ぼの様のリクエスト作品になります。蓮さんがかなり性格違います。スマートで紳士な蓮さんがお好きな方はご注意ください。
これまでの話
真夏の海のA・B・C…D 1
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真夏の海のA・B・C…D -17-
お盆の長期連休の最終日。
ごった返していたビーチは、少し落ち着きを取り戻していた。そんなビーチに目を配りつつ、社はチラリとテント内で救命備品の整備をしている蓮に目を向けた。
「大型連休も終わりにさしかかってようやく落ち着いたなー」
「そうですね」
「なんかさぁ、まだまだ暑いのにお盆を過ぎると一気になるの終わりが見えてくる気がしないか?」
「まあ、海水浴場は一般的にはお盆過ぎると終了ですしね」
暗に言いたいことが伝わっていないのか敢えて無視しているのか。表面上の会話はなんとなしに続けている蓮に、社は片眉を上げた。
一般的にはまだまだ暑い8月半ばのお盆時期。暦的には『残暑』に入っているのだが、気分的にはまだまだ夏本番だ。しかし海水浴場はお盆過ぎからクラゲが発生する時期に入り、一般的な海水浴場の閉所が連休終了頃から始まろうとしている。
LEMホテルのプライベートビーチであるこの浜はホテルの観光シーズンと合わせてまだ開放しているが、遊泳はもうすぐ推奨されなくなり今後のビーチでは浜辺でのバーベキューや浅瀬で水遊びを楽しむ程度の客層が主体となる。遊泳者の減少に伴い、ライフセーバーの仕事も浜遊びを楽しむ客の対応と内容が変化していく。
「……何が言いたいんですか?」
ジトリと絡みついてくる社の視線に蓮はため息をついた。
「飲食店のシーズンが終わる方が先だろう?そしたら昼食はどうしようかな~ってな」
海水浴シーズンが終われば当然ビーチに出店している飲食店も営業を終了したり、縮小したりと変化が出てくる。それは海の家だるまやにも言えること。
社としてはタイムリミットの迫った蓮と蓮の想い人の行く末が気になって仕方がない。
「社さんは、反対してたんじゃないんですか?」
社の興味の対象をちゃんと把握していた蓮は、キョーコを助けた当初の自分への社の態度を思いだし不思議そうな顔をした。
「お前の暴走っぷりに呆れてただけだ!キョーコちゃんが本気で嫌がっていればそりゃ止めるけど!」
「確かに、だいぶ態度は軟化したと思うんですけどね」
当初の毛嫌いっぷりに比べれば、最近は自分の甘言に呆れた目はするもののそんなに拒否的な態度は取られていない。
何より、嫌われてはいないのは言質もとったし確信しているのだけれども。
「彼女を知って好きになればなるほど、これ以上どうアプローチしたらいいのか…」
「あれで加減してたつもりか!?っていうかお前は最初に大失敗犯したんだ、反省しろ!」
そもそもあんな始まりでなければ、もともと律義で礼儀正しいキョーコが頑なな態度を取るところから始まらずに済んだはずだ。それを差し引いても、だるまやに通いつめ、キョーコを口説きまくってるこの男の態度はいかがなものかと社は思う。
一方蓮にしていれば、キョーコを知れば知るほど想いは募るが、キョーコの性格を把握すれば度が過ぎる押し付けは返って瞬殺の元。徐々に態度が軟化したキョーコに喜びも感じるが、一定ライン以上になかなか進められず蓮は蓮で考えあぐねていた。
「もう少し時間をかけて…」
「だーかーらー!!!その時間が無いって言ってるじゃないか!」
キョーコの性格を知る社は蓮の言い分は分からないでもないが、今話題にしているのはそう言うことじゃない。
社はヒートアップのあまり思いっきりの本音を口にした。
「あああ、もうっ!最初はあんなだったくせに!ここにきてヘタれか!!!」
「アンタはどうするの?」
「え?」
仕事が終わって部屋に戻ると、手帳と睨めっこしていた奏江にキョーコは声をかけられた。
「もうすぐ海の家はシーズンオフでしょ?夏休みは9月いっぱいある訳だし」
そう言われて、キョーコは先日の蓮との会話を思い出した。
『………ずっとじゃないですから。このお店で会うのは』
季節限定の仕事なので、当然時期が終わればバイトは終了する。ましてや今年のだるまやはこのリゾートに出店しているのだから自宅からも離れているのだ。バイトが終わればこの地を離れて、10月からは大学も始まる。そんな当たり前の事なのに、口にしたら急にその事実をすっかり忘れていた自分に気が付いたのだ。
「何かね、大学生の休みに合わせて9月いっぱいはかなり予約も多くて私の方は9月末までやらないかって言われてるのよね」
大家族の奏江は人の暑苦しくまとわりついてくる子供がひしめく実家に戻るより、夏休みいっぱいここで悠々自適に資金を稼いで過ごす方が好都合なのだ。しかし部屋はキョーコと相部屋のツインルーム。
もともとだるまやのバイトに二人で応募したのだから、一緒にバイト終了になると思っていた所業務が別になってしまった。当然ビーチでのバイトのキョーコとホテル内業務の奏江では働く期間がズレてしまう。キョーコが先に帰るとなれば、格安で支給されているこの部屋の事も含め雇い主のホテル側と相談しなくてはならない。
もともとこの部屋はだるまやを優遇するホテル側が提供した物なのだから。
「ちょっと聞いてるの?だるまやのバイトって正確にはいつまでなのよ」
「え?あ…」
呆けたままで帰ってこないキョーコの返答に、奏江が不機嫌そうに聞いてきた。
「えっと、浜でのバーベキュー目的のお客さんの相手もするからだるまやは8月末までなの。メニューも縮小するから朝の出勤時間はちょっと遅くなるけど」
キョーコも慌ててスケジュール表をめくる。あと数日で営業終了する海の家の中でだるまやは遅くまで営業するとはいえ、9月までバイト延長を打診されてるホテルフロント業務の奏江のバイトスケジュールに比べれば終了は早い。
(そういえば、光さんも来週で会えなくなるからさみしいって言ってたっけ…)
だるまやの常連となったビーチの他の店のバイトの光は、勤め先の営業終了が迫っておりキョーコに別れを惜しんでいた。
キョーコに好意を寄せる光はこっそりとキョーコの連絡先を聞き出そうとしていたが、蓮の無言の圧力に阻まれがっくりと肩を落としていた。もちろんキョーコはそんな事にはまったく気づきもせず、『さみしくなりますね』などと返しただけだった。
ビーチの開放が終了すれば、ビーチの安全管理のため勤めるライフセーバーの詰所も解体されるはず。
自分の仕事が終わるのが先だが、蓮もまた季節仕事でこのビーチで出会っただけなのだ。
「フロント業務、同じく学生バイトさんで8月いっぱいで終わる子がいるのよ。アンタその後釜で9月いっぱい一緒にやる?そうすれば部屋はこのままでいいから私は助かるんだけど」
「そうね…」
たとえ9月いっぱいここに滞在したとしても、ライフセーバーである蓮はいつまでここにいるのかは分からない。そもそも、蓮が短期の仕事なのか、どこの出身なのか等キョーコは全く知らないのだ。
「…どうしたの?浮かない顔して」
「え?」
上の空のキョーコの様子に奏江は訝しげな顔をしていた。
「あんた、あのストーカーに付きまとわれるのだってこの期間だけだからって我慢してたじゃない」
だるまやのご夫婦はその腕を見込まれて海の家終了後も、ホテル内の厨房の方で働かないかと誘われていた。今後の仕事の方針が定まるまでの間という条件付きで、大将と女将さんは海の家の営業終了後もしばらくはこの地に留まることになった。
暑苦しい友情で大好き!とまとわりついてくるキョーコが一緒にいれる夏休みが延長されることに狂喜乱舞することは予想できても、こんな風な反応をするとは奏江は思っても見なかった。
ましてや、お世話になって両親のごとくなついているだるまやのご夫妻だって8月末で永の別れになる訳でもない。
そのことを知っている奏江はキョーコの反応に引っかかるのはあの人物に関することしか思い浮かばない。
「そう…よね…」
(そうだ、バイトが終われば縁が切れるんだからって言ってたの私じゃない)
奏江に指摘されて、キョーコは急激に冷えた自分の心の内に驚いていた。
「なに?バイト延長すると敦賀さんと縁が切れるのが遅くなるからイヤ?」
「そんな事ないわよ。そりゃ、最初は迷惑千万だったけど…なんていうか、そんなに悪い人じゃないってわかってきたし」
思えば最初の出会いは最悪だったし、毎日毎日赤面ものの口説き文句でセクハラまがいなことを言われてきたけれど…
最初の出会い以降、蓮が強引に自分に触れてくることはそんなになかったように思う。
あんなにキス魔な発言をかまされて身の危険を感じるほどロックオンされていても、強引にキスされることもなかった。
「ゴキブリ扱いにはならなかったしね」
「…………」
生理的に嫌う云々でゴキブリの話になったことはあったけど、そもそもあの時キョーコは蓮の名前を一切出していなかったのに奏江は『敦賀さん=ゴキブリ?』と聞いてきた。そのことを思い出したキョーコは寝そべったベットから、椅子に座っている奏江をじぃ、っと上目遣いに見上げた。
「モー子さんは敦賀さんのことどう思う?」
「ストーカー」
間髪入れずに返ってきた返答にキョーコは眉をハの字にしている。
キョーコの言わんとしていることに感づいた奏江はあからさまに眉間に皺を寄せた。
「アンタが迷惑してなきゃストーカーってレッテルを剥がしてあげてもいいけど」
「………」
「ちょっと押しが強いけど見た目イイ男だし?アンタが良ければひと夏の思い出に最後くらい付き合ってあげれば?」
突き放すような奏江の言葉に、キョーコは情けない顔をして目を反らした。
「そんなの、良くないわよ。相手に失礼よ…」
「今まで散々失礼を働かれていたのはアンタでしょ」
それくらいどうってことないじゃない、相手は喜びそうだし、と返すがキョーコの表情は曇ったままだ。
ふぅっとため息を吐き出した奏江はめんどくさそうに呟いた。
「外野が何と言おうと思おうと、結局アンタがどうしたいかでしょ。好きでもなんでもなきゃ、お互いの仕事が終わればもう会うこともない人。ただそれだけじゃない」
「………」
キョーコは枕を抱きしめて、ころりとベッドの上を転がって奏江に背を向けた。
奏江は仕方がないというようにため息をついて、居心地の悪い空間を中和するようにリモコンを操作してテレビをつける。
(……分かんないんだもん)
蓮のことは嫌ってはいないのは分かった。
でももう恋なんてしない自分は、男性として好きかどうかなんてよくわからない。
『もう会うこともない人』
明日の天気を告げるテレビの音声を聞きながら、キョーコは奏江から言われた言葉を反芻した。