半導体ガス・センサの感度は以前に比べればかなり向上しているものの,すべてのにおいの原因物質に対して十分な感度が得られているわけではない。今後はさまざまなにおいの原因物質に対する感度を向上させる必要がある。また,場合によっては数分かかっているにおいの検知時間の短縮も必要だ。
こうした課題を解決するために,生物の嗅覚の機構を模した嗅覚センサの開発が活発になっている。既に,においを検知するセンサのチップが開発されている(図14)注7)。現時点では人間の嗅覚と同じppbレベルの濃度のにおいを検知できる。
注7) 九州大学教授の都甲潔氏のグループでは,ガラス基板上に半導体の微細加工技術を用いて電極を作成する。電極の表面に,原因物質の部分構造を識別するための受容体を作る。具体的には,自己組織化する単分子膜を形成するアルカンチオール分子とベンゼンなど単独で受容体に付着できる物質を溶液に入れる。こうすると,電極表面に,単分子膜にベンゼン分子がはまった状態の膜ができあがる。そして,ベンゼンのみを除去すると受容体となるサイトができる。
においを検知するバイオ・センサ 九州大学の都甲氏のグループが開発した,生物の嗅覚機構を模倣して開発した嗅覚センサの試作品(a)とセンサの製造工程(b)。一般に生物は,においの原因物質の分子の部分構造を判別している。このため,特定の分子構造のみを吸着して電気的な状態変化を検知すれば,においを計測することができる。(c)は開発したセンサがにおいを検知する原理。吸着前後のセンサの状態変化は,表面分極制御法という電極表面の電位を制御し,化学物質との相互作用をインピーダンス(電気抵抗と容量)で測る。
生物の嗅覚機構は複雑である。それを模倣してセンサを作るためには,においの原因物質の受容と分別の仕組みを把握しておく必要がある。人間には,約350種類のにおいの受容体がある。一方,においの原因物質は1万種類以上ある。これらの分子は嗅細胞の中の受容体に結合し,においとして検知される。通常,1種類のにおいの原因物質は複数の受容体に結合する。また,一つの受容体は複数種類の原因物質に結合する。つまり,においと受容体は多対多の対応をしている。
受容体は,原因物質の分子そのものを検知しているわけではない。ベンゼン環が分子中にあるとか,特定の長さの疎水鎖があるといった,分子の部分的な構造を読み取っている。このような分子の部分構造を読み取る仕組みを持ったセンサ素子を作ることによって,嗅覚センサを実現する。
原因物質の分子をセンサ素子が受容したことを読み取る方法には,「表面分極制御法」が使われる。これは,電極表面の電位を制御して化学物質との相互作用をインピーダンスで測る手法である。成熟した電気化学測定法であり,回路構成の方法や操作の方法が確立されているため,高い感度を得やすい。
抗原抗体反応で犬の嗅覚実現
人間は嗅覚の能力が退化しており,動物の中では嗅覚が鈍い部類に入る。人間以外の優れた嗅覚をセンサで実現できれば,思ってもみなかったような応用が広がる可能性がある。
がん探知犬のマリーン OJPC福祉犬育成協会は,がんのにおいを検知できる犬を訓練している。犬の名前はマリーン。初期から末期までの食道がん,肺がん,前立腺がん,胃がん,肝臓がん,大腸がん,子宮がん,乳がん,膵臓がん,肺腺がん,悪性リンパ腫をほぼ100%の割合で検知できるという。ほかにも,シームスはガン探知犬の鼻の働きを再現したガス・センサを利用したがん探知システムを開発している。
例えば,犬は嗅覚が優れる動物として知られている。人間はにおいを感じる細胞を約4000万個持つ。しかし,犬は約10億個と膨大な数の細胞を持ち,これがpptレベルの感度の嗅覚につながっている。1pptという量は,ドーム球場を角砂糖で埋め尽くし,その中の角砂糖1個を検出するほどの感度に相当する。
米国ではこうした犬の嗅覚を利用し,初期検診が難しい乳がんの診断に使っている医療機関がある。日本でもOJPC福祉犬育成協会が,「マリーン」という名前のがん探知犬を訓練している。病気とにおいの関係を研究している明海大学 教授の外崎肇一氏は「かぎ分けている機構は正確にはわからない。がんにかかると,がん特有のたんぱく質が細胞内で合成されるが,それが発生させるにおいを,犬は検知しているのではないか」としている。
犬と同じレベルの嗅覚をセンサで実現しようという研究は多数進められている。しかし,据置型のガス・クロマトグラフやこれまで開発された嗅覚の機構を模したバイオ・センサを使っても,こうしたpptレベルの検知を達成することは容易ではない。実現には,新たな発想に基づく技術が必要になる。
『日経エレクトロニクス』,2008年2月25日
ここで紹介されている。明海大学歯学部教授、外崎馨一博士は、私の知人でもあり、私共が推進している「五感センサ」の開発、研究に今後、取り組む予定である。私共はコーデュネーターとしての役割を担い、海外などの支援融資からこれら「五感センサ」を本格的、開発、研究に取り組むことで、人の癌の臭い識別は勿論、テロ対策、爆発物の発見、麻薬、薬物など、また、ガス探知などナノテクノロジーの応用が可能になると考えている。
私共は、嗅覚「臭いは人類を救う」をコンセプトに今後とも、五感センサ「五感オンデマンド」の開発、研究に全力で取り組んで参ります。
五感教育研究所、主席研究員、荒木行彦、