くにたち蟄居日記 -112ページ目

災害時に卑劣な行いをするのは 

 
 「 災害時に卑劣な行いをするのは、 たいてい権力をもたない大多数ではなく、
 
  権力を手にした少数の人たちなのだ 」
 
 
                      --  「災害ユートピア」 レベッカ・ソルニット 129頁 --

「保科 正之」  中村 彰彦

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 今回の震災関係の新聞記事の中で、本書を紹介していたものがあり、読む機会を得た。

 保科という方は、江戸時代の明暦の大火等に対応した方だ。将軍を支えるナンバー2という存在であり、例えば今の官房長官のような存在だったのかもしれない。

 本書を読んでいて、改めて思ったことは日本の歴史は災害の連続であるということだ。人口が増え、町が大きくなるにつれて、災害の規模も大きくなる。本書で紹介された明暦の大火でも実に11万人近い死者が出たという。その災害に際して、保科はご飯の炊きだしを行い、巨額の義援金を幕府から出させたという。幕府の中には幕府財政を懸念する声もあったらしい。それに対して 保科は「こういう時の為に幕府にて蓄えを行っているわけであり、それを有効利用出来る時が来たということは大いに喜ばしいと考えるべきだ」と退け、窮民救済に乗り出したという。

 この部分において、僕が読んだ新聞記事では、今回の大震災の政府の対応と保科の対応を比較するものだった。勿論単純な比較をすることは、却って現実を見えにくくする可能性はある。但し、繰り返すが、日本の歴史は災害の歴史であり、その過去に学ぶべき点は多いということだ。現在、まだ災害が続いている中で、僕らはどのような後世の評価を得るのだろうか。

ホームレスにはならなかった

 
 「地震の発生時にも(中略)、サンフランシスコ市民はハウスレスにはなったが、ホームレスにはならなかった」
 
                             -- 「災害ユートピア」 レベッカ・ソルニット  42頁から --
 
 「災害ユートピア」という本を読んでいる。原題はA paradise built in hellだ。直訳すると「地獄の中にうち建てられた天国」という意味か。上記の「地震」とは1906年のサンフランシスコ地震を意味している。
 
 
 本書では災害時に見られる人々の連帯の話のようだ。ようだ と書いたのはまだ読了していないからだ。今回の東日本大震災での日本人の対応ぶりが世界でも評判になっている様子だが、そもそも、それは日本人だけではなく、人間に広く見られる一つの危機対応なのかもしれない。本書には、そんな他国の事例が紹介されている。
 
 ハウスレスだがホームレスではないという言葉は重い。逆に「ハウスレスではないが、ホームレスになった」と書いてみるとそれが分かる。これこそが震災前の日本の問題の一つであったのではないか。
 
 
 
 
 

想定外 という言葉

 今回の震災で一番使われている言葉の一つが「想定外」だろう。免責効果を持つこの呪文に頼っている人や組織が多く見られる一方、「それは想定内であったべきだ」という批判も多い。
 
 但し、僕は、その両者に対して同様の違和感を覚えるのだ。
 
 両者の共通している点は「人間は、物事を想定出来てしかるべきだ」という発想である。それを前提として、「その想定の外であった以上しょうがないではないか」という一種の天災を唱える人もいる。一方、同様にそれを前提として「想定自体が甘かったのではないか」という人災を訴える人もいる。「想定自体は可能だ」という点では基本的に両者は同じだ。
 
 では、「人間は、物事を想定出来る」のだろうか。
 
 僕は、それが可能だと考えることは基本的には傲慢なのだと思う。「物事は想定出来る」という前提で、物事を組み立てるから、上記のような不毛なやりとりが続くし、何より、今回のような大災難を招いているのではないだろうか。津波の高さも「想定出来る」として、その想定を元に各種の対策を打ってきた。その想定内なら良かったのだろうが、想定を超えた瞬間に、とてつもない被害が発生した。ある意味で「津波の高さは底知れない」というような考え方が有った方が、被害は少なかったのではないだろうか。
 
 「杞憂」という言葉がある。中国の故事だ。「空が落ちてきたらどうしよう」と思って悩んでしまった人の話だ。心配性を意味する話らしい。
 しかし、もしかしたら、杞憂とは、そんな笑い話では無かったのかもしれない。むしろ、「空が落ちないとは言いきらない」謙虚な方の話かもしれないのだ。
 
 「人間は物事を想定出来る」という考え方は、ギリシア以来の哲学の大きなよりどころである。今回の震災を見ていて、つくづく「人間には物事は想定出来ないものだ」と思った次第だ。そんな僕は杞憂なのだろうか?

田中好子さんの葬儀

 キャンディーズのスーこと、田中好子さんが亡くなった。
 
 インドネシアのNHKで葬儀の様子を見た。お棺を積んだ車に向けて、水色のテープが数多く投げられていた。そういえば、彼女のイメージカラーは水色だったのだ。
 
 テープを投げている人を見ていると、皆 中年以上の方である。キャンディーズの全盛期にファンだった人達だということだろう。中年の方が、水色のテープを投げている風景に驚かされた。
 
 僕らはある程度年を取って来ると、それなりに、動きは鈍くなる。それは「走る」「投げる」という物理的な動作だけではなく、気持ちの面でもそうだ。若いころには、アイドルを追っかけたりしていた人も、中年を迎えて、それなりに落ち着いてきているものだ。それを成熟であるとか老成という言い方も出来るかもしれない。但し、鈍くなったことも確かだ。
 
 一方、心のどこかには、青少年時代の残照のようなものも残っていることにたまに気が付いて驚くこともある。中年以上の方が時として見せる少年や少女のような立ち振る舞いというものはある。僕らは成熟し老成する中でも、青少年時代に得た「何か」は失くさないものなのかもしれない。
 
 葬儀の場面でミーハーのように水色のテープを投げていた方には、そんな残照があったと僕は思った。田中好子さんが亡くなったことで、彼らの心の中にあった「何か」が亡くなったということなのだと思う。彼らがテープを投げていた対象は、田中好子さんという方ではない。彼ら自身の「何か」に対して、惜別のテープを投げていたのではないか。
 
 そんな思いにしばし 捕われた。

「タクシー ドライバー」 マーチン・スコセッシ

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 25年ぶりに鑑賞した。

 主人公は「何か」になろうとしている男だ。問題なのは「何に」なりたいのかが自分でも分かっていない点にある。彼にとっては大統領候補を狙撃することも、売春婦のヒモ連中を一掃することも等価値である。たまたま前者に失敗し、後者をやったことで、世間的にはヒーローになった。但しそれは完全に結果論である。逆も有り得たのだ。


 主人公の友人は主人公に「何者でもないことに充足する」ことを勧める場面がある。「我 唯 足る を 知る」という言葉を持っている僕らには共感出来る部分もある。但し、主人公は全く逆を行った。むしろ、その言葉を受けて、「何か」を目指し始めたと言える。

 人間という動物は「何かである」ことに満足できず「何かになる」ことを求める。であるからこそ「足るを知る」というような反語が昔からあるということなのだろう。「何かになる」ことを求めて起こった悲喜劇は古来枚挙のいとまがない。人間の業の一つなのだろうと思う。かつ、その「何か」が自分で分かっていないことも大半ではないだろうか。その意味では本作の主人公は、僕らと等身大の人間なのだと言える。

 では主人公と等身大である僕らが同じことをやるのだろうか。

 当然ながら否定したくなるが、本当に否定出来るのか?その辺にこの映画の怖さがある。主人公は隣人かもしれないという以上に、主人公は自分かもしれないのだ。

「祇園囃子」  溝口健二

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溝口監督の作品を鑑賞するのは「雨月物語」に続いて本作が二作目である。

 若尾文子の初々しさ、木暮美千代の色気も画面から香り立つが、やはり浪花千栄子の迫力が一番印象的だ。自分に盾突く木暮に対しては、きっちりと仕事を干し、木暮が妥協した後は、きっちりと仕事を回し始める。ある意味、潔いとも言える対応ぶりに、花街を生きるということはどういうことかを見せつけるものがある。

 それに比べると、出てくる男性は見事に全員情けない。色と欲と権力にまみれた姿、と書くとまだ格好良いが、本作で描かれる男性はもはやコミカルとしか言いようがない。凄みある男を一人くらい出してきたら、この映画もかなり雰囲気が変わるのだと思うが、溝口監督はそうはしなかった。ということで、この映画では男性は全て笑い者である。

 木暮は妥協して花街を生きることを選んだ。彼女の将来が浪花千栄子ということになるのかもしれない。浪花にしても老獪で冷酷な置き屋の女将というだけではない。きちんと義理とけじめを付けた上で、人情味もほのかに漂わせている。この作品は木暮が若尾を教育する話ではない。浪花が木暮を一人前にする話なのだろう。

「イマジン」 

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このドキュメンタリーを観ながら、しきりと「依存」という言葉が頭をよぎった。
 
 1964年生まれの僕はビートルズ世代ではない。ビートルズの曲を後からいくつかLPなりCDで聴いてきた程度のビートルズ体験しかない。従い、このDVDを観ただけで断定的な事は言えない。但し、「依存」という言葉からジョンを見るべきではないかと思った。
 
 ジョンは色々なものに依存してきたことが良く分かる。それは例えば両親であり、薬物であり、酒であり、オノ・ヨーコである。もっと言うと「音楽」も「依存してきた物」の一つだろう。
 
 「依存」という日本語の響きは良くない。但し、ここでちょっと「依存」とは悪い事なのかを考えてみる価値はあると思う。
 
 「依存」の反対は「独立」という事になるのだろうか。「独立」という言葉は良い響きだ。大体響きが良い言葉には気を付けた方が良いと思う。果たして、現在において誰が「独立」出来ているのかということだ。
 今回の震災を見ていて、あらゆるものはあらゆるものに「依存」していることが分かった。東京の電力は福島の原発に依存していたし、北米の自動車産業は日本の部品産業に「依存」していたわけだ。歴史の進行とは、よりお互いがお互いに依存することを進行することになっているのではなかろうか。今回の地震も100年前に起こったとしたら、世界に何の影響も与えなかったろう。

 この状況を見ていると「独立しているものがある」ということ自体が既に幻想なのではないか。
 
 そう考えた時にこのDVDを観ていると、ジョンの、何かへの「依存」振りは、むしろ先進的に見えてくる。彼が彼の人生と音楽の中で言いたかったことは「何かに依存することは正しい事なのだ」というようなメッセージにも感じてきてしまう。人と人、物と物が依存しあって生きている状況を、ジョンは「平和」と呼び、それを守ろうとしたのではないか。その意味では凄まじい震災の中で日本人が見せた互助精神も、ある種の力強い「平和」なのだと思うのだ。

「1984年」  ジョージオーウェル

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  大学生だった1984年に本書を買ったが、読んだかどうかは覚えていない。2011年になって再度なのかもしれないが読んだところだ。感想は二点だ。

 一点目。
 監視社会を描いた映画や小説をいくつか鑑賞したが、そのどれもに本書が圧倒的に影響を与えていることが良く分かった。1947年という段階で、あれだけの未来像を提出されては、どうしょうもないということなのだろうか。逆に言うと、本書を超える「新しさ」を持った「監視社会」を描けていないのも、この60年余の人類の歴史である。オーウェルの天才と一言で言うのは簡単かもしれない。但し、それで片付けるべきではない気もする。それほど、今なお、本書は新鮮で、活き活きしているということだ。

 
 二点目。
 1947年当時の人と2011年の僕らが居る。本書を読んで、より切実に感じる人はどちらなのかという問いを考えてみる。自分が後者であるからという「ひいき目」もあろうが、今の僕らの方が本書を読んでいて、より恐怖心を感じるような気がしてならない。

 例えば、本書で描かれる「テレスクリーン」とは、簡単な例で言うと、監視カメラという形で僕らの身の周りにある。セコムのような監視システムは、「組織が個人を見張る」という以上に「個人として組織に見張って貰う」という趣旨だと理解しているが、それもテレスクリーンの発展形と言えよう。もっと言うと「監視していてほしい」と僕らが考えているとしたら、もはや僕らはビッグブラザーを愛していると言っても良いかもしれない。

 インターネットの検索エンジンも「テレスクリーン」の一種だろう。僕らは色々と「検索」していく中で、システムに対して無限に自分の趣味や嗜好といった個人情報を提供している。システム側が、ある個人の検索嗜好を分析することで、その人のかなりの部分を「見てしまう」ことが出来るわけだ。

 そう考えると 「1984年」に書かれた事態は、今まさに発生しているとも判断出来る。だからこそ読んでいて怖い話なのだと思う。


 繰り返すが本書は1947年に書かれた本らしい。「らしい」と言ったのは「歴史は改竄可能」という著者に敬意を払ったからだ。しかし、本当に1947年に書かれた本だとしたら、そのこと自体が既に怖ろしい。

「怪盗グルーの月泥棒」

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余り期待しないで見始めたが、大変面白かった。

 非常にざっくり言うと、子供嫌いで偏屈な男が養子に引き取った子供達と暮らすうちに次第に心を開いていく話だ。この手の話は昔からある、極めてオーソドックスな物語である。例えば、「クリスマスキャロル」もこの路線の1バージョンだろうし、「星の王子様」も、見方を変えるとその変奏の一つに違いない。

 最新のCGで作り上げられた画面は良く出来ているとしか言いようが無いし、ちりばめられたユーモアはアメリカ映画だけにしか出来ない技だ。但し、ベースに持ってくる「物語」は、むしろ古色蒼然としていると言って良い。これは皮肉でも批判でもない。むしろ話のオーソドックス性があるからこそ、安心して観ていられると断言出来る。

 手あかのついたような話も再度洗ってみて、ちょっと表現を変えて作りなおしてみる。昔、ズボンに継ぎをしてくれた母親のことをちょっと思い出した。あの頃の僕らはみんなそんな服ばかり来ていたではないか。そうして、今、現在、ハリウッドが同じことをやっているわけだ。悪くない話だ。