第51節 「活動する銀河」という節があり、もう何度も読んでいるはずなのに頭に入っていない,,,多分、文章の書き方が悪く、新規用語の多さでは断トツかもしれません

 

 ノートを作るかしばし悩んだ末、まずはキーワードを抜き書きしてみたらどうか,,,と考えて、以下

 

 意外に頭の中が整理される,,,という思い

 数式や図が書けない/書きずらいなどの課題はありますが、取り組んでみようかと思います。

 この辺りの銀河関係の用語が、テキストではうまい具合に並んでいず、多分著者の,,,

 ともあれ箇条書きにすると頭にスッと入るように整理されます

 読んでもこんがらがるものが、自分で書き直すと「これならわかる」になる

 再結合線は見慣れたバルマー系列のものですが普段は見ないHβとかHγというアタリが目新しく、ヘリウムの輝線などという不活性な原子の輝線が見えるのが珍しい

 また[OⅢ]は超新星残骸などで見られる淡い輝線ですけども、OⅢにしても

[ ]表示も普段は出てきません。

 

 美しい写真集などで[OⅢ]を撮りたくなりますが、Hαの赤い輝線星雲と何が違うのか、私はまずこれを知りたいと思っています。 

活動銀河核統一モデル

 この図は天文学辞典のもの

 初期の天文学者は見えるものをバラバラに理解して、独自のものを発見したとしていろいろと名前を付けていったけども、一つのものを様々な方向から見ていただけなのでは,,,ということ

 

 1級テキストにはこのような図はなく、言葉だけなのでちょっとわかりずらい 

 こんな感じなのだそうです。

 

 

 バイクでの運搬はそれほど問題なく。

 

 一時帰国で冬山用の大型ザックを購入しているので、多少太目&長めの機材も運搬可能なので、順次試行予定。

 

 収まらないのを承知で敢えてM31

 

 カメラか鏡筒を回転させればある程度は入りますが、長手方向にはちょっと収まらないので、これで1時間。

 iPadで見ていると30秒で姿を現し、2枚目1分でぐっと明るくなります…さすがF2.0

 

 ASI622MM+サイトロンIR640ProⅡ

 こちらは2時間 途中雲が通過していて、これを何枚かな,,,限りなく削除

 

 ASI662MM+サイトロンIR640ProⅡは光害カット+銀河に色は要らないという主旨なんですが、これだけ大きいとカラーで見たいなあということもあり、カメラ付替えを検討していて、662MC+IRカットフィルターを想定

 

 赤強調バージョン

 全景が入らないので、次回はモザイクモードかな?

 またチュートリアルを読み直さないと,,,

 

ハート星雲 

 拡大すると雲の白味が目だったのでASIStudioを使って処理するとざらついた画面になってしまいました。これはDWARF3のクラウド上「天文スタジオ」での自動処理

 

 胎児星雲

 

 カメラ温度が40℃を越えて、内蔵ダークより8度以上温度が離れているという警告があり、ダークを撮り直した後、フィルターが自動的に切り替わっていて、デュアルバンドから天文フィルター(430–690 nm)になっていたたため、赤が出ていません,,,というかコントラストが弱い。

 

 ただし、じっくり見ると星の色がきれいに出ていて、これはこれでいいのかも

 自然の色味ということではこちらなんでしょうね。

 ちなみに今晩も遠征するつもり。

 小マゼランや巨大球状星団47 Tucanae、C104が19時ごろ南中するので、少なくともDWARF3は南天対応にする予定です。

 

 昨日確認しましたが、南天低空だとやはり赤道儀仕様にするとレンズが収納状態になり、見えないようです。ということで経緯台仕様にして、設置位置も南面するように位置取りします。,,,今まで2晩の設置位置は北~北西に面しているため。

 小マゼランは別として球状星団が見えそうならHAC125DXも南面対応予定。

 

 ちなみに大マゼランの方が仰角が高い位置に出ますが、南中が午前零時頃なのでその時間まで粘れれば粘りますけども,,,昨晩は23時ごろまでだったのでどうっていうことない?

 

 先日、「天文学者たちの江戸時代」(嘉数 次人著、ちくま文庫)を読んでいて、寛政の改暦を主導した高橋至時はプトレマイオスの天動説は否定していたものの、彼は地動説も支持せず、ティコ・ブラーエの天動説を受け入れていたとのこと。

 

 これは彼が最初に学んだ「崇禎暦書」(明朝末期(崇禎年間、1631-1634年頃)徐光啓)に基づくもので、プトレマイオスの天動説を古図、ティコの天動説を新図としていたからとも。

 また後にコペルニクスの地動説を知るに至るも、これを受け入れることはなく、 「地球を動くものとする説は頗る人々の疑怪を引く」という一文が残っています。

 

 これがティコの天動説の概要(wikiより)です。

 ・地球が天球(恒星は球殻状に配置)の中心にある

 ・月が地球の周りをまわっている

 ・太陽は地球の周りをまわっている

 ・水金火木土は太陽の周りをまわりつつ地球の周りをまわっている

 

  現存する資料で至時がコペルニクスの地動説を疑怪とした理由は残っていないようです。

 「地球が太陽の周りをまわっているとすれば地球表面にいる我々は暴風にさらされる」などの素朴な疑問に科学者として適切な説明をつけられなかったのかも。

 

++++以下、wiki

 なおティコ自身はコペルニクスを賞賛し、デンマークで初めてコペルニクスの理論を広めた人でした。

 しかし自身が基盤を置いていたアリストテレス自然学の基本法則とコペルニクス理論を整合させることができず、コペルニクスの地動説を採用することはありませんでした。

 

 一つにはティコがコペルニクスが用いた観測データに大きな観測誤差があることを理解していたからとも。

 優れた観観測者であるが故、貧弱なデータを許せなかったようです。

 

 また地球が太陽を公転しているとすると年周視差が観測されるはずですが、これが観測できなかったため。

 年周視差が発見されたのは1838年なのでティコの時代から200年以上先のこと。

 当時、恒星までの距離は随分と過小に見積もられていて、肉眼で観測するしかなかった時代であっても、観測できないのはおかしい、だから地球は不動なのだとなったようです。

 ,,,聖書の世界だとあくまでも地球中心なので、宇宙の広さなど大して大きくなかったのでしょう,,,

 

 ティコは肉眼で天体を観測して非常に精度の高い観測データを残し、結局、これらデータを使ってケプラーが天体の法則を発表し、これに理論的な説明をしたのがニュートンなので、ティコが自身の観測データに絶対的な自信を持っていたのも頷け、結局その枠の中でのティコの天動説であったわけです。

 

 ただしティコ天動説であれば、後にガリレオ・ガリレイによって観測された金星の満ち欠けを説明できますし、1616年にローマ教皇庁が太陽中心説は哲学と聖書の双方に背反していると宣言し、計算上の利便性のためにのみ議論可能であるとして、依然として天動説を支持する態度を明確化すると、ティコ体系はかなりの支持を獲得したようです。

 

 wikiにはティコが自身の天動説を作った理由、そしてコペルニクス地動説に対する膨大な反論というか自身の考えが記載されています。

 私自身の理解が足りず、かつ整理し直すのも煩雑なので、ここで止めます,,,

 

 結局、アリストテレスの主張を深く理解していないと、これに基づくティコの考え方は理解できない,,,ようです。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%A8

 

++++

 三脚ケースに大小2脚の三脚が入っています

 奥のリュックにHAC125DX鏡筒

 手前の布バッグ二つにAM5赤道儀と、DWARF3やiPad

 2台並べるの久しぶりなのでちょっと近すぎました

 北がイマイチ判らず

 DWARF3で赤道儀を合わせその方向にAM5を向けるという感じ

 いやいや昨晩は暑かった,,,扇風機で顔を方向に風を送ってしのぎました

 昨晩はモバイルルーターを忘れてしまい、数時間、無音で過ごすのかと覚悟したところ、Youtubeの自動バックアップ機能で、ベートーヴェンのバイオリンコンチェルトが入っていて、ロッテルダム響Isabelle Faustの演奏を繰り返し,,,

 昨晩は、表題に示すように星見遠征は休止

 

 夜10時まで検定1級公式テキストを読んで充実した夜でしたが、ふとした疑問。

 遠心力ってF=mrω^ 2ですが、なぜωが2乗になるの?

 

 例えば遠心力とペアで出て来る重力ですが、これは感覚でわかるわけです。

 重力は2体の質量に比例しそうなのでM✕m

 重力は光度と同じように距離の2乗r^ 2に反比例しそうなのでこれは分母側に来る

 そしてこれに万有引力定数Gを掛ければ出て来る,,,

 

 で、遠心力にはなぜ角速度の2乗が出て来るの?

 手元の高校物理参考書は3冊とも天下り的に数式を与えているだけ。

 生憎と駿台山本師「新・物理入門」が見つからず、バタバタと。

 

 いろいろ調べて、

 物体の位置を極座標表示するとx=rcos(ωt)、y=rsin(ωt)

 加速度は2回微分だからω✕ωが外に出るからなんだ,,,と。

 

 高校物理の授業とか教科書なんていうのはもう記憶から消えています。

 遠心力をどう習ったのだっけ?

 遠心力は○○となる,,,と与えられただけだったのか?

 

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 昨日午後段階で、

・自宅出発6時20分   ⇒   6時に前倒し

・スマート望遠鏡のみ ⇒ プラス1セット(AM5赤道儀+HAC125DX望遠鏡)

 ,,,などと計画を見直しして待機していたのですけども。

昨夕5時の状況,,,雲多し

 出発時間を過ぎても改善せず、さらに雲の量は増え、バイクでの遠征は取りやめ。

 天候の回復を待ってベランダ観望に切り替える計画。

 結局、20時過ぎには雲が切れたので、この時点で観測地に向かえばよかったのですが、予報ではこの日にちょっと雲が出て、以降は晴れが続くというものだったので無理せず

 

 北天展望台で赤道儀の設置

 今までと異なるのは三脚をベランダ床にそのまま設置し、手すり外側に張り出す機構を取り外しました。

 

 手すり外側に張り出すと、ベランダの廂は回避できるのですが張出構造が華奢なためか風の影響を受け星像がブレます。

 1時間撮影しても成果は30分しか得られないという状況。

 

 昨晩は視界確保を捨てて機材の安定を図ったもの。

   2時間撮影予定のカリフォルニア星雲

 1時間20分を経過したところで画像合成を自動停止。

 

 右下に白くなっているのが廂からの光で、最初は星空方向に向いていたものが、星雲の日周運動をスマート望遠鏡が追尾していき廂にかかったところで画面が明るくなって、以降撮影はするものの画像の合成は停止した模様。

 なお自作のフードは有効だったようで、廂ばかりでなく天井光の影響もあったはずなのですが、外部光の影響を最小にとどめています。星はしっかりと写っています。

 今朝のパタヤ

 

 さてと今日もテキストをしっかりと読み込んで夕方まで待機

 

 

 以下の内容は、wikiを自分なりに整理し直したもの

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 大論争とは、1920年4月26日に米国科学アカデミーで開かれた討論会のこと

 その後大論争(The Great Debate)と呼ばれるようになった。

 シャプレー・カーチス論争ともよばれる。

 討論会では天文学者のハーロー・シャプレーとヒーバー・ダウスト・カーチスが宇宙の大きさについて講演した。

 シャプレーは、

 ・我々のいる銀河系の直径は約30万光年

 ・当時発見されていた渦巻星雲はこの銀河系の内部に存在する

 と主張した。

 カーチスは、

 ・銀河系の直径は約3万光年

 ・渦巻星雲は我々の銀河系の外に存在する

 と主張した。

 

・論争以前

 天文学者ウィリアム・ハーシェルは、星は宇宙空間内に一様に分布し、望遠鏡を使えばすべての星を見ることができるという仮定のもとで夜空の星を観測し、1785年に宇宙の全体図を発表した。ハーシェルの考えた宇宙は円盤型で、直径が約6000光年、厚さが最大で1100光年だった。

 

 19世紀、フーゴ・フォン・ゼーリガーは、星の明るさが一等級暗くなると地球から見える星の数はどのくらい増加するかを調べることで、星の空間密度を求め、宇宙は扁平な形をしていることを定量的に導いた。

 ヤコブス・カプタインは自らが導いた平均視差の公式などから星の空間密度分布を求めた。カプタインの考えた宇宙モデルはカプタイン宇宙(カプタインモデル)と呼ばれる。カプタイン宇宙は回転楕円体で、長軸の長さは16キロパーセク(約52,000光年)、太陽は宇宙の中心近くに位置していた。

 

・カーチスの背景

 アメリカのリック天文台に勤めていた天文学者ヒーバー・ダウスト・カーチスも、カプタインと同程度のスケールの宇宙を考えていた。さらにカーチスは、星雲について着目した。当時、星雲についてはアンドロメダ星雲(現在でいうアンドロメダ銀河)などの存在が知られていたが、これらの星雲がいかなるもので、地球からどの程度離れているか、詳しいことは分かっていなかった。

 カーチスはリック天文台のクロスリー望遠鏡で撮影した星雲の写真を分析し、星雲の形は渦巻型が最も多いと判断した。渦巻型の星雲(現在でいう渦巻銀河)はその形からして、回転していると考えるのが自然に思えたが、観測では回転している様子は全く見られなかった。そのためカーチスは、これらの星雲は非常に大きく、そして回転が観測できないほど遠くにあるのではないかと考えた。

    カーチスはその後もデータ収集を続け、これらの星雲は我々のいる銀河(天の川銀河)の外側にある別の銀河なのではないかと考えるようになった。このような、宇宙には天の川銀河以外にもいくつもの銀河があるという考え方はカーチス以前にもイマヌエル・カントらによって唱えられており、島宇宙説と呼ばれている。

 

 カーチスが観測とデータ収集を続けているそのさなかの1917年、ウィルソン山天文台のジョージ・ウィリス・リッチーは、NGC 6946で新星を発見した。この新星は、そのころ考えられていた新星爆発時の明るさと比べて非常に暗かった。この発見をきっかけに、カーチスら天文学者たちは、過去に撮影した写真と現在の写真を比較することで、星雲内での新星探しに力を入れ始めた。その結果、渦巻星雲で新星が多数発見された。そしてその多くは明るさが暗く、他の場所で見つかっていた新星よりも平均で十等級暗いことが分かった。このことからカーチスは、星雲内の新星がこれほど暗く見えるということは、星雲がそれだけ地球から離れているからだという結論に達した

 

・シャープレーの背景

 ウィルソン山天文台のハーロー・シャプレーも宇宙の大きさを知ろうとしており、特に球状星団の研究を進めていた。シャプレーが注目したのは、ヘンリエッタ・スワン・リービットが発見した、ケフェイド変光星の光度と変光周期との関係だった。リービットの観測によれば、ケフェイド変光星は変光周期が長いほど絶対光度は大きい。そのため、この関係を利用すれば変光周期から絶対光度を求められるので、絶対光度と見た目の光度の差から、その変光星までの距離が求められる。シャプレーはこの方法を使って球状星団内にあるケフェイド変光星の距離を測定し、そのいくつかはカプタイン宇宙の外側にあることを導いた。

 

 さらにシャプレーは、球状星団の数は場所によってばらつきがあり、いて座の方向に集中していることを確かめた。このことからシャプレーは、銀河系の大きさはカプタインの考える宇宙よりもはるかに大きく、直径は30万光年ほどあり、中心はいて座の方角で、太陽は銀河系の中心から離れたところにあると発表した。そして球状星団は銀河系の中にあり、銀河系の中心のまわりに球対称に存在していると考えた。

 

 シャプレーの考えは銀河系の大きさの点でカプタインやカーチスの考えと異なっていたが、渦巻星雲の距離の点でも、カーチスらの説と異なることになる。というのも、シャプレーは銀河系の大きさを大きく広げたので、仮にカーチスが唱えるように、星雲は我々の銀河系の外側にある別の銀河だとすると、地球から星雲までの距離は途方もなく大きい値となってしまう。このことは当時としては信じがたいことであった。

 

 シャプレーの説を裏付けるかのように、1916年、ウィルソン山天文台のアドリアン・ヴァン・マーネンは、渦巻き型の星雲M101が回転していることを検出したと発表した。回転運動の大きさは年間0.022秒 (角度)で、回転周期は10万年。仮にこの星雲が我々の銀河系の外にある別の銀河だとしたら、この周期で回転するためには、回転速度は光速以上の速さになってしまう。実際の回転速度はヴェスト・スライファーの測定から毎秒およそ200キロメートルと推定され、この数値から距離を計算すると、約2000パーセク(約6520光年)となる。したがって、この渦巻星雲は我々の銀河系の中にあると導かれる。,,,回転速度周期の数値はのちに観測誤差による誤りと分かった。

 

 このように、1920年の時点では、銀河系の大きさと星雲までの距離について、カーチスの説とシャプレーの説の2つが存在していた。

 

・討論会の開催

 天文学者ジョージ・ヘールは、1914年から毎年ヘール講義と呼ばれる講義を主催していた。

 討論会の参加者は、シャプレーとカーチスに決まった。当時シャプレーは35歳で、カーチスは47歳。シャプレーが観測結果から推論と時に直感を頼りに新しい理論を組み立ててゆく性格なのに対し、カーチスは観測結果を重視し、注意深く慎重に論を進めるタイプといわれており、性格面でも対照的な2人だった。

 講演時間は各40分と決まった。また、講演後に総括論議(一般討論)の時間を設けることにした。

 

・シャプレーの講演

 シャプレーの講演は、自身が書いた原稿が残っているので、そこから内容を知ることができる。

 

 球状星団までの距離を求める方法について述べた。ここでシャプレーが説明した方法は、これまで自身が主に研究していたケフェイド変光星を使った方法ではなく、B型青色巨星を使った方法だった。当時B型青色巨星は、太陽系の近くにも、球状星団の中にも見つかっており、太陽系近くの青色巨星は太陽の200倍の明るさがあった。

 シャプレーは、球状星団内にあるB型青色巨星も実際の明るさはこれと同程度であるという仮説をたてて球状星団までの距離を計算し、ヘルクレス座にある星団までの距離を3万5000光年と見積もった。

 さらに、この星団の明るさと比較することで他の星団の距離も求めた。そしてその結果をふまえ、銀河の大きさは約30万光年で、暗く見える星団はこの銀河の縁にあり、太陽は銀河の中心から離れた位置に存在すると主張した。この結果は、自身によるケフェイド変光星の調査から得られた結果と同一であった。

 

 シャプレーは講演の終わり近くに、渦巻星雲について簡単に触れた。そこではヴァン・マーネンの測定結果を紹介し、天の川銀河がシャプレーの考えるような大きさであるならば、渦巻星雲が天の川銀河とは別の銀河であると考えることはできないと主張した。最後にシャプレーは、銀河系の外にある恒星集団について、このような銀河は発見されていないと述べた

 

・カーチスの講演

 カーチスの講演用の原稿は討論会直後に紛失したため存在していない。しかしスライドが何枚か残っているので、そこから講演内容を推測することができる。

 

 カーチスは、銀河の大きさについてシャプレーが主張したことを否定した。カーチスは、ケフェイド変光星を使ったシャプレーの計算は種々異論があり、また計算に使った星のデータが少なかったということもあり認めなかった。B型青色巨星を使った測定方法についても納得しなかった。カーチスは、青色巨星については分かっていることが少なすぎると述べた。そして代わりに、太陽のような黄白色の恒星を基準として、球状星団内の星までの距離を求めた結果を紹介した。その距離はシャプレーの計算結果よりずっと短く、その結果から考えると天の川銀河の大きさは直径3万光年であると主張した。

 

 講演の後半では渦巻星雲について語った。渦巻星雲が天の川銀河とは別の銀河であるとする根拠をいくつか挙げ、その1つとして、ヴェスト・スライファーが1917年に発表した渦巻星雲の移動速度の研究を取り上げた。スライファーの観測によれば、渦巻星雲は平均で秒速500キロメートル、最も速いものだと秒速1100キロメートルの速さで移動している。これは天の川銀河内にある他の恒星などと比べて極めて速い。そのためこのような速さで動く天体が天の川銀河系の中に存在するとは考えられないと主張した。

 

 カーチスは最後に、渦巻星雲が発見される場所に偏りがあることに触れた。渦巻星雲は円盤状をした天の川銀河の上下方向に集中しており、円盤部分(銀河面)には見つかっておらず、星雲の無い空間は星雲欠如領域と呼ばれていた。カーチスは、この領域で星雲が見つからないのは天の川銀河にある宇宙塵に遮られているからだと述べた

 

・講演会の後

 シャプレーは後に、この討論について、「私は割当てられた主題という観点からすれば論争に勝ったと思う」と述べている。また、「カーチスはなかなかのものだったと思う。理論は間違っていたが、論述がすばらしかった」とも述べた。

 一方カーチスは、「ワシントンでのディベートは成功した。私はしかるべき評価を受けたはずだ」と家族に報告している。

 討論の1年後、2人の主張は『アメリカ研究評議会報』に掲載されることになった。

 

・ハッブルの発見

 1923年、エドウィン・ハッブルは、ウィルソン山天文台の望遠鏡で、渦巻星雲のM31(アンドロメダ星雲)およびM33を観測し、これら渦巻星雲の中に変光星を発見した。ハッブルは変光星までの距離を求めることで、地球から2つの星雲までの距離を約90万光年と導いた。この数値はシャプレーの考える天の川銀河の大きさである30万光年よりも大きな値であり、したがって、2つの星雲は銀河系の外側にあるということができる。ハッブルの研究結果は1924年12月に初めて発表された。

 

 1935年、ハッブルは、ヴァン・マーネンが測定した渦巻星雲のうち4つを再測定し、固有運動は検出されなかったと発表した。ヴァン・マーネン自身も同年に再測定し、自らが以前に発表したほどの固有運動は検出されなかったことを確認した。その後の解析により、測定の個人誤差によるものだされた。また、ケフェイド変光星を用いたハッブルによるアンドロメダ銀河までの距離測定については、後に、同銀河内にあるケフェイド変光星の周期と光度の関係が、ハッブルが計算に使ったものとは別種族のものであったことが分かった。さらに、星の測光標準の改正などもあって、現在はアンドロメダ銀河までの距離は約230万光年とされている。

 

・銀河の大きさ

 一方で、銀河系の大きさと構造については、カーチスよりもシャプレーの説の方が正解に近かったことが分かっている。カーチスの主張した3万光年という直径はカプタイン宇宙を大きな根拠としているが、これは望遠鏡で観測した星の距離を測ったうえで、星の空間密度分布から銀河系の大きさを求める方法だった。しかし実際には、銀河系内にある星間物質が光を吸収するため、望遠鏡では太陽系からみて遠くの星が観測しにくくなっていた。そのためカプタインは銀河系の大きさを実際より小さく見積もり、さらに太陽系は銀河系の中心近くにあるという結果を導き出すことになった。現在では、天の川銀河は直径約15万光年で、太陽系は銀河系の中心から2万8000光年離れた位置に存在するとされている。

 

 それに対してシャプレーの考えた30万光年の銀河系は逆に大きすぎる値だった。これは、シャプレーが遠くの星の明るさから距離を測定する際に、銀河系の宇宙塵が光を吸収する効果を考慮に入れなかったため、これらの星が実際より遠くにあると計算してしまったことによる。

 しかしケフェイド変光星を使って距離を求めるという方法自体は正しく、また、太陽は銀河系の中心から離れた位置にあるという主張も正しいものであった。この点について、シャプレーは、太陽は宇宙の中心ではないことを示したとして、コペルニクスになぞらえる形で評価されている。

 

 以上のように、2人の主張はどちらも部分的には正しく、部分的には間違っているという結果に終わった

 

 この討論会自体は、2人の話がかみ合わず、はっきりとした結論の出ないままに終わった。そもそも講演の聴き手となる人の認識が2人の間で異なっていた。

 シャプレーは一般の人々に理解できるような初歩的な話を主に取り上げた。それに対しカーチスはより専門的な話をして、シャプレーにも専門的な話をすることを望んでいた。

 また、討論のテーマである「宇宙の大きさ」のとらえ方でも両者は異なっていた。シャプレーは宇宙を天の川銀河に限定していたのに対し、カーチスは渦巻星雲を含む、観測可能なすべての範囲で考えていた。

 

・討論会/その後の評価

 討論会は、当時の一般社会ではさほど話題にならず、学界においても注目を集めなかった。

 

 しかし1年後に2人が雑誌に発表した論文、及びその論文の執筆過程において、議論が深まっていった。そして後にこの討論の重要性が認識されるようになり、その過程において、あたかも対立する2大陣営が討論会の場で激しく争ったかのようなイメージが付されるようになった。

 現在では、この討論会の内容は歴史的に見て人類の宇宙観の変遷という点で注目されており、宇宙はいかなるもので、どのくらいの大きさなのかといった、当時はよく分かっていなかった事柄について議論したという点において、哲学的、科学的に重要なものであったとされている

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%AB%96%E4%BA%89_(%E5%A4%A9%E6%96%87%E5%AD%A6)

 

 以前事前調査していたジョムティエンビーチ北端への星見小遠征 第1日目

 場所偵察もありDWARF3のみを持って現地へ。

 

 DWARF3の撮影対象として

 ①一日目   通常フィルターで銀河+星団(北~西)

 ②二日目  デュアルバンドで赤い星雲(北~西)

 ③三日目   小マゼラン+大マゼラン(南)

 という概略の工程

 

 以下共通撮影データ

 DWARF3(Φ35㎜  150㎜)+「天文」フィルター+赤道儀追尾

 30秒 gain60 n=100枚設定(歩留まり85~90%)

 ダーク減算(ちなみにカメラ温度は40℃前後) 気温は25℃程度

 DWARF3のクラウド上「天文スタジオ」で処理

 正方カット(左右をカットしたのみ)

 

 M31 アンドロメダ銀河

 M33 さんかく座銀河

 

 NGC869とNGC884 ペルセウス座二重星団

 もうちょっと色鮮やかにならなカナ,,,時間が足りないのか限界なのか?

 

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 夕方6時20分自宅発

 三脚バッグに三脚と赤道儀用架台、DWARF3を詰めてバイク前面にぶら下げ、Ipadなど備品は座席下に収納。折りたたみイスを車両後部にぶら下げて出発。

 ウォーキングストリートなどパタヤ夜の歓楽街近くを抜けるため、往路は大混雑

 出発時間はあと20分前倒しが良さそう,,,現地まで20分ほど。

 

 ジョムティエンビーチ北端に設置。

 2m下がったところが岩礁でヘッドランプをつけた釣人たちがワサワサ。

 背面側もバイクが出入りしてヘッドライトが当たる場合もあり,,,

 10分に1回くらいは左右に夜景見のカップル等

 

 視界は北~西。同じ平面で10mほど移動すれば南も開けている

 この日は北方向メイン

 三脚の上にレベラーを載せて、これにkenko微動雲台をつけてセッティング。

 DWARF3の赤道儀調整機能は優れもので5分程度で設置完了

 ハレー彗星の回帰を計算するしかない問題

 本を読んでいなくても天文民なら話題としては知っている?

 これは2級公式テキストに載っています

 これは前記の伊予原新の時の問題をちゃんと見ていれば答えられる,,,

 まあこれも天文民としては常識の範疇

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 年代ごとに並べました。

 この順なら次はNHKの番ですが、過去の出題傾向を見ると、その時に手ごろな問題があればそれを出題する,,,というようなので、どちらが出ていいように次回に向けて対応します。

 

 ・NHK大河ドラマの流れ

 これは先日投稿した「豊臣秀吉が見た天文現象」で対応。

 

 ・その他文芸/芸能系

 第20回検定試験の正答「この夏の星を見る」はコロナ下の鬱屈とした高校生活を送る天文部員が他の高校生と一緒の時間帯で星を観る,,,という内容のようで、涙ルイルイの作品だとか。私は観ていません,,,というか観る環境にない。

 

 小説⇒映画と来たので、次はTVドラマか?

 というかですね、さすがに天文とか星に分野を限定してしまうと小説も映画も種切れ。小説だと、下記が見つかったくらい。

 TVドラマあたりに対象を振らないとご新規さんが見つからない状況。

 

 現在、次の試験に出そうなネタ探しをしている最中で、

・僕たちはまだその星の校則を知らない 2025年夏のTVドラマ

・星降る夜に 2023年 純愛ドラマ?

・いつか、無重力の宙で 2025年NHKドラマ

・ホットスポット 2025年日本テレビ SFコメディ?

 

 順次、天文系のキーワードで検索していたら、「火星の女王」のニュース到来

 

 これって、ウチのネット検索能力が低いのか、星、天体、天文&TVドラマでは検索できませんでした。それにしても「火星」も星なのだから「星&TVドラマ」で出てきてもよさそうですが,,,

 

 NHK 放送100年特集ドラマなのだとか。

 天文界隈では、2026年度に火星に衛星を送るMMX計画(火星探査衛星計画)が話題で、多分それに合わせたものなのだろうなあと推察。

 

 年末向け&NHK&放送100年特集ドラマ,,,どれを見てもピンピカで、これって問題にしようとすると横並びのつり合いがとれなさそう,,

 だってもう一方のNHK番組が、お姉さん方が人工衛星飛ばすっていう話ですから。

 

 火星がテーマということであれば、トータルリコール、オデッセイ、テラフォーマなどを並べて、この中で映画の設定場所が火星と異なるのはどれか?

 なんていうのもいいかも。

 

 ともあれこのテーマは4月ごろまでは調査は続きそうです。

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 これは昨日のDWARF3の運用状況で、

 ・サイトロンSJ経緯台の取付を外側に向ける

 ・L型アリガタを外向けにつける

 ・先端にDWARF3を装着するも、北緯13度なのでほぼ水平取付け。

 、、、如何にも振動に弱そうな構造。

 

 昨日はM81とM86(マルカリアンチェーン)を撮影しましたが、

 M81、1枚30秒撮影で、OK190枚、位置ズレ81枚

 M86、1枚15秒撮影で、OK116枚、位置ズレ84枚

 という惨憺たる状況,,,考えられるのはベランダ風。

 位置ズレは操作用iPadで見ても歴然としていて、DWARF3がコンポジットしてくれません。

 

 実は経緯台設定だとこれほど歩留まりが低下することはありません。

 赤道儀化するとDWARF3がほぼ寝た形になり、アーム長がぐっと伸びますので。

 

 元に戻って、なぜ上掲写真のように無理な機材配置にしたかというと、ベランダの廂にかかって上空が見えないため、手すりの外側に張り出そうとしたためでした。

 視界を取るか歩留まりを取るか。

 

 単純にアーム長を短くするとか、細い部材であるL型アリガタをやめるなどあるにはあるので、現在、取付方法について悩んでいるところです。

 星座、星図、略符関連は毎回1題づつ出題されています。

 

 星図の制作順を問うもの

1603 ウラノメトリア バイエル 全天を包括した初めての星図

1699 天文成象 渋川晴海 中国+自ら観測の成果 独自のもの61星座

1729 天球図譜 フラムスティード 初めて望遠鏡による観測 絵の裏表を直す

1801  ウラノグラフィア ヨハンボーデ 絵柄に凝る

 

 天文成象は日本人が独自観測も踏まえて作成されたものなので、これ単独で出題されることも想定して、深く理解する必要があると思います

 

 かみのけ座はカスパル・フォルベ  =トレミー48星座には含まれない

 トレミー星座は理想的にはすべて覚える

 おおいぬこいぬ、おおぐまこぐま、りょうけん、こじし

 かんむり、みなみのうお、みなみのかんむり、みなみのさんかく

 

 私は正解でしたが、5個以上はあるが12個もあったっけかな?程度でした

 これは解法最適解があるのかな?

 これは常識で判断できる

 鳥3種の中から選ぶ、ドードー鳥はモーリシャスの鳥、ダチョウはアフリカ。

 第17回と同じ系統 

 こぎつね座はVul、しし座はLeoだがこじし座はLMi

 

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 ・広い面積の星座を問うもの

 面積はオマケ。順番を覚えることは必須

 

 ・見た目同じような略符の判別

 結局、略符は覚えなければならないのでしょうね。

 

 ・トレミー星座と南天星座以外の星座

 南天星座は大きく分けて2つに分かれますが、所属星座を覚えるのは多分不可能

 ・1598年作 ケイセルとハウトマンの航海によるもの

 ・1756年作 ド・ラカーユによるもの

 

 過去に出題されたこともあり、星座名と製作者名を繋げて覚えるんでしょうね,,,

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  おおぐま座M81ボーデの銀河とM82葉巻銀河
  昨日投稿と比べると雲泥の差,,,
 淡い楕円銀河がよく写っています。
 ,,,この時この方向の空はよかった

 こちらは1時間ほどズレたもの
 口径がΦ35⇒Φ125にアップしているのに微光星の写りが悪い
 写真の合成は一枚一枚チェックしますが、一枚ごと銀河が点滅している感じで雲が通過しています。

 

 (追記)

 どうも写りが悪いと考えてみたらナローバンドが付いていますので、付け替えて撮影し直します,,,

 3時半、機材撤収時に東の空低く月が出ていたので
 もうちょっと高く出ていればちゃんと仕上げられるように撮影したのですが、時折、低空の雲に隠れる状況だったので、操作画面での月見でおしまい
 星空用の露出なので露出過多、その代わり地球照が写っています

 

 アンティキティラ島の機械

 これって細かいことは知らない/忘れたにして、まあほとんどの人が「ああアレね」というものだと思います。,,,私もその一員。緑青で汚れたアレでしょ,,,

 これは第19回(2025年6月)の検定1級問題。 

 初見の時の感想、「ナニコレ?唐突に、これ天文宇宙検定の問題なの?」

 

 この問題、詳細知識がなければ解けないか?というとそうでもなく、少なくとも選択肢は絞れそうです。

 ① 発見されたのはギリシアの海なのでギリシアあるいは少なくともローマの遺物であるはずなので、1500年前は✕

 ④ 少なくとも私の子供のころから見聞きしていた話題なので21世紀の発見は✕

 

 となると、②か③だけど、③の歯車3個よりはもっとあったはず

 であれば消去法で②を選びこれが正解。

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 今朝SNSでアンティキティラ島の機械が出てきて、ちょっと調べてみようかなと。

 

 まずは天文時事問題ではないか?と疑ってみて、

 「アンティキティラ島の機械 & Astroarts」で検索

 

 すると幾つかの記事が出ましたが、すべて試験実施以降の記事。

 天文時事ニュースに触発されて作問されたようでは無さそう,,,

 でもこの遺物は天文に関するものなのだ,,,と認識。

 AI曰く、アンティキティラ=ステラナビゲータという図式。

 

 「複雑な構造と歯車により、太陽・月・惑星の位置予測に使われたことが判明」という記載もあり、一種のプラネタリウムであったとのこと。

 ,,,となると「プラネタリウム100周年」関連なのだと納得。

 プラネタリウム100周年で記事を丹念に追いかけていれば、アンティキティラの言葉が出てもびっくりはしないはず。

 

 ただし正解枝が選べるかどうかはその先で、自分でどう調べていくかによります。

 仮に上掲三菱電機の記事を読んでいたとして、歯車の数とか惑星の運行表示まではわからないわけです。

 

 上掲記事に先立ってwikiを読みましたが、2008年7月31日、「ネイチャー」に論文が掲載されたようです。

 ・この機械は37個の歯車を持つ(30個が現存)

 ・太陽と月の位置を予測するために用いられた

 ・惑星運動も表していたかもしれないと考えている

 ・前面に太陽と黄道十二星座のための目盛りがあり、

  太陽と月の位置、月相、そしておそらく惑星の運行を示す針があった。

 ・背面には2つの表示盤があり、

  1つは太陽、月、地球が同じ相対的位置関係になる18年周期と3サロス周期

  他はメトン周期(19年、235朔望月)とカリポス周期(940朔望月の周期)

  等が表示されるもの

 ,,,プラネタリウムといえなくもない

 

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 パタヤのオーロラ

 ,,,単なる夕焼けです

 今夜は晴れる予報ですが、夕方時点で薄雲あり

 今晩はDWARF3/赤道儀仕様で長時間露光しつつ、

 横でHAC125DXで深天体撮影の予定

 

 北天展望台で観望する予定であり、AC電源がないのでポタ電での対応。

 今晩はポタ電で全システムが順調に作動するかを確認するのがメイン作業

 現在午前2時、2台並べて撮影中

 

 

 公式テキストが手元にないころ、過去問分析はネット検索だけでやっていて、時折潰れた活字のチョイ古めのPDFで出てきたのが「天文教育」。これは紙の資料をPDF化したもののようで、保存用のものなのかな?、、、だから潰れた活字?

 内容としては「天文月報」のような内容もあり、割と高度なものもありました。

 

 教育大系の先生の投稿が多く、今思えば、これには公式テキストの執筆陣が多く投稿していました。

 

 今回改めてしらべると、天文系教育者が集う団体の会誌でした

 「日本天文教育普及研究会」

 実は、amazonでポチッた「天文学者たちの江戸時代」ですが、元はこの会誌に連載された記事であったようで、この会誌をたどれば試験ネタに辿り着くかな?と。

 冒頭の「資料論文」を書かれているのは東京都市大の津村さんで、この方は検定2級の解説動画(検定委員会公式)を出されている方です。

 その他、会誌の目次を括っていくと、公式テキストを執筆されている方々の報文が多数見受けられました。

 

 会誌は1回/2カ月の割に発行されています。

 会誌そのものは紙版のようで、そのPDF版がネットで見られるのですが、「一部公開」となっていて会員だとログインして全て読めるというもの。

 画像はPDF、word原稿をPDF化したものなのでクリアに読めます。

 

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 で、検定問題のネタ探しですが、目論見は外れました。,,,特に新たな発見は無し。

 2022年度分まで年6回の発行分をざっと見ましたが、検定1級ネタになりそうなものはありません

 鉱脈が見つかるかと思って期待しましたが、無ければないで「あれを見ておけばよかった」ということもなくなるので、2時間ほどの作業は無事完了。

 

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 おおぐま座辺り ボーデの銀河と葉巻銀河

 強風で歩留まり1/3程度であり、よく見ると縞状に雲の影響も出ています

 

 DWARF3は画角が広いのが謳い文句なので、これら銀河を詳細に撮るのはまた別の機材で 

 赤道儀化したころもあり30秒露出にチャレンジしましたが、風のためボツ続出で15秒/回露出に変更しました。

 雲が出てきたので3時半撤収。

 撤収間際に東の空に月が見えたので1枚。

 トイレットペーパーの芯のフード使い始め

 効果の検証はこれから

 

 北天でのDWARF3の赤道儀化は無事にできることを確認できたので、望遠鏡をもう一台並べて撮影しようと思っていて、これから機材準備します。