真夏の海のA・B・C…D -6- | 妄想最終処分場

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ぼの様のリクエスト作品になります。蓮さんがかなり性格違います。スマートで紳士な蓮さんがお好きな方はご注意ください。


これまでの話

真夏の海のA・B・C…D         



真夏の海のA・B・C…D -6-



日も落ちてビーチの遊泳時間も終わった夕刻、店の片づけを終えたキョーコはLMEホテルに向かって歩いていた。

遊泳時間が終わったとはいえ、ホテルからビーチに向かって夜の海の散策を楽しむ客はチラホラとおりホテルのロビーはある程度の人でにぎわっている。


「ねぇねぇ、君!」


ホテルの入り口で急に声をかけられたキョーコは、聞き覚えのない声と思いつつも足を止めた。


「はい?どうかされました?」


バイト帰りなのも手伝って道でも聞かれるかと思ったキョーコは営業スマイルでだった。振り返った先には見知らぬ男性2人。


「ここの周辺やさ、ホテルの中でもいいんだけど美味しいお酒と料理のお店知らない?」


笑顔を浮かべて見せる男たちはキョーコを頭からつま先まで値踏みするように見ているのだが、投げかけられた質問にキョーコは思考を巡らせておりそのことに気が付かない。


「ホテル内のバーはかなり評判イイって聞きましたよ?行ってみてはいかがですか?」


ホテルの社食かだるまやの賄で食事を取っているキョーコは、実際にはホテル内の飲食店の味は知らない。しかし海の家だるまやのバイトとはいえホテル所有のビーチで営業している以上、客から見たらホテル側の人間だ。ホテル内の施設について基本的な知識は確認し頭に入っている。把握している情報を引っ張り出して、バイトの延長線上の感覚で男たちの質問に返答した。


「ねね、じゃあさ!おごってあげるから一緒にいかない?」

「へ?」


思ってもみなかった男性の言葉に、キョーコは驚いて目を丸くした。


「こんな時間に一人でホテル周辺をうろついてるなんてさ、暇なんでしょ?食事の後もさ、俺たちと遊ぼうよ」

「そうそう、いいとこ連れてってあげるからさ」


男たちの表情に卑下た色合いを見出したキョーコは、ここに来てやっとただの道案内を頼まれたのではなくナンパだと理解する。


「え!?そう言う事なら、けけけ、結構ですっ!」

「またまたー!俺、君みたいな素朴で健康的な子、好みなんだよねー」

「でもさ、結構遊んでたりするんでしょ?こんなとこに一人でなんてさ」


とっさに周囲に視線を走らせれば、先ほどまでほどほどいた人の往来が切れておりホテルのロビーからもキョーコの居る位置は死角になっているようだった。

状況を理解し、焦りを感じはじめたキョーコの腕を男が強引に掴んできた。

その感触にざわりと不快感がキョーコの背中を駆け抜け、キョーコはその手を振り払おうと身を捩る。


「は、放してくださいっ!」

「いいじゃん。取って食うわけじゃないのに。傷つくな~、その反応」


本気で拒否の色を見せたキョーコに、男たちも引き下がれなくなったのかさらに強引に畳みかけようとした、その時。


「お客様、当ホテル内で強引なナンパはご遠慮ください」


突然降ってきた事務的な声に、男たちの動きが止まった。







「も~~~~!!なんでホテルの前でナンパなんかに引っかかってんのよ!」


キョーコの窮地を救ったのは、ホテルの制服姿の奏江だった。

奏江はだるまやの口利きでキョーコと同じ期間、夏季で混雑するホテルのロビーでの臨時バイトをしている。バイト上がりの時間部屋に戻ろうとしたところでホテル玄関先でナンパされているキョーコを発見しベルボーイをひきつれて助けに来たのだ。


「私が仕事上がりで制服のままで良かったわね!私服で助けに入ったら面倒なことになるとこだったし」

「モー子さん、ありがとう~~~!私、モー子さんのお嫁さんになるぅぅ!!」


あてがわれたツインルームで奏江がキョーコに説教を始めようとすると、キョーコはキョーコで奏江にぎゅーっと抱きついた。

いつもならひらりと躱す奏江なのだか、制服のネクタイを緩めている最中でキョーコのタックルをもろに受け止めるハメになった。


「も~、暑苦しいっ!着替えたいんだから離れてちょうだい!」

「いやよっ!もう男なんて信じられない!大っ嫌い~~~!!モー子さんがいい~~!」

「アンタが男が嫌いでもなんでもいいけど、私はレズビアンの趣味なんてないわ!」


なんとかキョーコを引き離した奏江は、『待て』を言い渡して部屋着に着替えてからキョーコに向き直った。キョーコはキョーコで大学生活で十分躾けられたおかげで、奏江の『待て』がかかると大人し自分のベッドに座って待機している。


「だいたいねぇ、一人でいるとこに男複数が声をかけていたんだからちょっとは警戒心持ちなさい!」

「だってぇ…、こんな地味な女をナンパする男がいるなんて思わなかったんだもん…」


キョーコの言い分に奏江はため息を吐き出す。キョーコは飛び切り美人の類ではないが、それにしても自己評価が低すぎる。それはそれは自分が女だという自覚が全くないのではないかと思うほど。


「敦賀さんといい、あの男たちといい、私をからかって遊ぶのもいい加減にしてほしいわ」


奏江の差し出したお茶のペットボトルを手に取って、キョーコはぶつくさと文句を言いだした。

キョーコの口からこぼれた人名に奏江は眉間の皺を深める。

1週間位前からキョーコから聞かされる愚痴の相手の名前…『敦賀さん』。


キョーコが海で溺れて救助された事は、その日のうちにキョーコのバイト先の女将さんから聞かされていた。

きっと怖い思いをしただろうから部屋でついていてやって欲しいと連絡をもらって、その日奏江は自分の仕事を早く上がらせてもらってキョーコが休んでいる部屋に戻った。

しかし溺れて一時は気を失ったらしいキョーコはすこぶる元気で、なぜだかずっとブツブツと顔を赤くしたり青くしたりして意味不明な文句を並べたてていた。そんなキョーコの様子に奏江は脱力したのだった。


その日からキョーコが並べ立てる愚痴の相手は、次第に特定の男性に向けたモノだと理解していき、最近はその男の名前まで知ることになってしまった。


「んで、ナンパ男はいいとして、今日も今日であのストーカー来たんだ…」


自分を救助したライフセーバーになぜだかモーレツなアプローチを受けているキョーコ。

相手はキョーコに一目惚れしたらしく、それから毎日だるまやに通いつめキョーコにアタックしているらしい。

奏江自身は興味はないが同じフロント業務についているお姉さま方がイケメンライフセーバーがいると騒いでいる人物とキョーコのストーカーが同一人物だと知ったのは、キョーコの口から名前を聞くようになったここ数日の事だ。


最初は状況だけ聞いて、顔のイイ男がちょっとからかったキョーコが自分に落ちなかったことにムキになっているだけかと思っていた。

しかしつい数日前の休みに遊びに行っただるまやで蓮に遭遇した奏江は、キョーコが『からかっているだけ』と思っている蓮がキョーコに本気で堕ちていることを知ることになる。


手にも入れていないのに…むしろ信用すらされていないのに、あの男は親友の来店を満面の笑顔で歓迎するキョーコを見て、自分に対し嫉妬の目を向け胡散臭い笑顔で圧力という名の挨拶をしてきたのだ。


さらさら応援する気も義理もないのだか、自分の親友のその手の迂闊さや鈍さも良く分かっている奏江は、キョーコのフルスイング振りに実らないアプローチを行う蓮を面白おかしく想像し迂闊な自分の親友を叱りつけるが日課になりつつあった。


「聞いてよ!ひどいのよ、他のお客さんのいる前で私とキスしただとかなんだとか!誤解を与えるようなこと言ってきて!あれはキスじゃなくて人工呼吸だって私が言ってるのに屁理屈言って!私はあれがファーストキスだなんて認めないんだから!」

「アンタそれ、店内で同じセリフ叫んだわけ?」

「そしたらひどいのよ!無表情でじっと見てて!きっとこの年でファーストキスとか云々言う私を面倒な女とか思ったんだわ」


と、いうことは。

キョーコはキスと認めなくても、キョーコの唇は今までそういった意味での接触は未経験というわけで…


「……アンタ、過去の愚かな経験から恋愛はしないって言ってたじゃない?だったら別にファーストキスにこだわらなくても…」


きっと固まったのは『面倒』とか『呆れた』とかそういった事柄じゃないわよね、あの男の場合…と奏江は思った。


「こだわるっていうか私はもう二度と恋なんて愚かなことはしないと誓ったんだから!だから私は一生綺麗なままで人生を終える予定なの!穢されてなるもんですか!」


修道女の様な貞操観念のキョーコは、特別な相手に捧げる為ではなく誰にも許さない意味でこだわっているのだ。


「ま、人命救助の人工呼吸なら神様だってキスだとは言わないわよねぇ。アンタがファーストキスと思ったものがファーストキスでいいんじゃない?」


キョーコが救助された日、再度意識を失った原因を知って言う奏江は相手はキョーコのファーストキスを貰ったと思っているかもしれないけど…とも思ったが、面倒なことになるので口にしなかった。


「だーかーらー!私には一生ファーストキスは来ないの!」

「はいはい、分かった分かった」


今日のやり取り思い出しているのか、顔を真っ赤にして怒りながらだんだん声の大きくなるキョーコをなだめつつ、奏江はもともと礼儀正しいキョーコをここまで怒らせる相手に感心してしまう。

どんな相手であれ恩義があればきっちりお礼をするようなタイプなのだ、自分の親友は。そしてどんな相手であれ、バイト中に接する『お客さん』に対してこんな砕けた態度を取る事すらいつものキョーコからはちょっと信じられない。


「それにしてもホントすごいわねあのストーカー。アンタの事だから、最初は敦賀さんにちゃんとお礼を言ったり挨拶したんだろうけど。そんなアンタにここまで言われるようになるなんてさ」


「………え?」


奏江の漏らした感想に、キョーコはそれまでの勢いを失って停止した。


「……?キョーコ?」


当然自分の言葉に同意し蓮に対する罵詈雑言か愚痴が並べ立てられると思っていた奏江は、急にフリーズしたキョーコに怪訝な顔をした。


「モー子さん…今、なんて…?」

「?あんたにここまで言われるようになる敦賀さんってすごいストーカーよねって」

「ちがう、その前」

「…は?」


ここ数日繰り返されていた話題のはずが、奏江はキョーコの意図するところが全く分からない。


じーっと自分を見つめてくる奏江の視線に気まずそうに視線を逸らした後、キョーコは『はぁ~~』と大きくため息を吐き出した。