ぼの様のリクエスト作品になります。蓮さんがかなり性格違います。スマートで紳士な蓮さんがお好きな方はご注意ください。
最終話になります。ここまでお付き合いいただいた皆様に感謝です!
そして、リクエスト主のぼの様!こんなところまで引っ張ってしまって申し訳ありません!
これまでの話
真夏の海のA・B・C…D 1
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真夏の海のA・B・C…D -20-
まだ気温の上がりきらない午前のビーチを目の前に臨む、ビーチ側のホテルのエントランスの先。
特設の会場にキョーコはいた。
「今日皆さんにお話するのは、一次救命…専門的な道具が何も無い状態でも行える Basic Life Support (ベーシック ライフ サポート)…BLSについてです。」
会場は数人のグループに分かれた参加者と、そこに無機質な人間の上半身のみの人形が横たわっている。そう、自動車を運転する者なら一度は目にしたことがある…運転免許取得時に自動車学校で目にするあの人形だ。
「以前は一時救命は分かりやすくABCと言われていました。A…AIRWAY(エアウェイ)気道確保、B…BREATHING(ブリーシング)人工呼吸、C…CIRCULATION(サーキュレーション)心臓マッサージ。分かりやすくA・B・Cの順序で行うことが推奨されてました。しかしこれはガイドライン改訂前に言われていたもので、現在では一般市民が行う場合は人工呼吸より優先するのは血液の循環…要するに心臓マッサージの方が優先です。救急車なり医療従事者が駆け付けるまであいだ、とにかく心臓マッサージをしていただいた方が救命率が高いです」
(…………敦賀さんが言う『B』ってこのことだったのね)
苦々しい顔でキョーコは説明を聞きながら、この夏に経験した出来事を思い返していた。
「そもそも何も道具が無い状態で行う人工呼吸は、皆さんもご存じのとおりマウストゥマウス。救助者が対象者の口を自分の口で覆って息を吹き込む行為です」
その説明内容に会場が僅かにざわつく。端々でクスクスと笑ったり、「やだ~」などと小さな声が聞こえてくる。そのざわつきがキョーコの眉間の縦皺をより深くさせる。
「皆さんも恋人ならまだしも見ず知らずの人にするには抵抗があるでしょう?口腔内は粘膜ですので、感染予防の面からも道具がそろっていない中では無理にしなくてもいいです。もし人工呼吸を行うならこのようなフェイスシールドを利用したり、器具がそろっているならアンビューバックというこのような道具を使用するのがベストですが…まぁ救命訓練を受けけた専門の者や医療従事者に任せた方がいいですね」
講師の手の中には救助者の口に当てて使うビニールのシートや、あの日遠目でキョーコが目撃した楕円の風船が付いた妙な形のマスクがあった。あれも人工呼吸に使用する道具らしい。
キョーコは恨めしそうな顔で、目の前で解説を続ける講師の社をジトリと睨んでしまった。
そう、社にはまったくの非もなく完全にとばっちりなのだが。
沢山の受講者の中、そんな表情で自分を見るキョーコと目の合った社は困ったような表情を一瞬見せたが、小さく咳払いをしてキョーコから目を逸らして講習を続けている。
「とにかく心臓マッサージで血液の循環を保つのが早道です。脳に血流が行ってなければ、いくら人工呼吸で酸素を吹き入れても意味がありません。一般市民の方は心臓マッサージだけでOKです」
的確な説明に、頷きながら耳を傾ける受講者たち。理由もわかりやすく、手振り身振りを交えて解説する社にキョーコは感心しつつも、苦虫を噛み潰したような表情を元に戻すことはできなかった。
今日はLMEホテル主催の社会貢献事業の一環である安全講習の開催日。
午前中の手の空いた時間だったためさくらよろしく駆り出されたキョーコは、講師役の社の説明内容に自分の身に起きた事柄や、この前の失態を思い返して苦い顔をするしかない。
「更にABCの話で言うとD…Defibrillation(デフィブリレーション)除細動は非常に有効です。最近は街中でもAEDという機械や表示を見たことがあると思います。一般市民でも使えるように箱を開くと音声案内で指示をしてくれるのでそれに従うだけでOKです。電気ショックが必要かどうか機械が判断してくれるので、迷うよりとにかく使うことが重要です。倒れた人を発見したらまず119番、人を集める、そしてAED持ってきて!と言っていただければ花丸です」
社は手の中の30センチ四方の厚みのある取って付きの箱を示して説明を続けている。確かに街中と駅とかいろんなところで見たことがあるような無いような・・・。
「AED到着まで、心臓マッサージを行ってください。『分からない』その状態で使うこと自体がAEDの意義につながります。初期の対応が適切なら救命率…ただ命が助かるだけでなく後遺症の少ない救命の確率が格段に上がります」
社がそれはあの日、蓮とともに救命活動を行っていた社が手に持っていたものと一致する、とキョーコはぼんやりと思い出していた。
「では各グループで心臓マッサージの方法、AEDの使い方について説明しながら実践して見ましょう」
キョーコがそんな講習を受けた、まだ暑い午後の昼下がり。
いつものように休憩時間にやってきた蓮の襟ぐりを掴んで、キョーコは食って掛かった。
「敦賀さん!なんで私を助けた時に人工呼吸なんてしたんですか!聞きましたよ、しなくてもいいはずの事してたなんて、あなたプロでしょう!?」
いつもなら距離を取られるのに襟を掴んで引き寄せられ、キョーコの吐息がかかる程間近に接近されて蓮は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「な・に・を!!笑ってるんですかっ!こっちは真剣なんです!!」
この前はキスにだって応えてくれたのに、とキョーコの剣幕に内心苦笑するが先ほどのセリフの内容にすっかり把握するのが当たり前となったキョーコのスケジュールを蓮は頭の中でなぞった。
キョーコは今日の午前中、社が講師を務めた安全講習に出ていたはず。一見全く見えない話の内容も蓮にはそのスケジュールから合点がいった。
「社さんの安全講習受けてきたんだ」
「そうですよ!社さんがその中で人工呼吸はしなくていいって言ってたんですから!やるんなら心臓マッサージなんでしょう!?」
「キョーコを助けた時、脈はしっかりしてたんだから心臓マッサージは必要なかったんだよ?」
それとも触って欲しかった?胸の真ん中…と、艶めいた声とともに蓮の手がキョーコの胸元を指差した。食って掛かったため距離が近い自分の胸元に指先が触れそうなほど迫って来ているのを見つけ、キョーコは目を見開いた。
「け、けけけ結構ですっ!セクハラですかっ!!」
キョーコはぱっと手を離し素早く後ろに後ずさると、シャツの胸元の合わせをギュッと握りしめた。
キョーコのことを名前呼びする蓮に、2人を知るだるまやの常連客にざわめきが起こるがキョーコはそれにまったく気が付かない。いや、そもそも名前呼びされていること自体に気が付いていない。
「そう?残念」
クスリと艶めいた笑みを口元に乗せた蓮の指先がふわりと宙を撫でる。普通の女性なら思わず見入ってしまうような仕草にキョーコはきゅっと唇をかみしめた。
(このぉ…)
「そうじゃなくて!どうしてしなくてもいいはずの人工呼吸を…っ」
「むしろ俺は一般人じゃなくて専門職でしょ?」
ライフセーバーなんだからという蓮にキョーコはそういう意味でもない!と叫ぶ。
「じゃあ、何?」
さらりとさわやかな笑顔を向ける蓮に、キョーコはきっと蓮を睨む。
「だったら!私の時だってあのなんちゃらって道具を使えばよかったじゃないですか!常備してあるんでしょ!見たんですから、社さんがそれもって駆けつけてたの」
今日見たばかりのアンビューバックを指して、キョーコはじりじりと蓮と距離を取りつつも言葉はあいも変わらずギャンギャンと蓮に噛みついていた。
そもそも最初に助けてくれた時に正規のやり方でしてくれればあの時あんなことには…とぶつくさと呟くキョーコ。
そんなキョーコの様子に、蓮はキョトンとして見下ろしていたがキョーコが言わんとしていることを理解すると、含みのある笑みを口元に浮かべた。
「……だから言ったでしょ?『役得』だって」
言われた言葉の内容がすぐにはピンとかないキョーコを蓮は手早く引き寄せると、キョーコが反応して抵抗する前にチュッと唇にキスを落とした。
「…っ、…んなっ……!!」
あまりの早業に一瞬何が起こったか分からなかったキョーコは、離れていく蓮の唇を目にことでついさっき感じた熱はこれだったのかとそこでやっと認識し、一瞬キョトンとした後にカーッと耳まで一気に赤くなった。
「俺のココはキョーコ専用だから安心して?」
「なっ、なっ、なんでキョーコって呼び捨てなんですか!?この前まで最上さんだった癖にっ!」
「だって俺を受け入れてくれただろう?なら恋人同士なんだから当然だろう」
なにを今更と言わんばかりの表情の蓮。
キョーコが文句を言おうと口を開きかけたが、蓮はキスしたばかりの柔らかな唇に自分の指先を押し付けて、蓮は神々しく微笑んだ。
「BLSでは『B』の関係だけど、俺はキョーコと別の意味でそれ以上になりたいな」
素晴らしい笑顔でそう言い放ったのは、黙って立っていれば寄ってくる女が後を絶たない美貌のライフセーバー。
俺はいつでもCでも、DでもOKなんだけど?と蓮は表面上は爽やかな笑顔で嬉しそうに続ける。
…なのだが内容としてはキョーコに体の関係を強請る内容で、砂を吐くほどの二人のやり取り…正しくは一方的な蓮の言動に慣れている常連客も思わず吹き出した。
「……Dでもって…」
キョーコの返しにも『いや違うだろう!』と周囲の人間は心の中でツッコミを入れる。
「Cの先だから…そうだね、俺をパパにしてくれると嬉しいけど?」
いろいろとすっ飛ばして理解不能なことを言う蓮に、ようやく蓮の言った意味を正確に理解したキョーコはフルフルと震えながら涙目の上目づかいで睨むという蓮を喜ばせるだけの仕草を無意識に取っている。
「もちろんその前に結婚してほしいけど、そっちが先でもいいよ?」
素晴らしい笑顔でそんなことを口にする蓮。
キョーコは胸の前で拳を握りしめて力いっぱい叫んでいた。
「もうっ!破廉恥です~~~!!敦賀さんのバカ――――!!!!!」
だるまやが揺れるほどの大絶叫に蓮は懲りた様子もなく微笑んで、逃げるキョーコを捕まえるとその腕の中に閉じ込めた。
FIN