ぼの様のリクエスト作品になります。蓮さんがかなり性格違います。スマートで紳士な蓮さんがお好きな方はご注意ください。
これまでの話
真夏の海のA・B・C…D 1
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真夏の海のA・B・C…D -14-
(………もう、やだ…)
キョーコは仕事を終えてホテルの部屋に帰ると、ベッドに身を投げ枕に顔をこすりつけた。
結局身構えていたものの、今日蓮はだるまやに来なかった。
出会ってから連日続いていた蓮のキョーコ詣が途切れたのは今日が初だ。約束をしているわけでもないし、キョーコが来てほしいわけでもないのだが。
時間的にかち合うことが多く、いつも蓮にキョーコを独占され牽制されている光がいつもより頑張ってキョーコにアプローチをしていたが、もちろんそんな事にキョーコが気づくはずもない。
いつも蓮がだるまやに来る時間になっても現れないその人物にほっとしていたはずが、時間が過ぎるごとになぜだか気持ちが落ち着かなかった。
顔を合わせることに抵抗を持っていた癖に合わなくて済んだ今日、キョーコの頭の中は昨日一昨日に耳にした言葉がグルグルと回っていた。
『生理的』
『受け付けない』
『無理』
『毛嫌い』
で、ないなら
『望みはある』
『望み』とは上記の言葉たちと対義的な意味を持つことだとはキョーコも理解できる。
すなわち自分が相手を受け入れる、好きになるということ。
(『望み』なんて、これっぽっちも!かけらも!あるわけないじゃない)
過去に想いを寄せた幼馴染は、自分の想いを知った上でいいように自分を利用していた。自分が向けた気持ちに応える気なんてないくせに。
それでも表面上の言葉に浮かれて、決定的に別離の言葉を突きつけられるまで踊らされていた自分。それをようやく思い知ったのは痛みを伴った後で、恋に浮かされた自分の行動がどんなに愚かだったか、冷静になってようやく理解できた。
大学に進んで、物理的な距離も離れた。金銭的に苦しくても、自分の為に勉強し自分の為にお金を稼いで生活する日々は充実感にあふれていた。
もう二度と、あんな愚かな自分にはなりたくない。
(私はもう二度と恋なんて愚かなことはしないんだから…!)
キョーコが枕をぎゅうぎゅうに抱きしめて悶絶していると、キーが解除される小さな音が響いた。同じく本日の仕事を終えた奏江が戻ってきたのだ。
「…………」
部屋に入るなりベッドに突っ伏しているキョーコが目に入り、奏江はどうしたものかと思案する。
一昨日のキョーコは自分との会話中に急に何かに気が付いて黙り込んだ。
昨日のキョーコは顔を赤くしたり青くしたりと忙しく顔色を変化させながら終始ブツブツと何かしらの文句を呟き続けていた。
あの日から、キョーコの口から出てくる文句や愚痴、罵詈雑言は特定の人物に向けられているものばかりだ。いつも自分をそっち方向でからかう蓮に対して顔を赤くして怒ってはいるのだが、昨日の信号機の様なキョーコの顔色の変化の赤にはいつもと違った色合いが見え隠れしていた。
(…何かあったようね。大方やっとキョーコが気が付いたってところかしら)
大学で紆余曲折を経て親友になった奏江は、キョーコの捻じれ拗れで断線多数の壊死した一部分の思考回路を知っている。
幼馴染に手ひどく破壊され、自らの愚かしさを自覚したキョーコによって更に粉々に粉砕されたキョーコの『色恋に関する』思考回路。加えて、その幼馴染はキョーコを地味で色気のない女と評し、そう言った事柄の事象の外に自分が存在するのだという認識をキョーコに植えつけた。故に、キョーコは他人から自分が女として見られる可能性を全く考えていない。
ストレートすぎる蓮のアプローチはストレートすぎるが故、蓮の容姿と相まって『冷やかし』とキョーコはとらえているのだが、そう思っているのはキョーコだけだ。
その上で奏江は考える。
仕事が終わった後は余計なことに振り回されずにゆっくりと休みたい。ひと夏一緒に過ごすことができる喜びを尻尾を振ってまとわりついて全身で表現するキョーコ程ではないにしろ、あの家から離れて親友と過ごす時間は自分だって気持ちよく過ごしたい。
(なんだかんだ言って、この子だってあのストーカーと共通点があるのよね…)
奏江が恥ずかしくなる様な愛情表現をキョーコは臆面もなくぶつけてくるのだ。自分に言い寄ってくるストーカーの事をとやかく文句を言う資格はないと思う。
(どっちにしても、面白くないわ)
別にキョーコが拒否しているなら無理に恋愛をすすめる気も無い。
ただぶつくさと文句を言い毎夜愚痴を聞かされるこっちの身にもなって欲しい。かといって、自分をあんなに威嚇して牽制してきたストーカーを応援してやる気なんて奏江にはさらさらない。
部屋に入るなり見つけたキョーコを見てそんな事を考えていた奏江だったのが、帰ってきた自分に気が付きもせずに、一人思考の海で悶えているキョーコにだんだんとイライラが募ってきた。
「一体何なのよ!辛気臭いっ!」
「ひゃぁぁああ!」
一喝すれば飛び上がったキョーコの体にベッドが揺れる。驚いて奏江を振り返ったキョーコは情けない表情をしていた。
「なんて顔してるのよ、疲れて帰って来たんだからゆっくり休みたいのにアンタは私の平穏をいつも乱すのね」
「ええぇ?そんなぁ…」
「何に悩んでいるか知らないけど、ここは私も休む部屋なんだから。あんまりひどいと追い出すわよっ!」
「だって…」
「悩むなら私のいないところで一人でやって。私もいるこの部屋にそう言うの持ち込まないで」
奏江に向き直ったキョーコは枕を抱きしめたまま視線を彷徨わせた。
冷たく突き放せば、キョーコは耳と尻尾を垂れた犬のようにしょんぼりと項垂れる。その姿を視界に入れてしまうと思わず甘やかしたくなる自分に奏江は内心で舌打ちした。
「ううっ、モー子さぁぁ~ん……」
無意識だろう甘えた声を出して、キョーコは上目遣いに奏江を見上げた。
……キョーコに懸想する男どもばかりを責められない。この無防備全開の天然娘に奏江は頭痛を覚える。
「話す気も無いなら私を巻き込まないでちょうだい」
我ながら甘いと思いながらも、奏江はため息とともに髪を掻き上げた。
「生理的に無理ってどういうことだと思う?」
案に悩みを聞くわよと言っているのに、開口一番に出てくる質問がどうしてそれなのか?
とはいえ、こうなったキョーコに分かりやすく建設的な説明を求めても時間がかかりすぎて面倒なので奏江はそのまま話を聞くことにした。
生理的に無理といえば…そのキーワードから出てくるのは嫌いなモノ、苦手なモノのあれやこれや。言葉通りに思い浮かんだことを奏江は口にした。
「うーん……あんた、嫌いなモノってある?」
「嫌いなモノ…?」
「たとえば、蛇とかカエルとか」
「それは平気よ?」
キョーコから同意を得られないので、もっと一般的な事例を挙げてみる。
「……ナメクジとかゴキブリとか」
「う…それは好きな人の方が少ないでしょ」
思わずその姿を想像してザワリとし、キョーコは自分を抱きしめる様に両腕を手のひらでさすさすと擦った。
「蝶とかトンボとかは平気?」
「うん、綺麗よね」
「そう。昆虫全般が駄目って事じゃないわね」
自分が思っているのと違う方向に転がり始めた話に首をかしげつつもキョーコは奏江の話に相槌を打つ。
まったくもって自分がどうしてそのキーワードに引っかかっているのか前置きをして無いのがいけないのだが、キョーコはそのことに全く気が付いていなかった。
「じゃあ聞くけど、ゴキブリってなんで嫌いなの?」
「だって、なんか気持ち悪いじゃない」
「ま、生ごみ食べてたりとかそう言うのもあるけど。アイツら実際にアンタに危害を加える?襲って来たり、噛みついたり、毒を持ってたりとか…」
「それは……無いけど」
いよいよ方向性の違う話にキョーコは疑問を禁じ得ない。蓮の事で悩んでいるのにどうして虫とかゴキブリとか…。
「じゃあ正当な理由もなく、相手が自分に危害を与える訳でもないのは分かっているけど嫌いって事でしょ」
「あの…」
「なんかのテレビで言ってたわ。生理的に無理って事は本能的に無理って事だって。本能的に受け付けないんだって」
大いに考えたい所とは違うところに来ているのに、何故だかキョーコは奏江の発した言葉が引っかかる。
「……本能的?」
「そ、理由なんてないの。アンタだってゴキブリと聞いて鳥肌立ったんでしょ?腕擦ってたし」
「……理由なんてない?」
『理由が無ければダメなの?』
『理由なんて俺にもわからない』
『俺って人間が、本能的に最上さんを求めてるんだ』
キョーコの脳裏に蘇ったのは、昨日の蓮の言葉。
自分は信用できないと言った事に対しての回答だったはず。
「………で?顔を赤らめてする話じゃないわよね、ゴキブリの話なんて」
「へ?」
記憶の旅に出てしまっていたキョーコは、奏江の声に現実に引き戻される。
「ご…ゴキブリって言い出したのモー子さんの方じゃない…」
キョーコからゴキブリの話題を振ったわけではない。それなのにこの言いよう。キョーコはいささかむっとして口をとがらせた。
「アンタの説明が足りないんでしょ。生理的に無理って話じゃなかったの?」
「………」
「敦賀さん=ゴキブリ?」
「ちょ…」
奏江のあまりの発言にさすがにキョーコも否定しにかかった。
「そりゃ最初は女を弄ぶ顔のイイ男は信用できないと思ったけど…」
「けど?」
「なんか誤解だったって分かったし、思い込みで人を見てた私も悪かったし…」
「…ふーん」
何がどうつながっているのか奏江には理解できないが、やっぱり蓮と繋がっているらしいこの話。
ましてやキョーコは蓮の認識を改めている。
「疑問、解消した?」
「…………」
キョーコが静かになったので奏江は腰掛けてたベッドから立ち上がると、夕飯食べに行きましょ、とキョーコを促した。