ぼの様のリクエスト作品になります。蓮さんがかなり性格違います。スマートで紳士な蓮さんがお好きな方はご注意ください。
停滞してしまってスイマセン~。順調に言再開がお約束できませんが、終わりに向かって頑張りたいと思います!
これまでの話
真夏の海のA・B・C…D 1
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真夏の海のA・B・C…D -15-
「最上さん、昨日は来れなくてごめんね?寂しくて死にそうだった」
(……前言撤回)
昨日姿を現さなかった男は、いつもの時間にいつもの調子でだるまやに現れた。
昨日来なかったことと一昨日の告白劇の顛末を気にかけていたキョーコは、その様子に一気に脱力した。
そう、気にしていた自分がバカだったと感じるほど。
「やっぱりゴキブリかしら…?」
「何の話?」
両手を広げてキョーコ待ち体勢でキョトンと首をかしげる蓮に、キョーコは顔を顰めた。
「なんですか!この手は!」
「何って…最上さん、俺の気持ちを受け入れてくれたんだろう?」
「受け入れていません!聞いただけです」
「昨日会えなかったんだ。充電させて?」
広げた手をそのままにキョーコに近づく蓮は若干かみ合わない会話返してくるが、キョーコはその手を叩き落としてさっと後ろに飛びのいた。
「俺の事、生理的に受け付けないほど嫌い?」
(ううっ…この人は……っ)
叩き落された手をしおしおと引っ込めながら、しょんぼりとした表情を見せて蓮は小首をかしげた。キョーコはどうしてか自分が蓮をいじめている様な錯覚を覚えつつ、ギリっと唇をかむ。
そしてまた投げかけられたその言葉にキョーコが考え込んだ一瞬、キョーコの腕を蓮の掌が捉えていた。
「………」
掴まれた手首から、自分よりも高い蓮の体温が染みる。
(そういえば、あの時はぞわっとしたっけ…)
掴まれた手に、キョーコは以前ナンパ男に同じ場所を掴まれたことを思い出した。その時は不快感を感じたのだが、今それと同じ嫌悪感があるかと言われればそうではないことに気が付く。
たとえ話で出た、おそらく日本人の大半が嫌いであろう害虫を思い浮かべた時のあのぞわぞわ感と同種の不快感だった気がしないでもない。
「………なに、考えてるの…?」
腕を掴まれたまま考え込んでいたのは一瞬だったはずなのに、今まで聞いたこともないくらい冷えた蓮の声にてキョーコは慌てて顔を上げた。そこには何故か不機嫌さを滲ませた蓮の顔があった。
「なっ…、何で怒ってるんですか!この状況で怒っていいのは私の方でしょう!?」
「君が俺以外の事を考えてるから」
「……は?」
自分に告白しただけで、彼氏でもなんでもない…ましてや友人の位置かと聞かれても回答に苦慮する立場のはずなのに、目の前の男はなんと自分勝手なことを言っているのだろう?
何を考えていたかといえば、ゴキブリですけど?と思ったが蓮の様子にそんなことは軽口でも口にできない。
(ゴキブリに嫉妬する…?)
キョーコは掴まれた手に目を向けた。
なるほど『生理的に受け付けない』であれば、奏江に助けられたあの時のようにもっと不快感があるのだろう。
蓮の言葉は嫉妬以外の何物でもない。そう思ったら、なんだかおかしくなった。
「……ゴキブリは、許してあげます」
独占欲まがいな言葉を向けられ呆れもするが、まっすぐに向けられた好意に嫌悪感はそこまでなかった。
剣呑とした蓮の表情に対し、驚きから次第に可笑しさが込み上げてきてキョーコの口元が僅かに綻ぶ。
「え?ゴキ…」
「キョーコちゃん、4番さんの上がったよ!」
柔らかさの出たキョーコの態度とその口から出た言葉のつながりが理解できず、蓮が疑問の声を上げかけたが、それはキョーコを呼ぶ声に遮られた。
「は、はいっ」
背後から女将の声が飛んできて、キョーコは慌てて背後を振り返る。その様子に蓮はキョーコの腕を解放した。会話はブツ切れになったものの、キョーコの仕事の邪魔をするのは蓮も本意ではない。厨房から一瞬大将の鋭い視線が飛んだような気もしたが、そこは知らぬふりをして蓮はいつもの席に座ったのだった。
「昨日はちょうど昼休み前に怪我人が来ちゃってね。対応していたら君と会える時間を確保できなかった。ごめんね?」
(なんだ……)
ホールの仕事が落ち着いて数人の客だけになれば、蓮は遠慮なしにキョーコに相手を強請ってきた。すっかり『いつもの』になってしまったアイスコーヒーをサーブすれば、蓮が昨日見店に来れなかったことを謝罪してきた。
仕事上の対応で店に来れなかったというその理由に、何故だかキョーコはほっとする。
(…って、なによ!!??)
あからさまに安堵した自分の思考に気が付いたキョーコは、頭を振った。
「最上さんも、寂しいとか思ってくれてた?」
(……なっ…!)
「…なっ、何ですか!別に毎日来る約束なんてしてませんし!来てくれなんて言ってないし、敦賀さんが謝る意味が分かりません!」
「そこは嘘でも毎日来てね?って言えばいいのに。客商売なんだから」
「敦賀さんはそんなに売り上げに貢献してませんし、何より私が迷惑です!」
売り言葉に買い言葉。
ついついオーダーがドリンクだけの蓮に対しそんな言葉が飛び出すが、当初に感じていた迷惑と現在の迷惑の度合いは大きく変化している。
キョーコの力いっぱいの迷惑発言に、めげはしないものの蓮はカウンターから上目遣いにキョーコを見上げた。体格がよく背の高い蓮に見上げられることなんてそうそうない。しかも元からビックリするほどの美貌を誇る蓮のそんな態度に、うっかりカワイイかもと思いかけたキョーコはまたしても頭を振って気を引き締める。
「少しは気にかけてくれれば嬉しいけど。俺、君に会わなかった日は出会ってから昨日が初めてだったんだよ?」
そう返されればそうかとキョーコは思った。その事実はそれだけ蓮が自分の元に通い詰めているということ。
「………っ」
そう思ってふと蓮の顔を見れば、いつものニコニコした笑顔でなく、穏やかででもどこか甘い優しげな表情で自分を見つめている蓮と視線がぶつかる。キョーコは急に顔に熱が集まるのを感じ、ふいっと顔を反らした。
(…なんて顔で人のこと見てるのかしら)
無理をして食べた自分のお礼や真剣な表情の告白…セクハラまがいのストレートなアプローチだが今までからかいや冷やかしと思っていたことは自分の認識違いだったとキョーコも理解している。
明らかに自分に好意を寄せている男性という、今迄目の当たりにしたことのない存在にキョーコの内は戸惑いばかりだ。
どちらかといえばこんな風に異性としてだけではなく人から好意を向けられることにキョーコは慣れていない。
決別もして現在何の関係もない過去のこととはいえ、容姿の良い幼馴染の隣にいてその幼馴染に対しての好意を隠しもしなかったキョーコは嫉妬や敵意を向けられることがほとんどだったのだから。
誰しも自分のアイデンティティを守るためにも人に好かれたい…少なくとも嫌われたくない感情は持っている。好かれてはいないと分かっていても『嫌われたくない』。自分を見てもらうためにも『役に立ついい子』でいることが無意識の行動原理だったキョーコは何の見返りもなく向けられる好意や愛情が信じられずに拒絶をしていた。
本能的で理由なんてないという蓮の言い分は、そんな自分に価値を見いだせないキョーコにとって納得せざるを得ない理由で、頑なに『からかい』や『冷やかし』と思い込んできた蓮の行動も、表情や垣間見てしまった行動で否定せざるを得ない。
そして彼が言う『生理的に受け付けない』は、キョーコが蓮を嫌うのに正当な理由として納得せざるを得ないモノ。
蓮がキョーコに一目惚れした、本能的に求めているからという言い分と、同義で対極にあるもの。しかしそれは、キョーコの様々思考の中で否定されてしまった。
(私はこの人を本能的に嫌ってはいない)
…ということは、キョーコが蓮を好きになる『望みはある』ということ。
そして・・・
『返事は…今は要らない』
恋なんてしないという自分の言葉は蓮には聞こえていたはず。
その上で、告白の返事を返すこともあの時止められてしまった。
(……どうすればいいのよ…)
どうすることもできない現状に、キョーコはただただ居心地の悪さを感じるばかりだ。
でも居心地の悪さの裏に
向けられる愛情に応えられる状態でない自分に
戸惑いと罪悪感があること
そのことにキョーコはまだ気づいていなかった