「イマジン」

このドキュメンタリーを観ながら、しきりと「依存」という言葉が頭をよぎった。
1964年生まれの僕はビートルズ世代ではない。ビートルズの曲を後からいくつかLPなりCDで聴いてきた程度のビートルズ体験しかない。従い、このDVDを観ただけで断定的な事は言えない。但し、「依存」という言葉からジョンを見るべきではないかと思った。
ジョンは色々なものに依存してきたことが良く分かる。それは例えば両親であり、薬物であり、酒であり、オノ・ヨーコである。もっと言うと「音楽」も「依存してきた物」の一つだろう。
「依存」という日本語の響きは良くない。但し、ここでちょっと「依存」とは悪い事なのかを考えてみる価値はあると思う。
「依存」の反対は「独立」という事になるのだろうか。「独立」という言葉は良い響きだ。大体響きが良い言葉には気を付けた方が良いと思う。果たして、現在において誰が「独立」出来ているのかということだ。
今回の震災を見ていて、あらゆるものはあらゆるものに「依存」していることが分かった。東京の電力は福島の原発に依存していたし、北米の自動車産業は日本の部品産業に「依存」していたわけだ。歴史の進行とは、よりお互いがお互いに依存することを進行することになっているのではなかろうか。今回の地震も100年前に起こったとしたら、世界に何の影響も与えなかったろう。
今回の震災を見ていて、あらゆるものはあらゆるものに「依存」していることが分かった。東京の電力は福島の原発に依存していたし、北米の自動車産業は日本の部品産業に「依存」していたわけだ。歴史の進行とは、よりお互いがお互いに依存することを進行することになっているのではなかろうか。今回の地震も100年前に起こったとしたら、世界に何の影響も与えなかったろう。
この状況を見ていると「独立しているものがある」ということ自体が既に幻想なのではないか。
そう考えた時にこのDVDを観ていると、ジョンの、何かへの「依存」振りは、むしろ先進的に見えてくる。彼が彼の人生と音楽の中で言いたかったことは「何かに依存することは正しい事なのだ」というようなメッセージにも感じてきてしまう。人と人、物と物が依存しあって生きている状況を、ジョンは「平和」と呼び、それを守ろうとしたのではないか。その意味では凄まじい震災の中で日本人が見せた互助精神も、ある種の力強い「平和」なのだと思うのだ。