くにたち蟄居日記 -121ページ目

「 戦後 日本が失ったもの 」   東郷和彦

 感想は二点だ。

 一点目。著者は日本の風景が醜悪になった点を嘆く。確かに欧州では、街並みへの美学を強く感じる場面が多い。観光地のみならず、普通の街においても、である。それに比べると、日本人の無頓着ぶりは際立つ。

 但し、著者が理想とする日本の風景がいつの時代のものなのかが見えない。明治時代なのか、江戸時代なのか、縄文時代なのか。
著者は奈良の長谷寺の風景を讃え、かつ新しい美術館が景色を壊していると嘆く。長谷寺も創建された時代には、景色を壊す建物であったのではないか。年月を経て、今は自然の一部に溶け込んだだけではないのか。

 著者がノスタルジーを感じている日本の風景も、それが作られた頃には美学ではなく、実用の一点で作られたものではないか。建築史には知見がない個人の意見にて正誤は分からないが。


 二点目。著者は日本人のアイデンティティが失われつつあると言う。

 これを考えるには「では いつ どのようなアイデンティティが日本に有ったのか」という問題設定が必要だ。そもそも「日本人」というものが出来たのは基本的には明治以降ではないか。それ以前は、「日本」という発想自体が希薄だったと聞く。

 そう考えると、日本人のアイデンティティとは明治以降の ある段階に存在し、それが無くなってきているということなのだろうか?

 僕は思うが「まんが日本昔話」というシリーズは案外僕らへの影響が大きい。僕らは、あのアニメで「昔の日本人のあり方」と刷り込まれた気がする。但し、あそこで語られる昔話とは、フィクションだ。
 アニメで原日本人像が作られてしまってはいるとしたら、「失われたアイデンティティ」というものも幻想ではないか。であるなら今やるべきは、再度、今ここで新しいアイデンティティを構想し、新たな幻想として打ち立てるという戦略ではないのだろうか。

「反哲学史」 木田 元

 本書は平易な文章で書かれた哲学の入門書だ。しかし、平易な言葉が語る内容は平易な内容ではない。

 僕が学んだのは以下である。「西欧哲学」というものはプラトンが考案したイデア論を基礎にして発達してきた欧州という地域限定の特殊な考え方であり、決してそれが世界全体の統一基準ではないし、そう理解してもいけないということだ。「反」という標題に込められてたニュアンスは、そういう警告である。

 産業革命等を通じて、(この産業革命も優れて、形而上学的な世界認識に源がある事も本書で学んだ点だ)欧州が世界をリードしてきた。それゆえ 本来地域限定な「西欧哲学」が、あたかも世界統一基準のような様相を示していることも歴史だ。僕は日本人とは比較的哲学好きな民族だと思っているが、その基準はやはり「西欧哲学」にあると感じている。

 但し、繰り返すが、「地域限定」であることを常に覚えているべきだ。「西欧哲学」を絶対視せず、常に相対化していく姿勢を著者は訴えているように思える。


 僕にとっての哲学とは「世界認識の方法」である。一つの物を見るに際し 見る角度や見る人によって、その物はいくらでも変わりうる。その物自体は変わらなくても 認識の仕方によって、結果として、無数の変化を起こしてしまうのが「認識」の力であり呪術でもある。「西欧哲学」は その「認識」の一つのバージョンに過ぎないと言ってしまえるかどうか。そう考えると、即断するには、もう少し勉強しないと駄目なのだろうなということが素直な気持ちだ。


 大変刺激的な一冊である。

各人はみずから目的である。

 
 「 どんな人間も、人間によって、手段として用いられてはならない。各人はみずから目的である。 」
 
                               -- 「戦後日本が失ったもの」 東郷 和彦 181頁 --
 
 上記書が引用したヤスパースが紹介している カントの言葉だという。
 
 考えさせられた。
 
 日々の仕事において、僕らは部下であり、上司である。「あいつは重宝だ」とか「使い勝手がある」というような言葉は、よく使っているし、願わくば使われていたいものである。
 
 但し、そこの「使う」という部分に関して、上記 カントの言葉は強く迫って来るものがある。
 
 僕として部下に対して「使い勝手がある」と思う時は、言うまでもなく、褒めているわけだし、間違っても、そこに悪意は無い。いや、むしろ善意に近いものがある。
 
 但し、いくら善意にせよ、仕事上での「手段としての有効性」という意味で言っているとしたら、本当は根源的な部分で、間違っているのかもしれない。
 
 ましてや 「あいつは使えんな」というような発言だってあるわけだ。この場合には、全人格否定にすらなっているのかもしれない。
 
 ということで、ちょっと重い文章を読んだなと思っているところだ。

見知らぬ人にかたるべき

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 「 身近な者にもはなせないことは、見知らぬ人にかたるべきだといいます 」
 
                              -- 日経新聞 10月9日 8面「シネマの万華鏡」 --
 
 これは、今のブログ等にも、そのまま当てはまる話だ。
 
 僕自身は、このブログを身近な人にも公開しているので、「身近な者にもはなせない」ことは、このブログでは書けないようになっている。
 
 かといって 「はなせない」事は 残念ながら たくさんあるわけでもないのだが。
 「はなせない」事が少ないというのも人生として いかにも平板で、詰らないではないか と思いながらも。
 
 一方他の方のブログを拝見していると、上記の言葉に当てはまりそうなものも散見される。こんなことまで言ってしまって、知っている人が読んだら平気なのだろうかと思ってしまうものもある。
 
 僕にとっての、この話の面白みは以下にある。すなわち、人間というものは「話したい」動物であるということだ。
「はなせない」事を 話したいということが、この不思議な話の主眼なのだと思う。
 
 ということは、僕は「話したい」事が少ないのかなと、ふと思ってしまう。
 
 まあ、いいか、それで。
 

スラバヤの盆踊り

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 異国の地での盆踊りだ。
 
 日本人学校の中庭にやぐらが組まれる。モスリムのお嬢さん方が、たこ焼きに並んでいる。

ギリシア哲学とイスラム

 
 「 6世紀にユスティニアヌス帝の哲学禁止令によって、ローマ帝国領内から追放された
 
  ギリシャ哲学研究者たちは遠くアラビアに逃れ、そこでこれを守り続けましたが、
 
  やがてその地がイスラムの支配するところとなるや、この古代ギリシアの遺産も
 
  イスラム文化のうちに包摂されることになります。
 
  殊にイスラムの教義の基礎づけに利用されたアリストテレス哲学はアヴィケンナ、アヴェロエス
 
  といったアラビアの哲学者によって熱心に研究されました。殊にアヴェロエスのいたコルドバ大学は
 
 アリストテレス研究のメッカでした。 」
 
                                 -- 「反哲学史」 木田 元  121頁 --
 
 
 イスラムがなかったら、ギリシア哲学は残っていなかったかもしれないということなのか。これはイスラムの方は誇ってもよいのかもしれないと思う次第だ。
 
 
 

「成る」と「つくる」

 「こうしてみると、フォアゾクラティカーが 生物のような自然的に生成する存在者をモデルにし、『成る』という
  
  観点から事物一般の存在構造を考えていたのに対して、プラトンはそれと真正面から対立するような存在論
 
  --つまり製作物をモデルにし、「つくる」という観点に立って事物の存在構造を考えようとしたのだ、と
 
  見ることができそうです」
 
                                    -- 「反哲学史」 木田 元  93頁 --
 
 「つくる」と考え始めた瞬間に、人間は自然と対立する存在になり始めたということが、本書の一つの主張なのだろうと著者は考えている。聖書で 神が世界を「作った」という部分にも重なる。

尖閣諸島問題の齎したもの

 今回の尖閣諸島問題の、本日段階でも直接的影響は2点かと思っている。
 
 一点目。戦争の匂いすら漂う領土問題が、身近なところにあった点を再度感じた人は多いに違いない。これは、おそらく、沖縄の普天間基地問題をどう考えるのかという別の問題にも波及するだろう。戦争を知らない世代が多数になりつつある中で、微妙な投げかけになったに違いない。
 
 二点目。資源が具体的に武器になりえることがはっきりした。確かに、ロシアが欧州やCIS諸国に対して、資源を武器として色々とやっていたことは新聞には出ていたが、所詮、対岸の火事だった。今回、自分の裏庭が燃えたことで、改めて、資源問題は経済問題ではなく、外交軍事案件であることが日本人にもよく見えたのだと思う。
 
 「日本国民のウェークアップ効果はあったかな」という日本国政府の高官の談話が10月6日の日経新聞に紹介されていたが、賢い人たちは、今回の問題を奇貨とする動きも出てくるに違いない。いずれにせよ、時代はナショナリズムの方向に動いている。名前を変えたファシズムを予想する人も出てきていると聞く。

マルク人

 
 「 インドネシアの旧宗主国オランダは、マルク周辺のキリスト教徒を植民地軍の傭兵に採用。
 
  独立戦争でマルク人はオランダ軍とともに、インドネシア軍と戦い、インドネシア独立後
 
  多くのマルク人が 独立軍との軋轢を恐れ、オランダに移住した。 」
 
 
                                       -- じゃかるた新聞 10月6日号 --
 
 マルク州の州都はアンボンである。第二次大戦の激戦地であったとも聞く。20世紀の爪痕は、まだまだ、インドネシアのあちこちに残っている。

インドネシアには行ったことがない

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 「『バリ島に行ったことはあるが、インドネシアには行ったことがない』という日本人が増えてしまった」
 
                                    --じゃかるた新聞 10月5日号 -ー
 
 しばらく笑いが止まらなかった。