レコードの儀式性
「音楽の起源は宗教的儀式にある。ネットで簡単に聴ける時代だからこそ、ひと手間かけるレコードの
儀式性が重視される」
11月8日の日経新聞12面で紹介された 大妻大学 小泉恭子教授(音楽社会学)の言葉である。音楽
社会学なる学問があることは初めて知った。
音楽の起源に宗教を求めることには賛成だ。僕も常々「歌というものは、必ず儀式から来ているに違いない」
と思ってきたからである。なぜそう思ってきたのかというと、歌を詠う時に、たまに訪れるある種の宗教的法悦を
感じることがあったからである。
勿論歌を聴いていても同様の体験をすることはある。但し、圧倒的に聴くより唄う際に感じることが多い。
それは、歌というものが、そもそも体を楽器として使っているからかもしれない。音楽はある種の空気の振動
であり、その振動を生み出している体という楽器も、同時に振動しているからである。
そう考えると「振動」というもの自体にも特殊な効力を感じる。例えば、赤ん坊を寝かせようと「揺らす」
という行為があるが、あれもある種の振動を赤ん坊に与えるということなのだと思う。
そうか、「揺らぎ」には宗教というものがあるのか。そう考えると、なるほど、レコードも宗教であるという
御説にも頷かされた。