朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -136ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

読書会の課題本であり、2月に映画にもなるだろうと聞いたので手に取ってみた。

LGBTや東日本大震災など現代に影響を与えている鏡のような話があった。

日記文学的に淡々と文字が綴られてく。

風景描写や釣り場の情景などは絵画のような美しい筆致で描かれていた。

今野が語り手であり、日浅典博がその友人。

副嶋和哉は今野の昔の彼女。

西山さんは、今野の会社のパート職員だった。

 

「影裏」という題名が気になった。

理解するために大事な要素だと思った。

 

今野は連絡を取りたくて、行方不明の日浅の実家を訪問する。

70P 電光影裏に春風を斬る。不意にさげすむような冷たい白目をこちらに向ける端正な楷書の七文字が、何か非常に狭量な、生臭いものに感じられた。

今野はその家の南側の壁に「電光影裏斬春風」と滴るような墨痕で書かれた模造紙が四隅を画鋲で留めてあるのが奇妙に目を引いた。

 

「電光影裏斬春風」とは、中国の宋の僧、祖元禅師が能仁寺で元の兵に襲われたときに唱えたとされる「電光影裏、春風を切る」という経文の一句。

人生は束の間であるが、人生を悟った者は永久に滅びることがなく、存在するというたとえ(三省堂 新明解四字熟語辞典より)

「この世のすべては空である。剣で斬るならそうしなさい。しかし斬るといっても空を斬るのだから、電光が光るうちに春風を斬るようなもので手ごたえはないだろう」

見事な禅師の見識と度量に元の兵が逃げ去ったという逸話。

 

二度目でようやくこの一句との話のつながりがつかめるのではないかと思った。

再び読んでしまったが、実はよく意味がわからなかった。

 

1978年北海道生まれ。西南学院大学卒業後、福岡市で塾講師を務める。

 現在、岩手県盛岡市在住。本作で第122回文學界新人賞受賞しデビュー。157回芥川賞受賞作品

幸せな日々を過ごすためのヒントが書かれてあります。

そうしたいなら、魔法の言葉「ありがとう」を常日頃から使ってみればよい。

 

普段からこの言葉が溢れる環境の中にいると、

心豊かにして生きて行くことができます。

そうなると幸せになって福がやってきてくれますね。

「辛」に「一」をちょこっと足して「幸」になろう。

「ありがとう」が溢れると、

その場の雰囲気がなごみますし気持ちが柔らかくなって安らぎます。

自分が変われば相手も変わるから、まずは隗より始めれば。

 

17P

古代中国の思想家老子の「足るを知る者は富む」という言葉をご存知ですか。

「満足することを知っている者は、心豊かに生きることができる」と、老子は説いています。これは「満足すること、すでに足りているということを知る人は、幸せに生きることができる」という意味になるのではないでしょうか。

「足るを知る」、

満足することで心を満たし豊かに生きていきたい。

 

例えば、ごはんを食べる、友達と会う、本を読む、家に住む、学校に行く、会社に行くなどは、

当たり前のことなのかもしれません。

当たり前は、実は有難いことだったのです。

当たり前のことをしたくても、出来ない人もおられます。

そもそもこの世に人として生まれることはとても難しいことだ。

先祖から脈々と続く命。

もし途中で誰かが亡くなっていたならば、決して自分は生まれてくることができなかった。

有ることが難しい。有難い。

ありがたいからこそ、人に対する愛や感謝の気持ちが生まれてくるのです。

 

幸せな毎日を過ごすために「ありがとう」の言葉を。

 

 <目次>

プロローグ 「ありがとう」のマグカップを溢れさせよう

第一章 ありがとうはなぜ幸せを呼ぶのか?

第二章 「ありがとう」の見つけ方

第三章 神様と仲良くなる

第四章 ありがとう上手で幸せに生きる

エピローグ 「ありがとう」が溢れたら

 

居酒屋を夫と共に経営しながら、カウンセラーとして個人カウンセリングの他に、女性が幸せに生きるヒントを提供するためのさまざまな講座やイベントなどを開催。

著書「天使が我が家にいるらしい」「親毒―なぜこんなに生きづらいのか」共にコスモ21社刊

お葬式のかわりに死んだ人の肉を参加者みんなで食べる「生命式」、

人毛のセーターやホクロや傷痕の残る皮膚で作られた結婚式用ベールを「素敵な素材」など。

死者を食することなどはまったくできないし、人毛のセーターなどを身につけれない。

狂っていると思うほどに理解するのが難しいことであった。

いまでは当たり前の常識が将来変化することを、これまでは異常であることが逆転するような未来があることを想定していかないと。

死生観や宗教観、倫理観、感情、食文化など。

この生命式を読みながら、吐き気をもよおすようなある種の気持ち悪さがあった。

 

人によって正常なのかそうでないのかの尺度があるものだ。

不可解さと不可思議さ、違和感などが入り混じった短編集だった。

 

 

 <目次>

生命式  

素敵な素材   51

素晴らしい食卓   73

夏の夜の口付け   101

二人家族   107

大きな星の時間   119

ポチ   125

魔法のからだ   135

かぜのこいびと   153

パズル   165

街を食べる   199

孵化   233

 

 

1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部卒業。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞を受賞

一生に一度だけしか会えない。

死者との再会を仲介する使者(ツナグ)

祖母アイ子から使者を継ぎ成長した歩美の七年後が描かれている。

顔も覚えていない父親や尊敬する歴史上の人物、事故死した幼い娘と病死した娘、そして憧れのお嬢様に会うお話。

死んだ人を思う気持ちは残された人の中で生き続けて彼らの生き方に影響を与える。

死者は生者に再会を請われることによって死者もまた報われるものだと気づかされた。

心が温まり目頭が熱くなった頃。

歩美の将来に向けた動きを感じる明るく次に続く終わり方があった。

 

121P

「自分の人生の意味だとか、なんだとか」

歩美に、通じていようといまいと構わない様子だった。鮫川が言う。

「そういうことから自由でいられたものが、八十を過ぎたころからこの私でも気になるようになった。死者になぞらえて言えば、誰に会いたいかではなくて、自分が死んだ後で誰かが会いに来てくれるかどうかが気になるような―、さっきの上川氏のような気持ちも、少しはわかります。私の場合は、会いに来てもらうことの方は端から諦めておりますが」

 

 <目次>

プロポーズの心得  

歴史研究の心得   71

母の心得   125

一人娘の心得   179

想い人の心得   235

 

1980年2月29日生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞し、デビュー。2011年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、2012年『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞、2018年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞受賞

 

(ことしもどうぞよろしくお願いします。)

徒然なるまま、引用したり感想などを書いてみた。

・新田次郎氏が書く前に立山連峰を登って視察して調査している準備周到さに共感することができた。

・測量士や登山家など分かる人、身近な人たちにとっては、楽しくて面白すぎる記録だろうか。

・点の記とは、本来、三角点設定の記録。基準点の設置・測量の記録。

・劔岳は“弘法大師が草鞋三千足を使っても登れなかった”地元富山で“登れない山、登るべき山ではない”と言われ、立山信仰では地獄の針山に喩えられていた険しい山。

・実際に劔岳に登頂するまでの流れは緻密かつ淡々と描写されていた。登るまでは長い道のりだった。

・現在と比べると気象環境は変わらず、生活環境や衣類、装備、機器などはるかに劣っている状況で、その当時に劔岳登頂という偉業が行なれたことに驚いた。

・登頂前の入念な調査と必要品装備品の準備、県庁や地元芦峅寺などへの気配りはいつの時代も変わらないだろう。

・登頂という偉業そのものよりも、測量という仕事を通じて形成される、男たちの信頼関係や絆といったものに焦点が当てられていた。

・競争相手だと思っていた山岳会が唯一純粋な気持ちで柴崎の功績を称える手紙をよこしたところや、柴崎が軍内部からのプレッシャーや民間団体である日本山岳会との競争、地方役人の横柄さ、過酷な山岳自然に苦しみながらも、冷静な分析を怠ることなく、側夫などの仲間たちの協力の下、少しずつ山頂へ近づいていくリアルさが心地よかった。

・柴崎測量官のマネジメント術は、学ぶべきところがあった。測夫との信頼関係を築けたのが成功の要因。登頂に至るまでのそのときそのときの判断力や指示力も生死につながる重要な要素だった。

・与えられた仕事を着実にこなす職務を背負った責任感、忍耐強さ、困難に立ち向かう潔さ、登頂を成功に導いた男たちのロマンがあった。

 

 

今年一年もありがとうございました。

良い年をお迎えください。

 

 <目次>

第一章 未踏の霊峰

第二章 地形偵察

第三章 測量旗

第四章 日暈

越中劔岳を見詰めながら

参考文献

 

1912(明治45)年、長野県上諏訪生れ。無線電信講習所(現在の電気通信大学)を卒業後、中央気象台に就職し、富士山測候所勤務等を経験する。1956(昭和31)年『強力伝』で直木賞を受賞。『縦走路』『孤高の人』『八甲田山死の彷徨』など山岳小説の分野を拓く。次いで歴史小説にも力を注ぎ、1974年『武田信玄』等で吉川英治文学賞を受ける。1980年、心筋梗塞で急逝。没後、その遺志により新田次郎文学賞が設けられた。実際の出来事を下敷きに、我欲・偏執等人間の本質を深く掘り下げたドラマチックな作風で時代を超えて読み継がれている。(新潮社HPより引用)

「桃栗三年、柿八年、柚子は九年で花が咲く」

読み始めてすぐに中に引き込まれてしまう。

殺された村塾の教師、梶与五郎の謎を追ううちに、かつての教え子の日坂藩士の筒井恭平は他藩の陰謀に巻き込まれる。

善悪の差はあるけれども、誰もが自分の信じる道を進んでいた武士の時代を真面目に描かれている。

悩みながら苦しみながら、懸命に生きている姿は凛として清々しいものだ。

揺るぎない信念を持っている人間をとても優しく温かく表現しているから思わず涙腺が緩んでしまう。

例えば、鵜ノ島藩との干拓地にまつわる覚書の謎が解かれる時にはさらに心が動いて涙ぐんでしまいそうになった。

村塾―小さな学び場が愛おしい。あの小さな藩の者たちが愛らしく感じられた。

 

1951年福岡県生まれ。作家。2004年『乾山晩愁』で第29回歴史文学賞、2007年『銀漢の賦』で第14回松本清張賞、2012年『蜩の記』で第146回直木賞受賞

 

350P「解説」江上剛

葉室さんの小説の魅力は、なんと言っても主人公の生き方だ。とにかくまっすぐ。その不器用な生き方に感銘を受け、すくっと背筋が伸びる気がする。自分もしっかり生きようと思い直す。

本書『柚子の花咲く』も同じだ。主人公の筒井恭平のまっすぐな生き方が魅力で、ぐいぐいと物語に惹きこまれていく。

「徳は孤ならず、必ず隣有り」

(中略)

読者がみんな幸せになれる、それが葉室さんの小説の最大の魅力だろう。そこからは私がそうであったように「生きる力」を得ることができる。明日へ、一歩を踏み出す勇気とともに。

橋田さんが手がけるドラマを見ながら応援しているファンとして、

この文章は読んでいて清々しくも納得できる内容だった。

154P

人は人を殺してはいけない。だから私は殺人事件をテーマとしたドラマを書いたことがない。

 

脚本家の橋田壽賀子さんの生い立ちから学生時代、結婚を経て現在に至るまでの波乱万丈の山あり谷あり的な自叙伝だった。

橋田さんという人間が、夫の死や戦争、就職など、そのときそのときどのように考えて生き抜いてきたのかがわかる貴重な本だった。

広く世界でも放送されたNHK朝ドラ「おしん」や1990年から今も続いている「渡鬼」TBSドラマ「渡る世間は鬼ばかり」など彼女が手がけた作品は、際立って光り輝いて凄みがあり、心に訴える迫力は大きい。

 

1983年に放送されたこの「おしん」を通じて伝えたかったこと。

122P

あのころの日本人は金儲けに走りすぎて、本当の自分を見失っていなかったか、金儲けと人としての幸せの区別がつかなくなっていなかったか。私はおしんを通じてそう言いたかった。だからドラマは、おしんが過去の自分を見つめ直すシーンからはじめたのだった。

昭和のあのころの日本はある意味なにかしら浮かれていたのではないかと。

物の豊かさを求めずぎて、こころの豊かさというものをどこか過去に置いてけぼりにしていたのではないかということを言いたかったのではないかと思った。

橋田さんのような大観したおとなの眼で、後に追従している後輩たちに世の中を良くするような苦言を大いに呈してほしい。

ぼくらはその話を素直に聞く耳を持って、徐々に明るい変化の兆しが見える行動をしていきたいものだ。

 

 <目次>

はじめに

夫の死―病名「肺がん」は明かさず

ソウル生まれ―幼いとき両親と離れ「捨てられた」

3度の転校―堺の小学校でいじめ

堺高女―作文は苦手、母の代作が入賞する

丸めがね―容姿を悲観、友人は持たず ほか

“50年前の結婚挨拶状”

 

 

1925(大正14)年、京城(現在のソウル)生まれ。日本女子大学校卒、早稲田大学中退。

1949(昭和24)年、松竹脚本部に勤務。1959年、フリーの脚本家に。1966年、TBSプロデューサーの岩崎嘉一氏と結婚。1989(平成元)年、死別。TBS東芝日曜劇場、NHK朝の連続テレビ小説、大河ドラマ、銀河テレビ小説をはじめ、手がけた脚本は数えきれない。中でも1983年に放送されたNHK朝ドラ「おしん」は大反響を呼び、広くアジアでも放送される。

NHK放送文化賞、菊池寛賞、勲三等瑞宝章などを受賞・受勲。1992年橋田文化財団設立、理事長に就任。2015年、脚本家として初の文化功労者に選出される。

「ヤットコスットコ」とは、北海道で生まれて東北から関東の東日本まで使われている方言。

“何とか”“ようやく”“やっとのことで”“かろうじて”という意味。

室井さんが、数々のハプニングを乗り越えてきたことがわかる意味が集約された上手い言葉だ。

 

新幹線や鉄道、飛行機、タクシーなどを使って全国を仕事やプライベートなどで移動する室井さん。

彼女が宿泊するホテルや旅館での出来事などを、こわく、おもしろく、おかしく語ってくれるエッセイ集。

 

軽妙な文体で楽しくて活字も大きく踊っていてあっという間に読み終えてしまう。

富山県出身の朝乃山優勝時の大歓迎エピソードなどからも、室井さんの富山愛に溢れる気持ちが前面に出てきて熱く伝わってきた。

性格が華やかなくらいに明るく軽くて、富山県人からもちろん全国からも好かれているのもわかるよ。

これからも彼女の活躍を注目しながら、ずっと応援していきたい。

 

 <目次>

はじめに 

第1章 旅は異なもの味なもの(オッチャン、ちょっと近いわぁ、あなた、誰と旅に出る? ほか)

第2章 幽霊の正体見たり旅先で(幻でも会いたい人、それは誰?、私の背後の透明なお人よ ほか)

第3章 旅を待つ間も花(おめでとう朝乃山!富山愛が止まらない、旅の楽しみまた一つ消えて ほか)

第4章 ああこの旅、またひと皮むけて(黒紋付と黒留袖、まだまだ慣れぬ“R元” ほか)

あとがき

 

 

富山県生まれ。女優。早稲田大学在学中に1981年『風の歌を聴け』でデビュー。映画『居酒屋ゆうれい』『のど自慢』などで多くの映画賞を受賞。2012年日本喜劇人大賞特別賞、15年松尾芸能賞テレビ部門優秀賞を受賞

著書に「むかつくぜ!」「東京バカッ花」「おばさんの金棒」など

濱中亮輔-死亡した元警察官・辰司の息子と、芦原賢剛-約30年前に自殺した辰司の親友智士の息子の現世代のパート、

警察官の濱中辰司とその親友の芦原智士。約30年前のバブル時代のパート。

この親子二代に亘る話が交互に描かれていた。

登場人物の名前が多く過去と現代にいったりきたりしてわかりにくかった。

でも途中から面白くなり一気読みに。

過去の事情が段々と明らかになってゆくところがぞくぞくした。

事件の真相に迫ってゆく現世代においてワクワクしてきた。

 

元警官の辰司が隅田川の水死体で上がったことを発端にして過去が少しずつ姿を現していった。

この現在の元警官殺人事件と約30年前の未解決誘拐事件が絡み合って進行していく。

東京の下町におけるバブル時代の地上げ問題が過去から現代まで関わっていた。

また器物破損やいやがらせなどで、住み慣れた土地を離れざるを得ない状況に追い込んだ不動産屋に対して、あえて犯罪で応じようとした関係者たちは、悲しみに取りつかれていくのは必定なのだろうかなと。

どんな事情があるにしても子供の誘拐などの犯罪が正しいわけがない。

犯罪に犯罪で返すという意味には同情も感じないし感情移入もできなかった。

後悔という十字架を背負ってずっと生きてゆくしかないのだから。

 

 <目次>

第一部 亮輔と賢剛

第二部 辰司と智士

第三部 亮輔と賢剛

第四部 辰司と智士

第五部 亮輔と賢剛

第六部 辰司と智士

第七部 亮輔と賢剛

 

 

 

 

1968年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒。93年、第4回鮎川哲也賞の最終候補となった『慟哭』でデビュー。2010年『乱反射』で第63回日本推理作家協会賞受賞、『後悔と真実の色』で第23回山本周五郎賞受賞

太宰治の年譜(奥野健男氏編)や奥野氏の解説(太宰治の内的、精神的な自叙伝)などから考えてみると、この小説の主人公の要蔵は、あくまでフィクションなのではあるが、リアルな太宰治の経験と思想とが合致した人間であったのではと思えた。

 

9P「恥の多い生涯を送ってきました」

 

155P「あの人のお父さんが悪いのですよ」何気なさそうに、そう言った。「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも……神様みたいないい子でした」

 

今回、再度読んでみて要蔵自身の人生への評価と、要蔵を他人から見た評価の違いがある面白い視点に気がつけてよかった。

人は多面的な要素があって、別の人によって見える角度や相手により対応の仕方が違うのは当たり前。

だから、自分が思っている姿は、自分が思うところとは違うのはありで、しかも自分でわかっているようで自分のことをよくわかっていないのだから他人との評価がわかれるのは分かる気がした。

 

要蔵(あるいは太宰)は、ある一部の女の人から、そのままにしてほったらかしておきたくないくらいに気になる存在であってだらしないほどに惹かれるモテ男だった。

感受性が強く、常に情緒不安定だった。

人間を信用することに強い抵抗を感じ、他人を恐れていた。

しかし、その一方で常に愛情に飢えており、誰かを愛し誰からから愛されていないと落ち着かない性格でもあった。

自分のこころを素直にさらけ出せるほどに、大きな懐で受け止める、女性ではなく男性。彼が信頼・信用できる親友がすぐ間近で受け止めていたならば、光の当たる真っ当な別の人生を歩んでいけたものではないかと思ったのだが……。

太宰治の生い立ちやこの小説から、酒、薬、愛人などとともに、ぼくにけっして経験できない変わった生き様を俯瞰して見ることができた。

太宰にのめりこめるひと時を持つことができて嬉しい限りだった。

 

経験を積んで時間を置いてこれを読み返してみたい。

読み返した時にあらたに何かに気がつくことができるかどうか。

例えば、自分が以前読んだ時よりどれだけ成長することができたのか。

これを知ることができるひとつの術になるものだからこそ。

 

 <目次>

はしがき

第一の手記

第二の手記

第三の手記

あとがき

解説 奥野健男

年譜(奥野健男氏編)