【京都】

  

   大河ドラマ『光る君へ』

第30話「つながる言の葉」で登場した

                 和泉式部


  その和泉式部ゆかりの寺

      『誠心院』で

   いただいたステキな【御朱印】音譜

 

【誠心院 御朱印】

 

【誠心院 御朱印】

 

 

 

 

 

【本堂】

 【宗 派】真言宗泉涌寺派

【山 号】華嶽山

【正式名】華嶽山 東北寺 誠心院

【別 称】和泉式部寺

【御本尊】阿弥陀如来

【開 山】専意法尼(和泉式部)

【開 基】藤原道長

 

    万寿4年(1027年)

専意法尼(和泉式部)が長年仕えてきた

   上東門院(藤原彰子)が

 

 父・藤原道長に専意法尼のために

  一宇を建立すように勧めると

 

  道長は法成寺の塔頭で建立中の

  東北院の一角(現・京都御所の東)に

    お堂・小御堂を建立し

    

       東北寺誠心院 

  と名付けたのがはじまり

            と伝わります。

 

初代住職は平安の歌人・和泉式部

   法名は誠心院専意法尼。

 娘の小式部に先立たれた和泉式部は

  書写山円教寺の性空上人を訪ね

 

    女人往生の術を乞い

性空上人の教えで誓願寺の本堂に籠り

    御本尊に教えを受け

 

    女人の身でも

六字の名号をお唱えすれば穢れが消え

    往生できる事を知り

 

   六字名号を日々お唱えし

 阿弥陀如来と二十五菩薩に迎えられ

 浄土へ往生したと云われています。

 

     鎌倉時代に

小川通一条上ル誓願寺の南に移転し

      泉涌寺の末寺となり
 

     天正年間

豊臣秀吉の命を受けた山口甚介が

   現在地に移転。

 

元治元年(1864年)の大火から

   立ち直る間もなく

 

    明治4年

 新京極通が誕生し通りを隔て

境内地が二分され、山門・堂宇を失い

   荒廃を極めましたが

 

  雲龍院の泉周応宗師をはじめ

    箸蔵栄龍先師が再建。

 

   明治43年(1910年)

近隣の火災により蔵を残し全てが焼失。

 

 檀信徒の惜しみない助力などで

    大正8年(1919年)

  現在の本堂が建立されました。

 

 

 

 

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