くにたち蟄居日記 -70ページ目

エセー 第一巻 第二章


  「小さな悲しみは口に出せるが、大きな悲しみは口をつぐむ」

 あまりの事態に言葉を失うともいう表現も思いだした。

 僕らは事象や感情を言語という表現で把握する。自分が感じたある種の感情を言葉で
表すということは、その「ある種の感情」を「整理」することに他ならない。その意味では、
「整理できないような大きな感情」は、言葉にならないということなのだろう。

 モンテーニュは自身を「生まれつき、感じ方がにぶくて、おまけに、これを日々理屈という
外皮でおおって、ぶあつくしている」と表現している。「理屈という外皮」という部分がなんとも
言えず彼らしい表現の仕方ではある。

レコードの儀式性


 「音楽の起源は宗教的儀式にある。ネットで簡単に聴ける時代だからこそ、ひと手間かけるレコードの
儀式性が重視される」

 11月8日の日経新聞12面で紹介された 大妻大学 小泉恭子教授(音楽社会学)の言葉である。音楽
社会学なる学問があることは初めて知った。

 音楽の起源に宗教を求めることには賛成だ。僕も常々「歌というものは、必ず儀式から来ているに違いない」
と思ってきたからである。なぜそう思ってきたのかというと、歌を詠う時に、たまに訪れるある種の宗教的法悦を
感じることがあったからである。

 勿論歌を聴いていても同様の体験をすることはある。但し、圧倒的に聴くより唄う際に感じることが多い。
それは、歌というものが、そもそも体を楽器として使っているからかもしれない。音楽はある種の空気の振動
であり、その振動を生み出している体という楽器も、同時に振動しているからである。

 そう考えると「振動」というもの自体にも特殊な効力を感じる。例えば、赤ん坊を寝かせようと「揺らす」
という行為があるが、あれもある種の振動を赤ん坊に与えるということなのだと思う。

 そうか、「揺らぎ」には宗教というものがあるのか。そう考えると、なるほど、レコードも宗教であるという
御説にも頷かされた。
 

第一巻 第一章


  「わたしは極端にだらしなくて、すぐ憐憫や寛大さといった心に負けてしまうのだ」

 憐憫や寛大に負けることが「だらしがない」というモンテーニュの主張は本当に正しいのだろうかと
思っているところだ。憐憫や寛大とは人間の美徳ではないのだろうか。

 但し、改めて考えると下手な憐憫が却って相手の為にならないこともあると思う。冷酷非情にも
見えることが、最終的には冷酷非情さを受けた人にとっても良いということは案外あるのでは
なかろうか。

 「誹謗中傷よりも酷いことがひとつある。それは真実だ」とは フランスのタレーランという外交官
の言葉だという。その言葉と響きあう気もしないでもない。
 

「差別」とは  


 会社の先輩と話している際に「日本人は実はかなり差別する人たちではないか」という話が出た。

 本当にそうなのだろうか。

 こういう際には、例えば、ヘイトスピーチをする日本人を考えてもあまり意味がない気はする。
あの人たちは差別を目指しているようにも思えないからだ。何か考えていることが結果として
あのような形で噴出しているように僕には思える。

 むしろ「差別」という言葉の意味を掘り下げることが大事な気がする。

 「差別」と「区別」と「分別」は何が違うのか。

 「区別」という言葉にはマイナスイメージは無い。物事を平面的に分け、そこに優劣をつける
わけでもない。

 「分別」とは、「大人としての自覚」という意味だろう。分別で「分けている」ものとは、世の中の
常識であるとか、しきたりというようなものに見える。いずれにせよ、悪いイメージはない。

 などと比べて「差別」という言葉の意味は何なのだろうか。これはちょっとしばらく考えて
みたい。

 

 

 
 

「それから」  森田芳光

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久しぶりに本作を見直した。15年ぶりくらいであろうか。

 本作は映画館で鑑賞した。1980年代である。当時は監督の森田の全盛期と言えた。実際
「それから」までの森田の才気走った一連の作品はいま思っても傑作が多い。「それから」以降
はいささか低迷した点が本当に悔やまれる。森田の最大ヒット作は「失楽園」かもしれないが、
あれは別に森田でなくても撮れた作品のように見える。本作は、当時の森田でしか撮れない
傑作だ。

 見直して、小林薫の存在感に気がついた。松田や藤谷に喰わえている印象が強いが、
小林の存在が無かったならば、本作はだれてきたに違いない。小林の起用のような
センスが当時の森田のセンスでもあったのだ。

 夏目漱石の映画化は本作以外には観た事がない。「こころ」「坊ちゃん」等の例もあるようす
だが、案外映画化されていない感がある。考えてみると「三四郎」、「門」、「行人」等の
映画化はそもそも想像が難しい。端的に言うと、夏目漱石は映画化に向いていないのかも
しれない。その中で本作は際立っている。いま、なお。基本的に

「権力と権威」 


 金曜日の「権威というものが無くなってきたのではないか」という
話を何回か考えているうちに不図 「権威」と「権力」との違いとは
何かを考える機会を得ました。

 僕の理解では「権力」とは「人に何かを強いること」が出来る権限を意味します。
「国家権力」という言葉が端的な例だと思います。その意味では会社においても例えば
「権限規定」があるわけですが、あれも何かを人に強いる権力を整理した「権力体系」と
いうことかと。(意思決定プロセスとは要は「何かを決定するに際して、決定出来ない人
=強いられる人 を決めていく作業」にも見えます。)

 一方「権威」とは、「人に自主的にフォローさせてしまう」というような要素を
感じます。ある種のスピリチュアルな要素が多分に含まれるのかなと。昔の会社
の「エライサン」とは、例えば人事権を持っている権力だけではなく、何かある種
特別な能力やオーラを持った人だったのかもしれません。

 従い、「権力」に対しては「迎合」し、「権威」に対しては「ひれ伏す」、という
ことなのかなと。(「論語」も「迎合させる」という点でのプロパガンダの
一冊となってしまいますかね)

 そうだとすると「権力は依然として残り、権威だけが衰退する」という事態が
どこに人間を連れていくのか。これを考えることは結構 頭の体操になる気がします。

 本日段階で僕なりの答えはありませんが、「権威が無くなっていくことで権力が
むき出しになって行く」ような場面があるような予感がしています。おそらくそれは
結構怖い状況なのかなあと。



「三頭荘」 での昼食   東京都 数馬

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 数馬の里にある「三頭山荘」というところで食べたお昼ご飯である。

 小皿に山菜がちょこりと盛ってある。名前も分からないものが多い。それを摘みながら
麦酒を飲むわけだ。





数馬の路傍の石仏

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 休日に日帰りで数馬に妻と二人で出かけた。

 数馬とは、東京都である。武蔵五日市からバスで1時間ほど行った集落だ。隠れ里と言って良い。

 数馬の道のわきで見つけた石仏の写真を撮った。おそらく江戸時代のものかと思うが、なんとも言えない
良い表情である。これなら、岩船寺あたりの古道にあってもおかしくない。名もない石工が彫った石仏が
かように綺麗な表情をしているとしたら、これは石工の信仰心のなせる技なのだろうか。

 数馬では温泉に入った。山菜とヤマメの刺身の昼食で麦酒も鱈腹飲んだ。帰りのバスも鉄道も熟睡である。
都内の旅も贅沢なものだなと帰宅して思っているところだ。








「検証  バブル失政」  軽部謙介

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 僕は併読型だが、本作を読み始めると他の本は手に取らなくなった。臨場感溢れる一冊であり、金融に詳しくなくても勉強になりつつ楽しく読めた。

 僕自身がバブル世代であるので本作を比較的理解し易い年代かと思う。ある時期、日本が極めて自信過剰に
なっていたことを本書は忌憚なく描き出す。バブルの発生と崩壊は、その時代の固有で様々な要因に帰することも可能だろうが、長い目で見た場合には、ある種の人間の業というものがそこにあると僕は思う。

 日本の場合にはやはり「第二次大戦での徹底的な敗北」が産んだ劣等感と、「そこから這い上がってきた」
という優越感がバブルの端々に香っていたと思う。「盛者必衰の理」とは平家物語の一節だが、バブルの頃の
僕らは、平家物語を編んだ鎌倉時代の人たちよりも「理」が分かっていなかった。そう断じられても、ぐうの音も
出ないかもしれない。

 この時代になぜ作者はバブルを論じているだろうかと考えることは重要だ。

 一つには、時間が経ち、評価が定まってきたということもあるのかもしれない。バブルを
論じた本はバブル崩壊直後から沢山有ったと思う。どの本もある種の結論は出していたにせよ、
結局は「中間報告」に過ぎないという面もあったような印象を受ける。勿論本作もかような
「中間報告」の一冊になってしまうかもしれない。但し、それでも本作は貴重な歴史の証言
になるのでないかと思われる。

 本書に登場する人々は、優秀な方ばかりだったはずだ。そんな優秀な「レミングたち」が
まっしぐらに水に向かって走っていった時代があったということなのだろうか。

「UTAU」  坂本龍一  大貫妙子

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 坂本龍一と大貫妙子を聞き始めたのは1983年である。大学一年生の時だ。もう、30年以上前である。

 30年という時間は歴史から見ると大した長さではない。但し、一人の人間としては、決して短くもない。

 その間に、卒業し、社会に出た。伴侶に出会い、結婚し、子供が産まれた。家族でタイとインドネシアに住む機会を得たことで日本も10年近く離れた。

 そんな中で、いつも、というより、時折、お二人の音楽を聴いてきた。

 年齢により、状況により、環境により、僕の聴き方は変わってきているはずだ。時間は僕の耳を変えていく。そこにある音楽は変わらなくても。

 勿論、それは、お二人にも返せる。彼らにも、彼らなりの30年間があったであろうから。

 本作はシンプルだ。坂本のピアノと大貫のボーカルだ。かつての坂本編曲の大貫のアルバムはどちらかというと才気走ったものだった。それを覚えている僕の耳は、そんなシンプルさこそを「30年という年月」と聴く。
尖ったものが、だんだんと丸くなっていく。そんな様は、なんだか貴いものに思えてしまう。

 これからの年月がどこまで彼らに、そして僕に、残っているのかは分からない。その間も時折聴いていく
のだろうという予感はある。言うまでもなく楽しい予感だ。年を取るということは決して悪いものでもない。