「成る」と「つくる」 | くにたち蟄居日記

「成る」と「つくる」

 「こうしてみると、フォアゾクラティカーが 生物のような自然的に生成する存在者をモデルにし、『成る』という
  
  観点から事物一般の存在構造を考えていたのに対して、プラトンはそれと真正面から対立するような存在論
 
  --つまり製作物をモデルにし、「つくる」という観点に立って事物の存在構造を考えようとしたのだ、と
 
  見ることができそうです」
 
                                    -- 「反哲学史」 木田 元  93頁 --
 
 「つくる」と考え始めた瞬間に、人間は自然と対立する存在になり始めたということが、本書の一つの主張なのだろうと著者は考えている。聖書で 神が世界を「作った」という部分にも重なる。