がん検診1
がん検診が有効かどうか、問題提起する記事を最近見かける。専門医ががん検診の害を訴える記事もある。健康維持のために重要なので、補足説明したいと思う。文春オンライン 医療ジャーナリスト鳥集 徹氏の記事より なぜ、20代、30代には、乳がん検診が推奨されていないのでしょうか。それは、乳がん罹患率が高くない若い女性が乳がん検診を受けると、メリットよりもデメリット(害)のほうが大きいと判断されているからです。 まず挙げられるのが、「放射線被ばく」に伴う発がんリスクです。このリスクは若い女性ほど高いとされています。 次にあげられるのが「偽陽性」の害です。偽陽性とは、結果として乳がんではなかったのに、「要精密検査」とされてしまうことを意味します。深刻なのは「がんかもしれない」と心配になることで被る精神的な苦痛です。結果が出るまで不眠になってしまう人や、検査後もずっと不安に苛まれる人がいるのです。 米国では発見された「乳がん」の3分の1が過剰診断 そして、もっとも深刻なのが、「過剰診断」の害です。これは「命を奪わない病変」をがんと診断してしまうことを指します。がんと言えばすべてが命取りになると思われていますが、そうではありません。自然に消えてしまうものや、ずっと大きくならないもの、大きくなっても命取りにならないものなど、さまざまな病変があります。 乳がんでは、検診が普及した結果、「非浸潤性乳管がん(DCIS)」という超早期の病変がたくさん見つかるようになりました。この中には、放置すると周囲に広がって命を脅かすものもありますが、そのままじっとして広がらないものもあるそうです。しかし、現代の医学では、どの人がどちらなのか見分けがつきません。 そのため、「がん」を見つけてしまった以上は、過剰診断だったとしても放置できないので、ほとんど全員が、手術、放射線、抗がん剤、ホルモン剤などの治療を受けることになります。つまり、無用な治療を受ける可能性を排除することはできないのです。 実はここ数年、この過剰診断が予想以上に多いことが、欧米の研究で指摘され始めています。2012年に報告された論文では驚くべきことに、米国の検診でこれまでに見つかった乳がんのうち約3分の1が過剰診断で、過去30年間に約130万人もの女性が、無用な治療を受けたと推計されています(N Engl J Med. 2012 Nov 22;367(21):1998-2005.) 日本で、どれだけの過剰診断があるかは不明です。しかし、ある乳がんの専門医は私の取材に、「日本でも10~20%は過剰診断があるかもしれない」と明かしてくれました。現在、日本で乳がんと診断される人は1年に約9万人いますので、毎年9000人~1万8000人もの女性が、無用な治療を受けている可能性があるのです。 過剰診断の害を被る可能性があるのは若い人だけではありません。高齢者は検診で早期がんが見つかったとしても、がんが進行して命取りになる前に、他の病気で亡くなる可能性があります。それに高齢者では、治療によって被るダメージが若い人より重くなりがちです。こうした理由から、乳がん検診では年齢に上限が設けられているのです。 それだけではありません。ここ数年、欧米からは乳がん検診に死亡率を下げる効果はないという研究報告も相次いでいます。これを受けて日本乳癌学会も、2015年に改定した「乳癌診療ガイドライン」で、50歳以上のマンモグラフィ検診の推奨グレードをAからBに格下げしました。現在Bに格付されている40代は、今後推奨すらされなくなるかもしれません。N Engl J Medというのは、世界の医学界でもっとも権威がある学術誌で信頼性が高い。論文は厳しく審査され、極めてハードルが高い。だから、N Engl J Medに掲載されたということは、最新の医学、最高の知性が認めた、緻密な研究なのである。「がん検診は死亡率を下げない」というがん検診否定論は、トンデモ、医療否定に見なされるようだ。日本人は、手を尽くすことを医療だと勘違いしているのだろうか。科学というのは、仮説をたてて、それを真実だと証明することで進歩してきた。がん検診というのは、「早期発見早期治療をしたら死亡率が下がるはず」という仮説に基づいている。あくまでも仮説なのである。その仮説が正しいかどうか調べるのが、科学的であり、医学的なのである。欧米では、「これこれのがん検診をやっても死亡率が下がらない」という疫学調査の結果ばかりのようである。がん検診を推奨する側の記事を読んでみたが、「がん検診をしたら死亡率が下がる」という根拠、つまり実際に調べた研究結果を提示しているものはお目にかかったことがない。根拠がないのだから、がん検診推奨こそ、トンデモであり医療否定なのである。その内容はといえば、癌患者やその遺族が、「検診をして早期発見をしていれば」と後悔して、がん検診を推奨する。しかし、がん検診をしていれば、どのくらいのステージで見つかった可能性があり、そのステージだとどういう経過を辿るのか考えもせず、「早期発見をしていれば助かった」と妄想している記事なのである。がん検診は、くじ引きのようなものである。当たった人は、確かに早期治療できて、寿命が延びるだろう。しかし、過剰医療その他の外れくじを引く人がたくさんいる。その中には、寿命が縮むほどの健康被害を受ける人がいるのである。だから、平均すれば、がん検診を受けても、死亡率が下がらないということになる。専門医ががん検診を推奨する記事もある。そういう主張は、当たりくじを引く話ばかりして、はずれくじを引くひとの問題を無視しているのが特徴である。早期発見で助かる人がいるのは事実である。命が助かるのは素晴らしいから、損する人の存在を無視しているわけである。アメリカでは、乳がん検診は、メリットよりもデメリットのほうが大きいと判断され、公的な乳がん検診は廃止されたという記事を読んだことがある。「私はがん検診で無症状のうちに早期発見したから命が助かった。だからがん検診はやるべきだ」と、個人的な経験を語るひともいるだろう。しかし、もし、それが、リンパ節転移がまだない超早期癌なら、治療が必要な癌であったとは限らない。N Engl J Medの論文のように、放置していても大きくならなかった病変であった可能性もあるのである。もしそうだった場合、過剰医療によって身体がダメージを受け、病気になりやすくなり、寿命は短くなるということだ。