Vagamente/Wanda Sa  | BLACK CHERRY

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JAZZ, BRAZIL, SOUL MUSIC

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 曖昧な、ぼんやりした、そういった決して全ての意味において肯定的とはいえない言葉で表現されるもの。そういったものの中に愛しくてたまらないものがある。もしかしたら、そういったものが自分にとって一番大切なものかもしれない。仕事や恋愛では白黒はっきりしないと大変困ったことになるわけであるが、いや、だからこそ他の何気ない日常で遭遇する〝曖昧なもの〟は時として自分にとっての憩いとなるのかもしれない。例えば音楽でもそうだ。ガッツリ男前Hard Bop一直線とか、Punk命、スリーコードオンリー、トリオの美学とかヘビメタ馬鹿一代、目にも止まらぬ速弾きに捧げた人生なるものには只ひたすら尊敬ではあるのだが、一方でどっちつかずの、何がやりたいのかわかりません的焦点のぼやけた中庸の作品に心惹かれる時がある。これは不思議で、食べ物や小説でもそういった困った代物になぜか無性に吸い寄せられてしまうことがある。態度や言葉だけではなく声や外見、存在感、みたいな本人の努力だけではどうにもならないものに至るまで、それこそ言葉で説明できない曖昧なものに出会うときがある。これが、更に困ったことに女性でもそういう魅力を持つ人がいらっしゃるわけである。
 さて、本日ご紹介するのは〝Bosa Novaの妖精〟と謳われたWanda Sa64年というBrasilに軍事政権が誕生した年に発表された本盤たった一枚で、彼女は、その存在を強く印象づけた。これほどまで完璧なまでにBossa Novaというイメージを印象付けたジャケットはないだろう。海、青空の下、ワンピースを着てViolao片手に海岸に佇む少女。確かに、これまでのようなEpicurianが海や太陽や恋愛を歌い、日々の自由と平和に恵まれた生活を謳歌するような時代ではなくなりつつあった。また、世界進出を果たしたBossa Novaは、少なくともBrail国内では全盛期を過ぎていた。そして、残念なことに世相は激変し、いつまでも純粋にBossa Novaを歌っていられるような状況ではなくなっていた。だからこそ、せめて今だけでもいいからと、この奇跡のような瞬間を楽しみたい気持ちが起きても不思議ではない。それは決して永遠に続くものではないとわかっているからこそ切ない。Wanda Saの囁きかけるようなVocalは、もう二度と戻ってくることのない、かけがいのないあの一瞬の輝きなのだろうか?曖昧な、甘く切ない思い出は永遠に語り継がれていくのだろう。

 『Vagamente』は64年にリリースされたWanda Saのデビュー・アルバム。ProduceはRoberto Menescal
それにしても、同年に1stソロ・アルバムをリリース後、アルバム量産体制に入ることになる若きEumir DeodatoLuis Carlos VinhasTenorio Jr.Dom Um RomaoEdison Machadoといった有能なMusicaianが集結し、作家陣もMenescalは勿論、Jobimを筆頭にCarlos LyraFrancis HimeEdu LoboMarcos Valle、といった豪華絢爛、これ以上ないだろうといった名盤が誕生するのも当然の布陣。しかし、肝心の主人公がこれに負けてしまっては意味がないわけであるが、当時19歳であったWanda Saは十分に彼女の魅力を発揮して期待に応えている。Whisperまじりの彼女のVocalは決して上手いとは言えないが、それゆえに自然初々しい、ありのままの19歳の姿を伝えている。そしてCuteな歌声が儚く、まるで自分が永遠にその場にいたくなるけれど絶対無理であろう感傷的な気分が高まってくる。
アルバム1曲目はMenescal作の“Adriana”。Adriana Limaを連想してしまうが、勿論まったく関係ない。5拍子が心地良いナンバー。
Marcos Valleの名曲“E Vem O Sol”。耳元で優しく囁くようなWandaのVocalがたまりませんな。Luis Carlos Vinhasのキレの良いピアノも最高。
作者にWandaの名もクレジットされた“Encontro”。VibraphoneFlute、隠し味的なDeodatoのオルガンが爽やかな風を運ぶ。
将来の伴侶となるEdu Lobo作曲の“So Me Fez Bem”。Loboの曲は難しいのでイマイチ歌いきれずに素人っぽさが露呈しているけれど、そこがまたCuteな魅力となっている。Vinhasのピアノ・ソロもカッコイイ。
Francis Himeらしい美旋律が素晴らしい“Mar Azul”。短いながらもDeodatoのオルガン・ソロが光りますな。
Carlos Lyraらしい魅惑のメロディーが炸裂した“Tambem Quem Mandou”。WandaのWhisper気味の歌声の何とも色っぽいこと。エンディングのScatで完全に悩殺されてしまう。
Tamba Trioの63年作『Avanco』での名演(後にTamba 4でも再演)でも知られる名曲“Tristeza De Nos Dois”。今までもSambossa 5や Agustin Pereyra Lucenaでご紹介している大好きな楽曲。Duruval FerreiraMauricio Einhornに、TambaのBebetoという黄金のTrioによる共作。Deodatoのアレンジが最高。ちなみにBebetoの75年作のソロ・アルバムでも揺らめくエレピ、Fluteが印象的な仕上がりで収録されている。
Tom Jobimの“Vivo Sonhando”。天才ピアニストTenorio Jr.を中心としたバンドの演奏が、これまた素晴らしい。
Deodatoの指揮による夢見心地のOrchestrationをバックに少し背伸びしたWanda SaのVocalがメーター振り切れる色っぽさを演出する“Sem Mais Adeus”。Francis Himeの作曲家としての才能が最大限に発揮されていると共にDeodatoのアレンジ能力の高さに脱帽。
DeodatoもCoverしたTom Jobimの名曲“Inutil Paisagem”。軍事クーデターでバンドのメンバーがスタジオに来れずにギター中心のシンプルな演奏となっている。それもまたイイ感じ。
Trumpet物憂げなWandaのVocalと絶妙のHarmonyを生み出すGeraldo Vandre作の“Tristeza De Amar”。ところどころHuskyになるWandaの声がたまらないものがあるっす。
最後を飾るのはSylvia TellesElencoからのアルバムでも歌われていたMenescal作“Vagamente”。Tenorio Jr.率いるバンドのElegantな演奏が最高。名曲名演、Wandaの歌声は聴く人の心の中で永遠の輝きを放ち続けるだろう。
Vagamente/Wanda Sa E Roberto Menescal

(Hit-C Fiore)