真夏の海のA・B・C…D -5- | 妄想最終処分場

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ぼの様のリクエスト作品になります。蓮さんがかなり性格違います。スマートで紳士な蓮さんがお好きな方はご注意ください。


これまでの話

真夏の海のA・B・C…D       



真夏の海のA・B・C…D -5-



「ああああ、あれは!!キキキ、キ、キスじゃありません!!!」


力いっぱいに否定するキョーコに光は口元をひきつらせていた。

料理の味に惚れこみだるまやに通うようになって、光はバイトのキョーコの性格を掴みつつあった。


天然記念物的乙女な片鱗は認識済み。

しかし恋愛ごとに対してはモーレツに鈍い。

そして自分とは無関係のモノと思っている。


キョーコの人柄や天然なところに惹かれていた光も、それとなくモーションをかけてみては見事な空振りフルスイングをかますキョーコに切ない思いをしたのも片手では足りない。


そんなキョーコが、だ。


目の前のイケメンライフセーバーの周囲も赤面通り越してコメディとしか言えないほどのドストレートなアプローチを受けている。

しかも何やら蓮との間に怒ったことを揶揄されると真っ赤な顔をして怒りながら全力否定している。

キョーコは言葉通りに認めてはいないんだろうけれど、『キス』と周囲に誤解を与えてもおかしくないと認識するレベルの『何らかの接触』が蓮との間に発生しているの確信を光は持ってしまった。


「最上さんキスの意味知ってる?キスって自分の唇と相手の頬とか唇の接触のことを指すんだよ?」

「知ってますよ!キスくらいぃ!!馬鹿にしてるんですか!」


無言で二人のやり取りの背景に考えを巡らせる光の前で、キョーコと蓮の応酬は続いている。

アイスコーヒーを片手に、キョーコのどんな反応でも楽しむように蓮は笑顔だった。その一方蓮の言葉に反応するキョーコの姿は、何故だか逆毛を立てて耳を伏せて威嚇するヤマネコの幻とダブって見える。


「だから、触れただろう?俺のここと…」


口元だけ笑みの持ち上がった形の良い唇に自らの指を滑らせて、蓮が真っ昼間だというのに何故だか夜の空気を醸し出す。


「……君のここが、さ」


見ている方が恥ずかしくなるような雰囲気を纏った蓮は、きゅっと噛みしめたキョーコの唇に自分の唇をなぞった指先を伸ばす。

すっと伸びてた指先が唇に触れることができる距離にあったのに気が付いたキョーコは、『ぎゃっ!』とそれこそ猫の様な悲鳴を上げて後ろに飛びのいた。


「ききき、き、きっ、キスって!!信愛の情とか!そう言うのを示すためにする行為です!!た、た、単純な唇の接触をキスとはいいませんっ!!!」


フルフルと震えながら、蓮の言葉を真っ向否定しにかかるキョーコ。

そんな表情すらキョーコちゃんは可愛いなぁと光自身も思いつつ、黙って二人のやり取りを眺め蓮の反応にも気を配る。

否定しかないキョーコの主張に、蓮は「うんそうだね?」とあくまでも笑顔で応じている。

自分の意見をこうもあっさりと肯定して頷く蓮に、キョーコは更に怒りを募らせた。


「だからっ!!あれは人工呼吸なのであって、キスではありません!!!!」


鼻息荒く蓮の言葉を否定するキョーコ。

光は目の前でキョーコを口説く男の職業を思い出していた。

人命救助のための人工呼吸はマウストゥマウス。

あれをキスと表現するのは別次元だ。


「うん、あれは役得だったね。救助したのが俺で良かったよ」

「そういうことを言ってるんじゃありません!」


自分の主張は認められないキョーコは、なおも蓮の意見を否定したくてたまらない。


「だったら、ほら。やっぱりあれはキスじゃないか」


キョーコの主張を一旦反芻したのか、蓮は考え込むようなしぐさをした後にキョーコにそう告げた。


「ま、最初の接触はキスじゃなかったって認めよう。俺だって最上さんの命が優先だったからさ。でもね?2回目と3回目は俺の君に触れたいっていう気持ちから起きた行動だったんだ」

「……………」

「だから、愛情を示す行為として唇を合わせるのは『キス』、なんだろう?しかも最初以外は人工呼吸じゃなかったし」

「……………」

「ほら、やっぱりキスだったじゃないか」


なんだろう、いたたまれない。


どうしてこんなに『キス』という単語がだるまやの中で連呼されているのだろうか?

しかもそれに当たる行為をしたかしないかで意見をぶつけ合っている男女二人は、片や蕩ける笑顔で片や警戒心むき出しの山猫状態。


「わ、私は!!あんなのが私のファーストキスだなんて認めません~~!!!」

「「…えっ!?」」


私は清らかな乙女のまま一生を過ごすのよ!穢れてたまるもんですか!!と一息に大声で叫び肺の中の空気を吐き出したキョーコは、はぁはぁとしばし荒い息で薄くなった酸素を胸いっぱいに吸い込んだ。

そんなキョーコを、「えっ?」と疑問の声を発したままの口の形で、蓮は無表情で固まっていた。


「…!なっ!やっぱり…っ…!!」


ようやく息を整えたキョーコは、無表情で自分を穴が開くほど見つつめたままの蓮の顔を見つけ、今度はまた別な意味で怒り始めた。


「どうせ私の事、めんどくさい女とか思ったんでしょう!?この年になってファーストキスがどうのとかいうのって!」

「いや、待って。キョーコちゃんどうしてそんな誤解を…」

「…………」

「もう!分かってますよ!敦賀さんが遊び半分で私をからかってることなんて!めんどくさい女だって分かってびっくりしたんでしょう!?もう、最低!!」


キョーコの言い分に、さすがの光も会話の相手は蓮ではあることを分かっているが思わず声を上げる。

しかし当の蓮は固まったままだった。

蓮の反応をそう捉えたキョーコは、ふんっ!顔を反らすと、怒りながら店の厨房に引っ込んでしまった。


取り付く島もないキョーコの背中を見送って、光はこういう時に限って対処の遅い隣の男にチラリと目をやった。

隠しもせずキョーコに言い寄るこの男がキョーコの言葉から読み取った状況は自分と同じだろう。


光の視線が向いていることなど蓮は気にも留めず、キョーコの姿が完全に見えなくなってしばらくしてからカウンターのテーブルに突っ伏した。


「……………ファーストキス……だったんだ」


ポロリと漏れた蓮の言葉。

それに光は眉間の縦皺を深くした。


「………だから、キョーコちゃんはキスだとは認めないって言ってたじゃないですか」


突っ伏した蓮の表情など見たくないとばかりに、光は完食した皿を持って席を立ちあがった。

厨房に続く暖簾の前で中にいるだろうキョーコに声をかければ、キョーコは慌てて光に駆け寄ってきた。そしてあえてカウンターに座ったままの蓮には目もくれず、ぺこりと頭を下げたのだ。


「キョーコちゃん、ごちそうさま」

「あ…光さん、すみませんっ、騒がしくしちゃって!」

「いや、気にしてないよ」

「まぁ、悪いのは私だけじゃないけど…」


思わず漏れたキョーコの不満に、光は小さく笑った。

いつもならこの時間のキョーコは、なんだかんだ言って投げかけられるアクションに反応して蓮の相手をしている状態になることが多く、こんな風に会話を交わす時間を光は失いつつあったのだ。


「美味しかったよ。ね、限定カレー食べてみたいんだけど予約してこの時間に食べることってできる?」

「うーん、そうすると食べたくて早く来てくれたお客さんに悪いですし…」

「そうなると休みの日に来ないと無理かぁ」


残念、と笑って光はまた来るよとだるまやを後にする。

光を見送ってキョーコは大体休憩時間の同じ蓮もそろそろ仕事に戻らなくては時間なんじゃないかと気が付いたが、さっきの悔しさも手伝ってそのまま店の奥に引っ込んだ。