朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -150ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

体温が高いほうがいい。前向きに生きれば。一日1食で可、スクワットを毎日10回すれば一生歩ける。規則正しい生活をする、コレステロールは低い方が、トマトやじじみを食べると……等々

世の中には、推奨される健康になるための常識があります。

 

男女の差や育ってきた環境や食事も習慣も違いますよね。

人は、それぞれ違うものなんだよ。

大多数の人が納得できる方法や一部の人しか効かない方法があります。

 

一時に流行した健康法をすぐにうのみにしないことが大切かと。

ひとつでもやれそうなことを実際にやってみて、それが自分に合った健康法なのかどうかを見極めて取り入れていければよいのではないか!

そんなようなことを鎌田さんから教えていただきました。

ありがとう!

 

 <目次>

はじめに

1章 間違いだらけの健康情報にだまされない(免疫力の秘密、「遺伝」にあやつられるな ほか)

第2章 時代の「思い込み」にだまされない(和食より洋食のほうが健康にいい!?、人の不幸は蜜の味 ほか)

第3章 自分の「心」や「身体」にだまされない(好きなように生きていいのか、行動を変えれば、性格が変わる!? ほか)

第4章 社会にだまされない(がんばった先に待ちうける仕打ち、「やりがい搾取」にだまされるな ほか)

第5章 がん治療法にだまされない(がん検診は万能ではない、がんには勝てないと思い込むな ほか)

おわりに

 

1948年東京生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県茅野市の諏訪中央病院医師として、患者の心のケアまで含めた地域一体型の医療に携わり、長野県を健康長寿県に導いた。1988年に同病院院長に、2005年から名誉院長に就任。また1991年からチェルノブイリ事故被災者の救援活動を開始し、2004年からはイラクへの医療支援も開始。4つの小児病院へ毎月400万円分の薬を送り続けている。

著書に「がんばらない」「あきらめない」「なげださない」など。

富山の魅力を多くの日本人に知ってもらいたい。

地元富山の人たちに富山の魅力を再認識してほしい。

こういう熱い想いが伝わってきました。

 

富山のよさを知りさらに富山を好きなれる本です。

この本に出逢えて嬉しい。

感謝の気持ちでいっぱいです。

 

206P

「概して富山の魅力は、派手に目を引くものより、じわっと分かるもの、しみてくるものが多いのです。当たり前にある自然や水や食べ物、街やものづくり、住んでみて、あるいは離れてみて分かるものばかりです。」

 

 

故郷を離れていたらしたくてもできないことはあります。

富山の自然を見たくても見ることが出来ないこともあります。

例えば、呉羽山の四季のうつろいなどを普通に歩いて見ることができる幸せ。

当たり前にあるこの体験は、じつは当たり前ではなく貴重であることを。

 

 

 

 

第1章 富山ってどんなところ?(ランキングで見てみれば~数字・統計で見る富山県の実力、歴史と風土を駆け足で、宿敵・金沢の話 ほか)

第2章 富山の暮らしと文化(東日本or西日本、方言、食の王国 ほか)

第3章 逆襲は始まっている(コンパクトシティへの挑戦、先用後利~薬売り、富山湾は不思議の海 ほか)

 

 

1960年富山市生まれ。映画、音楽、食などのジャンルで執筆するライター

タイトルのLilyは妹さんが石田ゆりこさんを呼んでいる愛称。

年を重ねれば重ねるほど綺麗になっていく。

女優の石田ゆりこさんはそんな女性だ。

ぼくはうらやましく素敵な人だといつも思ってる。

 

見た目の可愛さと綺麗さと同じくらいの素敵な生活にうっとりしている。

機嫌よく過ごすことは心にも体にもいいことだ。

日々の生活を大切に暮らして、どのようにして心地良く生きていけるのかが大事。

こういう生き方が出来たら幸せな日々を過ごせるものだと思う。

ぼくは、流行りのミニマリストよりも、多くの自分の好きなものに囲まれた部屋にいるほうが居心地よいものだと思う。

彼女は、自分を愛していて自分をよく理解している。

大切な人や動物や好きなものたちに囲まれて、このように文字を書くことで自分自身と深く向き合ってきたのだろう。

 

 

ゆり子さんの笑顔に癒されて元気になっている人がきっといるはず。

ぼくがその一人だから。

 

ぼくも彼女のように良い歳の重ね方をしていきたい。

 

いつものインスタの雰囲気そのままでいるから。

ぼくは見ていて嬉しいし読んでいて愉しい。

 

石田ゆり子さんのカケラがたっぷり詰まった、やさしくて、とびきり楽しいフォト&エッセイ。

 

 

1969年生まれ。東京都出身。88年NHKドラマ「海の群星」にてデビュー。ほかの出演作に、映画「悼む人」、ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」など。スタジオジブリ作品では声優も務めた。

「枕営業」芸能界で本当にこれが行われているかのようにリアルな描写に驚愕した。

また、近親相姦・性的暴行、自殺、脅迫、誹謗中傷、解離性同一性障害・離人症・解離性健忘等々、猟奇的で生理的嫌悪をそそるグロテスクな描写が目白押しだった。

 

いわゆる人生の陰の部分―恥部が明け透けにしてさらけ出されているのは気持ちが悪くなるくらいにえげつないストーリーだった。

 

アイドルの未瑠やギャルの中里樹里亜、マネージャーの穂積などに秘められた真実があった。

 

衝撃的な結末を知ってもこころから理解できずに吐き気がするくらいに感情が昂った。

 

 

 

「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞。ほかの著書に「黒い太陽」「悪の華」など。

「自分たちのシマ(縄張り)で興行を打つならその場所の使用料を支払え!」

ヤクザ者がショバ代を要求してきた。

彼らがヤッパ(短刀)を畳に突き刺した。

「俺はなぁ。斬る度胸はないが、斬られる度胸はあんだ!やってみろ!」

けっしてひるまなかった。

彼女は、腹の底から声を出してヤクザ者に対して逆に啖呵を切った。

このヤクザ者がのちほど彼女の応援をするようになったというエピソードがここに書かれてあった。

 

この浅草ロック座から、渥美清さん、三波伸介さん、伊東四朗さん、東八郎さん、萩本欽一さん、坂上二郎さん等という有名なコメディアンがたくさん輩出された。

 

また、若山富三郎さん、北野武さん、勝新太郎さん、山城新伍さん、三船敏郎さんなどという芸能界の大スターたちとも彼女は熱い親交があったという。

 

ストリップ劇場・浅草ロック座の創始者にして名誉会長の齋藤智恵子さん。

彼女は、数々の武勇伝を残す伝説のママだ。

多くの人から好かれたという意味での「人たらし」。

彼女の波乱万丈の生涯から、ほか人よりも倍以上人生を謳歌した女性だったと感じた。

 

印象に残った文章。

ぼくがいまこのように運良く幸せであるのは、先祖の陰徳のお陰であろうか。

 

236-238P「陽徳と陰徳」

占いの先生と、徳を積むということについて話をしたことがあります。

「徳には陽徳と陰徳があります。陽徳というのは、相手に対して直接的にわかりやすく、してあげることです。だから相手とか周りから、ありがとう、ありがとうと言ってもらえます。

陰徳というのは、人知れず役に立っていることです。だから特に感謝の言葉をもらえるわけじゃない。でもね、陰徳のほうが効くんですよ。徳としては、より気高いものです」

(中略)

先生は答えました。

「返ってくる場合もありますし、もしかしたら生きているうちには返ってこない場合もあります。でも自分の代で返ってこなかったら、子供とか孫とか、次の世代に返ってきますから。だから自分にとっていいことがあったり、運が良かったりしたら、こう考えてみてください。それは先祖様が徳を積んでいてくれたんだと」

 

 

 <目次>

オープニング 女帝と呼ばれて

1区 旅立ち

2区 踊り子

3区 全国制覇

4区 本丸

5区 座頭市

6区 ママ

フィナーレ 卒寿に舞う

 

 

大正15年(1926年)11月11日生まれ。宮城県白石市出身。浅草ロック座名誉会長。

35歳の頃、東八千代(あずまやちよ)の名でストリップデビュー。

以後、踊り子を続けながら経営者としての手腕を発揮。日本中の劇場を買い取っていき、44歳の頃には全国で二十館以上の劇場を経営。

昭和47年(1972年)、46歳で浅草ロック座のオーナーとなった。

業界内外に幅広い人脈を持ち、多くの著名人にも慕われた。数々の武勇伝も残すが、愛情深くチャーミングなその人柄から、“ママ”と呼ばれて周囲の誰からも愛された。

平成29年(2017年)4月28日、胃がんにより逝去(享年90)

このホテル・コルテシア東京は、まさに異次元空間だ。

「マスカレード・イブ」から「マスカレード・ホテル」へ

そして「マスカレード・ナイト」につながった物語。

 

刑事の新田浩介と、ホテルウーマンの山岸尚美との掛け合いをまた楽しめることができた。

二人とも経験を積んで仕事的にも人間的にも成長しているのがわかる。

物語が同時並行に進行していくし、一つひとつのエピソードがつながっていくから犯人もなかなか確定できない。

途中で休止を入れずに最後まで一気読みだ。

やっと最後に犯人に辿り着いて真相が分かってスッキリとして嬉しい。

 

ホテルのお客さまは、ある意味仮面を被っているのか。

男女のカップルがホテルで宿泊するというのはそれなりに訳がある。

それが美しく綺麗なだけではなく、暗くもの悲しい訳があったりするものだ。

ホテル内での人間模様からそれぞれが人生の機微に触れる意味を考えさせられた。

 

その作家に人気がある基準のひとつとして、

理由を知りたくてワクワクしながら作品の中に惹きこまれることを挙げたい。

止めずにすぐに終わりまで読みたくなるわけ。

伏線の張り方とその回収方法がうまい。

東野さんが書かれる小説は、いつも大衆に受けるわけだ。

 

次作は、山岸さんがロサンジェルスに転勤されるのか!?

 

大学のサークル夏合宿と貸切りのペンションとクローズドサークル。

これらを見るだけでも、これから何かが起こる予感がする。

ミステリ好きにはたまらない要素が詰まってる。

 

ペンションの外にはゾンビがたむろしている。

ペンション内では密室殺人が起こっているというような設定が。

 

まずは驚きと斬新かつ奇抜な手法に、これは「やるな!」と脱帽した。

 

 

 <目次>

受賞の言葉

奇妙な取引

紫湛荘

記載なきイベント

渦中の犠牲者

侵攻

冷たい槍

エピローグ

第二十七回鮎川哲也賞選考経過

選評 加納朋子 北村薫 辻真先

 

 

生年月日は1985年。
出身は長崎県。

岡山大学卒。フリーター。

ぼくは、神社仏閣の参拝を気に入っていることをいつの間にか気づきました。

なにかの機会にそれらの近くに寄ることがあれば、機会と時間をつくってお参りをしています。

普通に問題なく当たり前に生きていけることはとても有難いことです。

それは先祖のお陰だと思うのです。

逢ったことがないご先祖さまと祖父母、父母などの家族に対して、そのときに併せて感謝を申し上げているのです。

 

DNAを子孫につなげていく必要性と重要性がぼくのDNAのなかにあるのではないかな。

先祖のひとりひとりから、子孫へのつなぎ役として生まれてきたのではないかなと。

 

過去の動乱や飢餓などの困難なときに、なんとかして切り抜け乗り越えて生き延びてきました。

途切れない貴重な縁があったからこそ、この世に生を受けて生まれてきたのです。

 

厳しい時代を生き抜いてきた先祖はいったいどんな人だったのか。

彼らはどのような暮らしぶりをしていたのか。

どのようにして困難を乗り越えて生き抜いてきたのか。

 

家族史は、一体誰のために何の目的で作成するのか?

目的意識を明確にして調査を進めることが重要なのです。

 

自分のルーツを知り、先祖の生き方を子孫に伝えたいという人に向けた本です。

 

家族史の調べ方やまとめ方のノウハウを著者の体験をもとにして具体的に伝えてくれています。

 

 

3P「さあ、ご先祖の謎に迫る歴史ミステリーの旅へ!」

この本は家族の歴史を子孫に残したい、あるいは先祖のことを知りたいと思う方のためのものです。私自身がまずそう思い、家族史をまとめた経験に基づいています。

 

 

 

 

 <目次>

はじめに

第1章 家族史って何だろう?―ゴールをイメージする

第2章 まずは戸籍を取る―先祖調べの最初の一歩

第3章 墓石で戸籍を補完する―戒名や墓碑銘も重要な手がかり

第4章 それでも!江戸時代へ踏み込む―歴史探偵の腕の見せどころ

第5章 編集方針を立てる―どのような家伝記にしたいのか考えてみる

第6章 軍隊経験の調べ方―貴重な体験を後世に残すために

第7章 人物の調べ方―生き生きとした家伝記にするために

第8章 社会情勢の調べ方―街は家族の生活の舞台、その移り変わりを知る

第9章 名字の由来の調べ方―自分の名字の意味を知っていますか

第10章 全体の目次を考える―段取りを最終確認してまとめる

おわりに 今、調べておいて、本当に良かった

 

 

 

 

1964 年、東京生まれ。88 年慶應義塾大学経済学部卒業後、大手雑誌社にて記者、プロデューサー。2000 年に独立し、現在は経済アナリスト、著述業。著書に、阪急・東宝グループの創設者、小林一三の生涯を描いた『DREAMER-阪急・宝塚を創り、日本に夢の花を咲かせた男』(WAVE 出版、2014年刊)がある。母親の介護が一段落した時点で自らのルーツ調べに着手、父方、母方それぞれの「家伝記」を作成した。本書はその経験をもとにノウハウを体系化して書かれている。

藤原正彦さんは、日本を代表とする教養人だと感じた。

以前『国家の品格』がベストセラーとなった。

父親は、作家の新田次郎さん。

 

「夏目漱石の『こころ』の中の先生の自殺と三島由紀夫の自殺の関係性は?」

「紫式部の源氏物語と清少納言の枕草子の差異について?」

などと外国人に訊かれても、自国の文化、歴史等を理解しているので外国語で上手に渡り合えることができる。

また、例えば、アルゼンチンの人と出会ったときに「メッシとマラドーナの国だ」とすぐに反応できるようなそんな常識を持ち合わせている。

 

「国際会議では、日本人に発言させることとインド人を黙らせることが最も難しい」と言われる。

しかしながら、日本人である藤原さんを会議で黙らせるのが難しいと思う。

ロシア人に対して「サンクトペテルブルグの人は、ドストエフスキーやプーチンのように暗い人ばかりかと思った」と言える英国人のようなユーモアのセンスも身につけているから、

藤原さんは、世界に十二分に通用する本物の教養のある日本人だとぼくは感じた。

 

 

 <目次>

はじめに 

第1章 自分で決められない国(灰色の世界、イタリアの小さな村で ほか)

第2章 グローバリズムの欺瞞(冬の攻防、半人前国家 ほか)

第3章 人類の余りにもむなしい姿(私の奥の手、グローバル教育の行き着く先 ほか)

第4章 確固たる自信のない人(読書ほど得なことはない、蘇る昭和 ほか)

第5章 祖国のためにありがとう(頑張って下さい、ありがとう、巨人の国 ほか)

 

 

1943年旧満州生まれ。お茶の水女子大学理学部教授。数学者。著書に「若き数学者のアメリカ」「遥かなるケンブリッジ」など。

営業力は、一生の財産だ。

いつでも!どこでも!だれでも!その能力を活かすことができます。

 

言葉を少し変えるだけで、どうしておもしろいほどモノが売れるのか?

使うべき言葉と、使ってはいけない言葉の選り分けは?

 

ぼくが感じている疑問として、なぜすぐに仕事の話をするのかということです。

また、セールスで上手くいかない人に共通するのは、いきなり仕事の説明をすることです。

余裕がないのかな。

 

雑談など少し胸襟を開いたうえで互いの信頼関係を築いてから、その本題に移ってほしいと常々感じています。

 

「雑談の基本は、相手側の話題を使うこと」

 

言葉だけではなく劇的に売れる営業マンに変わる考え方を忠実にシンプルにわかりやすくとりまとめて教えています。

 

まずはトップセールスの行動と思考を真似ることでしょうか。

 

ぼくはセールスマンではありませんが、仕事やプライベートなど普段の生活時に、「トップセールスが絶対に言わない営業の言葉」と考え方

― 営業力をもって、相手に自分の意見を受け入れてもらいたいときなどに活用できるものだと信じています。

 

 

×「話を聞いてください」→○「確認させてください」

×「購入の予定はありますか?」→○「使ったことがありますか?」

×「来週には届くと思います」→○「来週には届きます」

 

 

 <目次>

はじめに 売れる営業と売れない営業を分けるのは「言葉」だった!

第1章 意外に重要な挨拶の言葉

第2章 相手とのトークがはずむ言葉

第3章 ニーズを探る絶妙なヒアリング

第4章 相手が身を乗り出して聞く説明

第5章 押さないクロージング

第6章 売れる営業マンが重視している言葉

おわりに 営業力は一生ものの財産

 

 

 

サイレントセールストレーナー。有限会社ビクトワークス代表取締役。1962年、神奈川県生まれ。明治大学卒後、一部上場の精密機器メーカーに営業職として入社。その後、(株)リクルートに転職。94年に有限会社ビクトワークスを設立。広告や雑誌制作などを中心にクリエイティブ全般に携わる。その後、事業を営業マン教育の分野にシフト。内向型で売れずに悩む営業マンの育成を専門に、「サイレントセールストレーナー」として、全国でセミナーや講演などを行う。