアルにCGか何かで表現されていた。


しかしその映像の一部はびっしり銀河集団が表現されているが、結構真っ黒な空間も多い。


黒い部分は銀河がないのではなく、単に調査中とのこと。


だからまだまだ完成には程遠い図ではあったが、それでも宇宙がどれだけスケールの大きいものであるかを伝えるには十分なのものだった。


また昨夜の番組とは別に、最近では太陽系の惑星が現在の9個から8個に変更になるかもしれないニュースもあった。

冥王星の外側に冥王星よりやや大きい惑星が見つかったことから、一時は太陽系惑星の数が増えるとも言われていた。

しかし、最近では海王星の外側に冥王星クラスの小天体が、1000以上も発見されているのだそうだ。

だから冥王星だけを特別扱いできないということで、海王星までを惑星にするというもの。


日々の生活に追われると、どうしても物事を極端に狭い範囲で考えがちになるが、宇宙の全体の大きさから考えれば自分達が理解できているものなんてまだそんなレベル。


宇宙では何百億光年という時間単位は当たり前。


それから人間の80年なんて比べたらほんの一瞬にしかならない。


そういう単位で物事を考えると、自分の悩みなんて悩みじゃないように思えてくるから不思議である。


普段から、もっと大きな枠で物事を考えられるようにしなければならない。

常にバランスを考えよう

今日はエアコンの修理で業者さんに来てもらった。


今夏2回目の修理依頼。2回とも依頼内容は違うが、ここに来てエアコンもメンテナンスの時期に来ているようだ。


また、信金の担当の方ともアポイントが入っていたので、店に来ていただいた。


こういういったことは店が休みじゃないとできない作業。


経営には色んな意味での攻めと守りの仕事があると教わったことがあるが、今日はまさに守りの作業の一日である。


こういった日があるからこそ、普段には成長していくための攻めの作業ができる。


バランスが大事というのは、仕事や家庭、人生など何にでも当てはまる。


常にバランス感覚を持って取り組むことが大切である。

積み重ねが出来る人が上に上がれる人になれる

オートトレーディングルフトジャパンの南原社長からメールが届いた。


恐らく一斉送信したであろう文章で、お付き合いのある方々に対する依頼のような内容。


しかしメールをもらった方は、それをほとんどお願いメールであるとも思わないような内容になっている。


だから何の違和感も感じずに読むことが出来るからすごい。


成功されるような方の多くは、お願い上手だという話はよく聞く話。


まさにこういうことなんだ実感させていただいた。


またそのメールに対して、少しご協力できそうなこともあったので返信させていただいた。


私はそのメールを、てっきり秘書の方が読んで代理で処理されるものと勝手に思い込んでいたが、その2時間後には南原社長ご本人からご返信を頂いた。


南原社長は1日に受け取るメールの数が300通を超えるそうだが、にもかかわらずメールのリターンが本当に早い。


細かいことでもきちんと素早く対応される。この積み重ねが大切なのだと思う。


小さいことを疎かにして大きなことなんか出来るはずない。

早実優勝に見るメンタルの強さ

高校野球が早実の優勝で終わった。


結果を見てから言うのもなんだが、私自身は前日の試合終了の時点で早実の優勝が決まったように見えた。


理由は再試合が決まっても、早実の選手達は全く緊張の糸が切れていなかったが、駒大苫小牧の選手の一部は安堵の表情を浮かべていたから。


それを見てなんとなく結果が見えたような気がした。


この違いは、やはり選手達の最終目標の違いにあると思う。


15回まで行った時点で、やりとげたと思ってしまうかのか、優勝しなければ意味がないと思えるかという差である。


あそこまで行ったら、もう技術云々の問題ではない。


本当に精神力の強い方が勝利を引き寄せたのだと思う。

コツコツ取り組む為の考え方

先日、トッドというアメリカ人に会った。


もう何度もお会いしているので、まだカタコトとはいえ上手な日本語で気さくに話してくれる。


彼は来日して2年。奥さんは日本人。


夫婦間の会話は英語だが、奥さんには知らない日本語についてよく聞いたりしている。


例えば「集会所」という知らない言葉があると、確認して彼は電子手帳にメモする。


いつも会って関心するのは、会う度に毎回それを目撃しているところ。


だからほとんど毎日、何かあるたびにやっているのだと思う。


「ホントに熱心だね」と伝えると、「早く、もっと話したいので」という。


よく伺えば、目標としているレベルが非常に高い。


だから現状のレベルでは、到底目標も達成できないしとても満足できてないのだと思う。


そういう考え方ができるのは、将来自分がどういう風になりたいのかを明確に考えているからこそ。


それがあるからこそ、地味な作業にも意味を見出しコツコツ続けられるのだと思う。

一流人と凡人の差

一流の人とそうでない人の違いは何か?


それは自分が使った物の後始末を見れば、一目瞭然なのだそうだ。


例えば飛行機に乗ってファーストクラスとエコノミークラスのトイレを比較すると、ここまでかと言うくらいファーストクラスは丁寧に使われているそうだ。


それに比べてエコノミークラスのトイレでは、水滴が足元や鏡に飛び散っていたり、便器が汚されてもそのままになっていることが多いそうだ。


別にキャビンクルーの方々が、ファーストクラスだけマメに掃除しているという理由ではない。


やはり一流に属する方々は、自分のことだけでなくいつも他人に対する配慮を欠かさない。


だから自分が使用した後に、他人が不快な思いすることのないよう常に考えている。


そうすると必ず最後は後始末に気が向くようになる。


新幹線から降りる時には、リクライニングを戻して飲んだビール缶などのゴミを持って降りる。


ホテルから出る時は、タオルやシーツをたたんでゴミもまとめてからチェックアウトする。


こうしたことを当たり前にやっているのだそうだ。


これは一流だからやるのではなく、最終的にはそういう考え方だから一流にまでたどり着けたのではないかと思う。


どんなに細かいことでも、自分中心ではなく他人中心に物事を考えられるようにならなければならない。


そうでなければ、今以上に成長することなんか絶対にできない。

報道がすべてではない

ジョンベネちゃん事件が解決した。


96年の事件だそうだから、いつの間にか10年も経っていた。


犯人はジョージア州の元教師で、逃亡先のタイで逮捕されたとのこと。


当時は両親や父親を疑う声が本当に多かったが、それを煽ったのはマスコミだった。


だからほとんどの人は父親が犯人と思い込んでいた。


一般人の情報入手経路なんて、新聞、テレビ、インターネットなどがほとんど。


でも、こういった記事は人間が書いたものである。


だから先入観もあればミスもある。


もしくは間違った情報を元に記事を書くかもしれない。


つまりは、必ずしも正しい情報とは限らないということ。


安易に新聞やテレビの報道は信用しがちであるが、これは危険な思い込みである。


常に自分なりのフィルターを通して、物事を考える習慣を身に付けなければならない。