「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」として、4月7日に閣議決定された、全国の世帯に向けて、一住所あたり2枚ずつ布製マスクを配布するという、いわゆる「アベノマスク」が、私のところにも今日ようやく届いた。すでに、街の至る所で、50枚の箱入りマスクが山積みとなって売られている。
注ぎ込まれる税金が、マスク本体91億円、郵送費・事務費等41億円がかかるうえ、汚れが出たことで「検品」作業に8億円も投入されたという。あわせて212億円にのぼる。
一方で、同じ4月7日に閣議決定した、収入が減少した世帯への「30万円給付」については、対象が限られていることに国民的批判が広がり、その10日後の4月17日に政府は、当初から野党が求めていた「1人あたり10万円の一律給付」への変更を発表した。政府内の議論では、一時は、『お肉券』『お魚券』として支給する案も出されていた。これも、人口の多い自治体では、5月中には届かず、6月になるという。
国民の怒りを買った安倍首相と星野源さんのコラボ動画もそうだが、安倍政権がやることなすことが、社会の実態や国民の要求・感情と噛み合わず、批判を浴びていることについて、その要因の一つとして、政策決定が、安倍首相とそれに極近い官邸の一部トップたちによるものだからだとの報道がある。そして、もう一つに、とにかくスピード感が足りないこともある。「やってる感」は出すが、「スピード感」はない。
しかし、優先すべき新型コロナ対策では、スピード感が足りないようだが、「いま、そんなことに力を注がないでもいいのでは」と思いたくなるような別の違うことには、スピード感を持ってやっているようだ。
その一つが、「検察庁法改定」だった。政権の意向で検察幹部の定年を特例的に延長することなど可能にする法案だ。「政権にとって都合のいい幹部だけを恣意的にその役職にとどめることができるようにな」「憲法の基本原則である三権分立に反する」「検察に求められる独立性・政治的中立性を脅かすものだ」など、インターネットなどで抗議の投稿が大量に拡散され、俳優やミュージシャン、作家ら著名人も次々と反対の声を上げ、急速に反対の世論が広がった。15日には元検事総長や元検事長らOB14人が、18日にも元東京地検特捜部長らOB38人が法案に反対する意見書を法務省に提出する異例の事態となった。世論調査でも、法案に「反対」が6~7割、「成立を急ぐべきではない」が8割にのぼった。
こうしたうねりの中で、安倍政権は18日、「検察庁法改定」の今国会での採決・成立を断念した。しかも、報道によれば、政府は、秋の国会への「先送り」でなく、「廃案」で調整しているという。
「国民が声を上げれば政治は動く」ことを劇的な形で示した。
しかし、事態はそれで終わらなかった。
そもそも、政府は、今年1月31日に、2月8日に63歳で定年退官を迎える予定だった東京高検検事長の黒川弘務氏について、前例のない「定年の半年延長」を閣議決定している。「検察庁法改定」は、この違法行為を追認し、正当化するためのものであるといわれている。
黒川検事長は、安倍首相や菅官房長官に近く、法務省官房長在任時には、甘利明・元経済再生担当大臣の口利きワイロ事件や、小渕優子・元経産相の公選法違反などが不起訴になるよう、捜査現場に圧力をかけてきたとされている人物である。東京高検検事長という検察のナンバー2のポストにある、この黒川氏を、この夏に勇退予定の稲田伸夫・検事総長の後を継ぎ、検察トップの座に就かせるために、「定年の半年延長」が必要だったとされる。
司法記者の間では『安倍官邸の番犬』とか、『守護神』ともいわれていた。ところが、政権の『守護神』といわた黒川氏が、自陣を守るどころか、“オウンゴール”を決めてしまった。
昨日発売の「週刊文春」5月28日号で、黒川氏が、新型コロナ感染拡大で緊急事態宣言が発出されている今月の1日と13日に、「産経」記者2人と、「朝日」元記者と賭けマージャンをしたと報道された。新型コロナ渦中で「外出自粛要請」と「3密回避」がよびかけられている中、国会では、自らの「定年延長」に端を発した「検察庁法改定案」が審議され、毎日のように黒川氏のことがニュースで報じられている最中にである。
黒川氏は、事実を認め、辞任を表明し、今日閣議で辞職を承認した。
一方で、法務省の内規による処分が重いものでなく「訓告」であることから、退職金6700万円は満額もらえるというので、国民の中で、再び怒りと批判が沸き起っている。
新型コロナの影響などによって、今年になって、すでに倒産が3000件近くにのぼり、解雇や雇止めは1万人を超えているという。数えきれないひとたちが、ギリギリで生活し、困難な中で営業を続けている。そんな状況下で、コロナ禍であるにも関わらず賭けマージャンに興じているような国家公務員に、税金で払われる給料のうえに、退職金まで出してやることに納得がいかないのは当然である。
「訓告」処分を決めた過程については、安倍首相と森法相との間で、説明が食い違っているが、どうも「訓告」の軽い処分は、安倍内閣が判断した可能性が高いといわれている。本来、検事総長や検事長については、任命権者は内閣であり、国家公務員法では、免職や停職を伴う「懲戒処分」は任命権者が行うと規定している。つまり、安倍内閣は、軽い“措置”にとどめる判断をしたと思われる。なお、財務省による公文書改ざんの責任者だった佐川宣寿前国税庁長官の場合は、「停職3カ月相当の処分」とされ、退職金4999万円から513万円を差し引いた金額が支払われたという。
「賭博」は明確な犯罪行為であり、しかも「法の番人」であるはずの検察のナンバー2であれば、より責任は重大である。どれだけ政権に尽くしたかで、軽い“措置”で終わらせるのでなく、それ相応の厳正な処分を求めたい。
通常国会では、他にも、問題だらけの重大な法案が政府から出されている。
果物の苗木などを海外に無断で持ち出すことを規制する「種苗法改正案」については、自民党が20日、今国会での成立を見送る方針を示した。この法案に対しても、女優の柴咲コウさんがTwitterで懸念を発信するなど、ネット上で話題となっている。
公的年金の受給開始時期を現行の75歳に拡大することなどを盛り込んだ「年金制度改定法案」(5月12日衆院通過)や、官邸主導の「規制緩和」で人工知能(AI)やビッグデータなどを使った最先端都市づくりをすすめる「国家戦略特区法改定案=スーパーシティ法案」(4月16日衆院通過、22日の参院地方創生特別委員会で可決)などについては、与党が来週にも成立を目指している。
どれも、国民の生活に影響を及ぼす重大な内容を含んだ法案であり、国会で十分な議論もせず、強行することは許されない。
これからも、安倍政権が、新型コロナのどさくさにまぎれて、問題だらけの「不急」の悪法を押し通そうとするのを、「検察庁法改定案」のように、国民はしっかり監視し、“おかしい”と思ったら声を上げていく必要がある。